第十話 リビングで二人
リビングに戻ると陽向さん(今も菜月さんのままだ)はそろそろ家に帰ると言っていた。
あまり長居して他の2人に言動がおかしいと思われるとまずいからだろう。
ここで問題が発生した。陽向さんを誰が駅まで送っていくかという問題だ。
もう時間も遅く、辺りは暗くなっている。女の子を一人で帰らすというのは男としてはありえない。
俺としては梨愛が帰るときに貴之に送ってもらうのが一番ベストだと思っていたし、貴之もそうするつもりだったに違いない。
だが梨愛はまだ片付けが終わっていないから帰らないと言っている。
家主がいなくなるのもおかしいので貴之と一緒になんとか梨愛の説得を試みたが、失敗に終わり、貴之が陽向さんを送る事になり、家には梨愛と俺の二人のみとなった。
「久しぶりだなぁ、この家に来たの」
「そうだなぁ。中学生の時以来か??」
部屋の隅に避けていたテーブルを二人で運ぶ。これで片付けは終了だ。
「高校に入ったらゆーくんあまり遊んでくれなくなったもんねぇ」
梨愛はテーブルにアイスコーヒーを二つ並べると片方にシロップを入れた後、俺の前に置く。
「飲むでしょ? 入れてよかったよね?」
「よくわかったな。ありがとう」
俺は普段はホットもアイスもブラックで飲むが、疲れた時は砂糖やシロップを入れる。ようやく部屋の片付けが終わり、今日一日の疲れが出て来てたのでシロップを入れる気分だった。
「それにしても一人暮らしするの大変だねぇ。普段は食事とかどうしてるの?」
「コンビニ! 出前! 外食!」
「だと思った。冷蔵庫の中なーんにもなかったもん」
「全く料理が作れないから仕方ない。料理作ってくれたり家事をしてくれるお手伝いさんとか雇ってくれたらよかったのになぁ」
「なるほど、料理とか家事ねぇ。それなら自信あるしいいかも……」
「え? なんか言った?」
「いや、なんでもない。そろそろ私も帰るね」
外したエプロンを折り畳み、鞄に入れると梨愛が立ち上がった。
「じゃあ送っていくよ」
すっかり暗くなった道を梨愛と二人で歩く。
「ゆーくんGWの残りは何か予定あるの?」
今年のGWは6日の金曜日も学校が休みの為8日まで連休だ。あと休みが5日もある。
「いや、特にないな。家でアニメや小説でも見ながらゴロゴロ過ごすよ」
「え? それ不健康すぎない? 友達と遊びに行ったりしないんだ?」
「休みは休む為にあるんだぞ」
そんな話をしている間に梨愛の家に着いた。
その次の日、昨日の料理の残りを食べた後は昨日宣言した通りアニメを見ながらダラダラと過ごしていた。
ピンポーンとインターホンが鳴る。出前は頼んでいないし荷物も届く予定はない。何かの営業かな? と思って画面を確認するとそこには銀色の髪の毛の少女がいた。
陽向さん?
「はい、どちら様ですか?」
「こんにちは! 葉月です! 虎之介君に会いに来ましたぁー!」
葉月さん? 虎之介に会いに?? 状況がよく飲み込めていないが、待たせてるのも悪いので上がってきてもらう事にした。
「こんにちは。わぁ、ここがゆーが君のお家なんですねぇ」
「それで、虎之介に会いに来たって言ってたけど??」
「はい。菜月さんにゆーが君の家にいる猫の虎之介がめちゃくちゃモフモフしていて可愛いって聞いたので居ても立っても居られなくて来てしまいましたぁ」
葉月さんはソファに座ってキョロキョロと辺りを見渡している。恐らく虎之介を探しているのだろう。
「虎之介は俺の部屋にいるんだ。連れてくるから少し待ってて」
虎之介を見るまでは帰りそうにないので虎之介を連れて来よう。
「わぁぁぁぁ! めちゃくちゃ可愛い!! 抱っこしたいです!」
虎之介を見た瞬間葉月さんの目がキラキラと輝く。この子はほんとに動物や可愛い物が好きなんだろうなぁ。
「どうぞ」
虎之介を渡すと抱っこしてよしよしと言いながら頭や身体を撫でている。虎之介は目を細くしてグルグル言ってるので気持ちいいのだろう。
「何か飲む? コーヒー、オレンジジュース、コーラ、お茶」
「オレンジジュースでお願いします!」
葉月さんはソファに腰かけて膝の上に虎之介を乗せてずっと撫でている。
「そういえばぴょん太は元気にしてる?」
テーブルにジュースを置きながら聞いてみた。
「名前覚えてくれてたんですね。元気ですよ! 最近抱っこしても嫌がらないんですよぉ」
スマホを取り出し、画面を見せてくる。画面にはぴょん太、ぴょん太、ぴょん太。うさぎの写真がずらーっと並んでいる。スクロールしても全てがぴょん太の写真だ。葉月さんのぴょん太フォルダかな??
「あのときゆーが君に出会ってぴょん太を飼えてよかったです。多分私一人だったら飼う勇気が出なかったと思います。ほんとにありがとうございました。ゆーが君は私とぴょん太の愛のキューピッドです!」
そう言いながら膝の上にいる虎之介にスマホを向けて写真をたくさん撮っている。虎之介フォルダが出来る日も近そうだ。
「葉月さんはほんとに動物が好きなんだね」
「そうですね、大好きです! あ、そうだ! ゆーが君、今度一緒に動物園に行きませんか? 私まだ動物園に行った事がなくてすっごく行きたいんですよ!」
懇願するようにこちらを見てくる葉月さん。美少女にこんなお願いをされて断れる男がいるのだろうか?
「うん、都合が合えば行ってみよう」
思わず即決で了承してしまった。動物園に行くと葉月さんのテンションはどれくらい上がるのだろう? もしかすると一日で園内を回り切れないかもしれない。
そんな事を考えていると葉月さんはソファで虎之介と戯れながら目を擦って欠伸をしていた。
「ふわぁぁぁ。なんだか眠くなってきたかも……。限界かもです……」
最後のほうは消え入りそうな小さな声。それだけ言うと目を閉じてしまった。ソファで無防備な美少女が寝ている。よく見るとニーソックスとスカートの間から見える太ももが妙にいやらしい。これは目に毒だと思い、別の部屋から毛布を持ってきてかけてあげようとしたとき、葉月さんは急に目を開けた。
「ん? ここは……??」
毛布をかけようと近づいていた為、すぐ目の前に葉月さんの綺麗な顔がある。
「ん? え……? 夏目君!?」
驚き、後ろに仰け反る葉月さん。あ、いや、これは葉月さんじゃないな……。




