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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 友達を作りたい魔女
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逃走中

 とはいえどんなに腹立たしい思いをしたところでシュークリームが美味い事に変わりはない。ドンキって本当素晴らしいな。なんせこのシュークリームが約五十円だぜ? そりゃ確かにコンビニやちゃんとしたケーキ屋のものと比べたら味は落ちるさ。でもコンビニの約半額でこの味なら十分過ぎるほど許容出来るって。


 シュークリームを半分ほど食べた所で、ふと子供のはしゃぐ声が聞こえて思わず視線を向けてしまう。同じ学校かどうかはわからないけれど、小学校低学年くらいと思われる子供達がウキウキとドンキの中に入っていく姿が目に入った。


「あいつら低学年のくせに寄り道かよ。どうしようもねえな」


【高学年のくせに大人の言う事一つ聞けずに寄り道してるお前よかマシよ】


 私はメリムをぶっ叩いた後、シュークリーム最後の一口を頬張った。うん、美味しい。


「もう一個買お」


 私は上体を起こしてリュックを背負い直す。一般的な小学生が毎月どのくらいお小遣いをもらっているのかはわからないけれど、うちの場合は毎月千円だ。そこにその月のテストの平均点×十円のボーナスがついて来るから、毎回九十点以上の成績を収めて尚且つ貯金も怠らない私の懐は基本暖かい。 


【デブ】


「うっさい。いいだろ別に? 魔界帰る事になるかもしんないのに貯金なんか残したって意味ないし」


【お? 結局諦めんのか? おいコラぼっちおい】


「別にそういうわけじゃないけど……」


 この野郎、人がやる事なす事全部に一々挑発してきやがって。私はメリムの挑発にはそれ以上答えずもう一度ドンキの店内へ足を運ぶ。地下の食品売り場へ行き、シュークリームをもう一つ手に取りレジで計算を済ませ、そして店外へ。


「は?」


 店外へ出ようとしたんだけど。ドンキを出ようとしたその時、私の視界には本来ここにいるはずのない人物達がの姿が写り込んだ。ドンキの出入り口でたむろする見覚えのある面々。ダイチとタロウと、あと誰だっけあのダイチとよく連んでる奴ら。あいつらには悪いけど、無意識に名前が頭に入って来るような目立つクラスメイト以外は名前覚えられないんだよね、私。とにかくまぁダイチとタロウを含めた四人の顔見知りがさっきまで私が寝ていたベンチに腰を下ろしていやがったわけだ。私は踵を返して店内へ戻り、商品棚の陰から奴らの様子を伺う。


【なーにビクビクしてんだよダッセエ奴】


「ダサくない。一人でドンキに寄り道してる陰キャぼっちだって思われたくないだけだ」


【ダッッッッッッサ】


 ちくしょう、あいつら何でこんな所にいんだよ。自慢じゃないが、私の家はクラスメイトの中で一番学校から離れている。ここは私の家の近くだし、今まで下校中にクラスメイトと出くわした事なんて一度もなかったのに。いや、そういえばダイチのやつタロウに『いい寄り道の場所がある』とか言っていたような……。まさかここの事か?


「クソッ、寄り道とかあいつら六年生にもなって真っ直ぐ家に帰る事も出来ねえのかよ。どんな教育受けてんだ、親の顔が見てみたい」


 何やら楽しそうに話しているのはわかるけど、あいつらとは距離もあるし店内BGMは煩いしで会話の内容はちんぷんかんぷんだ。まぁ、数分も待ってればどこかに行くとは思うけど。


 数分後。


「何で増えてんのあいつら……」


 男子の数は十人以上にまで増えていた。私はてっきりあのベンチで一休みしているものだと思っていたけど、どうやらあのベンチはダイチのグループの集合場所だったらしい。一分経てば一人増え、更に一分経てばもう一人増え、気がつけばベンチ周辺にはダイチの取り巻き共でごった返している。下級生の子もちらほらいるけど、あの野郎どんだけ交友関係広いんだよ。


 ……まぁ、それはそれとして。


「あいつ」


【ん?】


「タロウのやつ、全然馴染めてなくね?」


【あー。だな】


 この数分間、こうして商品棚の陰から奴らの様子を見ていたわけだけど。どうもタロウのやつ、あいつらの中に溶け込めているようには見えないな。さっきから何度かダイチがタロウに話を振ってはいるんだ。でもそれに対してタロウはたった一言口を開いて終わっている。多分、イエスかノーみたいな単純な会話しか出来ていないんだろう。次第にダイチは困ったように苦笑いをし出すし、人が増えるとそっちとの会話にも忙しくなるしで、今ではあの十数人の中からタロウだけが浮いてしまっている。ダイチを取り囲む集団から人一人分の距離を置いた位置にタロウはポツンと座っていた。


