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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第2.5話 魔女と日常の話]
79/369

カップ麺

三話までしばしの日常回 1/20

ただのギャグ回に見せかけて今後の展開に重大な繋がりを持つ話もいくつかあるので箸休め程度にお楽しみください

『カップ麺食いてえ』


 それは昨日、不意にダイチが呟いた言葉だ。


『カップ麺?』


 ダイチの見舞いに来ていた私は、その理解出来ない言葉に思わず首を傾げる。ちなみに見舞いというのはあくまで建前で、本当の目的はダイチの治療だ。私は自分の手に代謝能力を促進させるオーラのようなものを魔法で纏わせながらこの病室に足繁く通っていて、ダイチの回復に一役買っている。


 ダイチの惨状に対して医者は相当な長期入院を見込んでいるけど、流石に小学校最後の一年を殆ど病室で過ごさせるのも可哀想だしな。私としても怪しまれない範囲で、なんとか夏休み中には全快させてやりたいと思っているわけだ。


『ゴミ箱見てみ?』


 ダイチに言われるがままゴミ箱の中を覗くと、そこには小さなメモ用紙が複数枚捨てられていた。その中から一枚取り出して見てみると。


『なんだこれ? 献立?』


『そ。俺が食って来た病院食。下の方にカロリーとか塩分量とか書いてあんだろ』


『あるな。これがどうした?』


『なんつうかなぁ。病院食って思ったよりしっかり味付けしてあって普通に美味いっちゃ美味いんだけど……こう、舌にガツンと来る味じゃねえんだよ。塩分量とか多い時でも三グラム、低い時は一グラムもありゃしない』


『それって少ないのか?』


『調べたらラーメン一杯に含まれてる塩分が大体六グラムだった』


『へー。じゃあ多い時でもラーメンの半分しかねえのか』


『あー……味の濃いもん食いてえ……カップ麺食いてえ……』


 というのが昨日の話。だから今日の私は。


「おっすダイチ! 喜べ! カップ麺買ってきてやったぞ」


 来る途中のスーパーで適当なカップ麺を一つ買ってきてやったのさ。


「マジ?」


「おう! どうよ? これか? これが欲しいのかお前? ん? 嬉しくて言葉も出ねえか? ん? ん?」


「……あー、やっぱいいわ。いらね」


「おうおういじけんなって! 悪かったよ! 冗談だ冗談。好きなだけ食え。あ、ケトル使うぞ」


「そうじゃなくて」


 電気ケトルに水が入っているのを確認してスイッチを入れようとする私の行動を堰き止めるようにダイチが言葉をねじ込んで来た。


「金ねえから」


 それは多分あの事だろう。自分の親から金を盗み続けていたってやつ。こいつもしかして、親に金を返す為に小遣いさえ貰わないようにしてんのかな。……ま、そんな他人ちの事情なんて私には知ったこっちゃねえけどな。


「へー、そうなのか。でも私は金あるぞ? お前と違ってな」


「何の嫌味だよ……」


「嫌味じゃねえよ。事実だ」


 私はダイチに構わず電気ケトルでお湯を沸かし、カップ麺を開封する。まだお湯を入れていないのに、粉末状のスープからは香ばしさ溢れるそれらしき匂いが漂った。


「私は金を持ってる。だからお前の見舞いにカップ麺を買ってきた。ダチに食いもん奢るのってそんな変な事か?」


「……ダチ?」


「おう」


「誰と誰が」


「私とお前が。拳を交えた仲だろ? なんだよつれねえな。ダチだと思ってたのは私だけかよ。それ、ちょっとショックだぞ」


 電気ケトルの注ぎ口からはあっという間に蒸気が立ち上がり、中の水が熱湯になった事を私に知らせた。早速私は電気ケトルを持ち上げてカップ麺の容器に熱湯を注ぐ。それからほどなくして、食欲を駆り立てる香ばしい匂いが病室の中に充満していった。私はダイチのベッドの上にベッドテーブルを取り付けてからその上にカップ麺を置き、そして。


「あのな有生。俺はお前に」


「言うな」


 飯を不味くするクソみたいな呪文を唱え続けるダイチの口を指でつまんで塞いでやった。


「もう言うなよ。私、今のお前はそんなに嫌いじゃねえんだ。今のお前となら友達になれると思ってるし、友達になりたいとも思ってる。なのにそうやってお前の方から蒸し返されて避けられたらさ。……辛いじゃねえかよ」


 中々せこい真似をするもんだと、自分でも思う。ダイチの口は私の指から逃れる術がない。左腕以外満足に動かせないこいつは、一方的に発言を遮られて私の主張を聞き入れるしかないんだから。


「だからそういうの、もうなしにしようぜ?」


「……」


 ダイチは何も喋らない。正確には私が喋れないようにしているだけだけど、それでも首を縦に振るくらいの意思表示は出来るはずだ。なのにこいつはそんな動作一つしようとしないもんだから、都合の良い私はダイチのその沈黙を勝手に肯定の意味だと受け取る事にした。


