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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
93/369

三話までしばしの日常回 15/20

「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……あーもう鬱陶しいっ‼︎」


 沈黙に耐えかねた私は無理矢理話の流れを作り出した。


「話そうぜ⁉︎ 何かさぁ⁉︎ このままじゃ埒があかねえよっ! 別に私もう何も怒ってねえからっ!」


「……お、怒ってる」


 ビクビクと怯えながら公園の木の裏に隠れてしまったアキを見て、思わずため息が出た。


 アキを引き取った。昨日、そんな連絡がダイチから来た。私はアキに会いたいとすぐにダイチに伝え、それでこうして再会の場を設けて貰ったにも関わらず、このザマだ。


 いつかガッキー……じゃなくてホシノ。あぁいやガッキーで合ってた。いつかガッキーに言われたっけ。ダイチの事を許すなって。でも、今の私にはかつてダイチに抱いた憎悪が欠片も残っていない。


 アキにされた仕打ちとダイチにされた仕打ちで言えば、ダイチにされた仕打ちの方がよっぽど悪質だったと思う。アキにされた仕打ちは全てクソジジイに強要された事で、ダイチから受けた仕打ちは全てダイチ自身の意思によるもの。……でも、最初から信じていたアキに裏切られるのと、最初から疑っていたダイチに裏切られるのとでは、同じ裏切りでもあまりに心象が違いすぎた。


 別に私もう何も怒ってねえから、か。我ながらよくそんな口から出まかせを言えたもんだ。今もこんな大声で怒鳴ったりして全然許せてねえじゃん、私。


 ……いや、ダメだな。こんなんじゃダメだ。最初から諦めモードとか私らしくもない。ダイチだって最初の方は許せてなかったじゃねえか。病院から目覚めたあいつを傷つけたい一心で、開口一番ボロクソに貶してサチに叱られたじゃねえか。


 きっと私とアキの間で足りないのはやり取りだ。ダイチとはあれからやり取りが続いた。会話のやり取りにド突き合うやり取り。そういうのを重ねて行くうちに、少しずつあいつの事が嫌いになれなくなって行った。


 やり取りだ。アキともやり取りをしないと。私は木の裏に隠れるアキに声をかけた。


「おいアキ」


「……何?」


「どっか行くぞ」


「……どこに?」


「どっかだっ! なんか話の流れが変えられそうな場所! 早く来い!」


 私はアキの腕を引っ張り、無理矢理公園の外へと連れ出した。


「あとちょっとで夏休みだなー」


「……」


「お前どっか出かける予定とかあんの? うちはサチと約束してて美味いもん食いに旅行に連れてって貰う予定」


「……」


「その日以外なら遊びに来いよ。何気にお前って私の貴重な女友達なんだぜ? このままじゃ私、男子サークルの姫になりかねねえし」


「……」


 何か話題を掴むきっかけにでもなればと思って誘い出したはいいんだけどなぁ……。何も話してくれねえなぁ、こいつ。もうこうなったらあの手使うか? 前にサチから教えてもらった、誰とでも会話が盛り上がるとっておきの話題。その名も陰口。


 サチが言っていた。お客さんといまいち会話が盛り上がらないなと思った時は、主に人間関係の話題を引き出して陰口大会を開くのだと。人間っていうのは陰口を言っている時が一番口が弾むんだと。


 その代わり陰口を言うときは絶対本人にバレないようにする事。陰口というのは本人にバレて初めて陰口になる。本人にバレない限り、それはただの話題の一つとして処理されるから。


「なぁ。ダイチってクソだよな?」


 私は早速実践へと乗り移った。陰口の対象はもちろんダイチだ。私達の知る共通の人物で、尚且つ陰口を言っても心が痛まない相手。世の中にはとても都合の良い相手がいたもんだな。


「自分より小さい奴平気で殴れるし、自分より弱い奴平気で殴れるし、ガラの悪い連中とは付き合うし。しかもあいつ玉ねぎ嫌いなんだぞ⁉︎ 私も嫌いだけどオニオンフライとオニオンスープとカレーと肉じゃがの玉ねぎとかなら話は別じゃね? マジであり得ねえよ。あいつ病院食で出されたオニオンスープ全部残してたからな。あまりにも腹が立ったもんだから私が全部飲んでやった。超美味かった。本当信じらんねえくらいクソ男だわ。お前もそう思うだろ?」


 私はそれまでに溜め込んでいたダイチへの不満をこれでもかとばかりに吐き散らした。なるほど、確かにこれは気分が良いものだ。これなら無限に話題を引き出せる気がした。……けど。


「思わない」


 振り返ってアキに同意を求めると、これまでにないはっきりとした口調で、はっきりと私の目を見て、キッパリとそう言い切られた。するとアキ自身も自分らしくない堂々した発言に気がついたのだろう。気まずそうに私から目を逸らす。


「……全然、思わない」


 追い討ちのように呟いた二度目の否定は、いつものアキらしい自信の欠けたものだった。だから。


「だな。実を言うと、私も最近思えなくなってきた」


 欠けた分の自信は、私が補ってやった。さっきまで陰口を言ってしまった手前、気まずさで苦笑いを浮かべながら。


「……」


 アキの視線が再び私を捉える。それから少しばかりの時間差を置いて、私達は小さく笑い合った。


「……顔の傷、大丈夫?」


「おう! バトル漫画の主人公みたいでカッコいいだろ?」


 案外こいつとはそこまで時間をかけるまでもなく仲良くなれる気がする。そう思った、蒸し暑い夕方の出来事だった。





 余談。


 そこから更に少し歩いた場所での事だ。歩行者優先の標識にチェーンで括り付けられた、見るからに高そうな自転車が私の目に入った。ロードバイクって奴だろう。あれって自転車の分際で百万超えとかザラにあってめちゃくちゃ高いらしいな。そんなロードバイクを見ながら、私はふと思いつく。


