第五話 美少女の秘密
最初に出されていたコーヒーを飲みながら待っていると、コンコンと扉がノックされ、陽向さんが帰ってきた。
「お待たせしました」と言いながら店長に向かって頭をさげた陽向さんは俺の隣に座った。
「ノートいいかしら? 後は任せて」
ノートを渡すと、一通り目を通してから陽向さんは質問を始めた。
俺が質問をしていたときとは違い、陽向さんに意識を向けている店長は陽向さんの質問に対してしっかりと受け答えをしていた。
隣から陽向さんを観察していると、受け答えをしながら笑顔を向けたり大げさに驚いてみたり。相手を自分のペースに引き込みつつも相手の話をしっかり聴きながら相槌を打ち、話しやすい雰囲気を作っている。
さっきまでこういうのが苦手と言っていたが、これで苦手というなら得意な事はどれだけできるのだろうか。
「本日はありがとうございました」
陽向さんに交代してから30分程度で予定していた質問を全て聞く事ができた。店長の個人的な意見だけではなく、オフレコとした上でフランチャイズ本部の意見や考え方も教えてもらう事ができた。これは陽向さんだからこそ引き出せた結果だろう。
「はぁ……。愛想笑いをずっとしていたから疲れたわね」
二人で店を出た瞬間そんな事を言い出す陽向さん。
「陽向さんが代わってくれて助かったよ。俺だけだとあんなにいろいろと聞き出せなかっただろうし」
「気にしないで。最初から私が対応できればよかったんだけど、今日に限って……。それよりもお腹空かない?」
「確かにお腹空いたかも……」
言われて見ればお腹が空いていたので時間を確認するとお昼前だった。
「じゃあ一緒に食べに行きましょ。何か食べたい物はある?」
当初の予定の梨愛も含めた三人という状況ならともかく、二人きりなので取材が終わったら解散だと思っていた。まさかお昼のお誘いがあるとは思っていなかった。
「特にないから陽向さんに任せるよ」
そう伝えると陽向さんは不機嫌そうに少し目を細めてこちらを見た後、「ついてきて」と言い、歩きだした。
みるからに少し機嫌が悪くなったようで話しかけづらい雰囲気だ。無言で着いていくが朝よりも居心地が悪い。
着いたのは小さなカフェ。まだお昼前の時間という事もあってか、店内は空いている。
「ここにはよく来るの?」
「学校帰りに友達と一緒に何度か来た事があるわ。ランチに来るのは初めてだけど」
相変わらず人を寄せ付けないようなオーラを出してる陽向さん。
なんでもいい的な返事はまずかったか。
ランチメニューは日替わりでパスタ、ピザ、ドリアの3種から選べるようだ。俺はドリアを選び、陽向さんはパスタを選んだ。
注文を終えると、陽向さんは少し席を外すわねと言い残し、トイレに向かう。
しばらくして席に戻ってきた陽向さんはさっきまでのツンツンとした雰囲気ではなく、朝の柔らかな雰囲気に戻っていた。
陽向さんは頬杖をついてこちらを見ながらニコニコしている。
「また会えた」
「え?」
ちょうどそのタイミングで料理が運ばれてきた。
「あ、ご飯来たね。先に食べよ」
今日のドリアはチキンときのこのドリアだった。普段こういうお店でランチを食べる事はほとんどないのだが、ファミレス等で食べる物よりは全然美味しかった。
陽向さんはベーコンとほうれん草の和風パスタだ。ニコニコしながら食べているのできっと美味しいのだろう。時折頬っぺたに手を当てて幸せそうな顔をするのがとても可愛い。
ほんとに見惚れる程の美少女だ。この店に来るまでも男女問わず周囲の視線を集めていた。
二人共食べ終わるとお皿が下げられる。
「あ、そうだ! 忘れないうちに」
陽向さんはバッグの中から紙袋を取り出し、その中から本を二冊取り出す。
前に借りたラノベの2巻と3巻だ。
「これ、続きが読みたいって言ってたよね。また読み終わったら学校に持ってきてくれたら大丈夫だから」
「ありがとう。続きが気になってたんだ」
「悠雅君はそういう本好きなの?」
ん?
「割と好きかなぁ」
なんかこのやりとり前にもなかったっけ?
