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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 守る魔女
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人でなし

 愚かな人間共よ、なんてセリフがよくある。私もそう思う。でも後々知った事だけど、イジメなんてものは自然界じゃ普通に起こる事らしい。


 極少数の一匹狼を除いて、殆どの動物は群れをなして生きている。そして群れが出来れば必ず序列が発生する。序列というのは群れが生き残る上でとても大切な制度だ。例えば十匹の群れがいたとして、外敵と戦う緊急事態時にそれぞれが自分の意見を尊重して別行動を取るのと、一匹のリーダーに統率されながら一心同体で立ち向かうのとじゃ当然後者の方が生き残る確率は高い。だから動物は序列を決める為に同種で争うし、序列が決まった後に上の者に刃向かおうものなら徹底的に排除もされる。


 そういえば聞いた話だと、知能の高い猿では序列一位のボス猿が序列二位の猿を群れでイジメ抜き、序列最下位まで没落させる行動が見られるそうだ。理由は序列二位という立場はボス猿からしたらとても危うく、いつ謀反を起こされてボスの座を取って食われるかわかったものじゃないから。この話を聞いた時、人間みたいだなーと思いつつ、結局人間も猿から派生した動物に過ぎないんだなと深く納得したのを覚えている。


 他にも水族館なんかで魚の群れを見ていると、一匹の魚が魚群を必死で追いかける姿を見る事だってある。あれもやはり一種のいじめのようなもので、魚群は弱っている自分の仲間を置き去りにしようとしているらしい。弱い仲間は天敵に目をつけられ安く、天敵を群れに招き入れるきっかけになりかねないからだ。


 いじめって言うのは自然界ではとてもありふれた普通の事。それなのに人間だけが弱者を排他する事を悪とし、弱者を助ける事を美徳とする。人間だって動物の一種に過ぎないのに、だ。私自身いじめは悪だと認識する一方で、そう思わずにはいられない。弱者は切り捨てた方が種にとって効率的なのは揺らぎようのない事実だと、そう思わずにはいられない。


 一時期、私は弱者だった事がある。そして弱者だった当時の私はそんな感じの質問をサチにした事もあった。


『言いたいことはわかるかなー。でもね、地球で一番強い動物は、そんな自分より弱い仲間を助けながら生きている人間なんだよ』


 サチはそう答えた。


『世の中には色んな弱い人がいる。生まれつき弱い人。事故や病気、ストレスみたいに環境のせいで弱くなった人。仮に健康的に生き抜いても、結局最後はおじいちゃんおばあちゃんになって弱くなっていく。動物の世界だったら真っ先に群れから見捨てられる人達だと思う。でも殆どの国ではそんな弱い人達を助ける法律があるよね? そうやって弱い人を助けているのに、人間は世界で一番強い動物になっているんだもん。助ける事には、人を強くする何かがあるんだって私は思うな』


 そしてそれを聞いて言葉に詰まる弱者の私に。


『りいちゃんは弱くないよ? 私が悲しまない為に辛い嘘を吐き続けたりいちゃんが、弱いはずないもん』


 私は切り捨てられるような弱者ではないと、そんな励ましを贈ってくれた。


「あ、おかえりー!」


 今日は短めのシフトだったんだろう。いつもは私より少し遅くに帰ってくるサチだけど、その日は玄関を開けるとそんな上機嫌なサチの声が私達を出迎えた。が、それも束の間の出来事。玄関先で神妙な顔して佇む私達を見て、何かを察してくれたのだろう。


「こんにちは。りいちゃんのお友達?」


 サチはタロウの前で屈んで視線の高さを合わせつつそう問いかける。


「サチ」


 本当ならすかさずタロウの自己紹介が入るのだろうけど、しかしタロウが自己紹介をするよりも先に私がサチを呼び止めてしまった。私はタロウのシャツを捲り、内部の惨状をサチの視界へ晒し出す。


