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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
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寿司

三話までしばしの日常回 8/20

 最近タロウがそっけない。


『おいタロウ。今日うちで』


『ごめん。用事があるからまた今度』


 毎日そんな感じでそっけない。前までは毎日のようにうちに連行……じゃなくてうちに遊びに来ていたのにだ。これって実はかなり由々しき事態である。何故ならあいつが学校で話しかけてくれないと、私は学校でぼっちをする羽目になるからだ。もう休み時間に寝たふりするのは飽きたんだよ私は……っ。


 タロウがそうなってしまった原因として思い当たる節は……まぁ、あるよな。あれしかないよな。絶交の件。いやでもさ? あれは仕方ねえよ。むしろ数日絶交するだけで盗撮の件は水に流したんだぞ。


 そりゃああいつの盗撮のおかげで一回命は救われたよ。なんなら絶交しなけりゃタロウとあのクソジジイをぶつけさせる事も出来ただろうし、顔にこんな傷を負う事だってなかったのかも知れない。私を助ける為にあいつがたまたま取った行動が盗撮だっただけだ。あいつの目的は盗撮じゃなくて、突拍子なく突っかかる私を守る為のもの。盗撮はその為の手段に過ぎない。


 ……。


 やっぱ言い過ぎだったかな。絶交の期間はとっくに過ぎているのに、あいつ一向に私と絡もうとして来ないし。そういえば変わった事と言えば、最近のあいつの言動もどこかおかしくなったような気がする。例えば遊びの断り方にしたって。


『ごめん。用事があるからまた今度』


 ってなんだ? 普段のあいつなら無理の一言で済ませてるだろ。あいつそんなペラペラ喋るようなやつだったっけ。


 この前の掃除の時間だってそうだ。クラスメイトの女子が机を運んでいる時、誰かが放置した濡れ雑巾を踏んで盛大に転けた事がある。けれどその女子は尻餅をつく事も倒れた机の下敷きになる事もなかった。タロウが受け止めたんだ。女子の体を片手で支え、崩れる机も片手で支え。そして。


『怪我はない?』


『え……あ、大丈夫……』


『よかった。気をつけて』


 とか言いながらさ。微笑んでたんだよ、あいつ。私にも見せた事のない笑顔って表情を、名前も知らないクラスメイトの女子に向けていたんだ。あれを見た時は気のせいかなって思ったけど、ここ最近のあいつの変わり様を見てるとどうもな……。


 そんな事を思いながら街を散歩する休日の午後。


「あ」


「やぁ」


 曲がり角に差し掛かった所で、ちょっとした知り合いと鉢合う事になる。その人は大型犬と中型犬と小型犬の計三匹を連れていた。私はその三匹とは初対面だったけど、おっさんの事は知っていた。


「おっさんじゃん。え? 犬飼ってたのか?」


 その人はこの世界でのタロウの育ての親だった。私はおっさんと一緒に近くの公園に行き、同じベンチに腰を下ろした。


「傷の調子はどう?」


 隣に座る私の顔を見ながらおっさんが訊ねる。


「あー、これ? 今おっさんに言われるまで忘れてたくらいには治ってんぞ。痛みはとっくに引いてるし」


 私は人差し指でポリポリと傷口を掻いて見せた。前までは触れるだけでつんざくような痛みが走ったものの、今では大雑把に触っても普段と何ら変わりはないし気にもならない。むしろ私にはこんな傷より遥かに気になる事があるわけで……。


「なぁ、おっさん。最近タロウのやつがそっけねえんだよ」


 私は酷く澄み渡った青空を見ながらそんな愚痴を漏らした。


「なんか話し方も急に人間味増して来てるしさー。いやそれ自体は良いことだと思うぞ? でも私の知らねえ所でぐんぐん前に進まれてるみたいで、なんか複雑」


 そんな私の足元に、おっさんの小型犬が歩み寄って来た。小型犬は私の足に頬擦りしたかと思うと、その場でこてんと倒れて服従のポーズ。まるで私が触るのを今か今かと待ち侘びているようだった。だから私は。


「おーーーー! うーしゃしゃしゃしゃしゃしゃー!」


 犬に飛びつく。犬に触るのも久しぶりだな。野良猫と違って野良犬なんてそんな簡単に出会えるもんじゃないし。


「ほら反省してみろ反省! 反省!」


「それは猿の芸だね」


 小型犬をもふる私を見ながらおっさんが苦笑いを浮かべた。私は続いて中型犬と大型犬にも手を伸ばそうとするも。


「そっちはダメ!」


「うお危ねぇっ⁉︎」


 中型犬は甲高い悲鳴をあげながらおっさんの背後へ逃げて行き、大型犬には攻撃されかけた。されかけたと言うのは、大型犬の口には噛みつき防止用のマスクが取り付けられていたからだ。これがなければ今頃私は間違いなく噛みつかれていた事だろう。


