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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
87/369

寿司 ②

三話までしばしの日常回 9/20

 数分後。


「……」


「……」


 レーンから流れて来たそれを見て私達は困惑する。


「りいちゃん、確かに注文を任せた私にも責任はあると思うけど、でもいきなり大トロ六皿は違くない……?」


「いやいやいやいや知りません知りません! 私こんなの知りませんから! ほら履歴見てくださいよ!」


 濡れ衣を着せられた私は疑いを晴らすべく、サチの目の前にタブレットを突きつけてやった。誰が初っ端から大トロ六皿みたいな注文をするかっつうの。


「中トロ六皿……」


「そうですよ! いきなり大トロ頼む馬鹿がどこにいるんですか! おい店員!」 


 私の無実が証明されても何故か呆れ顔を続けるサチの事は一旦放置して、私は少し離れた所でテーブルを拭いていたタロウを呼び止めた。するとどうだろう。タロウの奴、こっちを見た瞬間親指を立ててサムズアップして来たじゃないか。


「なんだサービスか。いただきまーす」


「ダメに決まってるでしょ⁉︎」


 大トロの皿に手を伸ばそうとする私の手をサチが阻んだ。


「これ絶対タロウくんの独断だよ! 店長さんこの事知らないよ!」


「えー。考え過ぎじゃないですか? 今日の朝の占いじゃ私のラッキーカラーピンクでしたし」


「魚肉のピンクとかやだよ」


 大トロの乗った皿はレーンを逆走して戻っていった。大トロの姿が見えなくなった所で、サチは手をあげてタロウを呼ぶ。


「あの、タロウくん」


「はーい!」


「これタロウくんが勝手にやったサービスでしょ?」


「はい!」


「店長さん知らないでしょ?」


「はい!」


「そういうのやめてね?」


「はーい!」


 タロウは笑顔で戻っていった。


「注文し直しだね……」


「そうですね」


 私はもう一度タブレットに手を伸ばす。


「まともなお寿司注文してね?」


「……は、はい」


 もう一度中トロ六皿を頼もうとしたものの、サチの視線がなんか怖い。私は不満ながらもサチの希望通り、今度は普通に多種多様なお寿司を注文した。


 数分後。


「あの、タロウくん」


 やって来たのはまたしても大トロセットだった。


「私言ったよね? こういうのやめてって」


「やめたよ?」


「ん? どういうこと?」


「店長の許可ならちゃんと取ったから安心して。証拠見る?」


 タロウはそう言うと、タロウの瞳から光が投影されてテーブルの上に何やら謎の映像が映し出される。この寿司屋の事務室だろうか? ここの制服を見に纏ったおじさんとタロウの姿が確認できる。でも事務室って割には電車の玩具らしき物があちこちに飾られているような……。


『店長。鉄道模型収集が趣味だったんですね』


『いや……』


『道理でうちの事務室って鉄道模型が沢山飾られている筈ですよ。店長、これ全部事務所備品とかそれっぽい理屈を捏ねて経費で落としてませんか?』


『その……』


『それとこの近辺の風俗店で店長らしき人の目撃情報が多数あるんですよね。店長、風俗お好きなんですか?』


『だから……』


『これ、とある筋の人から譲って頂いた去年の収支内訳書なんですけど、やけに接待費が嵩んでますね。もしかして風俗費も接待費って名目で落としてます?』


『これは違くて……』


『ところで今、僕の大切な知り合いが来てるんですよ。折角だし目一杯サービスしてあげたいんですけど、いいですか?』


『あ……は、はい。いいです。もちろん……』


 サチは答えた。


「ダメです」


 それはもうバッサリと一刀両断した。


「喜んで貰えると思ったんだけど嬉しくなかった?」.


