第一話 ぴょん太と社会科学習
翌日の学校帰り、最寄り駅からの帰り道に陽向さんと出会ったペットショップの前で立ち止まる。
うさぎを飼育するのに必要なものは昨日全て購入してたはずだから流石に二日連続では来てないよなと思いつつも誘われるようにペットショップの中に入ってしまい、小動物コーナーに足が向かっていた。
平日という事もあり店内の客はまばらで、犬猫が展示されているコーナーで小学生くらいの女の子が犬を見てお母さんと一緒に可愛い可愛いとはしゃいでいるくらいだった。
小動物コーナーを一通り見た後、うさぎ飼育用の商品が並んでいる場所を見てみたが店員さんが一人でせっせと品出しを行っている。
虎之介に必要な物は昨日全て購入しており、用事もないのにペットショップに立ち寄った自分に苦笑しながら帰宅した。
夕食後、自分の部屋で動画サイトを見ながら寛いでいるとメッセージが届いた。
『男の子だったので名前は《ぴょん太》にしました。あと質問があるんですが大丈夫ですか?』
という文に、牧草を食べるぴょん太の画像が添付されていた。
「俺でわかる事なら聞いてくれて大丈夫だよ」
と返信するとすぐに既読がつき、返信があった。
『うさぎって寂しいと死んでしまうって言うじゃないですか? 私が学校で昼間いなくてもぴょん太死んだりしないですよね!?』
うさぎが泣いているスタンプと共にそんなメッセージが届く。いやいや、陽向さんってこんなキャラだったっけ?
直接話をした事は昨日までなかったが、友達と話をする所を見た事もあるし真吾達から噂を聞いた事もある。
俺の中の陽向さんのイメージはどちらかというとツンツンしていて言いたい事はハッキリと言うタイプ。
貴之が卒業式後の告白行列を見かけたと言っていたが、告白に対してはっきりとした否定の言葉でバッサバッサと薙倒してまさに死屍累々だったという話も聞いていた。
「それは迷信、都市伝説のようなものなので気にしなくても大丈夫だと思うよ」
と返信するとうさぎが手を合わせるポーズを取りながらありがとうございますと言ってるスタンプが返ってきた。
翌日、教室に入った瞬間梨愛に絡まれた。
「ゆーくん! 今日の放課後は私が予約ね!」
榎本梨愛
中学の3年間に高一の1年間を加え、合計4年もずっと同じクラスだった腐れ縁だ。おまけに高ニになった今年も同じクラス。
綺麗に染めた金髪は高い位置でポニーテールに結われており、スカートは……かなり短い。身長は高めでスタイル抜群。その短いスカートから綺麗な脚が覗いている。
誰とでも仲良くできるコミュ力の塊のような存在であり、友人はかなり多いらしい。
高校に入ってからは陽向さんがいる為そこまで話題にはなっていないようだが中学のときは男子にかなり人気があった。告白されたという話も何度か本人から聞いた事がある。
中学では話す事も多かったからか、高校に入ってもやたらと俺に絡んでくる。友達も多くクラスカースト上位の中心人物である彼女がモブの俺によく絡んでくるのは不思議な構図だ。
手を後ろで組んで上半身を倒し、下から覗くようにその大きな瞳で見上げてくる。
「まぁ、いいけど……何するんだ?」
昨日は真吾達と帰ると言って断ってしまったし、今日も特に予定はない。
「んー……内緒」
梨愛は口に人差し指を当て、それだけ言うと自分の席に戻って行く。梨愛が席に戻るとすぐに女友達に囲まれ、楽しそうに笑いながら話を始めていた。
「陽向さんは別格としても梨愛ちゃんもかなり可愛いよなぁ」
「だな、悠雅が羨ましいよ」
ニヤニヤしながらこちらにやってきた真吾と貴之。
「なんだよ、何か言いたい事あるなら言えよ」
「別にー。それより悠雅、社会科学習どうするんだ?」
この高校では新年度が始まってすぐ、社会科学習という物がある。何人かでグループを作って会社やお店に取材を行い、レポートにまとめて提出するというものだ。
1年生だった去年はまだお互いをよく知らない時期だという事もあり、担任によりグループが決められた。俺のいたグループはメンバーで話し合った結果、女子の提案でパン屋に取材に行った。そのときに同じグループだった男子が真吾と貴之だ。
2年生になった今年は自分達でグループを作る事になる。明日金曜日のロングホームルームでグループ分けをする予定だ。
「たしか5人以上のグループだったよな。俺達3人でグループを作ってあと2人適当に入れればいいんじゃないか?」
去年同じクラスだった面子もいるにはいるが、そこまで仲良くはないので、この3人プラスアルファでグループを作る提案をした。おそらく他の2人も同じ考えのはずだ。
「問題はあと2人入ってくれるかどうかって所だな。訪問先はどうする?」
貴之は外見や言動はチャラいが根は真面目だ。確かに今のうちに訪問先を考えておいたほうが明日グループに他の人を誘いやすい。興味を引くような訪問先なら入れてくれという奴もいるかもしれない。
「確かにあと2人問題だな。悠雅、梨愛ちゃんを同じグループに誘ってくれよー」
「お、いいな、それ。やっぱり女の子が同じグループにいるほうが楽しいしな!」
真吾や貴之は梨愛の交友関係を当てにしているようだが、梨愛は友達も多いので単独でグループを作るんじゃないだろうか?