「ごめん、大丈夫? こっちの二匹は……特に大きい方はうちでもトヨリにしか懐かなくてね」


 申し訳なさそうに頭を下げるおっさん。


「トヨリ?」


 その聞き慣れない名前が気になり私がそう訊ねると、おっさんはハッとしながら罰が悪そうに。


「……今うちに泊まりに来ている親戚の子だよ」


 とだけ答えた。私は納得して可愛がる対象を小型犬だけに絞った。


 初夏の気温に屈する輩が多いのか、休日だというのに公園の中は人が少ない。正直、動物を存分に可愛がる姿を見ず知らずの人間に見られるとなんか恥ずかしくなるんだよな。だから夏の熱気は不快だけど、こうして存分に犬をもふれる環境を整えたくれた天気の神様には感謝してもし足りねえや。


「みほりちゃんは動物が好きなんだね」


 可愛がられている自分の犬が誇らしいのか、おっさんは上機嫌そうな顔で私にそう訊ねてきた。


「おう! だって可愛いもんな?」


 可愛い。そう、可愛いのだ。そりゃあうちでもペットは飼ってるさ。でもそのペットは口が悪いわ性格も悪いわ、おまけにもふる事も出来ないただの本でしかない。マジでトイレットペーパーが切れた時の代わりの紙としてしか使い道のない役立たずだ。それに比べてこのわんこの可愛らしさよ。随分人に慣れてるな。見ず知らずの私に体を弄られているのに、気持ちよさそうに舌を出しながら尻尾を振っている。……まぁでも。


「そう言ってくれると嬉しいな。みほりちゃんは動物を飼いたいとは思わ」


「思わない」


 こう言う気持ちって他人のペットだからこそ浮かんで来る物なんだろうけど。


「だってほら、私より先に死なれたら辛いじゃん? 犬や猫の寿命ってたった十年くらいなんだろ? 人間の八分の一くらいか? 私なんて魔女だからもっと寿命に差が出ちまう」


 私はこの世界に来たばかりの頃、命の終わりと立ち会った事がある。あれは辛かった。本当に辛かった。あれを経験した上で動物を飼いたいとか言えるほど、私は強くないのだ。


「そんな寿命の短い相手と仲良くなんかなったら……」


 ……と、その時。犬を撫で回す手が止まる。それは金縛りにも近い感覚だった。感情で言い表すなら恐怖。とても静かな恐怖。振り返るとおっさんが私を見ていた。お世辞にも上機嫌とは呼べない、とても空虚な顔で私の事を見ていたんだ。何もない場所を見ているような表情。例え今目の前の私が殺されたとしても、それこそ空でも見るような目で無関心でいられる、そんな表情。


「人間でも十年くらいで死ぬ人はいるよ」


 私はその感情を知っている。これは敵意だ。殺意とまでは言わないけれど、少なくとも子供の友達相手に見せるような表情でないのは間違いなかった。私は今、このおっさんに明確な敵意を向けられている。


「……」


 おっさんは淡々とそう呟いた後、瞬きをした。瞼が落ちて、また開く。再びおっさんの瞼が開かれた時、おっさんの表情は先ほどと変わらない、ペットを褒められて喜ぶ気のいいおっさんの表情に戻っていた。


「……ごめんね。なんでもない」


 気のせい、だったのかな。


「タロウならバイトしてるよ」


 そんな違和感も、おっさんから発せられたたった一言で全部忘れ去ってしまったけど。


「バイトぉ⁉︎」


「暫くみほりちゃんと遊べなくなったから、心の勉強に有用な何かを教えて欲しいって言われてね。……あー」


 そこまで言いかけて、おっさんは気まずそうに頬を掻いた。


「タロウから聞いたんだけど、どうもうちの子が盗撮とかしたようで……」


「いやいや、こっちこそ守って貰ったのにちょっと言い過ぎた感もあるし……」


 気まずい空気に包まれる。タロウと違ってこんな一般常識を持ち歩いているからな。気まずくなった時のそれはタロウの時とは比較にならない。


「それで、とりあえずバイトとかしてみたらどうだろうって冗談で言ってみたんだ。そしたら精巧に偽装した住民票を作り出してね……。最近は魔法で身長を伸ばしてアルバイト三昧だよ。まぁ犯罪じゃないならいいかなって僕もあの子に任せているんだけど」


「いや小学生働かせたら犯罪じゃね……?」


「それを言ったら戸籍を作ってる時点でね……。みほりちゃんだってそうだろ?」


「んー……」


 悔しいけどその通りだった。まぁ正確に言えばその辺の偽装工作を行なったのは私じゃなくて全部お母さんなんだけど。


「タロウの言動が一気に人間らしくなったのは僕も知ってるよ。働く事で色々覚えていったのかな? 気になるなら行ってみたらどうだい? 駅前の回転寿司で働いているから」





 と、言うわけで。


「ここですね。タロウのやつ、マジでバイトしてるんですかね? 友達として心配で心配でたまりませんよ。……おっと、生唾が」


「お寿司の方が目当てなんだね」


 次の日の夕方。私は早速仕事終わりのサチと落ち合いその回転寿司へと赴いた。呆れ顔のサチの手を引いて入店する。


「いらっしゃいま……」


 タロウはすぐに見つかった。入店直後に私達を出迎えたその店員がまさにタロウだったのだ。おっさんの言う通り身長は伸びているし、声も身長相応に低くなっている。顔付きもより大人のそれに近づいてはいたものの、タロウの面影は間違いなく残っていた。何よりその胸の名札に刻まれる「佐藤」の二文字が、彼がタロウであると私に確証を持たせた。


