スケルトンの田中
俺の名前は田中。
スケルトンとなってこの世界に転生してからもう何年だろうか。
ひとまずこの世界がかつていた俺の世界にあったゲームの中の世界であるってことは覚えているのだが、それ以外の向こうの世界の記憶は大方忘れてしまった。
まあ、それぐらい時間が経っているということだ。
いや、もしかしたらそこまで時間が経過していないのかもしれないが、なんせ俺の生きるこの地下世界、ゲーム上での正式な名称である隠しダンジョンは常に薄暗く昼夜のない場所なものだから、時の流れを感じにくい。
とりあえずなんだかんだ生きている俺の元には幸か不幸か時折こうしてお客さんが空から落ちてくる。
俺はスケルトンだがそれは外見上の話であって、確かキャラクターの外見を変えられるなにかしらのアイテムを使ってこの姿になっているだけだ。
つまりは理性のない魔物なんかではなく、目の前の彼女たちと変わらずちゃんとした人間であるはずなのだ。
たぶん。
まあ、ちょっとカンストまでやり込んで仕上げたキャラなものだから、こっちの世界の住人からしたら化け物中の化け物みたいなスペックはしているけど。
ひとまず俺についての説明はこんなもんでいいや。
誰に説明してるかはわからないけどな。
如何せん話し相手も滅多に現れない一人の時間が長いものだから、ついつい一人ぶつくさ呟いてしまう。
さてさて、現状に目を向けるとしよう。
俺はその日もペットのエンペラースライムにお手製のご飯を上げようと、腕によりをかけた料理を持ってここまでやってきた。
するとどうでしょう?
こりゃまた可愛らしい女性のお客さんがいらっしゃったようではありませんか。
燃えるような赤い髪をポニーテールにしたなんとも快活そうな女性。
息一つ漏らすまいと口元に硬く手を当て、青ざめた顔をしている。
目元にはうっすら涙の跡があり、恐怖と困惑の色をその瞳に浮かべながらこちらを見ている。
ここを訪れる誰もが最初に俺に向けるお馴染みの視線だ。
まあ、いつものことですな。
こういった場合にこちらが取るべき対応は一つ。
ひたすらしゃべりかけるに限るってもんだ。
「おーい、お嬢ちゃん。
名前はなんていうんだい?」
俺が陽気にそう訊ねるが、当然反応はない。
これも慣れたもの。
やっぱりこの外観がいけないのか、俺の問いかけに最初から返事してくれたものはいない。
そりゃあ、スケルトンが喋りかけてきたらどう反応していいかわからないよな。
めげないめげない、どんどんいこう。
「おっと、失礼。
こちらから名乗るべきだったね。
俺の名は田中。
スケルトンの田中さ」
俺はコック帽を取ってくるりとその場で一回転してから、劇団員のように優雅に頭を下げた。
男性の来訪者ではあまり効果がないが、女性の訪問者であればこのどこかポップでコメディ色の強いこの掴みが意外と緊張を和らげてくれるのだが、果たしてこの娘はどうかな?
「それで君のお名前は?」
「……ア、アリア」
脅えたか細い声で彼女はそう答えてくれた。
よっしゃ、もう名前を聞き出せた。
上出来、上出来。
この調子でどんどん彼女の警戒を解いていこう。
なんだかやってることがナンパ師みたいになってきてるように感じるが、ちゃっちゃとこの状況を打破しないと先に進めないからな。
エンペラースライムのスラちゃんにエサも与えられない。
ひとまずスラちゃんの頭の上から降りてもらわんと。
「そうかそうか。
アリアちゃんっていうのか。
いい名前だねえ。
そうだ、怪我はしていないかい?
ここを訪れる人たちは大半どこか傷を負ってるんだよなあ。
きっとアリアちゃんもそうなんじゃないかい?」
俺がそう聞くと、彼女は自身の左腕にちらりと目をやってそれから痛そうに顔を歪めた。
「あー、やっぱりどこか怪我してるみたいだねえ。
ここからじゃ治癒できないから、そっちに行ってもいいかい?」
そう問いかけると、彼女は少し狼狽え、もぞもぞと尻を動かして後ずさりする。
あー、やっぱりまだそこまで心許してないか。
そりゃそうだが、まあ、本当はこうして向こうの判断を仰ぐ必要なんてないんだけどな。
どれだけ拒絶されようが、ここで死なれたら俺の寝覚めも悪くなるから強制的に治癒させてもらうんだけど、幸いにもいますぐ命に係わる傷じゃなさそうだし、なんせ相手はレディーだ。
俺が紳士であることを証明するためにも辛抱強く対話をして、彼女との距離を縮めるとするさ。
「大丈夫大丈夫。
君を取って食ったりしないよ。
絶対に君に危害を加えないことを俺のスケルトン魂にかけて誓うさ。
おまけにこの俺の立派な大腿骨を使って立派な武器を作ってあげよう。
王侯貴族もよだれもののすっごい武器だぞ!」
俺が自身のむき出しの大腿骨を指さしながら、彼女に見せびらかすようにぴょんぴょん跳ねていると、そのシュールな光景に少し恐怖感が解れたのか、彼女は自身の判断に躊躇いを感じながらも、ゆっくりと頷いてくれた。
「オーケーオーケー。
じゃあ、今からそっちに向かわせてもらうからね。
ビビッてスラちゃんから転がり落ちないでくれよ」
俺はぴょんと軽やかに跳躍し、彼女のいるスラちゃんの上に飛び乗り、近くで見る俺の姿にビクッと身体を震わせる彼女にゆっくり近づいていく。
「あらら、左腕ぐちゃぐちゃじゃないの。
こんな可愛らしい女の子に酷いことするなあ。
スケルトン魂の風上にもおけない行いだよまったく。
きっと肋骨とかもいっちゃってるんじゃない?
まあ、これでいいでしょ。
ほい、パーフェクトヒール」
俺が治癒魔法を唱えると、彼女の腕がみるみる元通りになり、身体の至る所に散見される切り傷擦り傷の類もすべて消え去った。
すっかり血色の良くなった彼女がきれいになった左腕の動きを確かめ、傷の消えた肌を撫で、それから驚愕の表情を浮かべて俺を見る。
俺はそんな彼女にバキュンとウインクを飛ばす。
ふっ、決まった。
これぞスケルトン魂。