「……消せる?」


 サチはその惨状に一瞬表情を濁したものの。


「うん、消せるよ。上がって?」


 すぐにいつもの笑顔に戻ってタロウを自分の部屋へ上げてくれた。正直、油性マジックを消すくらい今の私なら魔法を使えば簡単に終わる。でもこいつの前で魔法を使うわけにもいかないし。魔法のない世界からすれば魔法というのは万能の象徴だろうに、こんな事一つも出来ないんだからなんだか世知辛いな。


「えっと、脱がして大丈夫かな?」


 頷くタロウ。許諾を得た事でサチは遠慮なくタロウの服を脱がし、アルコール度数の高い消毒液でタロウの肌から悪意を消しとっていった。


「りいちゃん、お風呂の用意お願いしていい?」


「あ、はい!」


 それと、いくらタロウが許諾したとは言え同い年の私が裸の男子の側にいる事はよくないと思ったのだろう。サチもタロウの前面の落書きは自分で消すように促し、サチ自身はタロウの裸を極力見ないようにしながらタロウの手が届かない背面の落書きを消していたし。私はサチの言う事を聞き、お風呂にお湯を張った。


 ……。


 静かだ。テレビは付けっぱなしで、台所からはサチが夕飯を作る音が聞こえた来て、お風呂の方ではシャワー音が響いて来ている。東京という街はただ生きているだけで外部からひっきりなしに音が流れ込んでくる。それなのに会話という音がないだけで、ここまで世界は静かになる。そんな静寂が何分も続く。


 静寂に最初に切り込みを入れたのはタロウだった。シャワーを止める音、タオルで水気を拭き取る音に服を着替える布切れ音。そしてリビングに近づくタロウの足音。


「どう? スッキリした?」


 十数分ぶりにサチが声を発した事でようやくこの世界に音が戻ってきたような気になれた。


「適当に座っててね。折角だし夕ご飯食べてってよ。……あ、でもその前にご両親に連絡しておかないとだね」


 サチに促され、タロウはスマホを取り出して何やら操作を始める。両親にメッセージを送っているのだろう。タロウは一通り操作を終えるとそそくさと私の向かいの席に腰掛けた。


「好みとかわからないから無難にカレーにしたけど大丈夫かな?」


「カレー」


 タロウの視線が台所の大鍋の方を向く。


「今日の給食」


「え……ご、ごめん……。何か別の作り直すね……」


 涙目になるサチ。


「お前ちょっと便所来い」


 私はタロウの首根っこを掴み便所に連行した。


「てめえ貴様この野郎クソ野郎ゴラ、サチ泣かしたら殺すぞオォン⁉︎」


 リビングに戻った。


「タロウ、カレーが大好きだからめちゃくちゃ嬉しいって言ってました!」


 そのままタロウのケツの肉をつねってこいつの耳元で(言え)と囁いた。


「タロウ、カレーが大好きだからめちゃくちゃ嬉しい」


「あ、そうなの? よかったぁ」


 サチが嬉しそうで私も何よりだった。


 テーブルに夕ご飯が並ぶまで、それから十分もかからなかった。メインのカレーだけでなくレタス、ブロッコリー、カリフラワー、裂き胸肉の蒸しサラダも付いてきて栄養面にも抜かりはない。おまけに。


「召し上がれ。デザートのケーキもあるよ?」


 デザート付き。まぁそのケーキとやらは一昨日サチが店のものを買い占めた残り物なんだけど。多分賞味期限も切れてるが死にはしないだろう。


「いただきます」


 三人で席に付いて食前の挨拶。話は変わるけど、魔書の精霊と持ち主の魔女は共に生きる期間が長い為、精霊は魔女に感化されて性格が似てしまうらしい。その点私はメリムのように下品ではないし理知的だしで、魔女と精霊という関係でありながら性格が似通わなかった珍しいケースと言えるだろう。しかしそんな全く似てない私達にはバラエティ鑑賞という共通の趣味がある。


 ただ、うちは就寝時間が二十二時って決まってるから夜遅くにテレビは見れない。なのにバラエティってやつはどいつもこいつもゴールデンタイムより深夜帯の方が面白いと来たもんだ。そんなわけで夕食の時間は前日の二十二時以降に録画したテレビ番組を見るのがうちでの習慣になっている。私はサチのカレーを満喫しながらも、その視線はテレビに映る昨夜のロンハーに夢中だった。……が。


