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第二話 悪役令嬢と印籠

「まぁグループの事は置いておいて……。今日はこれからどこに行く予定なんだ?」


「去年の秋頃駅の近くにケーキ屋さんができたんだけど、そこに行ってみようかなと思って。そのお店が微妙だなと思ったら友達とよく行くフルーツパーラーにしようかなと思ってるよ」


 ケーキ屋にフルーツパーラーか。どちらも女子の好きそうな店で去年のパン屋に通じるものがあるな。ケーキ屋やフルーツパーラーに毎日連れて行かれるのはパン屋の比ではないくらい散財してしまいそうな気がする。


「あ、ここだ」


 梨愛は『パティスリー・ビビ』と書かれた店の前で立ち止まる。こぢんまりとした外観で表面はガラス張りになっており店の中が見える。ショーケースには色とりどりのケーキが並べられており、非常に華やかだ。


 扉を開けるとチリンチリンと扉に付けられた鈴が鳴り、奥から店員さんが出てきていらっしゃいませと挨拶をしている。


「わぁ、どれも美味しそう」


 梨愛は目を輝かせてショーケースに見入っている。確かにどれも美味しそうだ。この歳になるとあまり食べる機会はないが甘い物は人並みには好きである。


「これとこれと……あとこれお願いします。」


 梨愛はケーキを3つ程指差し、箱に詰めてもらっている。


 ケーキを受け取り、店を後にする。


「あそこのお店は取材受けてくれそうね」


 梨愛はそんな事を一人呟いていた。


「それでグループの事だけど……」


 グループを決めるのは明日だ。梨愛はすぐに人を集めれるとは思うが断るなら今日中に伝えておいたほうがいいだろう。


「あぁ、もしかして他のメンバーが気になる?」


「いや、悪いけど今回は男子だけでグループを作ろうかと思ってるんだ」


「…………」


「梨愛は友達も多いだろ? 女子だけでグループを作ったほうが気楽でいいんじゃないか?」


「…………」


「新しいクラスになったばっかりだしさ。新しく友達を作るいい機会になるかな? とも思うんだよね」


「…………」


 並んだまましばらく駅に向かって歩くも梨愛からの返事はない。


 え? すぐ隣歩いているんだからさすがに聞こえてるよね? なぜに無言……?


「……梨愛??」


 相変わらず返事はない。通り過ぎる人達が梨愛を見て驚いたり苦笑している。一緒に歩いていると男の人が梨愛を見る事は多いんだけど、男の人も女の人も梨愛を見て変な反応をしている。


 恐る恐る隣にいる梨愛を見ると頬が張り裂けるんじゃないかというくらい頬を膨らませて唇を尖らせていた……。


 その顔を見て思わず声を出して笑ってしまうと、頬を膨らませたままこちらを向き、悪魔のように鋭い目つきでキッと睨まれた。怖すぎる。


「もういい! 私帰る!」


 そう言い残すと梨愛は頬を膨らませたまま早歩きで駅のほうにスタスタと歩いていった。


 ……なんなんだいったい。



 一人になったのでさっさと帰ろうと思ったがそういえば好きなラノベの新刊が出てたはず。時間もあるので駅近くの本屋に行く事にした。


 漫画、ラノベはもちろん純文学等も含めて本は好きだ。最近は電子書籍派の人も増えてきているが、本棚に並んでいる背表紙を見るのも好きだし、インクの匂いや本を1ページずつめくって読むという行為もいいものだと思っている。


 読めればいいような作品は電子書籍で済ませてしまうが、本当に好きな作品は本を購入して本棚に並べておきたい。


 今回の社会科見学は本屋への取材をしてもいいなぁなんて事を思いながら本屋の中を歩く。高校の最寄り駅近くの大きめの本屋だけあって、うちの高校の制服もちらほらと見える。