「やり方が悲しかった」


「でも、これ以外にどんなサービスをすればいいのかわからないし……」


「だから何もしなくていいんだよ! 普通のお客さんと同じように接してくれればそれで十分だから! こんな事して店長さんに目をつけられる方がよっぽどキツいからね⁉︎」


 サチにキツく叱られ、シュンとしながらトボトボとこの場を去っていくタロウ。


「サチさん」


 ふと、タロウが振り返ってサチを呼び止めた。


「何?」


「もしかしてサチさんも何かグレーゾーンな物を経費で落としてる?」


「なななななな何いいいい言ってるのかかかかな? そ、そそ、そそ、そんな事ないよ……⁉︎」


 それから店を出るまで、サチの額から冷や汗が止まる事はなかった。それはそれとして、さっきの映像にはよくわからない言葉がたくさん出てきたな。


「サチ」


「な、何……?」


「ふうぞくって何ですか?」


「……。風属性の略」


「ははっ、意味わかんね」


 何言ってんのかわかんなかった。私はタブレットに手を伸ばし、三度目の正直となる注文をする。数分後にやって来たのは、今度こそ私が注文した通りの品だった。


「今度はちゃんと来ましたね」


 私がレーンから計六枚の皿をテーブルに移すと、それらの商品名をサチが読み上げた。


「サーモン、焼きサーモン、炙りサーモン、アボカドサーモンロール、とろサーモン……。鮭ばっか……」


「いくらもありますよ?」


「鮭じゃん」


 サチは微妙な表情でお寿司に手を伸ばした。ちなみに回転寿司では一貫ずつシェアするのがうちのルールだ。


「やっぱり私も頼も」


 サチは鮭天国に不満でもあるのか、タブレットを手に取って今度は自分なりの注文をする。そしてやって来たのはあじといわしとしめ鯖の青魚セット。別に青魚が嫌いなわけじゃないけど、マグロやサーモンの方が食べ応えも噛み応えもあって私は好きなんだよな。


「はぁ……。やっぱこの歳になると脂っ気の少ない方が美味しいや……」


 早速しめ鯖に箸を伸ばすサチ。私も私でサチが残した方の一貫に箸を伸ばすも……。んー……でもこれ、私が一口で食うには少しネタがデカいな。半分にして食うか。


 箸でしめ鯖を挟み、食べやすいように二分割する。すると。


「あ、サチ!」


「ん? どうしたの?」


「アニサキスの死骸!」


「……」


「すっげえ、初めて見た。今サチが食った分にも入ってたんですかね? 私もいただきまーす!」


 サチは青ざめながら口を押さえてトイレへと駆け込んだ。サチ、最近便秘気味だったからな。私もあーなりたくはないし健康な腸を維持する為にもよく食べないと。


「……私、今日はもう何も食べたくない」


 トイレから帰って来てもサチは相変わらず青ざめていた。


「ダメじゃないですか。そんなんだから痩せちゃうんですよ」


「逆にりいちゃんはよく寄生虫なんか食べれるよね……」


「死んでりゃただのタンパク質ですし」


「そうじゃなくて見た目とか」


「見た目ほぼしらすですし」


「たくましく育ってくれて何よりだよ……」


 何よりという割には何でそんな悲しそうな顔をするんだろう。


「ほらサチ、まだまだ注文してるんですからちゃんと食べて」


 するとレーンの奥から私達目掛けて六枚のお皿がやって来た。丁度いいタイミングで私の追加注文が届いてくれたな。


「カルビにハンバーグにマヨチーズハンバーグ。チャーシューと生ハムと、あと豚カルビ」


「そんなんだから太るんだよ……。ほら、ガリもちゃんと食べて。気休め程度だけど代謝が上がって太りにくくなるんだから」


 サチが醤油皿にガリをたんまり乗せてくる。余計な事を……。確かに私は野菜嫌いだけど、それでも出された物は残さず食べる主義だ。当然ガリも出されなきゃスルーするつもりだったのに……。まぁ出されたもんは仕方がない。私はガリを途中途中挟みながらも肉寿司セットを完食した。


「じゃあ次はー」


「りいちゃんまだ食べるの……? もう十皿以上は食べてるじゃん……」


「サチが少食過ぎるんですよ。今日は気分が悪いにしても、普段だって五皿くらいでフィニッシュだし」


「まぁ私の場合体型維持も仕事のうちみたいなもんだし?」


「それでよくお腹空きませんよね」


「……。んー。別にそう言うわけでもないんだけどなー。なんて言うか、最近忙し過ぎてあまり食欲に気が回らなくなってるのもあるんだよね」


 思わぬ言葉がサチから飛んでくる。最近忙しい? そんな風には全く見えなかったけど。


「忙しいってなんかありましたっけ?」


「えー? あったじゃん。色々」


 ふと、サチの声色が変わったような気がした。次の注文は何にしようかとタブレットに釘付けだった私の視線が、自然とサチの方を向いてしまう。


「アイスちゃんとの一件があってから二年間も他人みたいな生活だったからさ。りいちゃんって全然手のかからない大人だってずっと思ってた。でもカップ麺隠れ食い事件然り、ダイエットの件然り」