 いつもの私なら爆笑しながら夕飯を食べているのに、今日はそういう訳にはいかないよな……。だってなんかもう、空気重いもん。つい数時間前までいじめを受けてた奴を連れ込んで、そんな奴がいる空間で爆笑とかただのサイコパスじゃん。今日が水曜でよかったよ……。仮に明日だったら一番好きなバラエティの水ダウを笑わずに見る地獄を見る羽目になったもんな。……とは言えだ。


「おいタロウ。何か言えよ」


 流石にこの空間は静か過ぎだ。ここまで静かだとタロウにちょっかいを出さずにはいられない。別にそれは口数の少ないタロウに喋る事を強要したいとか、そう言うんじゃないんだ。こいつに人として当たり前の事をさせたいだけなんだ。


「お前が口数の少ない人間なのは知ってるし、あんな目に遭って辛いのだって知ってる。でも流石に喋らな過ぎ。お前ここに来てから殆ど喋ってねえだろ? せめてありがとうといただきますくらい言え。礼儀だろ」


「り、りいちゃん。大丈夫だから……!」


「いいえ。こればかりは言わせてください。ほら、言えよ」


「……」


「なんだよだんまり決め込みやがって。そんなんだからお前ダイチ達に」


「りいちゃん!」


 そこで私はハッとする。……危なかった。サチが大声で割って入らなかったら、私は危うくその言葉の続きを口にしてしまうところだった。私だってかつては弱者だった身だ。あの頃の私がそれを言われたら、きっと深く傷ついていただろう。反省しないと。


「タロウくんでいいのかな? 今日はね、ご両親には何も言わないでおく。男の子だもんね。恥ずかしいとか心配かけたくないとか、色々思う所もあるだろうし。だけど今日みたいな事が続くようならそういうわかにはいかなくなる……かな? 辛くなったらすぐ言ってね。うちにも好きな時に来ていいから」


 サチはそれだけ言って食事を再開した。私達もそれに続いて食事を再開した。


 食事を終える。普段ならサチの気まぐれで洗い物を任されたりもするけれど、今日はそう言った様子はない。ただ食器を下げる際、サチは私の体をぽんぽんと叩いた。後のケアは任せた、という事なんだろう。


「タロウ。私の部屋来いよ」


「……」


「ゲームでもしようぜ?」


 私はタロウにそう笑いかけ、私達は部屋の方へと足を運ばなかった。運ぼうとして、その寸前にサチが私の肩を掴んだのだ。サチは私の耳元まで近づきこう囁く。


(こう言う事もあるから、ちゃんとお部屋のお片付けはするんだよ?)


(は、はい……)


 私は苦笑いを浮かべる。そして足の踏み場が辛うじてあるくらいの適度に散らかった自室へタロウを案内した。


「まぁなんだ。さっきは強く言って悪かったよ。別にお前が憎くてあんな風に言ったんじゃないから、そこだけはわかってくれよな?」


 部屋に入り、そんな言い訳をタロウにかける。私はタロウにも適当に座るよう促してSwitchを起動し、「ほらよ」とコントローラーを差し出した。が、タロウにそれを受け取る気配はない。コントローラーは受け取らず、座るよう促したのに座りもせず、ただただじっと立ち尽くしている。


「……あ、ベッドの上でもいいから」


 コントローラーを受け取らなかった理由はわからないが、座らなかった理由は明白だった。私の部屋は辛うじて足の踏み場はあるけれど、尻の置き場はどこにもない。私自身自分の学習机から椅子を引いてそこに座ってるしな。


 タロウは私の指示通りベッドに腰を下ろした。しかし未だにゲームのコントローラーを握る様子はない。『そんなんだからお前ダイチ達にいじめられんだろ』って、そう言いかけた私に怯えているのだろうか。ここは強引にでも行くべきか。


「ほら、ちゃんと持てって」


 仕方がないから硬く閉ざされたタロウの拳を開かせて、半ば強引にコントローラーを握らせる。タロウがコントローラーを握ったのを確認して、私はSwitch本体に手を伸ばした。