 漫画コーナーや文庫本のコーナーを一通り見てから目当てのラノベコーナーに足を運ぶとうちの高校の制服を着ている女の子がいた。


 ベレー帽を被り、髪の毛を三つ編みのおさげにしていて丸い銀縁の眼鏡をかけている。まさに文学少女というその出で立ちだが、目を惹くのはやはりその髪の色。


 店内のLED照明が当たり、キラキラと輝いているように見えるその銀髪だ。


 陽向さんは顎に指を当ててしばらく思案した後、つま先立ちになって右手を本棚の上のほうに伸ばす。


 指を必死に伸ばしながらうーん……うーん……と漏れている声がこちらまで聞こえてくる。


「どの本? 取るよ」


 陽向さんの隣に行き、声をかけるとつま先立ちになっていた陽向さんはバランスを崩してふらついた。


 咄嗟に陽向さんの腰のあたりに右手を回して倒れないように支える。力を入れすぎてしまったのか、思ったよりも軽かった陽向さんを抱き寄せるような体勢になってしまった。


「あ……」


 わずかに頬が赤くなった陽向さんを見てすぐに手を離す。


「ご……ごめん」


「い……いえ……ありがとうございます」


 スカートをぎゅっと掴み、俯く陽向さん。


「あ、そうそう。どの本を取ろうとしてたの?」


「そこの一番上にある本の12巻です」


 陽向さんが指差した先には『悪役令嬢の世直し諸国漫遊記~印籠出せばなんでも解決です~』という作品が並んでいた。18巻まであるが聞いた事のないタイトルだった。


「はい、どうぞ」


 陽向さんはあと少し届かなかったようだが、陽向さんよりも10cmくらいは身長が高いので少し背伸びをすると簡単に本を取ることができた。


「ありがとうございます……」


 陽向さんは両手で本を受け取ると中身をパラパラとめくった後大事そうに胸元に抱える。


「あの……」


 なにやらモジモジとしている陽向さん。


「ん? どうしたの?」


「……もしよかったら13巻と14巻もお願いしていいですか?」


 遠慮がちなか細い声でお願いされたので本を取って渡してあげると陽向さんはぱぁっと笑顔になる。


「ありがとうございます!!」


 背中が直角になるくらいの深いお辞儀をしている。


「ところでその本面白いの? 初めて見たタイトルだけど長く続いてるって事は割と人気があるのかな?」


 陽向さんの持っている本の表紙には金髪の可愛らしいお嬢様の左右にメイドさんが並び、印籠を突き付けているようなイラストが描いてある。


「そうですね。主人公の公爵令嬢が王子様と婚約していたのですが、王子様の事を慕っていた子爵令嬢に王子様を取られ、王子様を取り返す為に子爵令嬢に嫌がらせを始めます。嫌がらせをしていた事が王子様を含めたみんなにバレてしまい、追い詰められた時に自分が異世界からの転生者だという事を思い出します。世界中を旅しながら世直しをする為、メイドさん2人と家を出るという話です」


 めちゃくちゃ早口であらすじを教えてくれた。


「そうなんだ……」


「はい! 主人公のミレーネがとっても可愛いしメイドさん達との絡みも尊くて…………旅の仲間で…………悪い領主が………………でもピンチになったときに…………」


 陽向さん一人でずーっとしゃべってる。最初のうちはなんとか聞き取れたけどあまりに早口なので途中からは内容についていけてない。


「そ……それは面白そうだね……。機会があれば俺も読んでみるよ……」


 話が終わりそうになかったがなんとか強制的に陽向さんのマシンガントークを終了させる事に成功した。


 ありがとうございましたと再度お礼を言うと陽向さんはレジに向かった。


 当初の目的である目当ての本を探すと新刊コーナーにあったのですぐに見つける事ができた。


 会計を済ませて店を出ると店の前でさっき購入した本が入っていると思われる紙袋を抱えた陽向さんが立っていた。


 俺を見つけるとこちらにタタタタと小走りで走ってくる。


「あの……、よかったらこれお貸しします」


 鞄の中から取り出した一冊の本を差し出される。タイトルを見ると先程陽向さんが購入していた『悪役令嬢の諸国漫遊記』の1巻だ。


「いつも何冊か持ち歩いているんですが、今確認したらちょうど1巻があったので……。読みたいって言ってたし、よかったら読んでみてください!」


 俺読みたいって言ったっけ……?


「ありがとう。じゃあ読んだら感想と一緒に返すね」


 せっかく貸してくれるというのだから読んでみよう。それに陽向さんがそこまでハマっているラノベがどんな物なのか興味はある。


「えっと……たしか……あ、そうだ。私2年C組なので読み終わったら持ってきてください」


 鞄の中をゴソゴソとしながら言う陽向さん。


 え? まさか俺と同じクラスだって事を知らなかった!? 確かにまだ2年になったばかりで同じクラスになってから1週間くらいしか経ってないけど……。


 存在感の薄いモブだと分かっていたとは言え地味にショックだ。


「俺も2年C組だから……」


「え……??」


 言うべきか迷ったがすぐにわかる事なので伝えると二人の間に流れる時間が止まったような錯覚に陥った。


 元々白くて綺麗な陽向さんの顔が真っ青になっていく。 


「そ……そうなんですね! ごめんなさい!」


「まだ同じクラスになって話す機会もなかったし仕方ないよ。これからよろしくね」


 本を貸してくれたお礼を伝えた後、陽向さんと別れて家に帰った。そういえばうさぎ……ぴょん太だったっけ? 元気かどうか聞けばよかったな。

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