第八話 手料理と味見
眠い……。
結局昨日は3人で夜遅くまでゲームをしてて、寝たのは2時か3時くらいだった気がする。
せっかく掃除をしたリビングの掃除をやり直しだ。
と言ってもテーブルやソファの周りを片付けて掃除機をかけるくらいなんだけど。
女子グループは10時くらいに梨愛が連れて来る予定だ。梨愛は中学の頃何度か家に遊びに来た事がある。
真吾と貴之は何やら髪の毛をセットしたりして身だしなみを整えている。
昨日の話を聞く限り、二人とも好きな相手と会う事になるので気合が入ってるのだろう。
そうこうしているうちにインターホンが鳴る。
「ゆーくーん! 来たよー!」
梨愛だ。そろそろ呼び方をどうにかしてほしい。
うちはマンションなのでオートロックを開け、上がってきてもらう。
「お邪魔しまーす」と言いながら買い物袋を提げた女子グループがぞろぞろと入ってくるので台所に案内して荷物を置いてもらった。
普段みんなの制服姿しか見た事がないので私服姿を見ると印象が違う。5月だがもう気温的には暑くなってきているので肌色が多い。特に陽向さんや梨愛は自慢の胸を強調するような割と攻めた格好をしているので目のやり場に困ってしまう。
「一人で暮らしてるにしては割と綺麗にしてるんだねー」
キョロキョロとリビングを見渡している梨愛。それにしても流石に11人もの人数がリビングに集まるとなかなか窮屈だ。テーブルが小さすぎると思う。
「やっぱりこの人数だとテーブルが小さすぎるな」
「そうだね、あと1人来るしねー。そこでこれを買ってきましたー!」
ジャーンという擬音と共に梨愛はレジャーシートを何個か取り出す。
いち、にー、さん、しー……。言われて数えてみれば女子は7人しかいない。あれ? そういえば望月さんがいないな。昨日話題に上がっていた望月さんがいない。
「あれ? そういえば来海ちゃんは?」
「少し用事があって1時間くらい遅れるって。後で駅まで迎えに行ってあげてね」
なるほど、これは真吾の仕事だな。と思いながら貴之と真吾の方を見ると目が合い、それぞれが無言で頷く。どうやら3人共同意見のようだ。
「よし、みんな作ろっか!」
梨愛が言いながら立ち上がるとみんなも立ち上がり、キッチンに向かう。社会科学習では陽向さんがリーダーだったが、今日は梨愛がリーダーのようだ。こういうイベント事の時に梨愛はかなりのリーダーシップを発揮する。
梨愛と陽向さん、勝川さんの3人は持ってきていたエプロンを付けている。料理担当なのだろう。
梨愛はいつも自分で弁当を作って持ってきている。陽向さんは料理もできるようだ。できない事はないんじゃないだろうか? あ、でもカラオケは苦手って言ってたっけ。でもあれは聖月さんだけなのかな。
キッチンに何人もいても邪魔になるだけなので残りのメンバーはテーブルを移動したりレジャーシートを広げたりして飲食スペースを作っていたがそれもすぐに終わってしまう。
料理をしている人達に悪いので遊ぶ訳にもいかず、料理担当を眺めていた。3人は分担して手際よく料理を進めているように見える。梨愛はいつものポニーテールだが陽向さんは長い髪をアップにしてクリップで留めている。うなじが見えているのもあって妙に色っぽい。
一瞬目が合った陽向さんはこちらに向かって妖艶な微笑みを見せたような気がした。
少しづつ料理が出来てきたようで、残りの女子はキャッキャと騒がしくしながら出来た料理の盛り付けをし始めた。
真吾も望月さんを迎える為に駅に向かった為、リビングには貴之と俺が取り残される……。できる事もなくて気まずい……。
再び陽向さんと目が合う。チョイチョイと手招きをされた。何か手伝う事があるならこの気まずい空気から解放されると思いながらキッチンに入ると陽向さんはコンロでスープを温めていた。
