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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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家出

三話までしばしの日常回 11/20

 ある土曜の朝だった。


「りいちゃん……」


 私を起こしに部屋に入って来たサチは酷く呆れていた。理由は明白だ。いつぞやのように再び散らかりきったこの部屋が、サチの表情の意味を物語っている。それはもう寝起きのモヤモヤも一瞬で覚める程だった。


「お掃」「きょ、今日やります! 今日こそは絶対! 必ず!」


 私はたまらなく反射的にそう口走ってしまった。しかし何度も片付けを怠って来た私の言葉からは、既に信用の二文字が忘れ去られているようだ。サチはため息をつきながら私の部屋に入ってくる。


「そう言ってどうせ今日もやらないでしょ?」


「や、やります! やりますって絶対!」


「そんなに先延ばしにするようなら私が勝手に片付けちゃうからね? 前みたいにりいちゃんの大事な物なくさないようにちゃんと注意するし。このまま放っておいてまたゴミなんか放置されたらたまらないよ」


「あ」


 小言を呟きながらサチがクローゼット棚に手を伸ばす。その光景に私は思わず声を漏らしてしまった。


「……あ、って何? まさか」


 サチは私の一言に何かを察し、クローゼット棚を開放した。


「……べ、別に何もないですよ?」


 しかしクローゼット棚の中に変わった物は存在しない。冬物の私の洋服がかけてあって、下の方には私の鞄がいくつか転がっているだけのいたって普通のクローゼット棚だ。


 しかしサチの表情から疑念の色は一向に消えていない。このクローゼット棚には何かがある。サチに隠している私の何らかの秘密が眠っている。そう確信したサチの瞳が、床に置かれた鞄の中から唯一パンパンに膨らんだリュックサックの姿を捉えた。


「何でこんなに膨らんでるの? やっぱりまた隠れて何か食べて……!」


「あ、いや、その……!」


 サチはそのリュックサックに手を伸ばし、中身を確認する。


「……これって」


 数年間隠し続けて来た私の秘密がサチにバレた、そんな土曜の朝だった。


「りいちゃん」


「……はい」


「これ何?」


「化粧水と……乳液……」


「これ、私がずっと渡してたやつだよね?」


「…………はい」


「顔を洗ったら毎日使ってって。何年も前から渡してたやつだよね?」


「………………はい」


「何で使ってないの? ううん、何年使ってないの?」


「その……めんどくさくて。何年使ってないかは自分でも……」


「……」


 サチは立ち上がった。ため息をつくでもそれ以上の小言を吐くでもなく、ただ静かに立ち上がってリビングへ赴いた。


「朝ごはん出来たから」


 それだけ呟いて立ち去った。


【あーあ。俺知ーらね】


 私も私でメリムをぶっ叩く気力さえ削がれたもんだ。


【どうすんの?】


「どうすんのって……。とりあえず朝飯食ったら掃除するよ。今日という今日は絶対するし」


【ごめんなさいだけは言っとけよ】


「……うん」


 私は重い足取りで、引きずられるようにリビングへ向かった。


「あの、サチ」


 リビングへ繋がるドアを開け、開口一番私はそう口にする。ごめんなさい。その一言を呟く為に口を開ける。


「さっきは……」


 でも、それ以上の言葉が出てこなかった。テーブルの上に並べられたその異様な光景に、喉まで出かかった言葉が引っ込んでしまったのだ。代わりに出てきた言葉はというと。


「あれ……。あの、サチ。何ですかこれ?」


 そんな朝食の内容を問いただす質問。そして。


「サラダ定食」


 サチは私と視線も合わせないまま、そう淡々と答えるのだった。


 サチは私の野菜嫌いを知っている。それでも健康の為に食卓に野菜を並べるんだけど、でもちゃんと私の希望を聞き入れて必ずそこには肉類や魚肉類も並べてくれていたんだ。それなのになんだこれは。野菜しか挟まれていないサンドイッチにサラダ? なんだこれ。マジでなんだこれ。


「お片付け終わるまでお肉出さないから」


「……」


「じゃあ私、ちょっと出かけてくるから。お肉食べたかったらお昼ご飯までにちゃんと片付けてね?」


 サチはそれだけ言って玄関へ足を向ける。いつもは見送るなり行ってらっしゃいの一言なり呟く私だけど、この日ばかりはそのどちらをする事もなく、一人黙々とサラダ定食を食べた。


 朝食を終えて部屋に戻る。リビングからゴミ袋も持って来たし、とりあえずゴミ拾いから始めようか。私はゴミ袋を部屋の真ん中に投げ入れ、手前のゴミに手を伸ばし。


「……」


【おい】


そしてベットに横になった。


【何やってんだよ】


「何もしないをやってる」


【プーさんみてえな事言ってんじゃねえよ。掃除は?】


「しない。今掃除したらサチの嫌がらせに屈したみたいじゃねえか」


【お前なぁ……】


「あんなの、サチもどうせ勢いで言っただけだろ? 昼になったら普通の飯作ってくれるよ。それ食ったら今度こそ掃除する。脅しに屈して掃除したんじゃなくて、自分の意思で掃除したんだってわかってもらう」


