第二十話 悪戯をしてみた
梨愛が見えなくなった後も俺はその場で佇んでいた。
男子の視線を引き付けるような美少女で、性格もよくて友達も多い。運動神経もよくてスタイルも抜群。おまけに料理も上手い。そんな梨愛が俺の事を好き?
ようやく歩き出した俺の頭の中は梨愛の事でいっぱいになってしまった。
元はと言えば貴之の元気がなくなった原因。梨愛が好きだという人が誰か知りたかった。梨愛の好きなタイプを知れば貴之の参考になるかもしれないと思っていた。
それがこんな結果になるとは思わなかったし、この先貴之にどんな顔で会えばいいかわからない。
そもそも俺は梨愛の事をどう思っているんだろう。
家に帰ってからも俺の頭の中では梨愛や貴之の事がグルグルとしていたが満足の行くような答えは出なかった。
ふとスマホを見るとメッセージの着信通知があった。
『今日の帰りの事は全て忘れて! それと私明日勉強会行かないから』
『悪い。なんか体調悪いから明日勉強会行くの辞めるわ』
梨愛と貴之からのメッセージだった。二人が来れないのであれば勉強会をする意味もなくなるので真吾に明日の勉強会は中止にするとメッセージを送っておいた。
翌日、一人で勉強をする気にならなかったので家でダラダラと過ごしていた。
『もしもーし? ゆーが君? 葉月です』
電話が鳴ったので出てみると葉月さんからだ。以前に動物園に行く約束をした時以来だ。
「葉月さん? 急に電話してきてどうしたの?」
『前の約束覚えてる??』
「もちろん覚えてるけど」
『動物園は私と行く前に月菜ちゃんと行ったみたいだけどねぇ』
少し口調が怒っている気がする。そりゃ約束してたのに先に行かれると気分も悪いよな。
「それはほんとごめん」
『まぁいいですよ。動物園は月菜ちゃんを通して私も楽しみましたから、私は別の場所に連れていってください。できれば今日』
「きょ、今日!?」
かなり急だし明日から一応中間テストだ。でも勉強をするような気分でもないので別にいっか。でもどこに行けばいいんだろう? 葉月さんの事だから動物関係だよなぁ。
「じゃあ水族館とかはどう??」
ビルの屋上にある水族館ならそんなに遠くない。大きな水族館ではないがアクセスがいい事もあり、割と人気らしい。
『お、いいですねぇ。じゃあ水族館に行きましょう!!』
お昼を食べてから向かおうという事で、11時半に待ち合わせをする事になった。
以前に梨愛に選んでもらい、2セット購入したうち、動物園で着なかった服に着替えて待ち合わせ場所に向かった。
到着したのは待ち合わせ時間の5分前くらいだった。俺のほうが早く到着したようだ。
「ごめーん、待った??」
待ち合わせ時間を少しすぎた頃に葉月さんがやってきた。
葉月さんは白い花柄のワンピースにネイビーのニットカーディガンという服装だ。かなり好みの服装だったので目を奪われてしまった。
「おーい? ゆーがくーん?? おーーい」
気が付くと葉月さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「ご、ごめん……」
「遅れてごめんね。ちょっと化粧に時間がかかっちゃって」
葉月さんは申し訳なさそうに手を合わせている。
「気にしないでいいよ、そんなに待ってないし」
「ありがとー。じゃあいこっか」
俺の手を取り歩き出す葉月さん。
葉月さんセレクトのお洒落なカフェでお昼を食べて水族館を目指す。
歩いているときは常に手を繋いでいる状態だ。緊張して手に汗をかいてしまい、無性に恥ずかしい。
葉月さんは手を繋いでいる事については全く何も思っていないようだが手を繋ぐとか付き合ってるカップルがするような事だよね。
休日という事もあり、水族館は混みあっている。
