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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
96/369

昔 その四

三話までしばしの日常回 18/20

『……ん?』


 午後のパトロールを終え、交番の前で立番をしていた時だった。一人の通行人が僕の前で立ち止まる。とても小さな女の子だ。パッと見た感じ、小学一年生にも満たないんじゃないだろうか。


『どうかしたの?』


 僕は膝を曲げ、女の子と視線を合わせながら訊ねた。


『金拾った』


 女の子はそう言うと、ポケットの中から数枚の硬貨を取り出した。お金の事を金と呼ぶ辺り、少し言葉使いは悪いかも知れないけれど今時珍しい真面目な子だと思う。


『あー、そう? 偉いね。じゃあちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?』


『いいぞ』


 僕は女の子を交番の中へと案内した。


『それじゃあまずお名前を聞かせてもらえるかな?』


『ホリー』


『はい、堀井さんね。下のお名前は?』


『下?』


『そう、下のお名前。堀井の次になんて呼ばれてるの?』


『ホリーの次……?』


 女の子は少し考えた後に、何かを思い出したように答えた。


『ちゃん』


『チャン……?』


 堀井・チャン? 外国人とのハーフだろうか。確かに黒髪でこそあるけれど顔つきはアジア人離れしている。


『わ、わかりました……。じゃあ次に拾ったお金だけど、全部でいくらか見せてくれるかな?』


『ん』


 女の子は頷くと、机の上に拳いっぱいの小銭をばら撒いた。


『えーと、五十円玉が二枚に十円玉が七枚、あと五円玉が二枚か。結構バラバラだね』


 小銭入れを勢いよく開けてばら撒いてしまい拾うのを諦めてしまった、とかだろうか? だとしたら逸失者は見つからないだろうなー。それにしてもこの硬貨、どれもこれも全部びしょ濡れだ。それが少し気になる。


『おいマッポ』


『マッポって……。テレビか何かで見たのかな? 真似しちゃダメだよ? お巡りさんね?』


『おいお巡りさん』


『おいもやめてね』


『お巡りさん』


『どうしたの?』


『この金貰えんの?』


『……』


 子供の純粋な善意を信じた自分が嫌になった。


『落とし主が現れたら5%から20%の範囲でお礼を貰えるよ。って言ってもまだわからないか』


『九円から三十六円?』


『君すごいね』


 体の大きさで勝手に幼稚園児くらいかと思っていたけど、案外小学生だったりするのかな。いや仮に小学生だったとしてもあの一瞬で暗算するとか凄すぎる……。僕でも時間はかかるだろうに。


『じゃあ落とし主が出たら?』


『その時は』


『サツがネコババする?』


『しないよ! そりゃあクソみたいな職場だけど百八十円ネコババする程飢えてもないし! あ

とお巡りさんね? 君さっきから警察に対する偏見とか当たりとか凄いよね。何を見たの?』


『こち亀』


『あぁ……』


 とても納得の行く答えだった。


『落とし主が現れなかった場合は、三ヶ月後に全額君が貰える事になるよ。でもそれ目当てで落とし物を拾うのは感心しないなぁ……』


『わかった。次からは交番に持って来ないで家に持って帰る』


『何一つわかってくれなかったのはわかったよ』


 女の子はピースをしながら答えた。……と、その時。得意気な顔でピースをする女の子の手のひらも、硬貨同様びしょびしょに濡れているのに気がついた。雨は降っていないはずなんだけどなぁ……。