「ま、知ったこっちゃねえけど」


 私はそんなあいつらを傍目に店の奥へ足を向けた。


【おい、どこ行くんだよ】


「トイレ。もう待つのも退屈だし変身してやり過ごす」


 他に人がいないのを確認し、トイレの個室に入って鍵をかける。魔法を使う時、メリムは結構派手に発光するから目立つんだ。外で魔法を使う時はこうして人のいない場所を探さないといけないのが面倒だよな。


「変身魔法。メリム・ゴートィクヮーテ」


 ついでに言えば一々魔法の呪文を唱えるのも面倒だ。上位階級の魔女なら魔書の発光を抑えたり、わざわざ呪文を唱えなくても精霊の名前を呼ぶだけでどんな魔法を使いたいのか指示出来るそうだけど、私はまだまだその域に達せそうにない。


「完璧だな」


 スマホのインカメで少年の姿に変身した自分を見てみる。腰まで伸びた黒髪は首まで短くなり、顔つきも面影は残っているものの元の私とは別の顔だ。今回の変身魔法は全く別の生き物に変身した今朝方の猫と違って、自分の体を僅かに変化させるくらいだからな。このくらいの変身なら魔女の魔法でも十分な出来と言えるだろう。


 次に私はスカートを脱いで体操着の短パンに履き替え、更にもう一度魔法を使って通学リュックの色をより男子っぽい黒色に変化させた。これなら堂々とドンキを出て行く事が出来る。私は胸を張って女子トイレから飛び出した。


「きゃっ⁉︎」


 その時、すれ違うように女子トイレへ入っていった一人のお姉さんが悲鳴をあげる。私は何だこいつ意味わかんね死ねよクソ女とか思いながら無視したけど、すぐに男子に変身して女子トイレから出た自分のアホさに気づいた。私の方が死にたくなった。


「死にたい……」


【お前あれだよな。学校の勉強が出来るだけの無能。マニュアル人間。就活で苦労しそう】 


「うっせえよ! そもそもこの世界で就活なんかしねえよ!」


 ドンキの出入り口に着くと、外のベンチでは更に数名男子小学生が増殖している。ピクミンみてえな奴らだな。そんなに集まって鬼ごっこでもする気かよ。ま、私には関係ない事だけど。私はそそくさとドンキを出て奴らの前を横切った。奴らとの距離が縮まる事で奴らの会話が聞こえて来たけど、それも私には関係のないことだ。


「え、マジ? ユウヤのやつ来ないの?」「なんか塾サボり過ぎてお母さんがブチ切れてるんだって」「えー、足早いやついないとつまんねえよ」「ユウヤの代わりに誰がやる?」「俺やだ」「俺もやだ」「ヤダヤダヤダヤダ」「……お!」


 関係のない、はずなのに。


「え……」


 私はその場で足を止めた。止めざるを得なかった。だってダイチの奴が私のリュックを掴むんだもん。


「この防犯ブザー、うちのだよな?」


「なっ……!」


 そして私は己の過ちに気づいてしまった。魔法で見た目もリュックの色も変えたというのに、学校から支給された防犯ブザーには何の工夫もしていなかった事に。ダイチはリュックにくっついた防犯ブザーで私が同じ学校の生徒である事を見抜いたのだ。


「お前何年生? 今まで会った事ないよな?」


「あ……いや、その。転校生、的な?」


「転校生? 他にもいたんだ。で、何年?」


「六……」


「え、六年?」


「いや、あの……六引く一年」


「五年? おい、せっちゃん! こいつ五年の転校生みたいなんだけど」


 ダイチの呼びかけに応じ、せっちゃんと呼ばれた少年が不思議そうに眉をしかめながらこちらに視線を移す。


「え? 五年に転校生なんか来てねえよ」


 五年生いやがったよ。


「えっと……。今日はこの街に来たばっかで、学校に行くのは明日から……」 


「へー。名前は?」


 やばい、嘘を通さないと。私の素性がバレたら陰キャぼっちって思われるだけじゃ済まない、魔法使ってるのがバレるじゃないか。 


「い、一郎」


「どっから引っ越して来たの?」


「えー……、北の方から」


「北朝鮮?」


「何でだよ!」


 やっべ突っ込んじゃった。私が突っ込むと、ダイチは陽キャ特有の満面はにかみスマイルで私の肩をビシバシ叩いて来た。


「冗談だよ冗談! お前面白いな!」


「……」


 陽キャうっっっっざ。死ねよマジで。何で陽キャが幸せそうにしているとこんなにイライラするんだろう。私の手で不幸にさせられるなら喜んでしてやりたい。……と思ったのも束の間のこと。


