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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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試食

三話までしばしの日常回 10/20

「……」


 腹が減った。もうマジで腹が減った。どんくらい腹が減ってるのかって言うと超マジで腹が減っている。


 そりゃ冷蔵庫の中に食料品は入ってるよ。冷凍庫の中には念の為買っておいてある冷凍食品だって入ってる。でも違うんだ。そうじゃないんだ。だってそんなもん食ったら後片付けしないといけねえじゃねえか。


 後片付けは嫌だ……、面倒くさい……、後片付けをしないで食いもんだけ食っていたい……っ! 要するに中身を食ったら後は捨てるだけで済むコンビニやスーパーの食いもんを食いたい……!


 しかしだな。困った事に、生憎私の所持金は例のカップ麺散財事件の影響を多大に受けているせいで残り僅かだ。財布を開いてみると、ほら言わんこっちゃない。残金二百九十円だよ。コンビニで高めのスイーツ一個買ったらもう終わりだ。安めのスイーツでも二個で終わり。


 お小遣いの支給日は月末だし、それまで期間が空いている今、この残り少ない軍資金を考えなしに使うのはまずい。


 あーあ。何かねえかなー。金を使わずに外で飯を食える何か。一円も払わずに飯を食える何か。


「……あの手を使うか」


 私は早速いくつかの便利アイテムを持って行きつけのスーパーへと足を運んだ。





 ◇◆◇◆


「い、いらっしゃいませー……」


 疲れた。


「新発売のウインナーでーす……」


 学校に疲れた。部活に疲れた。友人関係に疲れた。


「よろしければご試食どうぞ……」


 バイトにも疲れた。何もかも疲れた。


 小さな頃から人付き合いが苦手だった。大きな声を出すのが苦手で大きな声で話しかけられるのも苦手。気がつくとその欠点は、いつしか会話そのものが苦手な弱虫を育てる事態に陥ってしまった。


 小学生の頃は、中学生になればこの性格も少しは改善されるだろうと思った。中学生の頃は、高校生になればこの性格も少しは改善されるだろうと思った。そして高校生になった今は、大学生になればこの性格は改善すると思い込んでいる。それと同じくらい、大学生になった所で結局今までと同じように何も出来ないまま終わってしまうんだと諦め切っている自分もいる。


 そう言うのは嫌だと思った。このままじゃいけないとも思った。それで少しでも自分から環境を変えようと思って接客のバイトを始めてみたけど、結果は何も変わらなかった。むしろバイトを始めた事で出来る人との違いを見せつけられ、より一層心を折られたような気もする。例えば果物コーナーのあの人。


「群馬産のリンゴ? 青森じゃなくて?」


「そうなんですよぉ! 品質は間違いなく一級品なんですけど、リンゴって言えば青森のイメージがとても強いですよね? そのせいでどんなに宣伝しても中々伝わって貰えないんです。生産者さんからも利益より味を知って貰うのが最優先との事ですので、購入しなきゃとかお考えなさらず気楽にご賞味くださいませ」