「スマブラとかマリカとかあるけど何がいい? わかんない事あったら全然聞いてくれていいし」


 そしてゲーム経験が見るからになさそうなタロウを気遣いそう口にした、その時だ。


「わからない事……」


 タロウがようやくその重い口を開いたのは。


「どうして僕はここにいるの?」


「は? どうしてって……私が呼んだから?」


 ゲームの内容とか、ゲームの操作方法とか。そういった質問を受け答える気でいただけに、想定の範囲外から来た今更過ぎるその質問に私は一瞬思考が止まってしまった。


「どうして僕を呼んだの?」


「そりゃあお前がいじ……」


 お前がいじめられていたから。そう言おうとして言葉を止める。いじめられている奴に対して直接的にそれを言ってしまうのはまずいと思った。


「ほっとけないだろ。あんなクソみたいな事されて」


「友達と遊ぶのはクソみたいな事なの?」


「はあああああああああああああああ⁉︎」


 まぁ、結果的により強い言葉をタロウに返してしまったわけだが。私はタロウに詰め寄り、その胸元を掴んでブンブンと振り回しながら罵声を浴びせてしまう。


「お前馬鹿か⁉︎ 馬鹿だろ⁉︎ 馬鹿ですって言え馬鹿! あれのどこが友達なんだよ大馬鹿野郎!」


 側から見りゃ私がいじめてるみてえだなこれ。


「一緒に遊んだら笑ってくれた」


「あれは遊んだんじゃなくて遊ばれてんだよ! そしてお前は笑われてんの! 馬鹿にされてんだよ! あいつらお前の事を友達だなんて一ナノメートルも思ってねえぞ⁉︎」


 思わず頭を抱えてため息をついてしまった。あっっっっっきれた。うーわマジで呆れた。何こいつ? なんか終始無反応だなーって思ったらそもそもいじめられてた自覚ゼロかよ。馬鹿かよ。


「そうなの?」


「そうだよ!」


「困る」


「何が⁉︎」


「転校先でしっかり友達を作るようにお父さんに言われた」


「お前なぁ……」


 タロウの隣に腰掛け大きなため息を吐く。あークッソ……ロボットを相手にしてる気分だ。あれのどこが友達だ。あれのどこが遊んでるだ。友達のいない私だってそんな事くらいわかるってのに。


「友達作るにしてももっと他にあんだろ?」


「どんな」


「え? どんなってそりゃ……。えー……。例えばほら、濃いメンツで飲むとか」


「濃いメンツ?」


「オールして飲むとか」


「オール?」


「飲みサー入るとか」


「飲みサー?」


「ごめん、今の全部忘れて……」


 友達の作り方を教えていて、そういえば私もこいつ程ではないにせよ友達を作れない側の者だったのを思い出した。とは言え説教垂れといて何のアドバイスも出来ないってのもあれだから。


「じゃあこれだ。ん」


 私は少し考えて、タロウに手を出した。


「ん! お前も手ぇ出せ!」


「……」


「出せ! いいから!」


 私に促され、渋々と右手を差し出すタロウ。私はそんなタロウの右手を掴んでやる。


「何? これ」


「見てわかんだろ? 握手だよ握手」


「どうして?」


「だーかーらー!」


 ほんと、一から百まで説明しないとわからない奴なんだなこいつって。……ま、私も偉く言えた立場じゃないけどさ。だってこんなの幼稚園とか保育園児レベルの友達の作り方だ。つっても私自身、こっちの世界で幼稚園児や保育園児を経験した事もないわけだし、本当にこれが園児間で行われる正しい友達の作り方なのかもわからない。けど、少なくとも小学校高学年の友達の作り方じゃないって事はわかる。わかるんだけど……。


「…….な、なろうぜ? 友達。……ちょうど、私も友達探してたし」


「……」


「なんか、よくわかんねえけどこの国じゃ握手すりゃとりあえず友達みたいな風潮あるし」


「……」


「知らんけど……」


「……」


 ふわっと。差し出した手のひらに暖かさが宿った。お互い第二次性徴始まりたてか或いは始まる直前で大した性差なんてないはずなのに、それでも男の手というのはどこかゴツゴツとした頑丈さを感じ取れるもんなんだな。


