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忘れ物屋さん  作者: 野々宮可憐
風信子編
8/9

第8話 風信子

「ここ…だよね?」


記憶の中の住所と違ってないか確認する。


違ってて欲しかった。だって目の前にあるのはオンボロの名前が相応しい家だ。雑草が生え放題で、門も錆び付いてる。人の気配が全くない。


とりあえずインターホンを鳴らしてみる。やはり人はでない。



っていうか改めて考えてみると、人が出てきたところで私は一体どうすればいいんだ?


だって相手側からしたら、例えお墓参りのことを明かさなかったとしても、いきなり庭のヒヤシンスをください!なんてわけがわからない。



え、どうしよう。青いヒヤシンスを別のところから頂いて供えるのは…ダメだ。これはお仕事だ。


でもどうしよう…。



「あの…、その家に何かご用事ですか?」


後ろからサラリーマンらしき男性が話しかけてきた。やばい、私不審者かもしれない。


「あっ!はい!そうですね!えーと、その…。」


ノープランだ。私不審者かもしれない。


「あー!もしかして、阿部風子のピアノの元生徒さんですか?」


サラリーマンが助け舟を出してくれる。本当に渡りに船だ。恐らくさっきの阿部さんのことだろう。ピアノなんて椿にちょっと教えてもらった程度だけど、その設定でいっちゃえ!


「はい!その通りです!えーと、その阿部先生に用事があって来たのですが、御在宅ではないのでしょうか?」


こう言うと、サラリーマンは呆然として


「もしかして、1年前にはピアノを辞めていましたか?」


と聞いてきた。なんだろう。


「え、そうですね。…はい。」


サラリーマンは悲しげな顔になる。


「実は、1年前に阿部風子は亡くなりました。」


え?嘘でしょう?


「え?嘘でしょう?」


だって私さっき会ったよ?さっきの阿部さんは幽霊なの?え?どうしよう…。


サラリーマンが心配そうに私を見つめる。


恐らく阿部さんの死に動揺しているんだと思っているのだろう。でも違う。別の意味で阿部さんの死に動揺している。


「私、阿部青斗と申します。阿部風子の息子です。もし、この後お時間がありましたら、阿部信司の、私の父のお見舞いに行きませんか?」






私は青斗さんの隣を歩く。行き先は歩いて10分位の大きな病院だ。


「ごめんなさいね、ついてきてもらって。私の父は最近寂しいのか、母の話が聞きたがっていて。少しばかり思い出話でもしていただきたいのです。」


「は、はい…。」


こんな小娘に対しても丁寧な接し方だ。いい育て方をしてもらったんだろうな。


阿部さんが既に亡くなっているという事実を一旦忘れたい。忘れられないけど。こういう時に己の脳みそを恨む。一旦考えないようにしよう。そうしよう。


「今おいくつですか?」


「15歳です。ついさっき入学式を終えたばかりの新高校生です。」


「なんと!それはおめでとうございます。ちなみに、今日はなぜ阿部風子のところに?」


「えーと、辞めて1年が経過して、なんと言いますか…会いたくなったと言いますか…。」


不自然だろうか。不自然だろうな。でも仕方ない。若干不自然でも誤魔化せればなんだっていい。ある程度の仲になったらヒヤシンス貰えるかも知れないし!