「私とお前は友達だ。私は入院中の友達にカップ麺を奢った。この話はこれでお終いだ。奢られる事に引け目を感じるってんなら、お前もいつか金に余裕がある時に私に何か奢ればいいんだよ。そん時は焼肉連れてけよな焼肉! 全額お前持ちだからな覚悟しとけよ!」


 私はダイチを茶化しながらその口から指を離してやる。するとダイチはとても落ち着いた口調で答えてくれた。


「……わかった。約束する」


 本当に真面目に回答するもんだから、私は思わず笑ってしまった。

「だから冗談だよ! カップ麺と焼肉が釣り合うかっつうの。ったく、今のお前は嫌いにはなれねえけど何か張り合いがねえんだよな。少しは前みたいにズケズケ踏み込んで来てくれてもいいんだぜ? そう言う奴に遠慮なく暴言吐き散らすの、今思えば結構楽しかったわ」


 と、その時。静かな病室に腹の虫の鳴き声が鳴り響いた。鳴き声の出どころは、意外にもこのカップ麺を最も欲していたダイチではなく私の方。私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。そんな私を見ながらダイチは口を開いた。


「やっぱ俺いらねえわ。お前が食え」


「気にすんなよ。大体私カップ麺とか好きじゃねえし」


「は?」


 不思議そうに目を見開くダイチ。まるでそんな人間がこの世に存在するのかとでも言いたげだな。


「つうかダイチ、お前も結構なもの好きだよな? 味の濃いもんが食いたいなら他にもなんかあったろ? こんな味の薄いもんで満足すんのか?」


「薄い? は? カップ麺が?」


「薄いだろ?」


「いや、どこが。お前カップ麺食った事あんの?」


「カップ麺はねえけど、インスタント麺なら時間がない時とかにサチが作ってくれるぞ。いやー、ぶっちゃけあれはない。味は薄いわ野菜も多いわで食えたもんじゃなくね? やっぱラーメンは店のもんに限るよな」


 インスタント麺。インスタントを料理扱いしていいかはともかくとして、サチが作ってくれる料理の中でもかなり嫌いな部類に属する料理である事に違いはない。店のラーメンは美味えよ? 味は濃いし脂ぎってるし、体に悪い味がガツンと私の胃袋を叩きつけてくる。食いもんって言うのは総じて体に悪い物ほど味がいいんだ。インスタント麺みたいな健康食だと私の舌はうならねえよ。……っていうのがそれまでの私の独断と偏見によるカップ麺への評価だ。


「それ、あれだ。お前のおばさんが一手間加えたせいだな」


 そんな私の評価が今、ダイチの言葉を前に覆ろうとしている。


「普通は熱湯に乾麺と粉スープを入れればそれで味の濃いラーメンの完成なんだよ。野菜とか入れたら水分が出てきてスープは薄まるし、もしかしたら粉スープの量自体減らしてんのかもな。そりゃ美味いはずねえわ」


「……マジか? じゃあ何だ? そうやって普通に作ったインスタント麺ってめちゃくちゃ美味かったりすんの?」


「百円ちょっとで買える飯の中じゃ間違いなく上位に君臨する」


「嘘だろ……? なんだよそれ、私そんな美味いもん知らない……! 普通に作れば一番美味いとか、じゃあ何でサチはわざわざ一手間加えてまで私に嫌がらせを……! 私野菜嫌いなのに……っ」


「お前の健康の為だろ」


「……健康?」


「そ。インスタント麺ってお世話にも体にいいもんじゃねえからな。野菜っ気ゼロだし塩分も高いし。昨日ラーメンの塩分は六グラムって言ったろ? でも調べてみたら、人が一番健康になれる塩分摂取量が一日六グラムなんだと。ラーメンなんか食ったらそれでもうその日の飯は終わりだ。だからまぁ、大事にされてんだろ?」


「……」


「愛されてんだよ、お前」


 時計の秒針が三周した。カップ麺の完成だ。カップ麺から蓋を剥がすと、サチが作ってくれたそれとは比較にならない香ばしさが充満し、私の食欲を掻き立てる。


「お前、そういう事も言えるようになったんだな」


 少し前まで私とサチの仲の良さを気味悪がってた奴の口から、思いもよらない言葉が出て来たんだ。正直、私は少し驚いている。


「ますます好きになるじゃん」


 茶化すようにダイチに笑いかけると、ダイチは気まずそうに私から視線を逸らした。


「とりあえずそれ、一口食ってみたら?」


 ふと、ダイチの口からそんな提案が漏れた。


「いや、これはお前に買ってきたもんだし」


「いいから食ってみろって。一回くらい小細工抜きのインスタント麺の味も試してみたいだろ?」


「じゃあ……一口だけ」


 ダイチに言われるがまま、私は割り箸を割って容器から麺を掬い取る。ダイチに言われるがままっていうのもそうだけど、どっちかって言うとダイチの話を聞いていて、私自身余計な一手間が加わっていないインスタント麺を食べてみたいと思ってしまった。