 ……ダメだ。私なんかじゃ到底あの次元について行けそうにないや。私は接客業をしている事も忘れて小さなため息をついた。……と、その時。


「あ」


 私の目の前に一人の女の子がやってくる。綺麗な黒髪と日本人離れした顔立ち。そしてピンクや花柄を基調とした桜のイメージの衣服をよく身に纏って来る女の子。


「えっと……試食してみますか?」


「する!」


「アレルギーは……」


「ない!」


 通称タダ飯姫。私はこの常連客の事を心の中でそう呼んでいる。理由は簡単だ。


「ごっそさん!」


 タダ飯姫は満面の笑みでウインナーを堪能した後、上機嫌に手を振りながらこの場を去って行った。


 一分後。


「ウインナー、いいかな?」


「……」


 タダ飯姫は帽子を被って再びやって来た。だから私は彼女の事をタダ飯姫と呼んでいる。


「ウインナーください」


 一分後。タダ飯姫はサングラスをかけてやってきた。


「ウインナーちょうだい!」


 一分後。タダ飯姫はマスクをつけてやってきた。


「ウインナー貰ってもいいかしら?」


 一分後。タダ飯はそれまでの装備を全て装着してやってきた。だから私は彼女の事をタダ飯姫と呼んでいる。


 ダメだよタダ飯姫。それ、全く意味がないんだよタダ飯姫。サングラスも、帽子も、マスクも、全部無意味だ。喋り方変えたってバレバレだよ。タダ飯姫の小柄な体格と声が私の脳に印象深く刻まれているというのもある。でも、それだけじゃないんだ。


 例えば出禁になった人がいたとして、私達は彼らを顔で判別したりはしない。出禁になる人って、何故か毎回同じ服を着ているからすぐにわかるんだ。タダ飯姫は来店の度に服装は変わっているけれど、服装の雰囲気は毎回同じ。ピンクだったり花柄だったりで、桜のようなイメージが印象的過ぎる。顔や話し方程度じゃ到底隠し切れやしないんだ。……まぁ、そんなタダ飯姫でも私の前に並んでくれるだけ、こっちも仕事やってる感を味わえるから助かってはいるんだけどね。


 タダ飯姫はそれから三周程ウインナーを頬張った後、次の試食を求めて他の販売員の元へと足を向けた。あの子、他の人の所では一回しか試食しないのに私の所では何回も並び直すんだよね。なめられてるんだろうな、私……。


 それにしてもあの子、顔に大きな傷が出来てたな。何か酷い怪我でもしたんだろうか。あれだと尚更目立つだろうし、今後のタダ飯活動が大変そうだ。


「どう? まだ慣れそうにない?」


「あ、店長……」


 肩を落としていると、いつの間にか私の隣に店長が来ていて苦笑いを浮かべていた。


「ちょっと交代しようか? 外の違法駐輪、任せてもいい?」


「あ、はい……。わかりました……」


 私は店長に頭を下げて、店の外へ足を向けた。


 駐輪は一日三時間まで。例えお店の利用客であってもそれを超過した自転車にはチェーンをかけ、罰金として五千円を徴収する。三日経っても持ち主が現れなかった場合は近くの保管所まで自転車を運ぶ。それがうちのルールだ。


 うちのスーパーは土地柄のせいか、よく利用客以外の人も自転車を止めていく。そのせいで肝心の利用客が駐輪出来ない不利益が頻発しているのだ。また、うちの利用客であっても三時間以上駐輪すればやっぱりその自転車にもチェーンをかける。普通に考えて、ただのスーパーで三時間も買い物をするなんてありえないからだ。そう言う人達は大抵駐輪のついでに買い物をしているだけに過ぎない。ここで何かを買った事実を免罪符に駐輪し、別の用事を果たすべくどこかへ行ってしまうからだ。


 私は三日以上放置された自転車三台を保管所まで持ち運んだ。鍵のかかった自転車の運搬が殆どだから結構な力仕事になるわけで、これは本来男性スタッフ向けの仕事になるだろう。でも、私はこの業務が嫌いじゃない。人と話さずに黙々と作業出来る、いい仕事だと思ってる。


 店長も人手不足だから私を雇っただけで、本当はもっとハキハキ喋れる人を雇いたかったんだろうな。他の人でも出来る事しかやれないのに他の人と同じ分のバイト代を貰う。そんな自分に罪悪感を……、感じている暇なんかないらしい。


「ちょっと! これ何よ⁉︎」


 お店に戻った時、チェーンのかけられた自転車を見ながら怒鳴り声をあげるお客さんを見て、私は全てを悟った。


「あなたここの店員でしょ? 何これ?」


「え、あ……」


 店のエプロンと名札をつけていたせいだろう。おばさんは私がここの店員だと判断して詰め寄って来る。


「あの……ここに書いてある通りでして。三時間以上の違法駐輪は罰金を頂いているんです」


「何なのそれ! ちょっと前までこんなのなかったじゃない!」


「ですから……その結果色んな方が違法駐輪していく事になって、そのせいで本来の利用客の皆さんが駐輪出来なくなってしまったんです。なのでこうでもして違法駐輪を減らさなきゃいけなくて……」


