昔 その三
三話までしばしの日常回 4/20
『サチ』
『んー? どうしたの?』
休日の朝。朝食を済ませて食器洗いをしていた私にりいちゃんが声をかけて来た。
『遊ぼ』
『お、いいね〜! 何して遊ぶ?』
『お医者さんごっこ』
『はーい。じゃあちょっと待っててね?』
りいちゃんがこの世界に来てはや三ヶ月。一ヶ月目の警戒心バリバリだった頃のりいちゃんを思うと、自分から遊びに誘ってくれる今の彼女が愛しくてたまらない。私は皿洗いを終わらせて、すぐにりいちゃんが待ち構えるリビングへと戻った。
『いらっしゃいませー』
『早速病院じゃ聞かない挨拶して来たね』
それは何も掛け声に限った話だけじゃなかった。だってりいちゃん、頭にタオルで鉢巻を巻いてるし家庭科用のエプロンも付けている。どう見ても病院のノリじゃないよ。まぁ付き合うんだけどね。私はりいちゃんと向き合うように椅子に座る。
『今日は何の手術しに来ましたか?』
『それはお医者さんが決める事だね。ていうか手術確定なの? 出来ればお薬だけで済ませたいなぁ……』
『なるほど』
メモ用紙に何かを記入するりいちゃん。何がなるほどなのかは微塵もわからないけど、彼女はきっと何かに納得したのだろう。
『どこか悪い所はありますか?』
『悪い所? そうだなぁ……。りいちゃんを想うと心が痛いです。なんちゃって? えっへっへっ』
『頭が悪いみたいですね』
『冷静に言わないでよ。あと言い方キツいよ』
するとりいちゃんは足元の箱を開けて中から裁縫セットを取り出した。りいちゃんの指に針が摘まれる。
『ではお注射をしましょう』
『……』
いやいやいや。
『注射のフリだよね? 本当に刺したりしないよね?』
『フリだけ。刺さない』
『うーん……』
それでも疑念が晴れる事はなかったものの、子供可愛さに負けて私はりいちゃんに腕を差し出した。
『サチ』
『ん?』
『この前サチが痛くないよって言ってた予防接種、めっちゃ痛かった』
『何でそれを今言うの⁉︎ 復讐の前振りにしか聞こえないんだけど⁉︎』
しかしそこはやはり賢く聡明なりいちゃんだ。りいちゃんは暴力的な措置に手を染める事は無く、糸を通す方の穴を私の腕に置くだけで注射タイムは終わりを告げた。
『これでもう大丈夫ですよ』
『あ、そう? 言われてみれば体が軽くなった気がするなー。ありがとうございます、先生』
『次は手術ですね』
『全然大丈夫じゃないじゃん! 今の注射何⁉︎』
『麻酔』
『あぁ……そりゃとてもリアリティのある事で』
『それじゃあお客さん』
『患者さんだよ』
『それじゃあ患者さん』
『はい』
『患者さんは頭が悪いから、頭のお薬と頭の手術の準備をしようと思います』
『はぁ……。まぁお手柔らかにね?』
『ではご注文を繰り返します。頭のお薬が一点と頭の手術が一点でよろしいでしょうか?』
『飲食店かな?』
『ご注文承りました。少々お待ちください。頭の薬一丁、頭の手術一丁お願いしまーす!』
『だから飲食店かな?』
りいちゃんは誰もいない廊下目掛けてそう叫ぶと、トテトテと駆け足でキッチンの方へ向かって行った。
一分後。私の前にお水の入ったコップが置かれる。
『へいお待ち。頭のお薬一丁』
『もう完全に飲食店だよね。それも寿司系とかラーメン系の。じゃあまぁ、とりあえずいただきまーす』
コップに口をつけて中身を飲み干す。うん、普通に水道水だ。
『お味はどうですか?』
『えっと……はい。美味しいです』
『じゃあサチこっち来て』
『え?』
りいちゃんの小っちゃな手に手を掴まれてしまった。五歳児の小さな手のひらでは私の手を握りきる事は出来ず、私の指だけを懸命に握りしめるその姿はとても愛おしいものがあるのだけれど、私は今からどこに連れて行かれるのだろう。見た感じりいちゃんの部屋に向かってるみたいだけど。