 とは言えダイチの話のせいで大分味へのハードルが上がっているのも事実。並大抵の旨さじゃこのハードルは超えられそうにないけれど……。私は意を決して麺を啜った。


「……」


「どうだ?」


「……」


「有生?」


「ダイチ。お前なんつうもん教えてくれるんだゴラ」


「……」


「私……もう二度とサチのラーメン食えない……っ! うっ、うぅ……」


 私はカップ麺をテーブルの上に置き、涙を拭う。美味かった。そう、美味かったんだ。なんだよこの味。これ本当に私が今まで食って来たインスタント麺と同じもんかよ。これが本来のインスタント麺の味だって言うなら、今までサチが作って来た野菜たっぷりラーメンは一体なんなんだよ? 雑草でも入ってたんじゃねえのか?


 やばい。これ本当にやばい。一口だけって約束したのに、手が止まってくれない。


「その……なんだ。奢るとかイキっておいて本当申し訳ないと思うんだけどさ。あのー……もう一口、食っちゃダメかな?」


「……別にいいけど」


 その答えを聞くや否や、私はもう一度容器を手に取り麺を啜った。どうか不味くあってくれと。どうかさっきのは気のせいであってくれと。神に祈りながら二度目の咀嚼を味わった。サチの愛情が詰まったラーメンよりこんなカップ麺の方が美味いとか、それは最早サチへの反逆だ。サチの顔が描かれた絵を踏んでいる行為に等しい。


「おいしい……っ。……美味しすぎんだよこいつよぉ……、クソがよぉ……!」


 でもダメだった。私勝てなかったよ。最初の一口だけなら何かの間違いで済んだのかもしれない。でも二口だ。私は二口も食べてしまったんだ。一度目が美味くて二度目も美味い。こんなの疑いようがねえよ。こんな美味いもん食えるくらいならサチの顔とか平気で踏める気さえしてくる。


「これさ。もう美味いとかそう言う次元じゃない。そもそもこれ味覚じゃねえわ。なんつうのかな……。気持ちいい。そう、気持ちいいだ! 舌と胃袋が気持ちよくてたまんない……。どうしようダイチ……? こんなの知っちゃったら私、もう戻れない……っ」


 ちなみにこのカップ麺は、五年間の留学期間中で一度もカップ麺を食べなかった私でも知っているような超有名カップ麺だ。超有名カップ麺のシーフード味である。


 ふざけんじゃねえぞクソ野郎。なんだよこれ? シーフードとか言いつつ、入ってる具材はキャベツにネギに卵。それとイカと……カニカマ? 馬鹿じゃねえのか? シーフード要素イカとカニカマだけかよ。何でその程度でシーフードを名乗ろうと思うんだよ。本当にさ……、マジでさ……。何でこんなシーフードもどきがここまで美味いんだよ……?


 普通、イカを食えばイカの味がするもんだ。同じようにカニカマを食えばカニカマの味がする。でも、このカップ麺は違う。私の口の中はイカとカニカマの味が泳ぎ回っているけど、それだけじゃねえんだよ。


 海だ。私の口の中は今、海で満たされている。たった二種類の海産物が私の口の中に海を創造しやがった。


「……あのな、ダイチ。一応ちゃんとわかってるつもりなんだぜ? このカップ麺、サイズ的にどう見ても一人用だ。二人で分け合うサイズなんかじゃない。……で、私はそんなカップ麺を二口も食べちまったわけだ。しかも結構な大口で。パッと見てわかるよ。私、半分以上は確実に食ってる。……私さ、雪見だいふくを一個ちょうだいとか言うクソ野郎が大嫌いなんだ。なのに私、そんなクソ野郎と同じような事をしちゃった。……いや、それ以上の事をしようとしている。……なぁ、ダイチ」


「……」


「三口食べたい……」


「……」


「ダメ……?」


 ダイチの返答は、言葉よりも先に表情で返ってきた。ほんの少し私の事を見つめたかと思うと、唐突に笑い出したのだ。面白い物でも見たと言わんばかりに、まだ腫れも引いていない顔を引き攣らせ、不器用に私の事を笑ってくる。


「お前って結構食い意地張ってるよな」


 私は今までに何度こいつの笑顔を見てきただろう。無邪気の一言で済ませておけない、そんな邪悪な笑顔に何度嗤われた事だろう。


「お前が買って来たんだろ? 好きに食えばいいんだよ」


 それが今はどうだ。こいつが笑うと、妙な居心地の良さを感じる。五年間住み続けた自室で漫画でも読み耽るような、そんな居心地の良さ。思わずこっちの頬まで緩んでしまいそうだった。


「うっせえよ。女に食い意地とか言うなバーカ」


 私もダイチに笑い返した。

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