第二十一話 中間テスト初日
同じ路線で駅も近いので帰りは一緒に帰ることに。
結局あの後も葉月さんはカワウソに夢中だった。
「これほんとに可愛いすぎです! ありがとうございます」
葉月さんが満面の笑みで手に持ってるのはカワウソのぬいぐるみだ。ショップで見かけたときにあんなにカワウソが気に入ったのならきっと喜んでくれそうだなと思ってプレゼントをした。
カワウソを受け取ったときの葉月さんは本物のカワウソを見ているときよりも喜んでいたように思う。
「今日の事は交換日記にしっかりと書いておこうと思います。でもこんなに楽しかった事を伝えると月菜さんに嫉妬されちゃうかもですね」
降りる駅が近づいてきたときに葉月さんはそんな事を言っていた。
その日の夜、明日からの中間テストに備えて少しは勉強しておくかと思い机に向かう。
しばらくは真面目に教科書を開き勉強をしていたがすぐに飽きてくる。
そうだ、月菜さんに俺からも今日の事を伝えておこうと思い、メッセージを送る事にした。
「交換日記に書いておくと言ってたからもう知ってるかもしれないけど、今日、葉月さんに誘われて水族館に行ってきた」
しばらくするとメッセージの返事があった。
『葉月が日記にめちゃくちゃ楽しかったって書いてたわ。明日からテストだけど遊びに行っててよかったの?』
「家にいてもどうせ勉強しないだろうし、今更あがいても仕方ないからな。それよりも月菜さんのほうこそ今日勉強できなかったでしょ? 大丈夫なの?」
『私は誰かさんと違って毎日勉強してるから問題ないわ。夏目君は今日は一夜漬け? 頑張ってね』
勉強をする気が全く起きないので月菜さんとのメッセージが終わると明日早起きして少し勉強をしようと思い、アラームをセットした後早めに寝る事にした。
早めにセットしていたアラームは見事にスルーしていつもの時間に目が覚める。一瞬しまった! と思うが早起きしようと思って起きれないのはいつもの事なのですぐに諦めた。
「おはよう。ゆ──夏目君……」
「陽向さんおはよう」
教室に着くと月菜さんに挨拶をされた。学校ではほとんど話をしないし、挨拶をする事もないのに珍しいな。
俺みたいな奴が月菜さんと絡んでいると男子達の視線も痛いので、学校ではあまり関わらないようにしようと俺から提案していた。
「あの……。少しいい?」
「あぁ、いいけど」
月菜さんは廊下に歩いていく。着いてこいという事だろう。今日の月菜さんは少し元気がない。どこか体調でも悪いのかもしれない。
廊下に出た後、人気の少ない所まで移動するとようやく月菜さんが口を開いた。
「悠雅君! 助けて……。私、どうしたらいいかな?」
月菜さんは少し涙目だ。
え? 悠雅君?? これってもしかして……。
「──もしかしてだけど、月菜さんじゃない??」
「うん……、私聖月なの……」
今まで学校で人格の交代は起こってなかったはずなのにどうして急に。
しかもタイミングの悪い事に今日から中間テストだ。
クラスメイトとの絡みももちろん気をつけないといけないが、試験を受けないといけないという問題がある。
「ちなみに聖月さんは、テスト自信ある?」
「私普段表に出ているときはずっと本を読んでて……。国語とかならそれなりに点数も取れそうなんですけど、他はさっぱり……」
俺みたいに普段からテストの点数が悪ければそれ以上悪くなっても特に誰も気にしないだろうが、常に学年でトップクラスの順位である月菜さんの点数が大きく下がってしまったら……。
聖月さんが表に出て来ているときはいつも何かトラブルに巻き込まれているような気がする。
「人格が切り替わるタイミングってどんな時かわかる?」
「寝ているときとかですね」
確かに何度か人格が交代したときに居合わせた事があるが、どれも寝て起きたら変わっていた。
でもそういえばあの時は……。
「前に一度菜月さんが自分から月菜さんに交代していた時があったんだけど。聖月さんもできたりしない?」
以前取材に行ったとき、菜月さんは自分では取材ができないと思ったのか月菜さんに交代した事がある。
「うーん……。菜月はちょっと特殊なので……。私では無理ですね……」
どうすればいいかわからない聖月さんは涙を堪えている。
話をしているうちに朝のHRの時間が近づいてきている。
「とりあえず時間もないしテストが始まる前に体調が悪くなったと言って一度保健室に逃げるしかない。そこで寝てみるしかないかな」
無理にこのままテストを受けて悪い点数を取ってしまうよりはテストを受けずに後で再テストなり補講なりを受けたほうがいいだろう。
「わかりました。先生に言ってとりあえず保健室で休んでみます」
問題が全て解決した訳ではないが、テストを受ける事はないと分かって少し安堵した表情になった。
「ごめん、他にいい案が浮かばなくて」
「いえ、ありがとうございます。悠雅君にはいつも助けられてばかりですね」
ちょうど担任の先生が廊下を歩いてきていたので聖月さんは話をしに行った。その間に俺は教室へ戻る事にした。
「ゆーくん、真剣な顔で月菜ちゃんと何の話してたの? もしかして告白でもしてたの!?」
笑いながら揶揄ってくる梨愛。土曜日にあんなやり取りがあったのにもう通常営業だ。
事ある毎に絡んでくるのは他の男子の目もあって少し面倒くさいが学校で俺に話しかけてくるのは真吾や貴之以外では梨愛くらいなのでこれがなくなってしまうと少し寂しい。
「試験範囲で分からない所を聞いてただけだ」
「ふーん」
急に真顔になった梨愛は自分の席に戻って行った。
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