「アキ。お前ならあの自転車どうやって盗む?」


 それはほんの冗談のつもりだった。本当に冗談のつもりだったんだ。でも、アキは笑顔で自転車の側まで駆け寄った。そして。


「自転車の鍵にはキータイプとダイヤルタイプがあって、キータイプは難しいけどダイヤルタイプは持ち主の性格次第で簡単に開けられるよ? しっかりした性格の人は鍵を閉める時にダイヤルを全部回すんだけど、だらしない人は自転車に乗る時に一々ダイヤルを合わせるのをめんどくさがるから正解の番号から一桁しかダイヤルをズラさなかったりするの。そのおかげで四桁のダイヤルを解錠出来る確率は実質1/10が四箇所。どんなに運が悪くても四十回もやれば開くから一分もかからないよ。あ、開いた」


 アキはきらきらと目を輝かせながら、褒めてくれとでも言わんばかりに自転車をこっちまで持ってきた。


「ちなみに一番の狙い目はウーバーイーツ配達員の自転車だよ。あの人達は何度も自転車を乗り降りするから、そもそも鍵をかけずにお店やマンションに入って行く人達がいっぱいなの。でもお店やマンションの前には防犯カメラが設置されてる場合が多いから、狙い時はウーバーの人が安そうなアパートに入って行った時かな。一瞬で盗めるよ? 他にも無人駐輪場なんかもおすすめ。あそこは番号を入力すれば自分の自転車じゃなくてもロックが解除されるからお手軽に盗めるの。持ち主の代わりに駐輪代を払う必要があるけど、でも百円や二百円の駐輪代が数万円から数十万円のロードバイクに化けるからコストパフォーマンスはすごく良い。あ、でも無人駐輪場もやっぱり防犯カメラのある場所が多いから盗むなら十二分に注意して」


 私はこいつこんなハキハキと早口で喋れたんだなとか思いつつ、ともかくアキに詰め寄ってヘッドロックをかました。


「おいてめえゴラアキこの野郎本当に反省してんのかてめえ? なぁ? おい? あぁん?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」


 ちなみに私は自転車に乗るのを諦めた身だ。家のベランダにはすっかり乗らなくなってしまった補助輪付きの自転車だってある。最後に乗ったのは小学校低学年の頃だけど、当時の私はアキが言う所のめんどくさがりなタイプでダイヤルを一桁しかズラさい奴だったのを思い出した。


「……いや。別にお前もこんな特技つけたくてつけたんじゃねえよな」


 そのままこいつの頭蓋を粉砕しようとも思ったが、しかし私は少し考えてからアキをヘッドロックから解放してやった。アキの身の上話はダイチから結構聞かされているからな。アキのこの知識はあのクソジジイに殴られて、脅されて、そして身につけざるを得なかった技術なんだ。それを理由に詰め寄るのは、絶対に間違っていると思ったから。


「ごめんな? 乱暴しちまって。お前も変わろうと頑張ってんのにな……。例えばあそこの鉄格子のかかった窓、お前ならどうやって侵入する? とか聞かれても困るよな」


 アキは再び目を輝かせながらその一軒家の方へと駆け寄った。


「鉄格子……正確には面格子って言うんだけど、これにも種類があるの。縦格子、横格子、ヒシクロス格子、枡格子、目隠し固定ルーパー、目隠し稼働ルーパー。一番オーソドックスなのがこの縦格子。縦向きの鉄格子が川の字に並んでるもの。昔ながらの面格子で値段も安いから色んな所で使われてるよね? でも見てて」


 そう言ってアキは鉄格子を握りしめ、片足を壁につけながら思い切り引っ張った。するとどうだろう。その鉄格子はパキンと言う小気味の良い音を出しながらいとも容易く取り外されたじゃないか。


「これは引っ張るだけでアキでも簡単に外せるの。これをもう二、三本外すと人一人が潜れるくらいの穴の出来上がり。あとはガラスが飛び散らないように窓にガムテープを貼って、石を投げて窓を割る。トンカチを使っちゃダメだよ? 最近は窓ガラスが割れた時に防犯センサーが作動する家が多いから、割るなら石を投げて割る事。センサーが鳴ったらすぐに逃げられるから。セキュリティの弱そうな古い民家なんかは特に狙い目だと思う。で、センサーが鳴らなかったらガムテープと一緒に窓ガラスの破片を取り除いて、あとは鍵を開けて窓を開けば侵入成功。縦格子だとこんな簡単に侵入されちゃうからいつか家を建てるなら縦格子は絶対にやめた方がいいよ? 縦格子より少し高くなるけどヒシクロス格子なら大人の男の人でも簡単には外せないし、アキもこれをオススメ」


「てめえやっぱ全然反省してねえだろこの野郎ーっ!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」


 こいつとはもう少し時間をかけて仲良くなろう。そう思った蒸し暑い夏の夕方の出来事だった。

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