第二十七話 抱き枕
晩御飯を作るような食材は買ってきていなかったので、近くのファミレスでご飯を食べる事にした。
華月ちゃんもずっと家の中にいるのは飽きてくるだろう。
「明日から学校行ってみようかな」
「へ?」
目の前でハンバーグを美味しそうに食べている美少女が発した言葉に思わず変な声が出てしまった。
学校に行く? 今の状態のままで?
「学校って高校に?」
「うん、あんまり休んでたらまずいんでしょ? それに華月も高校に興味あるし」
いや、でもテストが終わったから授業を受けるだけなら普通の学生生活を送る事くらいはできるのか?
学校までは俺と一緒に通学すればいいとして、問題は他の生徒との関係か。月菜さんは俺と違って友達も多い。月菜さんと華月ちゃんでは口調も全く違うし、話をしているとすぐにボロが出そうだ。
「いや、でも月菜さんの友達と話をするとさすがにおかしいと思われるんじゃないか?」
「うーん……。そっかぁ……」
そう言うと華月ちゃんはハンバーグを食べつつ何やら考えているようだった。
「じゃあリビングに布団を敷くから華月ちゃんはそこで寝てね」
家に帰ってからはする事もないおで二人でアニメを見ていると華月ちゃんがウトウトし始めた。昨日みたいにソファで寝る事になったらいけないので今日はリビングに布団を敷いてそこで寝てもらう事にする。
「えー。ここで華月一人で寝るのー?」
かなり不満気な顔をしている。月菜さんの家もベッドだったからベッドのほうがよかったのだろうか? 俺のベッドを使ってもらってもいいのだが、いつも俺が寝ているベッドで寝てもらうというのは少し気が引ける。割とこまめにシーツとかは洗濯をして清潔にはしているつもりだが、いろいろと気になるのだ。
「どうしてもというなら俺のベッドで寝るというのも……」
「うん! 華月おにーちゃんのベッドで寝る!!!」
体を乗り出して食い気味に答えている華月ちゃん。そんなにベッドで寝たかったのか。布団だと体が痛くなったりするもんね。
「じゃあ俺のベッド使ってくれていいから。俺はリビングで寝る事にするよ」
「え? なんでおにーちゃんがリビングで寝るの?」
「華月ちゃんがベッドで寝るんでしょ?」
「うん」
「だから俺はリビングで寝る」
「え? おにーちゃんも一緒にベッドで寝たらいいんじゃないの?」
「え? いやいやいやいや! 駄目でしょ!」
訳が分からないと言う感じの華月ちゃんだが訳がわからないのはこっちだ。10歳の女の子と一緒に寝るというのも完全にアウトだし、たとえ見た目が10歳じゃないとしても月菜さんの体だという時点でアウトだ。
「一人で寝るの寂しいし怖い……。おにーちゃんは華月と一緒に寝るのは嫌?」
口をキュッと結んで俯いている華月ちゃん。まさか泣いたりしないよな。泣かれるとその先に非常に不味い展開が待ってるような気しかしないんだが。
「嫌じゃないけど、一緒に寝るのはダメなんだ。いろいろと」
月菜さんの容姿をした人と一緒にベッドで寝るというのが嫌な訳がない。嫌ではないが、月菜さんの事を考えると絶対にそんな事はできない。自分の知らない所で男と一緒に寝たと知ったら月菜さんはどう思うだろうか? しかもその相手が俺と知ったら?
それに俺自身も健全な男子高校生だ。理性を保つのも大変だし、隣に美少女が寝てたらドキドキして寝れなくなるのも目に見えてる。
「やだやだ! 一人で寝たくないー!」
ソファの上で手足をバタバタとさせているのがまるで子供みたいだ。
「じゃあ一緒のベッドというのは無理だけど、一緒の部屋で寝るか? 俺の部屋に華月ちゃんの布団を敷くよ」
「うー……」
しぶしぶながらもその提案で納得してもらえた。一緒の部屋で寝るというのも少し抵抗はあるが、壁のほうを向いて寝れば大丈夫だろう。
そう思っていたのだが、すぐ近くで月菜さんの容姿をしている華月ちゃんが寝ているという事を意識してしまうとなかなか眠れなかった。
「おにーちゃん?」
暗闇の中目を閉じていると背後から不意に話しかけられてドキッとする。思っていたよりも声が近かったからだ。
「もう寝たのかな?」
そのまま目を閉じて寝たふりをしていると部屋の扉が開く音がした。トイレかな? なんて事を思いながらそのまま寝ようとしていたのだが、俺が寝る前に華月ちゃんが帰ってきたようだ。
「おにーちゃん」
先ほどの声よりも近い。すぐ近くに気配を感じる。
「よいしょ……」
足元で寝ていた虎之介がベッドから飛び降り、被っていた布団の一部がまくられたと思うと、何かが布団の中に入ってきた。後ろから肩に手を置かれる。
まじか……。華月ちゃんが布団に入ってきた……。
これ今どういう状況だ……?
心臓の音がどんどんと大きくなり、ドキドキどころかバクバクいってるような気がする。体が固まってしまったかのように一ミリも動かす事もできない。
しばらくすると背後からスース―という寝息が聞こえてきた。どうやら俺の心臓を爆発させようとしている人物は寝てしまったようだ。
しばらくそのまま固まっていたが、俺がベッドから脱出して布団に行けばいいんだと思い、ゆっくりと動こうとしたそのとき……。
俺の背中に当てられていた手が俺の身体に巻き付いてきた。
これは間違いなく後ろから抱きつかれたような格好だ。
「……う……うーん……」
とりあえずゆっくりと手を解こうとしたのだが手を動かすとさらに強く抱きつかれてしまう。
う……動けない……。
そのまま華月ちゃんの抱き枕になってしまった俺はベッドの中で直立不動の体勢のまま明け方まで眠る事ができなかった。
「おにーちゃん、朝だよー! 遅刻するよー!!!」
昨日の夜ほとんど眠る事ができなかった俺はスマホのアラームも無視して寝てしまっていたようだ。
正直まだまだ寝ていたかったが遅刻という言葉を聞いて無理矢理目を開けようとする。
「早く起きて!」
「…………月菜さん?」
目をこすりながらがんばって体を起こすと、高校の制服に身を包んだ月菜さんが立っていた。
「華月だよ? 今日から学校に行くって昨日言ったよね?」
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