表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ物屋さん  作者: 野々宮可憐
桜編
4/9

第4話 桜

「初めまして諸君!俺がこの1年7組の担任、藤だ!現代国語を担当している!部活はまだ決まっていないだろうが、迷ってるなら陸上部に来い!以上!」


教壇で仁王立ちをした藤先生が、言葉の全てにビックリマークがついているような声量で怒涛の自己紹介を終えた。前の席の椿が頬ずえを着くふりをして耳を塞いでいる。怖がってんじゃん。後で藤先生にやんわり注意しよう。


「今から入学式の会場である体育館へ向かう。廊下に1列、出席番号順に並んでくれ。」


廊下にぞろぞろと移動する途中で椿が背中にダイブしてきて


「私この教室でやっていけるかなぁ…。」


と珍しく弱音を吐いていた。


体育館前の廊下に並んだ新入生の列が段々と短くなっていく。吹奏楽部の生演奏が聴こえてきた。耳がいい椿は「フィガロの結婚だぁ…!」と呟いて見なくても分かるくらい目を輝かせた。

いよいよ入場だ。吹奏楽部の音に負けないくらいの拍手が聞こえる。照れて顔がちょっとだけにやけてしまって、恥ずかしくて小走りで自分の席に向かった。



……であるからして、我が校には先程も言った通りほかの学校には無い素晴らしい伝統がありまして、この制度はその中のひとつに当たります。狙いといたしましては、君たち未来を担う若人の可能性を広げることにございます。なので是非とも君たちには二兎も三兎も追って頂きたく……」


校長挨拶、かれこれ20分位続いているんじゃないのか。1時間以上に感じるけど。これが相対性かぁ…。なんて考えながら緊張しているはずの周りの新入生を見渡す。みんな眠そうに目を擦っている。ちなみに隣の椿は寝ている。綺麗な髪の毛をだらしなく垂らして、俯いてこっくりこっくりしている。


親友が注意されるのも忍びないから、船を漕ぐ椿に助け舟を出す。


「ちょっと、椿起きて。校長挨拶中だよ。次私の代表挨拶なんだから。」


なんて囁きながら原稿が入っている封筒をひらひらさせた。


「んん…?あれ、まだ終わってないの。寝ちゃってた。……ねぇ、友よ。」


「なにさ我が親友。」


「今ここで、拍手が起こったらどうなるのかな。校長挨拶中断したりしないかな。」


「ちょっともう、やめなよ。」


椿の思いつきに、冗談だろうと思った私は軽くつっこむ。椿は神様に祈るみたいな仕草をして、3回ほど軽く柏手を打った。


その瞬間、あちこちから拍手が聞こえてきた。一際大きな音が体育館の端っこから聞こえた。私は見逃してなかったぞ教頭先生。

壇上の校長は見るからにあたふたして、ハンカチでピカピカの頭を磨いていた。


「あ、えと、拍手ありがとうございます、これでね、校長挨拶とさせていただきますがね、本日は本当にご入学おめでとうございました。」


話が長すぎたことにようやく気づいたのか、いそいそと話を締めくくった。ちょっと可哀想になってくる。隣の椿は


「ぇっ、あぇ、やっちゃった?うちやっちゃった?助けてさくらぁ…。」


と蚊の泣く声で私の腕を引っ張る。律儀に罪悪感を抱く椿がちょっとかわいいと感じてしまう。


「えー、続きまして、新入生代表挨拶。7組宮城桜!」


教頭先生の司会が進行する。声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。


「はい!」


体育館の端まで届けられるように返事をする。立ち上がって椿の手を振りほどく。後ろで「頑張れ桜」と激励の声がする。にやつく頬を内側から噛んで我慢した。体育館中の視線を奪っていると考えると手がしっとり湿ってくる。緊張を壊したくて両手を握りしめて壇上に上がる。

先程の挨拶中断でイライラしてるのか、校長は無実の私を目力で圧倒してきた。正直ちょっと怖い。さっさと原稿を読んでしまって、早く壇上から降りてしまおう。右手に持っている『 代表挨拶』と筆ペンで書かれた封筒の中身を取り出そうとした。


が、右手にあるのは手汗のみで封筒は無かった。じわりと先程までかいていた汗とは違う冷たい汗が背中を這った。肩についているゴミを見るふりをして後ろをチラ見する。


空席の隣の椿を見つけた。椿は白い封筒を額の上にひょこっと掲げて見るからにあわあわと落ち着きがない。私の視線に気づいた椿は原稿の入った封筒をペンライトみたいに振った。


そこでようやく理解した。席に封筒を忘れてくるという、とんでもないことをしでかしたことに。


またやった。また忘れた。本日2回目だ有り得ない。どうする。今から席に戻ってあの封筒を持ってくるか?いや、それは出来ない。そんな恥をかいてしまったらこれからの学校生活に支障をきたしまくってしまう。でもそれ以外になにか方法があるか?


ダメだ悩んでる時間は無い。客席がざわめき始めている。校長の眼光がどんどん鋭くなっていってる。考えろ、考えろ考えろ!自分で蒔いた種は自分で回収しろといつも言われているだろう宮城桜!忘れ物に苦しめられるのはもう嫌だろう!!!



ふ、と思い出した。お母さんと職員室で別れた時、手渡されたパンフレット。


『このパンフレットどうしよ…あっそうだ。胸ポケットにしまっちゃお』


確か胸ポケットにしまったはずだ。ゴソゴソと探る。見つけた。3つ折りのパンフレット。原稿用紙と形が似てる。


大丈夫。パンフレットは私の背中で見えない。それにさっきの校長挨拶で気が緩んで寝ている人もきっといる。大丈夫大丈夫。誰も私に注目してない。誰も私を見ていない。大丈夫。

校長の鋭かった目が大きく見開かれた。気づかない振りをする。マイクの前で、大きく息を吸った。


「暖かな春の訪れと共に、私たち、新入生360名は第一学園の門をくぐりました。」


私は、パンフレットを開いて、頭の中にこびり付いている代表挨拶を読み始めた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