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第三十二話 餌付け

「それにしてもなんだか雰囲気悪いよな」


「だな」


 真吾と貴之は周りを見渡しながら悪態をついていた。


「とりあえず飯食おうぜ」


 気にした所でどうにもならないのでさっさと飯を食って教室に戻るのが一番だ。


「あれ? 月菜ちゃんおかず残してるの珍しいね」


 望月さんの言葉に華月ちゃんのお皿を見ると、綺麗にピーマンだけが残されていた。子供かよ!


 って今は十歳の子供だった。


「ピーマン苦手で……」


「そうだったっけ?」


 望月さんは首を傾げているが、確かに月菜さんが食べ物を残す姿がイメージできない。


 どうやら人格が変わると性格や喋り方だけではなく、好き嫌いも変わるようだ。


「そういえば中間テストも終わったしこの週末悠雅の家に遊びに行っていいか?」


「俺の家に?」


「え? ずるい。真吾君が行くなら私も行きたい」


「貴之も暇か?」


 あれ? 俺が許可してないのにどんどん話が進んでる?


「あー、悪い、俺は用事あるからパス」


「そっか、じゃあとりあえず俺と来海で遊びに行くけどいいよな?」


「別に俺も予定ないからいいけど」


 カップルで来るのはいいけど目の前でイチャイチャするのはやめてくれよと思いながらカレーを食べていると、なぜか視線を感じた。


 顔を上げると無言でこちらをじっと見る華月ちゃんがいた。


 心なしか目は細められていている。


 忘れてた。今家には華月ちゃんがいるんだった……。


「あ、そうだ。どうせならいつもみたいに土曜から泊まってもいいか?」


「えー? 真吾君泊まるの? いいなぁ。私も泊まりたい。お母さん許してくれないかな。聞いてみよっと」


 カップルを家に泊めるとか普通に嫌なんですけど。夜に変な事始められても困るし。


 いやいや、そんな事よりも華月ちゃんを一人で家に帰すわけにもいかないし流石に泊まりはまずい。


「私も遊びに行ってもいいかな?」


 どうしようと悩んでいたら声を上げたのは華月ちゃんだ。


 月菜さんがまさかそんな提案をするとは思っていなかったのでみんなの視線が集まる。


「出来れば私も泊まりたいなぁ……なんて。ダメ……かな?」


 月菜さんはそんな事を言うようなキャラじゃないですよ。華月さん……。


 確かに華月ちゃんを家に泊める為にはそれしかないのかもしれないけど。


 周りを見るとみんな訳がわからないといった感じで呆けていた。


 だがみんなの気持ちもわかる。


 真吾が遊びにきて泊まるのは分かる。


 望月さんが真吾と一緒に遊びに来て泊まるのはまだ分からなくもない。


 月菜さんが遊びに来て泊まるのは全く意味が分からない。


「月菜ちゃんも泊まるの?」


「……望月さんと一緒に泊まりたいなぁと思って」


 周りの反応を見てようやく自分がおかしな事を言ったのに気づいたようだが、今更気づいてももう遅い。


「じゃ、じゃあとりあえず明日から真吾と望月さんと……陽向さんが泊りがけでうちに来るという事かな?」


「そうだな、明日はよろしくな」


 この場の空気に耐えられそうになかったので話をまとめた後、残っていたカレーをかき込んで食堂を後にした。



「ごめんなさーい」


 玄関を開けた瞬間、待っていた華月ちゃんに謝られた。


「なんだかお泊り会が楽しそうでつい……」


 どうやら自分がこの家に泊まっているのを誤魔化そうとしたのではなく、単純に楽しそうだったから思わず遊びに行きたいと言ったらしい。


「結果的に華月ちゃんを一人で家に帰さなくてよくなったんだからよしとしよう」


「はい……」


 泣きそうなくらい落ち込んでいる華月ちゃんを見てるとなんだか可哀想になる。


 気が付くと俺の手が華月ちゃんの頭に伸びていた。


「そんなに気にするな。なるようになる」


「うん」


 頭を優しく撫でているといつもの調子に戻ってきたようだ。


 とりあえず晩御飯どうしようかなと思いながら手を離すと寂しそうな表情でこちらを見上げてくる。


 もう一度頭に手を乗せて撫でると目を細めてゴロゴロと音が聞こえてきそうなほど気持ちよさそうな顔をしている。


 手を離す、撫でる、手を離す、撫でる。


 その度に表情がコロコロと変わるのが楽しくて遊んでいたら睨まれた。


「もー。絶対華月で遊んでる」


 頬を膨らませて怒ってる顔も可愛い。


「ぎゅー」


 口を尖らせたまま手を広げている。


「とりあえず晩御飯だな」


 流石に抱きしめるのはいろいろとまずいと思ったのでスルーして部屋に向かうと後ろからむぅーという不満の声が聞こえてきた。



「とりあえず明日はさっきみたいなスキンシップは禁止な」


「わかってるってば」


 余っていた野菜を使って作った野菜炒めをつつきながら明日の事について話をする。


 真吾達の目の前でいつものように懐かれると非常に困る。大丈夫だろうか。


「ちゃんとピーマンも食べろ」


 昼と同じようにピーマンが皿の端によけられている。


「えー。ピーマン苦いから嫌い……」


「そっかぁ。俺が愛情を込めて作った料理が嫌いかぁ」


「その言い方はずるい……」


 観念したのかしぶしぶピーマンを口に入れて不味そうな顔をしている。


 ずっと口が動いていてなかなか飲み込めないようだ。


「あーん」


 見かねた俺は華月ちゃんのお皿のピーマンを箸でつかんで口の前に持っていく。


「腕が疲れてきたから早く食べてもらえないならやめちゃおうかなぁ」


 え? といった表情になった華月ちゃんは急いで口の中の物を飲み込んだ後、パクっと箸ごと咥えた。


 その後もピーマンを次々と口の前に運んでみると、頑張って飲み込んだ後、箸にかぶりつきながら全て食べきった。


 雛鳥に餌付けをしているような気分になり、思わず笑ってしまった。


 その後拗ねた華月ちゃんの頭を撫でて機嫌をとる所までがお約束だ。

お読みいただきありがとうございます。

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