 こいつ、マジでバイトしてたんだな。しかも突然来訪した私達に動揺してんのか? 接客の挨拶も途切れちまったじゃないか。こいつが動揺するなんて面白い。


「タロウ、お前マジで働い……」


「やぁ、二人とも! こんな所で会うなんて奇遇だね。いや、本当に奇遇? もしかして僕に会いに来たとか?」


「……」


 動揺するタロウよりよっぽど奇妙なものを見ちゃったような気がした。


「わー! サチさんってそういう服も着るんだ。とても大人っぽく見える。イメージ変わるなぁ。あ、もしかして仕事帰り?」


「あ……うん。そうだけど……」


「お疲れ様です。あぁ、でもごめんね? 紛いなりにもバイト中だからこれ以上の私語はキツいかも……。席に案内するよ。お客様二名様、席へご案内致しまーす!」


 いや、それはもはや奇妙とか面白いとかそう言う次元じゃなかった。これはあれだ。警戒だ。私もサチもこの異様な男に警戒している。私達は互いに目で合図を送り合いながら、タロウに促されるままテーブル席へと案内された。


「当店のご利用は初めてでしょうか?」


「ううん、何回か来た事あるけど……」


「毎度ありがとうございます! ではご注文が決まりましたらそちらのタブレットにて」


「あの、タロウくん」


 それぞれ席についた私達に店のシステムを説明しようとするタロウにサチが問いかけた。


「タロウくん……だよね?」


「はい!」


「その話し方って素? 前みたいには戻れない感じ……?」


「戻れるよ」


「いきなり戻んなよ気持ち悪ぃな……」


 タロウの表情から光が消える。それはもう電池が切れたように突然いつものタロウに戻ったもんだから、安心感よりも恐怖の方が遥かに上だった。


「お前それ何? イメチェン?」


「さっきの話し方がバイト仲間からもお客さんからも好印象だったから。今の話し方だと店長に叱られるから戻していい?」


「お、おう」


「ありがとう、みほりちゃん。ごめんね? いきなりあんな風に話しかけられたら動揺しちゃうよね?」


 タロウは再び奇妙な雰囲気へと切り替わった。


「それじゃあ二人ともごゆっくり。本当は知り合い贔屓で色々とサービスしてあげたいんだけど、僕ただのバイトだからそんな権限ないんだよね……。大したサービスはしてあげられないからあまり期待しないで?」


「あ、うん。大丈夫だから気にしないで……。あの、ごめんね? 長々と話させちゃって。お仕事戻っていいよ?」


 サチにそう促され、タロウは満面の笑みを崩さないままこの場を去って行った。


「サチあれヤバくないですか? あいつガイジになっちゃったんですかね」


「りいちゃん。そういう言葉を覚えるならWi-Fiの解約も視野に入れるからね」


 それはマジで困るから話題を切り替える事にした。


「なんか髪とかめっちゃ伸びてたし」


「ね。体を成長させる時に体毛も伸びちゃった感じなのかな?」


「ちん毛も伸びてるんですかね?」


「りいちゃん、私達今からご飯食べるって事忘れないで。でも本当にびっくりした。声聞くまで男の人か女の人かわからなかったよ」


 それに関しては私も同意見だった。なんていうか、前々からわかっていた事だけどタロウの容姿の整い方は人形じみている。髪を金髪に染めてロリータファッションに身を包めばまんまフランス人形になると言っても過言じゃない。まぁあいつ自身、一種類の魔法しか使えないウィザードが生活をより良くする為に作り上げたゴーレムだしな。どうせ作るならそりゃあ見た目も良い物にするだろう。


「しかもめっちゃおしゃれに髪纏めてましたよね。浴衣とか似合いそうな」


「ギブソンタックだね。飲食店って髪の毛に厳しいから帽子に入り切るようにしないといけないんだよ。りいちゃんもしてあげよっか?」


「めんどいからパスで。寿司食いましょ寿司! サチ何食べます?」


「りいちゃん、私夢があるの……。おしゃれに興味持ったりいちゃんからメイクのやり方とか聞かれてさ。それで一緒にメイクしたり、色んな髪型やコーデ試してみたり……。この夢、りいちゃんが帰るまでに叶うって信じていいよね……?」


 半泣きになるサチをよそに、私はタブレットを操作して寿司を注文した。

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