 そう言っていられたのが四時間前の事。それから時間が経ち、サチが帰宅する。サチはうちに入ると一目散に私の部屋の扉をノックし。


「ねぇ、りいちゃん」


 とても困惑したような表情の顔を覗かせ。


「今……」


 そして何かを言いかけた所でその顔付きに変化が訪れた。がっかりしたような、呆れたような、とてもプラスの印象とは言い難いマイナスの表情で、朝と変わらず散らかり放題な私の部屋を一望した。


「……」


 一望して、何も言わずにリビングの方へと去っていった。その無言の意味は、それから三十分程経った昼食の時間に明かされた。


「……」


「野菜炒め定食」


 昼時のテーブルには、肉の一切入ってない野菜炒めが置かれていたからだ。


「私言ったからね? お片付けするまでお肉は出さないって」


 私はそのご飯をどんな風に食べればよかったんだろう。黙って食べて、黙って掃除を始めたらよかったんだろうか。


「……化粧水使わなかった事にキレてんならそう言えば良いのに」


 でも、私にはそれが出来なかった。私は小声で呟いてしまったんだ。サチに聞かれない為にじゃない。わざとサチの耳に届くくらいの小声で、嫌味を言われたと確実に認識してもらえるように、はっきりとそう呟いてやった。


「何それ。今なんて言ったの?」


「別に? 何も言ってませんよ?」


 私はわざとらしく荒々しい音を立てながら椅子に腰を下ろし、野菜炒め定食を貪る。一刻も早くこの場を立ち去る為に、飲むようにご飯を詰め込んだ。


「嘘。言ったじゃん」


「聞こえてるじゃないですか。何で聞こえてないフリしたんですか?」


「……」


「安心してください。ちゃんと掃除はしますから!」


 空っぽになった茶碗を叩きつけるようにテーブルに置く。残った野菜炒めも麦茶で流し込みながら殆ど噛まずに飲み込んだ。


「ご馳走様でした!」


 私は駆け足でお皿をシンクへ持って行き、サチとは一度も目を合わせないまま自室へ戻った。


【お前いくらなんでもあれはない】


「何が? お望み通り掃除するんだから文句なんかねえだろ⁉︎」


 私はゴミ袋を手に取り、今度という今度こそ掃除を始めた。


「大体やり方が陰湿なんだよ! なんだよあれ? やってる事脅迫じゃねえかよ!」


 手始めに目に見えて、尚且つ手で掴める大きめのゴミを拾って行った。


「ダイチとの一件があった時もさ? どんな正論でも相手の気持ちを考えられないようじゃ誹謗中傷と変わらないとか言ってたんだぜ? ブーメラン! マジでブーメラン! 言われた私の気持ち全然考えてねえ! マジありえねえ!」


 ゴミ拾いが終わったら次は服の片付け。服を一枚一枚拾い上げ、そこについた埃や髪の毛を指で取り除く。


「一番あり得ねえのは八つ当たりしてることだっつうの! だってあれ掃除してない事にキレてんじゃねえじゃん! 化粧水使わなかった事にキレてんじゃん! ……だったらさ? だったら……最初からそう言えばさ! こっちだって……、こ……ごっちだって」


 着替えの次は散らばった本か。とりあえず本棚に入りやすいように同じ大きさの本同士を掻き集めて行かないとな。


「ちゃんとあや……、あ、謝っで……! 謝っで、それで……そ、それで……! 終わりだったんじゃ……終わりだっだんじゃねえ……のがよぉ……!」


 厚い本、薄い本、デカい本、小さい本。それぞれ仕分けて纏めていく。纏めていきたい。さっさと纏めて全部終わらせたい。なのになんだこれ。視界が滲む。前がよく見えない……。


「う……うぅ……っ! ……うっ……、あーっ! ……ふぅ……うあーっ‼︎ がーっ!」


 しまいにはなんか適当になってるし。元あった場所とかわからなくなって、とりあえず勢いのまま叫んで、物を叩きつけるように置いているだけだ。自分でも片付けているのか散らかしているのかわからなくなって来た。


「うぅ……っ、うっ……」


 そして最後は散らかし方さえわからなくなり、ベットにうつ伏せた。


 ズルいんだよ、大人ってのはよぉ。自分は出来るけど子供には出来ない事を武器にして喧嘩をふっかけて来るんだ。私は料理が出来ない。私はお金を稼ぐ事も出来ない。この時点で子供の方が圧倒的に不利だ。それを武器に脅すとかマジでねえから。そんなん立ち向かいようがねえじゃねえか。こんな喧嘩に公平もクソもあるか。絶対自分が勝つってわかってるから大人ってのは子供に対してあんな強気でいられるんだろうな。弱い者いじめと変わんねえよ。卑怯者がよぉ!