「ちょっと隣に来てもらえる?」
陽向さんの左隣に行くと、陽向さんが俺の右手に左手を絡めて身体を寄せてきた。非常に柔らかいものが右腕に押し付けられる。今日の陽向さんは薄着なのでダイレクトに感触が伝わる。一瞬頭が真っ白になるがすぐに正気に戻り、左に逃げようとしたがすぐ左では勝川さんがいて逃げ場がなかった。
陽向さんはスプーンを取り出し、スープを掬うと目を閉じて唇をすぼませるとスプーンに向かってフーフーと息を吹きかける。その姿はキスを連想させ、非常に煽情的だ。陽向さんほどの美少女が行うその仕草は、腕に感じる感触も相まって破壊力がすごい。
陽向さんは何度か息を吹きかけた後、こちらを上目遣いで見つめながらスプーンを俺の口の前に運ぶ。
「はい……あーん……」
あ、あーん……?? ついに思考がフリーズしてしまった。
「味見して欲しいの……ほら、早くぅ……口を開けて……」
言われるままに口を開けるとスープが口の中に流し込まれる。甘みのあるオニオンスープだ。
俺がスープを飲むと、陽向さんは俺のほうを向いたまま目を閉じスプーンを自分の口に入れてわずかに残っていたスープを飲み干していた。
「どう?」
「美味しかった」
「そう……よかった……」
陽向さんはスプーンをシンクに置くと、俺に絡めていた手を離し、俺から離れた。
すごく長い時間のように感じたが、周りの人達は気付いていないようで、すごく短い時間の出来事だったのかもしれない。
その場に突っ立ったままぼーっとしていたら今度は左手に何かが抱きついてきた。
「ゆーくん! こっちも味見してもらえるかな!!」
今度は左腕に柔らかいものが当たる。さっきの押し付けられるような感じではなく、当たっている。
梨愛は楊枝にさした唐揚げを口に押し付けてくる。思わず口を開けると唐揚げが口の中に放り込まれた。
「熱っつ!!」
唐揚げは揚げて間もないのか、火傷しそうなくらい熱かった。口の中を火傷しないようにほふほふと口の中で動かし、温度を下げる。
「どう? 美味しい?」
熱いだけで味も分からないしすぐに答えられる状況でもない。
「とにかく熱かった」
ようやく飲み込んで感想を伝えると脇に肘打ちをされた。痛い。
「ふん! もう邪魔だからあっちで待ってて!」
リビングで待ってろと命令され、すごすごとリビングに戻った。
「ご愁傷様」
「あぁ……」
梨愛との一部始終を見ていたであろう貴之に嫌味を言われるかと思ったが、同情されてしまった。
真吾が望月さんと一緒に帰って来た頃にはさっきの唐揚げやスープ、リクエストをした春巻きやピザ等の料理がリビングにどんどん並び、レジャーシートの上はかなり華やかになっていた。
「よし、これで全部できたかな?」
梨愛と陽向さんが最後の料理を持ってくると、レジャーシートの中央に並べられる。
中心に料理が並べられ、それを囲むように11人が座っている。お茶やジュース等各々好きな物を紙コップに注ぐと、俺の向かい側にいる梨愛が立ち上がる。貴之はちゃっかり梨愛の隣に座ってるし、真吾も望月さんの隣に座っている。
「よし、じゃあ社会科学習、陽向グループの打ち上げを始めるよ! リーダーの月菜ちゃんに乾杯の音頭を取ってもらいます。月菜ちゃんどうぞ!」
梨愛を挟んで逆側に座っている陽向さんが立ちあがる。
「お疲れ様でした。みんなのおかげでいいレポートが書けたと思います。優秀賞が取れる事を願って、乾杯!」
3人が中心となって作ってくれた料理は非常に美味しかった。やっぱり久しぶりに食べる手料理というのは格別だ。わいわいと騒いでる場の雰囲気もあり、みんなの箸も進み、俺も思わず食べ過ぎてしまった。