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忘れ物屋さん  作者: 野々宮可憐
風信子編
9/9

第9話 風信子

「いらっしゃいまー…せ。というよりおかえりなさい。メモを取りに来たんでしょうか?」


 店長がカウンターでなにやら文庫本を読んでいた。


「ただいま……店長。私、阿部さんの旦那さんと息子さんに会ってきました。」


こう言うと店長の形の整った眉毛が上がり、呆然とした。


「いやはや…桜さんは仕事ができますね。まだ半日も経ってないですよね?」


「店長、阿部風子さんは、1年前に逝去なさっているそうです。でも、私はつい数時間前に会いました。どういうことですか?このお店はなんなんですか?…教えてください。」


声が震える。汗を握る。店長は何も言わない。自分で訊いたものの、やっぱり怖い。



店長は何者なのか?このお店は本当は幽霊が利用しか利用できないのかもしれない。私は今、未知に触れている。


「そうですね…。まず、怖がらないでください。とって食ったりなんてしませんしできませんし。確かに、阿部風子さんは1年前の4月4日に亡くなられています。」


店長は言い切った。さっき見た阿部さんがもうこの世にいないって言い切った。 店長がメガネをくいっとかけ直す。


「このお店はですね、忘れ物を持ち主に返すお店です。対象は生きている人、亡くなっている人、です。」



言葉がでない。幽霊なんて本当にいたのか。それとも、これは幻なのか。呼吸が早まる。私はそんなところで働いているのか。


「落ち着いてください。大丈夫ですよ。何も怖いことはありません。」


「いや、無理無理無理!怖いですって!だってこんなこと非現実的だし、フィクションの世界じゃないとありえない。驚きというか、恐怖というか…。」


すると店長は読んでいた本をもう一度ペラリと開き直す。


「あれー?こういうような状況では、桜さんは『あっそうなんですね。分かりました。』ってケロリとしてて、僕はそれに『驚かないんですか!?』って驚くらしいんですけど…。おかしいな。桜さんが驚きすぎなのかな?」


「おかしいのはその本の登場人物です!!!」


店長が読んでいたのはどうやらラノベらしい。知的な雰囲気出しといて何読んでんだこの人。


少し肩の力が抜けた。


「あははっ!まぁこの人達がいる所はフィクションの世界ですからね。桜さんにこのお店のことを質問されたらどう答えるべきか予習してたんですけど、無駄でしたか。」


店長がラノベを脇に置く。カウンターに肘をついてどこかの司令官のようなポーズをとって威厳を醸し出そうとしている。


「いいですか桜さん。このお店のことは、他言無用です。」


心做しかメガネがキランと光った気がする。とても優秀な司令塔が指示を出しているようだ。隣にラノベが無ければ。


「は、はぁ。」


気の抜けた返事しかできない。店長よりもラノベに目がいってしまう。タイトルはえーと、


『俺、悪役令嬢だったけどトラックに轢かれた件 〜女神にチート能力もらっちゃいました!〜』


だ。ちょっと読んでみたいのが悔しい。


「聞いてますか?桜さん。」


「え!あっごめんなさい。ラノベが気になって!」


「せっかく僕がかっこよく司令官のように威厳を出してたのに。」


本当に司令官をイメージしていたらしい。申し訳ないことをした。


店長の大切な話をまったく聞いてなかった。店長はごそごそとラノベをカウンターにしまう。ひとつ咳払いをして


「えー、いいですかね?緊張解けましたね?じゃあ説明します。」


と言った。私は店長が指さした丸椅子に座る。


「このお店、忘れ物屋さんは生者と死者の忘れ物が集まるお店です。生者の忘れ物とは桜さんの忘れ物のような、一般的な物。死者の忘れ物とは、此岸に置いて来てしまった物をさします。」


私は未だにこの真実を飲み込めない。ひたすら頷くしかない。


「通常、生者の世界を此岸。死者の世界を彼岸と言います。このお店は岸辺同士を繋ぐ船だと思っていただければ早いです。」


店長はどこから出したのか、船の模型を手のひらに乗せて見せびらかしてきた。


「店長は、どちらの人間なのですか。」


私は呆然と呟いた。すると店長はにこりと笑う。


「僕は立派な死者ですよ。」


船を置いて胸に手を当てながら、飄々と答えた。


悲しいのと怖いのと残念な気持ちが入り混ざる。


こんなイケメンがもう生きていないなんて…。


「あんまり言っていいのかわかんないんですけど、彼岸では、死者が働いております。僕もその1人です。」


「死んでも尚働くんですか!?なぜ!?」


店長はカウンターにしまったラノベを取り出し、パラパラと捲った。


「僕ら死者はですね、とある扉の先に行かなきゃ行けないんですよ。たぶん、扉の先で転生やら成仏やらなんやらするんでしょうね。働いている人はまだその扉をくぐりたくないんです。彼岸で働けば、扉をくぐるのを延期できるんです。さて、ここで問題です。なんで僕らは消えたくないのでしょーか!」