 ……。んー……。なんだろ。なんか小っ恥ずかしい。


「いつまで握ってんだよ殺すぞ!」


 自分から握っておいて酷い事してるのは百も承知だったけど、恥ずかしさに耐えかねて思わずタロウの手を振り払ってしまった。


「ったく! ホントお前マジでまったく! ったくよぉ!」


 振り払ったはずなのに、何故か手のひらはまだ暖かい。不思議な感触を残し続ける手のひらを凝視してしまう。別に手汗かいてるわけじゃない……よな? 変なの。


 そういえば人の手を握ったのっていつ以来だろうな。昔はどっかにお出かけする度にサチと手を繋いでいたけど。あの時とはまた違った熱が手のひらから離れてくれない。……まぁ、不思議と悪い気はしないけど。


【チッ。逆の手握ってりゃ一昨日うんこ握ってた手だったのにな】


 私はいつか自分が死んだ時ぜってえメリムも一緒に火葬してやると心に誓った。


 まぁ何にせよだ。これで私達、友達って事でいいのかな。友達になれたのかな。友達というものを知らない私にはその答えがわからない。わからないけど。


「ほら、ゲームやるぞ! クソどもに遊ばれるんじゃなくて、友達と遊ぶっていうのがどういう事なのか教えてやるよ」


 ……ま、友達って事でいいだろ?


 こうして私達は友達同士でゲームして遊ぶという陽キャへの第一歩を大きく踏み出した。この世界に来て早五年。この部屋で友達とゲームをするのって、何気にこれが初だった。……そう、初めての友達とのゲームだったんだ。


「っしゃオラァ! 私の勝ちぃ!」


 こいつとゲームを洒落込んで三十分は経ったろうか。なんせ友達を作らずに五年も生きてきた身だ。オンライン対戦で顔の知らない奴を叩きのめしたり叩きのめされた経験は数あれど、顔の見える相手と面と向かって戦った経験というのは初めての事だった。


「へへっ、お前弱っちいな?」


 そりゃあサチと対戦した事はあるさ。でもサチは私に勝っても負けても笑顔で……。なんというかゲームを楽しんでいるというより、ゲームをしている私を見て楽しんでいるって感じなんだ。そのせいで勝っても負けても全然張り合いがなかった。


「いやー、案外楽しいもんだな。友達とゲームするのって」


 だからまぁ……、なんだ。要するにさ。浮かれてたんだよ私は。初めての経験に。初めて経験する友達と遊ぶという行為に。


「そう?」


「うん、めっちゃ楽しい。本当によかったよこのタイミングで友達が出来て。サンキューな?」


 具体的にどんくらい浮かれてたかって言うとさ。


「おかげで魔界に強制送還されずに済みそうだ」


 こんくらい、浮かれてた……。


「魔界?」


「あぁ。私魔界から来た魔女で……」


 刹那、時間が止まる。全身の毛穴が引き締まり体毛が反り立つのを感じた。あ、あれ。私今なんて……。


『いい? ホリー。さっちゃん以外の人間には絶対に正体がバレないようにね?』


 なんだ。なんだこれ? なんか見えるんだけど。五年も会ってなくて顔も曖昧にしか思い出せくなっていたお母さんの顔が、鮮明に浮かんでくる。これもしかしてあれか? 俗に言う走馬灯、みたいな。


『あなたの体には呪いがかけられているの。新しい魔女元帥様はとても怖い人なのよ……。今までは異世界人に正体がバレても留学がそこで打ち止めになるだけだった。でも今の魔女元帥様はそんなポンコツを五体満足で帰って来させたりはしないの』


 魔界、魔女……。言ったっけ? 私、言っちゃったっけ?


『正体バレたら……どうなるの?』


『それはね……。なんか色々あって死ぬわ』


『なんかいろいろあって……⁉︎』


 ヤバい……私、死……? なんか色々あって……死……?