 サラサラとした、手荒れ一つない綺麗な指で私の頬の傷を優しく撫でながらサチは言葉を続ける。


「この件然り。りいちゃんと向き合うようになってから、目が離せない出来事の連続で全然気が休まらないよ。心配になる事ばっかり。でも、それと同じくらいりいちゃんとの生活にやり甲斐も感じてるんだ。ずっとこのまま手の掛かる子でいて欲しいって思ってる自分もいる」


 そんなサチの意図は、次の言葉で明らかになった。


「正直、毎日ダイチくんのお見舞いに通うりいちゃんにヤキモチだって妬いてるよ。変だよね? 前は学校で友達作って欲しいとか言ってたのに。これって依存なのかなー……」


 それはこの五年間で初めて向けられたサチの気持ちだった。この五年間、一人でい続けた私はサチからそんな感情を向けられた事がない。そりゃあ二年間のブランクはあったものの、それでも私にはサチしかいなかったし、サチにだって私しかいない、そんな五年間だ。


 それが今じゃあ六年生になってたったの二ヵ月で友達が増えた。少し前までは毎日タロウと遊んでいたし、今は毎日ダイチの病院に通っている。それにいつかはアキとだって……。


 ふと考える。サチって私以外に親しい人がいたっけ。私と暮らすのに不都合があるから極力実家には近づかないようにしているし、仕事先の人と通話をする事はあっても休日に誰かと遊びに行く姿なんて一度も見た事がない。もしかしてサチは私以上に孤独な人生を送っているんじゃないかと。そんな思いが私の胸に根を張り詰める。


「なーんてね。嘘」


 そこまで言って、サチは茶化すように私に笑いかけた。


「たくさん友達作って、たくさん遊んでよ。折角の留学なんだから。それとタロウくん」


 続けてサチは手をあげて、向かいのテーブル席の備品を補充していたタロウに声をかけた。タロウはサチに気が付き、作業を中止してこちらへやってくる。バイト用の顔なのかどうかはわからないけれど、その表情は依然変わらずしょんぼりとしたままだ。


「さっきは強い言い方しちゃってごめんね? 別に怒ってる訳じゃないの。ただ特別扱いをして欲しくなかっただけ。お仕事をするなら知り合いでも特定のお客さんを贔屓しちゃダメだよ? プライベートで遊ぶ時にりいちゃんを贔屓してくれれば私は十分。これからもりいちゃんをよろしくね?」


 サチにそう言われ、タロウの表情が明るさを取り戻す。場の空気も和んでいくのを感じた。折角だ、この際だしちょっと問い詰めてみるか。


「大体お前何でバイトなんか始めたわけ? 心の勉強とかなら学校だけでも十分じゃね? わざわざ歳まで偽って働いてよー」


 タロウがバイトを始めたきっかけ。流れとは言え一時的に私がこいつを突き放したのが一番の原因なのはわかる。でも本当にそれだけだろうか。こいつが社会経験に興味を持った可能性、こいつが金銭に興味を持った可能性、こいつが新たな人間関係に興味を持った可能性、色々な可能性が浮かんでくるものの、そのどれもがあまりしっくり来ない。


 私だったら……そうだな。賄いに興味を持った可能性だな。飲食店で働くと賄いを貰える事があるらしいが、それは恐らくその店の商品を自由に食っていい権利の事だと私は勝手に解釈している。寿司屋の賄いともなると寿司の食い放題とかか? それなら私も明日から歳偽って働きたいくらいだけど、しかし。


「お金が欲しいんだ。とりあえず残り一億円」


「……は?」


 タロウの口から漏れた言葉はそれはそれはもう突拍子のないものだった。一億円? 一億円だ? 今こいつ一億円って言ったのか? ……いや、違う。一億円じゃなくて残り一億円って言ったような。