『りいちゃん、どこ行くの?』
『今サチが飲んだの覚醒剤だから逮捕する』
『出したのりいちゃんだよね⁉︎ ていうか病院設定は⁉︎ ねぇ⁉︎』
そうしてお医者さん兼警察官のりいちゃんに連行されてやって来たりいちゃんのお部屋。うわー、色々と散らかって来てるなー……。本当ならちゃっちゃと掃除したい所だけど、前に勝手に掃除してりいちゃんの私物失くした事があるしイマイチ手が出せないんだよね……。
りいちゃんは私を部屋の中へ入れると、テレビの隣に置いてあった段ボールに手を伸ばした。段ボールをどけると、その下にあったのはどこかで見覚えのある積み木の建造物。これって確か何日か前にりいちゃんが作ってた……。
『はい。サチの牢屋。サチここ入って』
『何この伏線回収……』
とは言え遊びに付き合っている身だから私は大人しく牢屋の中に入った。牢屋と言っても殆ど積み木で囲った円形の領域でしかないんだけどね。
『サチ出ちゃダメだよ?』
『はいはい……』
『死刑の準備してるから良い子にして待ってて』
『出たくなって来たな……』
そもそもこのエリアが狭すぎるんだよね。膝同士をくっつけてしゃがまないと入れたもんじゃない。お尻を地面につけようものなら即崩壊してしまう事だろう。これ結構足腰に負担がかかるぞ……。
なんて思ったその時だ。しゃがむ事で圧迫された下腹部から妙な動きを感じ取った。これはあれだ。お通じだ。それも三日ぶりのお通じ。私は即座に立ち上がり、この陳腐な積み木の囲いから足を一歩外に出そうとした。……が。
『あ、サチ! 出ちゃダメ!』
『えー……』
案の定、りいちゃんに咎められる。だから私は涙目になりながらりいちゃんに懇願したのだ。だってりいちゃんは良い子だ。本当に良い子なんだ。泣きながらお願いすれば、それを聞き入れてくれないはずがないもん。私知ってるもん。
『サチ! ちゃんとやって!』
『でもお腹が……。ねえお願いりいちゃん、ちょっとトイレ行くだけだから! すぐ戻って来るから! ね? ね?』
『トイレ?』
それを聞いたりいちゃんは、何かを思い立ったように部屋の隅にあったもう一つの段ボールにも手を伸ばした。段ボールをどけるとその下から出てきたものは。
『サチのトイレ!』
『やっぱりそれも保管してたか……』
この前作ってた私用の積み木のトイレ。あぁ、りいちゃん。物凄く目を輝かせている。
『サチ、ここでうんこしていいよ!』
『しないよ』
『しないの?』
『出来ないんだよ』
でもごめんりいちゃん。流石にそれは……。流石にそれだけは……!
『折角作ったのに……』
『……』
女の子の涙って、罪だよなぁ……。
『うーん……っ、うーん……っ、……っはぁー! 気持ちよかったぁ』
多分おまるか和式便器がモチーフなんだろう。楕円形に並べられた積み木に跨り、私は排便の真似をする。
『音は?』
『え?』
『うんこの音は?』
『…………。ぶ、ぶりりり……ぶりっ、ぶりっ……』
『…………っ、…………いっいっいっ……!』
りいちゃん、口を両手で押さえながら必死に笑うのを我慢してた。りいちゃんが笑ってくれるなら私も満足だよ……。私は腰を上げて自分の牢屋へ戻る。
こうなったらもう早くお医者さんごっこを終わらせよう。さっさと死刑になって気持ちよくトイレに向かおう。お医者さんごっこで死刑とか意味わからないけど、もうそんなのどうでもよかった。
『それでりいちゃん。死刑執行はいつ? 早く出たいんだけど』
『懲役百年だから百年後』
『りーいーちゃーんーっ‼︎』
三日ぶりのお通じは完全に引っこんだ。
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