 私は掃除を諦めてスマホを取り出す。そしてとあるサイトを開いて文章を入力した。ちなみにとあるサイトというのは知恵袋だ。


[小学六年生です。ついさっき親と喧嘩しました。喧嘩の原因は親が買ってくれた化粧水や乳液を使わずにずっと放置してたからです。でもそれは私が悪いと思ってます。だからその事で怒って来たらちゃんと謝るつもりでした。でも親は散らかった部屋を掃除するまで私の嫌いなご飯しか作らないって全然関係のない事を言って怒って来ました。これってずるくないですか? これって脅迫じゃないですか? 児童相談所に言ったら助けてくれるでしょうか? 回答お待ちしてます。お礼のチップは500枚あげます]


 返事はすぐに来た。


[それは辛い思いをしましたね…。質問者さんの言う通り、親というのはズルいものです。子供は親には勝てないとは言いますが、あれって実は子供に勝てる方法でしか親は勝負を挑んで来ないだけなんですよ。親と子供なんて結局は血が繋がっているだけの他人。親子である以前に別々の生命体である事を忘れてはいけません。他人を思いやれない人に親である資格はないと私は思っています]


「あっ……うっ……あぁ……っ、あーーーーっ!」


 そこには私が求めていた優しい答えがあった。私は枕に顔を埋めて大泣きする。良い人だ。なんて良い人なんだ。意見も合うし、世の中にはこんな優しい人もいるもんなんだな……。私は顔をあげて回答の続きを読んだ。


[質問者さんはSNSなどやっていますか? 私は質問者さんのような理不尽な目に遭っている色々な人の相談に乗るのが好きなんです。よろしければ詳しくお話をお聞かせください]


「……」


 ……んー。


 私は一回そいつのプロフィールを覗いて過去の回答を見てみる。するとどうだろう。こいつ、質問文で女子小学生なのが予測出来る相手にしか回答していない。しかもどの回答も最後はSNSへの誘導で締め括られている。


『いい? りいちゃん。別にスマホを使うのは○○までとか、そんな事を言うつもりはないよ。でもこれだけは守って? 顔も知らない相手とは絶対に話さない事。常識のある大人は自分と歳の近い人と仲良くするの。歳の離れた相手……、特に年下と仲良くしようとする相手は100%まともな大人じゃない。りいちゃんが小学生だってわかった上で近づいてくる人とか論外だからね? 約束出来るね?』


 スマホを買ってもらった時に交わしたサチとの約束がふと思い浮かんだ。……って、違う違う違う! 別にサチと約束したからじゃねえし。私最初からこいつヤバいやつだって思ってたし。


 私は次の回答を待った。すると次の回答もすぐにやってきた。


[わかります。私の場合は質問者さんとはちょっと違うかも知れませんが、こんな事がよくあります。私はもう高校生なんですが、どこかに出かけようとする度に「どこ行くの?」「誰と行くの?」「何しに行くの?」「何時に帰るの?」って質問ばっか。それを言わないとしつこく付き纏って来て外出も出来ません。時間ももったいないからしっかり答えて出かける事もあるんですけど、それならそれで家に帰ると「何して来たの?」「ご飯は食べたの?」「何を食べたの?」とか言って来て結局質問責めなんですよ。最近は彼氏とか出来たんですけど、質問責めが嫌で内緒にしてたのにどこかからその噂を聞きつけて来て「彼氏はどんな人なの?」「何て名前なの?」とかばっかでストレスが溜まって仕方がないです。どう思いますか? 親ってみんなこうなんですか? うちの親絶対おかしいですよね?」


「……」


 知らねえよ。私の質問欄なんだよ帰れよ。私は次の回答を待った。そして。


[気持ちはわかるけど、それでも謝った方がいいと思う。出来るなら今日にでも。謝るのって、タイミングを逃したらいつまでも謝れなくなるから。どうしても今日が無理なら、それは多分お互い冷静になれてないだけだと思う。一日たっぷり考えて、明日までには絶対に謝るべきだよ。それに喧嘩の論点をすり替えて怒って来た事に関しては、今頃向こうだって後悔してると思うな。そんな親に対してこっちから謝るのって、いい復讐になると思わない? 「うちの子はあんな理不尽な怒られ方をしても自分から謝って来るのに……。私の方がよっぽど子供だ」って、そんな風に後悔させられるんじゃないかな? 私に言えるのはここまでです。どうか二人が仲直りできますように」


「……」


 こいつは死ね。最後の一文がめっちゃ偽善者だし、何より私は私を論破してくる正論が大嫌いだ。私は次の回答を待った。で、それから数分後にやってきたのが。


[人生なめんなガキ。文句あんなら家出しろ。自分の力で生きてけるようになるまで文句言う権利があると思うな]


 という回答。


「……」


 目から鱗だった。こんな短く的確な回答をしてくれる人っているんだな。私はこの回答をベストアンサーに選んだ。

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