続×2・親友のヒロインちゃんへ【殿下の前で盛大に転んでしまって困っています】公爵令嬢より
「殿下・相談・求む」
放課後の屋上、目を血走らせた親友の公爵令嬢に迫られる。よっぽど緊急事態のようだ。そりゃ二回も相談が流れたから当たり前か。
「わっ、わかったよ! 今度こそ相談に乗るよ。ってか前回はあんたが――」
「なんですって?」
「ごめんなさい」
怖い。本気で怖いわ。今日も流れたら刺されそうだ。
「……昨日ね、わたくし自身で解決しようと思って殿下を呼んだのよ」
いきなり語りだした親友。いったい何があったのだろう。
「待ち合わせるところまでは良かったんだけど、また緊張しちゃってね、つまづいて転びそうになったの。そしたら――」
顔を真っ赤にして震えだす。そんなに恥ずかしいことがあったのだろうか? もしかして転倒したのをいいことに、狼になった殿下にエッチな悪戯をされたとか?
親友の身に起こったことを想像して生唾を飲み込んだ。これは覚悟して聞かなきゃいけない。
「殿下がとっさに手を差し出してきて、それが偶然わたくしのむっ、むっ、むっ――」
「むっ?」
「胸に触れちゃったのよううううう!」
うわぁ、心底どうでもいいな。
「すぐに謝ってくれたんだけど、胸を触られたのよ! まだ手をつないだことも無いのに、いきなり胸を――これはもう純潔を失ったようなものだわ!」
いや言いすぎだろ。殿下も気の毒だな……ここはフォローしたげないと。
両手で顔を覆って泣き出した我が親友を見て思う。これは重症だ。
「胸くらいいいじゃん。どうせ付き合ったら何度も揉ませることになるしさ、それくらい我慢しないと」
「あなたと一緒にしな――あっ、ごめんなさい……」
「どこ見てんじゃボケ! なんだ? 『揉ませる胸がないやつが言っても説得力がないな』って思ってるんか!?」
「そっ、そこまでじゃないわよ。ただ、【冗談は胸だけにしてちょうだい】って考えただけで」
「同じじゃねーか!」
わーぎゃーとまた喧嘩をする私たち。今回も止めるものがいなく、しばらく醜いキャットファイトが続いた。もちろんこの間は殿下のバックアップなんてしない。私のプライドの方が大事である。
「はぁ、はぁ、はぁ、それで、あんたは何がしたいのよ? 文通は今まで通りしてるんでしょ?」
結果はまたしても引き分けに終わった。私と令嬢、その実力は全く同じである。歪みがない。
「もちろん文通はしてるけど、そのやり取りもよそよそしくなってるから困ってるのよ」
「どういうこと?」
ポケットから手紙を取り出し、私に差し出してきた。
「この部分を読んでちょうだい」
「殿下からの手紙?」
受け取って内容を確認する。指し示られたところにはこう書かれていた。
【――君のことを想うといつも胸がチクリと痛むんだ。早く君と共に歩けるようになったらどんなに素晴らしいか……以下略】
「ちょっと、殿下にここまで言わせといてまだ一緒に歩けてないの?」
「仕方ないじゃない! 発作が起きるんだから! これでも頑張ってるわよ! それよりもここ、ここに注目して!」
「なんも気になるところなんてないけど、どこのこと?
「はぁ!?【胸】って書いてあるでしょ!? きっとわたくしの胸を触ったせいだわ! ああ、殿下がちょっとエロティックな殿方に!」
考えすぎでしょ。頭おかしいんじゃない?
「エロティックなのはあんただろ。このピンク令嬢」
「なんですって!?」
「あっ、ごめん。つい本音と建前が逆に……」
「建前もそんなに変わってないと思うような気がするんだけど!?」
しょうがないじゃないか、心の声が一致するほどなんだから。
「本当に考えすぎだって。【胸がチクリと痛む】なんてよく使われる表現じゃん」
「そうだけれど、次の手紙を読んでみなさいよ」
ポケットからもう一枚の手紙を取り出して、乱暴に突き出される。殿下にプライバシーはあるのか?
「まだあるの? あまり他人の手紙を読ませるのはいい趣味とはいえないんだけどな」
「殿下から許可は貰ってるわよ。発作で死にかけたけど」
「そうなんだ。じゃあ読ませてもらうけど……お大事にね」
そんな我が親友が命がけでもってきた手紙を開く。内容はこう記されていた。
【君がいつも僕のせいで倒れるけど、そのたびに申し訳なく思って胸が痛むよ。体調はどうだい? 省略――早く一緒に手をつないでどこかに行きたいね。考えるたびに楽しくなって胸が躍るよ。君は初デートはどこに行きたい? 僕は自然が好きだから森林浴に行きたいね。省略――ああ、君のことを想うといつも胸の鼓動が高鳴るよ】
「三回も! 三回も胸って書いているのよ! これはもう変態殿下だわ!
「いやっ、これはただの表現……確かに胸って使い過ぎだけどさ、それは殿下の使い方が悪いだけで――」
「殿下を馬鹿にしないでくれる!?
「変態殿下って呼んだやつに言われたくねーよ!
もう、なんなんだこいつは……ショックで頭が変になっちゃったのか?
「ああ、どうしましょう! このままだと大変なことになっちゃうわ」
「大丈夫だって。気にしすぎだよ」
「でも放ってはおけないわ。このまま変態の道を突き進んだら、変態王子としてみんなに避けられちゃうかも……そしてそれを憂いた民衆たちが反乱を起こして――国家滅亡」
かなり飛んだな! 胸って三回繰り返しただけでここまで思い詰められるとか、殿下も可愛そうだ。
「ちょっと突拍子すぎるよ! 確かに表現の仕方が少しおかしいけどさ、いくら何でもそれだけで国家滅亡とか考えすぎ! もうちょっと冷静になろうよ!」
「そんな、わたくしはいつだってクールだわ!」
髪をかき上げて決め顔をする我が親友。これまでの会話からして分かると思うが、ただのバカである。テストの点数はいいのに、なぜこうも頭が悪いのか。
「とにかく、もう少し殿下を信じようよ! これだけで変態扱いされるとか気の毒過ぎるから!」
親友に詰め寄りながら熱く語る。こんなことでもし別れるようなことになったら不味い。まだ二人はデートすらしていないのだ。
「ーーわっ、分かったわよ。わたくしもちょっと思い詰め過ぎていたようね」
説得して小一時間、ようやく分かってくれたようだ。辺りはすでに薄暗くなっていた。
「はぁ、納得してくれてよかったよ。それじゃあそろそろ帰ろうか」
「えっ、ええそうね。遅くまで付き合わせて悪かったわね」
「ん、良いよ別に。またいつでも相談乗るよ」
時間も遅くなったのでそろそろ帰ろうかなと出口の方に向かと、ちょうど見覚えのある人物が扉を開けて声をかけてきた。
「むっ、胸……あっ、間違えた。令嬢ちゃんとヒロインちゃん、そろそろ帰らないと怒られちゃうよ!」
「本当に変態だったのかよ!」
殿下に対しての説教は二時間ほど続いた。
説教エンド!
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