「……め、メリムぅ!!」


 私はすかさずメリムを召喚し、泣きつくように本のページを開いた。


【死ねやカス。アホドジ間抜け】


「メーリームー!」


 しかしメリムに私を救う意思はないらしい。私は絶望に打ちひしがれ、逃げるようにベットの布団に包まる。脳裏に過るのは、かつて実の母に教わった警告の数々。あぁ……死ぬんだ。私ここで死ぬんだ。享年九歳? 短い人生だな。犬か私は。


 神様ってのは残酷なんだな。せめて死の間際くらい人生最後の瞬間くらいは幸せだった思い出を見させてくれてもいいのに。


「サチ……っ」


 サチと一緒に手を繋いでお出かけしてた、あの頃の思い出を見せてくれてもいいのに。


 ……。


 その異変に気づいたのはそれから何分経った頃だろう。もうすぐ死ぬと言われたら心は震えるものだけど、しかしそんな緊張状態が長時間続くはずもない。なんか刑務官に『お前明日死刑だから』と言われ震えなが夜を過ごしたのに死刑は執行されず、なのに夜になるとまた『やっぱ明日死刑だから』と宣告される。それが何日も何日も続いた感じ。


 緊張感なんてのは緊急時だからこそ張り詰められるものであって、長時間張り詰められるようなものじゃない。要するに死への緊張が解けてしまうくらいの時間が経っていたのは確かだった。


 亀のように布団から顔だけ出し周囲を確認する。目の前にはページが開きっぱなしのメリムが落ちていてそこには【ちなみに死ぬって、あれお前の母ちゃんが吐いた嘘だからな】と記されていた。


「……」


 私の脳裏に、実の母に向かって決して言ってはいけない最低な言葉が思い浮かぶ。でもどうせ目の前にお母さんはいないんだ。ならいいか。言ってもいいか。いいよな? 言うぞ。


「あのババアいつか殺すっ! 殺ーーーーーーすっ‼︎」


 あのババアを殺す為に何がなんでも留学を最後まで続けて、そして奴と同じ居住区に住まなければならないという目標が出来上がった。……が。しかし死ぬのは嘘だったにしても、正体がバレたらその時点で留学終了なのは間違いないはずだ。現に異世界への扉を潜る前、私達魔女っ子一同は魔女元帥様直々に魔法をかけられた。自分達の正体がバレれば、速攻であっちの人達に知らされるはずなんだ。だから本当ならタロウに正体がバレた時点で私の留学は終わりのはず……なのな。


 でも、現に私はここにいる。異世界の日本という国の東京という都市の池袋という街のマンションの一室に、確かに存在している。……と、言うことは。


【けど、こっちの世界の住人に正体がバレたら魔界に強制送還されるってのはガチだ。って事はだ】


「……」


【タロウ、お前さては魔界人だな?】


 私は思わず顔を上げ、タロウの顔を覗き込んだ。タロウは言葉ではなく行動でメリムの問いに答える。首を横に振るという否定の意思表示。タロウは間違いなく私達の推測は否定した。


 ま、そりゃそうだよな。ただでさえ留学先の異世界は無数にある世界の中から選ばれるのに、同じ世界の同じ国の同じ都市の同じ街の同じ学校に、私と同じ魔界人がいるなんてそんな事あるはずがないんだ。……そう、同じ魔界『人』がさ。


「ゴーレム」


「……へ?」


「魔界『人』じゃなくて、ゴーレム」


 タロウが上半身から服を取り払う。そこには透明があった。タロウの胸部は透けていた。そして胸の中心……いや、中心からやや横にズレた位置。人で言う所の心臓にあたる部分。そこでは心臓の代わりに光の球体がドクドクと脈を打っている。私はその球体の正体を知っていた。その球体と同じ物を私も持っているからだ。精霊だ。精霊がタロウの中に入っているんだ。


「なんだよそれ……」


 そして私は。


「なーんーだーよーそーれー!」


 毎度お馴染み、ベッドに仰向け手足ジタバタでストレスを少し発散しようと励んだ。

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