「梨愛は梨愛でグループ作るだろ。女子が入ると去年のパン屋の時みたいになるから男子だけのグループにしよう」
「えー? あれはあれで毎日楽しかったけどなぁ」
貴之は楽しかったと言っているが、去年のパン屋訪問はグループの女子に振り回されて散々だった。取材を口実に何度もパン屋に足を運ぶハメになり、1週間程放課後に遊ぶ時間がなくなった。それだけならまだよかったが、最終的に男子が女子のお金を払う流れとなり、貴重なお小遣いがなくなった。なぜ俺達が女子のパン代も奢らなければいけなかったのか。あれは今考えても解せない。
放課後、帰る準備をしていると梨愛が俺の所にやってきた。
「ゆーくん、帰ろっ!」
梨愛と約束をしていたのを今の今まですっかり忘れていた。梨愛は俺の左手を取ると腕に両手で抱き着き、引っ張っていく。
教室を出るまで、いや出てからも周囲の好奇の目に晒される。女子はまだいいのだが、男子からは恨みや嫉妬、怨嗟のような目線が突き刺さる。舌打ちをしていたり、あいつ何だよとこっちにわざと聞こえるように言ってくる奴もいる。
貴之曰く陽向さんの陰に隠れてはいるが梨愛のファンはかなり多いらしい。そういう人達からすると今の俺の状況は許せないのだろう。だが見当違いも甚だしいので全くそういう関係じゃないんですよと声を大にして伝えたい。
「とりあえず離れてくれ」
「だってこうして捕まえてないとゆーくん逃げそうだし」
そう言いながらさらに強く抱き着いてくる。ホント周りの視線が痛いからやめて欲しい。
「逃げないから」
「そうー? 分かったよ……」
しぶしぶといった感じで梨愛が離れる。可愛い女の子が腕に抱きついてくるというのはもちろん嬉しい気持ちもあるのだが、嬉しいよりも周りの目が怖いという気持ちが勝ってしまう。
「で、今日はどこに行くんだ?」
梨愛は俺にとって男友達と同じように話ができる数少ない女子のうちの一人だ。中学校からずっと同じクラスで気心が知れているというのも大きい。やはりなんだかんだ言って4年間も同じ時間を過ごしてきているのでいい友達だとは思う。
「調査に行こうと思ってさ」
「調査? 何の?」
「え? 決まってるでしょ、社会科学習のだよ?」
梨愛はかなり驚いた顔をしているが驚いているのはこっちのほうだ。
「それでその社会科学習の調査に何故俺が付き合わされてるんだ?」
「同じグループになるんだから一緒に行ったほうがいいでしょ」
梨愛と同じグループになるというのは初耳だ。真吾、貴之と3人でグループを作ろうというのは今朝決めていたが梨愛と社会科学習の話をするのはこれが初めてなのである。
もしかして真吾と貴之が声をかけた?
「ちょっと待て! 俺は真吾と貴之と一緒にグループ作るからお前と同じグループではないぞ!?」
「天内君と遠藤君ももちろんグループに入ってもらう予定だよ。去年一緒にレポート作った仲だしね! あとは3人くらい友達に声かけてるから全部で7人になる予定」
頭の中に去年の悪夢が蘇る。今年もあんな貧乏生活になるのは嫌だ。