「そんなのそっちの都合でしょ⁉︎ 悪いけどこんな事されたの生まれて初めてだわ。ちょっと止めただけで勝手に鍵かけて、それで五千円⁉︎ ダメ、高すぎる。大体私も今まで何度もここにお金落として来たんだけどそれはどうなるのよ⁉︎」


「あの、ですから……」


「ちょっと待って。私の親戚に違法駐輪の保管所で働いてた人がいるから。その人に聞いてみる」


「え……」


 するとおばさんは唐突にスマホを取り出し、どこかへと電話をかけた。


「あ、もしもし? ねえ聞いてよ、私今スーパーに自転車を止めてたんだけどね?」


 参ったな……。店長を呼びに行こうにもこの場を立ち去れる雰囲気じゃない。いつまでこの人に付き合わなきゃいけないんだろう。


「ほら!」


「え?」


「え? じゃなくて! 代わって! 電話!」


 私は押し付けられるようにおばさんからスマホを受け取った。


『あーもしもし? 私、田島と申します。えーっとですね、私も前は違法駐輪の保管所で働いておりましたけども、それでも自転車の返却料は三千円だったんですよ。五千円は流石に高すぎると思うのですが』


「……」


 知らないよそんなの。誰だよ田島って。このルール決めたのそもそも私でさえないのに。……あー、もう。


「ストップストップストップ! どうしたの⁉︎」


 と、その時。店の中から二人の人物が駆け足で出てきた。一人は店長と、もう一人はその手を引くタダ飯姫。どうやら私達のやり取りを見て、タダ飯姫が店長を連れて来てくれたらしい。


「あなたここの店長? あのね、これ何? 五千円ってどう言う事なの? 説明して!」


「あー……そのですね。こちらに説明が書かれています通り、うちでは違法駐輪された場合罰金として五千円程徴収する事になっておりまして」


「だからそう言うのが聞きたいんじゃないのよ! 何でこんな事するの⁉︎ 勝手過ぎるでしょ⁉︎ 私絶対払わないわよ?」


「いえ、ですのでそう言うわけにもいかないんですよ! ここであなたの自転車だけ『はい、わかりました』って見逃したら、今まで素直に間違いを認めて罰金を払ってくださった人達はどうなるんですか⁉︎」


「そんなのそっちが自転車人質にしてお金取ってただけじゃない! 間違いを認めてって、一番間違ってるのはあなた達って気づかないの⁉︎」


「いえ、ですからね! そもそもあなたが違法駐輪しなければそれで終わった話なんです! 見てくださいこの子! あなたのような人が自転車を置いて行ったせいで、こんな女の子が保管所まで運んで行ったんですよ⁉︎ 本来やる必要のない仕事までやらされているんです! 私共としても引くわけには行かなくてですね!」


 そんなやり取りが。そんな無限のように感じるやり取りが、ひたすら続いていった。そして最初に根負けしたのはおばさんの方。


「……わかりました。じゃあお金下ろして来ます。それでいいんですよね? でももうここで買い物する事はないかな? ここに自転車止めたらいつお金請求されるかわかったもんじゃないし」