「そうですか、それは嬉しいですね。学校はどちらに?」


「第一学園高等学校です。」


「おお!良い学校ですね!OBではありませんが、僕は元々弓道部なので交流がありましたよ。あそこは校舎が綺麗なのと、応援団がとにかくすごいことが印象的ですね〜。」


「おぉ、弓道部ですか。今部活見学中でして、弓道部かっこいいですよね。」


「そうなんですよ!風を信じるスポーツなので、こう、上手く言えませんがかっこいいんです!」


こんな調子に10分間途絶えることなく朗らかに会話は続いた。途中、見かけた青と黄色のヒヤシンスが風に揺らされ踊っているのが目に焼き付いた。










私と青斗さんは大病院の中に入る。慣れた手付きでさらさらと面会者の記録表に記入し、私もそれに習った。そういえば私は入院してる人にお見舞いをするのはこれが初めてだ。


青斗さんはとある一室の扉を開いた。


「父さん、来たよ。今日はスペシャルゲストも連れてるんだ。」


と挨拶をした。スペシャルゲストとはちょっと照れる。中にはベッドに座り、鼻にチューブをつけたおじいさんがいた。


「おお!青斗か!よく来たな。そちらのお嬢さんは?」


おじいさんはパッと顔を上げ歓迎する。


「私、宮城桜と申します。」


「母さんの元生徒さんだよ。今日たまたまお会いして、思い出話でもしないかって無理言って着いてきてもらったんだ。」


こう言うとおじいさんは私の顔をよく眺め、少し眉を寄せた気がするが、快活に笑った。


「それはそれは、よく来てくださった!最近は面会者があまり来なくて寂しくてね。良かったら妻の話を聞かせてくださいな。僕は阿部信司と申します。」


信司さんは点滴が繋がった手でガタガタと椅子をよせ、座るように手をこまねいた。素直にその指示に従う。


「おや、青斗。ヒヤシンスは持って来てないのかい?」


信司さんは訝しげに青斗さんに問う。青斗さんはハッとした顔を見せた。


「あ!ごめん父さん、忘れてきた。枯れないうちにまたお見舞い来るから、許して!」


と手を合わせた。信司さんは残念そうに笑った。



すると突然元気よく着信音が声を上げる。それは青斗さんの鞄からだった。


「すみません!ちょっと出てきます!」


そう告げて病室を後にした。


残されたのは私と信司さんのみ。ちょっと気まずい。


「桜さん、ピアノはまだ続けていらっしゃるんですか?」


信司さんは優しく問う。


「いえ、今はもうあまり弾かなくて…。」


「それは少し残念ですが、もしまた機会があれば弾いてやってください。風子が喜ぶと思いますので。」


「それはもちろんです。…ヒヤシンスがお好きなんですか?」


店長に出された指令は、恐らく青色のヒヤシンスを風子さんのお墓に供えることだろう。


信司さんも先程青斗さんにヒヤシンスを持ってきてないのかと聞いていた。


信司さんは優しく頷く。


「桜さん、ヒヤシンスを漢字で書くとどうなるか知っていますか?」


昔、テレビのクイズ番組で花の難読漢字クイズをしていた。だから分かる。


「風を信じる子、ですか?」


すると信司は驚いて私に小さく拍手を送った。


「博識ですね。正解です。そしてね、私の名は信じるの信が入っていて、風子は風の子と書きます。つまり…?」


「風信子…、組み合わせるとヒヤシンスになるんですね!」


「お見事!」


信司はべた褒めしてくれる。嬉しい。


「僕らにとって風信子はとても大切な花でした。プロポーズの時にも、風信子を使ったんですよ。風信子のおかげで結婚できたと言っても過言じゃないですね。」


信司さんは懐かしそうに目を細める。


するとガラリと扉が開いて青斗さんが入ってきた。


「ごめん父さん!桃花が熱を出して、保育園を早退するらしい。帰らないと。桜さんはどうなさいますか?」


「私も少し用事があるので、失礼します。また必ず来ますので、ぜひ風子先生のお話聞かせてください!」


信司さんは残念そうに笑う。しかし、仕方ないと呟いて私たちが扉を完全に閉めるまで動かしにくいであろう手を一生懸命振ってくれた。



早足で病院から出ようとする。


「桜さん、今日はありがとうございました。父は寂しがり屋なので、また来てくれると嬉しいです。」


そう言って青斗さんはタクシーを拾い保育園へ向かって行った。



さて、私の用事。それは忘れ物屋さんの真相を解明することだ。ヒヤシンス手に入らなかったし。阿部風子さんは既に亡くなっていた。でもおかしくない?幽霊なのに足あったよ?


上品なマダムだったし、仕事もしてたよ?


疑問は尽きない。さぁ早くあの路地に戻らないと。バス停バス停。



すると、何かぷかぷかと浮かぶシャボン玉のようなガラス玉のような何かが見えた。さっきも見た光景だ。それらは路地ではなく、人が入れなさそうな隙間の中に入っていく。なんなんだろうあれ。今日は不思議なことが起こりすぎておかしくなりそうだ。



そういえば、あのお店の中にメモ忘れてったけど、もしかして貴重な情報が隠れていたりしたのかな…?


ぷかぷか隙間に入っていく不思議な玉を見つめる。


ふと横を見てみると、なんか見たことあるような扉がある。さっきまでブロック塀だったところに、見覚えるのあるステンドグラスがはめ込まれた見覚えのあるアンティーク調の扉が出現している。


なんなの???


いざ、とても怖いけど、解明しよう。私の仕事に関わることだ。取って食われないことを祈ろう。


意を決して冷たいドアノブを捻った。



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