店長はラノベのページを指先で弄びながら答え、いきなりクイズを出してきた。幽霊ってこんなに陽気なのもいるんだ…。


「単純に怖いから…?」


恐る恐る答えると、店長は腕で大きくばってんを作った。


「はいぶっぶー!不正解!あくまで僕と、僕が出会った人達の話ですけど、あんまり扉の先に行くのは怖くないんです。扉の先に行くのが怖くないようにしてるんですかね?そこはわかりません。」


「ではどうして?」


小学生のような不正解発表にちょっとイラッとしつつ、本題からはずれないようにする。


店長はどこかフッと違うところを見て、どこか切ない笑顔を貼り付けた。


「みなさん、誰かを待ってるんですよ。此岸にいる人が彼岸に来るのを。愛した人と一緒に扉をくぐりたいんです。もちろん別の理由がある人もいるとは思いますがね。」


店長は顔を隠すように再びラノベを読み始める。


「扉をくぐったら、こんな風に女神がいて転生させてくれるのかも知れませんね。そう考えるとくぐってもいいような気がします。」


店長の言葉は本気で言ってるのか、それとも違うのか、この人の言うことの真意が分からない。


「まぁこんなもんですかね。えーと、僕は今、僕たちは死者であること、このお店は船みたいなことをしていること、僕はまだ扉をくぐりたくないから働いていることを説明いたしました。なにか質問ありますか?」


「ちょっっと…待ってください。飲み込めないです…。」


私は店長にストップのジェスチャーをする。店長はやれやれと息をついた。


「まぁそうなりますよね。僕だって生きてたころに一日でいきなりこんなこと説明されたら桜さんと同じ反応しますよ。よくないよくない。」


店長はラノベをしまう。…彼岸にもラノベってあるんだ…。どこの世界も同じだな。


「まぁわかんないことあったらその都度説明しますから質問してください。」


店長はすっきりしたように屈託なく笑う。この人の笑顔綺麗だな。椿がいたら失神しそう。


ちなみにまだまったく飲み込めてないし信じられない。


「生きてる人にそんな死者の世界の仕組みとか言っていいんですか…?」


「知りません。言ったじゃないですか、言っていいのか分からないって。でも僕の店は此岸と彼岸を繋ぐものですけど、問題なく稼働してますし。桜さんが誰かに言ったら問題になりそうですけど、言ったところで誰も信じないでしょう?」


まぁそうだけど…。あまりにも無責任じゃないか?


これで私が此岸から追い出されたらどうしてくれるんだ。


「まぁ安心してください。僕ら死者が働く理由は、まだ消えたくないからですが、そもそもなんでこんなシステムがあるのかって言うと、死者の未練を消すためなんです。」


店長は続ける。未練が残ってるとなにか問題でもあるのだろうか?


「未練が残ったまま扉をくぐると、何かしら此岸に影響があるらしいんですよね〜。幽霊とか怨霊とかなのかなぁ。」


「さっきから思ってたんですけど、なんでそんなに一応彼岸の住民なのに説明がふわふわしてるんですか?」


思わず突っ込んだ。店長はキョトンと私を見て


「だって此岸にいるあなただって、此岸のことを説明してください、って言われても困るでしょ?僕らにとっても同じなんですよ。気づいたら彼岸にいて、窓口で今すぐ扉をくぐるか働くかを選んで、みたいな感じですし。僕は詳しい方だと思いますよ。窓口にいる役員さんにめちゃくちゃ説明を求めましたから。」


店長は胸を張る。死後の世界思ってたのと違う…。窓口があるなんて、なんか住民登録をしているみたいだ。


「話題がズレましたね。で、忘れ物屋さんには限界があります。だって忘れ〝物〟限定ですからね。忘れ事を解決できません。そこで桜さんです!忘れ事とか解決できるじゃないですか!」


店長は私に向けて手でキラキラを演出した。


「と、言う訳であなたは未練を消す為に活躍できる唯一の人材なので、たぶん消されません。だいじょぶだいじょぶ。」


店長はウィンクしながらグッドサインで私を励ます。正直あんまり信用できない。


結局お代とはなんなのか、なぜ忘れてもらわないと商売上がったりなのか、阿部さんの未練とはなんなのか。


まだ色々質問したいことはあるが、外の時間が気になる。もうすぐ帰らないと、お母さんが心配してしまう。


「店長!今日はとりあえず私、帰ります!明日!必ず!説明してもらいますからね!!!」


ビシィ!とかっこよく指をさしたつもりなのだが、店長には何故か大爆笑された。


「ひっ、あははははは!そうですよね、ひっ、ごめんなさい。あなたなら明日も来れますね!ふっ、ふふふゲホゲホ」


「なんでかわかんないけどら咳き込むほど笑わないでください!では帰ります!また明日!」


私はズカズカと扉へ進む。


「はい。ふっ、ふふ、また明日!」


店長はヒラヒラと手を振った。なんで笑われたのかよく分からないが、とにかくドアノブを捻る。少しばかり鈴を強めに鳴らしてしまった。


四月なのでまだ明るいが、恐らく五時過ぎ位だろう。私はとりあえず最寄りのバス停に向かった。



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