 ……残り? じゃあ残りってなんだ? それじゃあまるである程度の金は既に持っていて、目標まで残り一億円足りないみたいな。そんな風に聞こえるんだけど。


「冗談だよ。みほりちゃん、そろそろ誕生日でしょ?」


「……え」


 しかしタロウはすぐに自分の言葉を否定した。ニコニコと笑顔を浮かべながらそう言った。その顔はバイト用の、言ってしまえば演技で使っている偽の表情。そんな表情を浮かべながら冗談なんて言われても信憑性がない。


「自分のお金でプレゼントを買いたかったんだ。そろそろ誕生日で合ってるよね?」


「……合ってるけど」


 まるで私の誕生日を言い訳にしているような、そんな錯覚にとらわれた。タロウの言う通り、私の誕生日までそう遠くはない。二年前は最悪な誕生日を味わい、その負い目から去年の誕生日も私を祝おうとするサチを冷たくあしらってしまった。……でも。


 ……と、その時。テーブルの下から私の足が軽く蹴られる。相手はもちろん向かいの席に座っているサチだった。


「よかったじゃん」


 サチはニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべながら私にそう言って来た。


「別にそんなよかったとか……」


 三十代らしさゼロの子供みたいなその表情に、私の中にふと生まれた不穏が鳴りを潜める。


「ありがとう、タロウくん。でもタロウくんが小学生な事に代わりはないんだから、あまり無理はしないで? プレゼントも常識の範囲内でお願いね?」


「そこは大丈夫だよ。女の子にあげる無難なプレゼントなら雑誌やネットでしっかりリサーチ済みだし」


「そう?」


「うん。一ヶ月分のバイト代でシャネルのバッ」「佐藤くーん! ちょっと来てー!」「あ、はーい! それじゃあ二人とも、また後で」


「……」


 シャネルの、なんだって? 仕事先の同僚に呼ばれて店の奥へかけていくタロウの背中からとんでもないプレッシャーを感じた。


「サチ。私なんか今幻聴聞いた気がするんですけど」


「奇遇だね。私もだよ。ちなみに私の経験上、お金に余裕のない人が高いプレゼントをくれた時って自分が送ったプレゼント以上の愛を要求してくるケースが多いんだ。私がねだったならしょうがないけど、勝手にくれて勝手に求められるとかたまったもんじゃないんだよね。で、自分が期待していた物が返ってこないと凄く不機嫌になるの。話し方もねちっこくなるしLINEで説教とかしてくるし。酷い時はお店の近くで出待ちしてストーカーしてくるからね。地雷だよ地雷。本当にお金に余裕のある人はこんな事全くないんだけどな。やっぱりお金に余裕のある人ってそれなりの人生を歩んでいるから色んなアピールポイントを持ってるんだよね。プレゼントでしかアピール出来ない人って本当怖いよ。カオナシだよカオナシ。そういう人に限ってお金のない人ばっかだもん。いやそのプレゼント代でもっと自分磨きをしようよって思わない? 清潔感を磨くとか、資格の勉強をしてより魅力的な自分にランクアップするとか。そしてお金に余裕の出来た大人になってうちに来てくれた方が幸せじゃん。そういうお客さんなら私だって心置きなくもてなせて幸せだよ。何でそんな簡単な事がわからないんだろ。あ、でもどうせ地雷客化するならプレゼントくれる分まだマシなのかもね。私的に一番危ないって感じるのは、それまでクレカ払いだった人がある日いきなり現金払いになった時ね。こう言うお客さんってクレカが止められるだけの何かをしでかした可能性大だから。本当はキャバクラなんて行く余裕ないのにそれでも来るような執着を持った人なの。そういう人にストーカーされるくるいなら、まだプレゼント送りつけてくれる人にストーカーされた方がマシ。いやまぁもちろんストーカーされないのが一番なんだけどね。大体この業界」


「うんめ、うんめ。ビントロうんま、アナゴうんま、海老天超うんま」


 どうもこの一連のやり取りで私はサチの地雷を踏んでしまったらしいが、それはそうとして寿司は美味かった。

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