 おばさんはそんな捨て台詞を吐いて、近くのATM目指して歩いて行った。


「クッソぉ……マジで決闘罪今だけ免除させろよ……、俺とリアルファイトして勝てたら五千円無料にしてやるよあのクソババア……っ」


 店長、一応勝てたはずなのにめちゃくちゃ悔しそうだったのはよく覚えてる。そして、やっぱり私にはこの仕事は向いてないと思い知ったのも、よくわかった。


「店長」


「え? あぁ、ごめんね? なんか荒々しくなっちゃって。後は僕がやっておくから、試食の方戻ってくれるかな?」


「はい……あの、それもそうなんですけど」


「ん?」


「えっと……私、今月限りでバイトやめたいなって……」


「……」


「さっきも全然言い返せなかったし……、試食販売の時も上手く喋れないし……、品出ししている時もお客さんに声かけられるのが怖いし、レジ打ちなんて論外だし……。やっぱり私、単純作業とかの方が性に合ってるような気がして……」


「……そっか」


「……はい。……あ、とりあえず試食販売の方戻ります」


 私は店長に頭を下げて、逃げるように店内へと戻った。正面口から店に入るその瞬間、私は気まずそうな顔でこっちを見て来るタダ飯姫と目があった。ずっと見ていたんだろう。あれだけ騒がしい事になっちゃったしな……。


「……い、いらっしゃいませー」


 店の裏で消毒を終え、再び売り場に戻った。と言ってもやる事はさっきと変わらない。意味もなく声を出し、意味もなくウインナーを焼くだけ。前を見ても横を見ても、私の所にはお客さんなんかいない。タダ飯姫が未だに正面口からこっちを覗いているのが気になるくらいだ。さっきの騒ぎがよっぽど面白かったんだろうな。年下になめられるのも慣れちゃった。


 ……なんて、思っていたんだけれど。何をしているんだろう。タダ飯姫は私から視線を逸らすと、唐突にポケットから子供財布を取り出して中を確認し始めた。そして意を決したように頭を上げ、駆け足で私の方へ一目散に向かって来る。息を切らしながらやってくる。


「姉ちゃん……っ、ウインナーくれ!」


「……」


 まだ食べる気なのかな。そろそろ十周はしてると思うんだよなぁ。まぁ、そろそろこの店を辞める私にはどうでもいい事だけど。


「はい。アレルギーはないよね」


 私は最早彼女を初見扱いするのも忘れてウインナーを差し出した。タダ飯姫は何度食べても飽きる様子を見せず


「美味い!」


 と一言。満面の笑みを向けて来た。いつもと変わらないやり取り。……ただ、その時はいつもと決定的に違う所があった。


「これ買うわ」


「え」


 タダ飯姫がウインナーの袋を一つだけ掴み取ったのだ。


「姉ちゃんの焼くウインナーめっちゃ美味えぞ。それに姉ちゃんの所って一番試食しやすいんだよな」


 タダ飯姫はそう言うと、私のエプロンをちょいちょいと引っ張る。しゃがめ、と言う事だろうか? 彼女の望み通り膝を曲げて彼女と視線の位置を合わせると、タダ飯姫は私の耳元でこう囁いたのだ。


(ほら、他の店員ってみんな目と話し方がギラギラしてんじゃん? 言葉では否定してても買え買えオーラ出しまくり。姉ちゃん所が一番安心するんだよ。姉ちゃんがいなくなったら、私ここで飯食えねえ)


 タダ飯姫はそれだけ言って、私の耳から口を離した。


「月末にお小遣い貰ったらまた買いに来るからな! バイト辞めないでくれよな!」


 最後に一言そう言ってレジの方へと向かっていくタダ飯姫。お小遣いを貰ったらって事は、おつかいとかじゃなくて自分のお小遣いでウインナーを買ってくれたという事だろう。別にあの子がウインナーを買った所で私の立場がよくなるなんて事はないのに。 


 小学生のお小遣いってどのくらいだったっけ。四年前まで小学生だったのに思い出せない。でも、少なくとも小学生の私は自分のお金でウインナーとか買った覚えはない。そう言うのは親が買ってくれるものだから。自分のお金は漫画とかお菓子とかジュースとか、自分が欲しい物にしか使いたくなかったから。


「……」


 もう少しだけ頑張ってみるか。滲み出た涙を両手で拭いながら、そう思った。

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