本を受け取り、自分の鞄に入れていると食後のアイスコーヒーが二つ運ばれてきた。
「今日はわたしのせいで迷惑かけてごめんね」
「いや、最終的には陽向さんに助けられたし、全然迷惑とかじゃないよ」
陽向さんはシロップを入れてアイスコーヒーを見つめながらストローを回している。
カラカラと氷がグラスに当たる音が響く……。しばらくカラカラという音が続いた後、ストローに口をつけてコーヒーを一口飲んだ陽向さんは顔をあげて「よし」と小声で呟いたあとこちらに向いた。
「……今から言う事は絶対他の人に内緒にしてほしいんだけど」
何か悩み事があるのだろうか? まさかの恋愛相談とか? 自分で言うのもなんだが口は堅いほうだと思う。
「わかった。誰にも言わない」
「悠雅君はわたしの下の名前知ってる?」
学校で一番有名な陽向さんのフルネームくらいは流石の俺でも知っている。
「陽向さんの下の名前? たしか……月菜さんだよね」
「正解! よく知ってるね。でもわたしは月菜じゃないの」
「へ……? なにそれ?」
「そうだねぇ……。分かりやすく言うと陽向月菜は多重人格で、わたしはその月菜本人じゃない人格」
多重人格? いや、もちろんその言葉は聞いた事はあるしどのようなものかは分かる。でも実際に多重人格の人に出会った事はないし、自分の身の周りにいるとは思わなかった。
「悠雅君は心当たりあるんじゃないかな? 学校でのわたしと今のわたし。ペットショップで会ったときのわたしに本屋さんで会ったときのわたし」
確かにそう言われてみればいつも学校以外で会う陽向さんに対して違和感は感じていた。
「何故かはわからないけど悠雅君は月菜以外の子達と関わり合いを持つ事が多いから、悠雅君が混乱しないうちに伝えておこうと思って……。それにあの子達に悠雅君の事を聞いてわたしも悠雅君に会ってみたくなったしねー」
陽向さんはこういう冗談を言うようなタイプではなさそうだし、納得できる部分もあるがまだイマイチ信じきれない。
「すぐに信じられないとは思うけど、そういう事だからよろしく。ちなみにわたしの名前は菜月だよ」
月菜と菜月って漢字をひっくり返しただけだね。誰が考えたんだろう。
「さっきあの子達って言ってたけど他にも人格? がいるんだよね?」
「そうだね、ペットショップにいた子が葉月、本屋にいた子が聖月だね」
疑問を解消しようとして質問をしたが、余計に混乱してきた。仮に多重人格が本当の話だったとして、違う人格同士がお互いを認識する事も可能なのだろうか? 『あの子達に聞いて』と言ってたという事は人格同士で会話のようなものができたりするのか?
そもそも陽向月菜さん自身はどこまでこの事を知っているんだろう?
「陽向月菜さんは自分が多重人格という事はもちろん知っているんだよね?」
「そうだね、自分が多重人格という事は知ってるよ。でもわたしが彼女に伝えたのはそれだけ。わたし達は彼女と直接会話をする事はできないから……。悠雅君にはわたし達と彼女の橋渡し的な役割もしてほしいと思ってるんだよね」
月菜さんとの橋渡し……正直少し面倒な気もする。何より学校でのツンツンしていて当たりの強い陽向さん、つまり月菜さんの事が少し苦手だ。
「少し考えさせてもらっていいかな?」
「うん、もちろんいいよ。もし気になる事があれば葉月に聞いた連絡先にいつでもメッセージしてね。あれはわたし達用のスマホのIDだから。悠雅君が苦手な月菜が見る事はないから安心してね」
何故か月菜さんの事を苦手だっていう事がバレていた。
多分今日陽向さん……いや、菜月さんから聞いた話は本当の事なんだろう。俺にドッキリを仕掛けたりからかったりする意味がない。
お昼を食べた後は特に用事もなかった為、まっすぐ家に帰ってきた。
菜月さん曰く俺だけが知っている陽向さんの秘密。
菜月さんは月菜さんと直接会話はできないと言っていたから今日菜月さんと多重人格の事について話をした事は陽向さんには伝わっていないよね。
でもよくよく考えると菜月さんは月菜さんにどうやって多重人格の事を伝えたのだろう?
落ち着いて考えると他にも気になる事はたくさんあるけど、あまり首を突っ込むべきではない気もする。
うん、あまり関わらないようにしておこう。