『このお金どこで拾ったのかな?』


『神社の池』


『……』


 僕は頭を抱えた。


『まだいっぱい落ちてたぞ』


『だろうね』


『持って来る!』


『やめて』


 椅子から立ち上がり、交番を出て行こうとする女の子を引き止めた。


『あのね? それは落とし物じゃないんだ。街の人達がお願いを叶える為に投げたお金なんだよ』


『でも賽銭箱じゃなくて池に落ちてた』


『うん、そうだね。確かにややこしいかもしれないけど、そういう所もあるんだよ……。とにかくこれは人の願いが込められた大切なお金なんだ』


『願いって十円で叶うのか?』


『ゆ、夢を見る権利なら誰にだってあるから……』


 僕自身、その事に関しては傲慢だとは思うけれど、とは言え子供の夢を壊す事なんか出来るはずもなく、僕はそんな当たり障りのない答えでお茶を濁すしかなかった。


『とにかくこれは僕が返しておくから。そろそろ日も暮れるし君もお家に帰るんだよ?』


『わかった』


『お家の場所はわかる?』


『魔界』


『え……』


 僕が驚いたような反応をすると、女の子は『あ』と言いながら、焦ったように口を塞いだ。この子、今なんて……。


『おいどうした?』


『部長!』


 するとちょうど良いタイミングで交番の奥から部長が出てくる。


『大変です部長、この子新井から来たって』


『新井ぃ? 中野区じゃないか』


『日野市かも知れませんよ』


『とにかく、ちょっと問い合わせてみるよ。君はもう少し話を聞いてみて』


『は、はい!』


 僕は再び女の子と向き合う。こうして向き合うと本当に小さい。きっと正確な住所とか言えないだろうな……。


『えっと、お父さんとお母さんのお名前はわかる?』


『お父さんはいない』


『あ……ご、ごめん』


『お母さんはカドリー』


『香取?』


 どう言う事だ。父親が居なくて、この子の苗字は堀井で、それなのにお母さんの苗字は香取? それでいて外国人? この子、こんな幼い歳で一体どれだけ波瀾万丈な人生を……。


『はい……、はい……。そうです。……え? 中野区で迷子の捜索が出てる? お母さんの名前は堀井マサコ? よかった! 堀井ちゃんならうちで保護しています!』


 少しして、交番の奥からドタドタと大きな足音を立てながら部長がやって来た。……が、しかし。


『よかった! 見つかったよこの子のお母さん! 三十分くらいで迎えに来るって!』


『部長。もう一度お母さんのお名前をお聞きしても?』


『え? 堀井マサコさんだけど』


『この子、何か複雑な事情があるようでお母さんの苗字は香取さんって言うそうなんですが……』


『えー?』


 部長が女の子に訊ねる。


『君のお母さんのお名前、本当に香取さん?』


『本当』


『……』『……』


 そこで僕と部長は一つの可能性にたどり着いた。


『部長、まさか母親を名乗って真正面から子供を拐いに来るつもりじゃ……』


『あり得る。大きな嘘を堂々と話されると、逆に人は信じてしまうものだ。実際、海外では堂々と親を名乗った誘拐犯が警察から子供を拐った事例があるそうじゃないか』


『昨日の仰天ニュースでやってた奴ですね。僕も見ました』


『許せない……! 私は子供の笑顔を守りたくて警官になったんだ!』


『同感です部長!』


 三十分後。


『遅れてごめんなさい! あぁ、でもよかった! パチンコで確変入って集中していた隙にいなくなるもんだからすっごい焦っちゃって』


『確保ーーーーーーッ!』


『この野郎、下手な設定考えやがって! 小さな子供連れてパチンコ行く親なんている訳ないだろ⁉︎ 警察なめんなぁ!』


『何⁉︎ 何ぃ⁉︎』


 僕と部長は容疑者を捕らえる事に夢中になっていた。


『りいちゃん⁉︎ もう急にいなくなったからびっくりしたよぉ……! おトイレ行ってくるから外で待っててって言ったでしょ?』


『あ、サチ』


『でも自分で交番に行けたんだ。それは偉いや。……なんか騒がしいね。何かあったの?』


『誘拐犯来てる』


『誘拐犯⁉︎ え、やば。早く帰るよ!』


 立て込んでいる交番の隅で行われていたそんな小さな会話を聞く余裕なんてなかった。


 この後、僕と部長は始末書を書かされた。堀井マサコさんのお子さんも無事に保護され、マサコさんも今日の教訓を受けて二度とパチンコはしないと誓ってくれた。だけど何故だろう。僕も部長も子供の事が少し嫌いになった。





「平和ですねー」


「油断禁物。交通事故の件数や死者は例年の三倍も出ているだろ?」


 部長に言われ、交番前に掲げる交通事故による死者数、負傷者数の掲示に目が行った。


「自分の目の前が平和だからって安心しきった結果だよ。緊張感を解さないのも公務の一つだ」


「はい、すみません」


 僕は部長に頭を下げる。そんな僕の背中目掛けて一人の市民が声をかけてきた。


「おいタロウ! こっちだこっち! 金拾ったらここのポリ公に届けんだ。おっすポリ公! 歩道橋の上に一円落ちてたぞ!」


 僕は振り返り、顔に大きな傷を残す彼女と彼女に連れられる中性的な少年の言葉を正した。


「お巡りさんね」

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