「見て見て、チンアナゴだって、なんだかゆらゆらしてて可愛いかも」
葉月さんは最初のフロアでチンアナゴに釘付けになっていた。確かに目も可愛いし、砂から出たり入ったり。動きもコミカルで面白い。
「ほら! あそこ喧嘩してるよ!」
葉月さんが指差す方を見ると並んでいるチンアナゴが口を開けて威嚇しあっていた。嚙みつき合うような喧嘩をしている。
「ほんとだ、喧嘩してるね。本人達は必死なのかもしれないけど喧嘩してる所見るのも癒されるねぇ」
「これって家で飼えるのかなぁ?」
確かに少し気になるな。スマホで検索して調べてみた所、普通に家でも飼えるらしい。
「飼えるみたいだよ」
「ほんと? いっぱい飼ってみたいかも」
嬉しそうな葉月さんは飼う気満々のようだ。でも主にお世話をするのは月菜さんになるし、そうなると怒られそうだからやめたほうがいいと思う。でも以外と月菜さんもハマりそうだなぁと思った。今度また月菜さんを連れてきて反応を見てみたい。
「でも勝手に飼うときっと月菜さんに怒られるよ」と言うと「それは困る」と言っていた。前の月菜さんへの手紙の件もそうだけど葉月さんは月菜さんに気を使っているようだ。
その後は幻想的なクラゲの水槽だったりマンボウだったりを見て館内を進んでいく。
予想通り葉月さんが一番ハマっていたのは屋外エリアにあるカワウソコーナーだった。カワウソを見てはしゃいでいる子供達に混じって葉月さんも写真を撮りながらはしゃいでいる。
葉月さんは当分動きそうな気配がないのでコーヒーショップでコーヒーを買って遠くから葉月さんを眺めていた。
ずっと眺めていると不意にキョロキョロと辺りを見渡す葉月さん。俺を探しているのかな? と思ったが、悪戯心が芽生えてそのまま放置してみる事にした。
カワウソコーナーの近くをウロウロしながら周りを見て俺を探している。少し人が多いのでなかなか見つけられないようだ。よく見るとなんだか泣きそうな顔をしている。これは流石にまずいかなと思って葉月さんのほうに向かう事にした。
葉月さんに近付いていくと葉月さんは俺を発見して安心したような顔をするとこちらに向かって走ってきた。
「ゆーが君!!」
近くまで走ってきたかと思うと次の瞬間には葉月さんに正面から抱き着かれていた。葉月さんはぎゅっと手を俺の背中に回して胸に顔をうずめる。
「うぅぅ……。カワウソに夢中になってて気付いたらゆーが君がいないから放って帰られたかと思った……」
強く俺を抱きしめながら俺の顔を見ている葉月さんは少し涙目だ。
「ごめん。少し疲れたからあっちで少し休んでたんだ」
そう言いながら俺は思わず葉月さんの頭をポンポンと撫でていた。俺に頭を触られて少しビクっとした葉月さんは背中に回している手の力を強めて顔を俺の胸に押し付けてくる。
頭撫でるのは流石にやりすぎたかなと思って思わず手を離した。
「なんでやめるんですか。悪いと思ってるならもっと撫で撫でしてしてください」
葉月さんに寂しい思いをさせてしまったという罪悪感があった為、リクエストに応えて頭を撫でる。なんだか猫を撫でているような気分だ。葉月さんが今にも喉をゴロゴロと鳴らしそう。
ただでさえ周囲の注目を浴びる銀髪の美少女に抱き着かれた状態で美少女の頭を撫でるというめちゃくちゃ注目されてしまう行為をしている事に気付き、離れようとしたが葉月さんの手の力が強くて離れられず、「あのお姉ちゃん達何してるのー?」という子供の声や「あんなに可愛い女の子に抱き着かれて羨ま死んでしまえ」とか「あらあらまぁまぁ」という声が聞こえてきてそれから当分の間すごく恥ずかしい思いをしてしまった。
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