「俺、金城ダイチ。なぁイチロー、せっかくだし一緒に遊ばね?」


「え……遊ぶって何して?」


「ドンキの中で逃走中」


 ダイチのその予想外の発言に一瞬だけ思考が飛んでしまった。逃走中ってつまりあれだよな。テレビでやってるあれ。それをドンキでやるだって? マジで言ってんのかこいつ? そんな馬鹿みたいな話さぁ。


「何それめっちゃ面白そう! やる!」


 乗るしかないよな? 


 私がそう答えるとダイチは手を叩いて喜んだ。その様子を見て私も心の底からほくそ笑えんでやった。 


 逃走中 〜ドン・キホーテ伝説〜


 最初ダイチの口からそれを聞いた時は、所詮小学生のガキどもが考えた劣化コピーだとしか思っていなかった。けど、ルールを聞いてみるとこれが中々に好奇心をそそられる。


 ルール自体はテレビで見るあれと変わらない、至って普通のものだ。ただハンターと逃走者はじゃんけんで決めるのではなく、六年生がハンターでその他が全員逃走者というのが昔からこの学校の生徒間で受け継がれて来た伝統らしい。ちなみに私は六年生なのにその伝統初耳だった。死ねと思った。


 とまぁ、後は大方本家と同じように進行するわけだけど、ミッションやら賞金と言った制度は廃止されて、日によっては勝った方が負けた方に駄菓子を買ってあげたりするんだとか。他には逃走者は捕まったら言い逃れが出来ないよう、背中に貼られたガムテープを取られたら確保という新ルールが追加されていて、そこはまぁクソガキなりに頭を使ったなと感心した。


 さて。五年生以下の男子がドンキの中に入りいよいよ五分が経過しようとしている。逃走者は五分以内にドンキのあちこちに散らばり、五分経過と同時に私たちハンターもドンキへ突入する流れだ。


 五年生と名乗った以上、設定上だと私も五年生のグループに属する事になるものの『逃走者は捕まったらその場で終わりだけど、ハンターは最後までゲームを楽しめるだろ?』というダイチの計らいで六年生チームとしてハンターの役職を得る事になった。


 人見知りせず、自ら進んで人に話しかけ、おまけに初心者への気遣いまで行き届く陽キャ。お前のせいで私は『陽』の字を見るだけでイライラするようになったんだぞ。くたばれダイチ。


 まぁぶっちゃけ魔女の留学期間は四歳から十歳までの六年間だから、私は二歳ほど年齢の逆サバを読んでるわけでさ。実際は四年生相当の体なんだけどね……。身長も学年で一番低いし……。


 その時、スマホからアラーム音が鳴り響いた。五分に設定したストップウォッチが時間の経過を知らせたのだ。


「よっしゃ行くぞー!」


 ダイチの掛け声に合わせて続々とドンキの中へ入って行く六年生の面々。子供らしさ全開の眩しい笑顔。そういえば私、クラスメイトの顔をマジマジと見つめた事ってないよな。


 ずっと一人でいようと心掛けてきた。クラスメイトの名前も半分も覚えていない程だ。誰にも関心を持たず、誰とも関らず。友達と遊んだりも、教室の中で無駄話を駄弁ったりもしない。だから今まで気づかなかった。あれが普通の小学生の姿だと言うのなら、私は随分と普通からかけ離れた小学生になってしまったんだなーと。


 異世界留学の一番の目的は精霊の成長と私自身の魔法の修行。だからと言って当然それが全てなわけがなく、実際は魔界には存在しない文化や価値観に触れる事だって大事な目的の一つだ。


 私はどうだろう。試験や課題はきっちりこなしているものの、そっちの面では何一つこなしてやいないじゃないか。例えば語学留学だってそうだ。英語を学びにアメリカに行った所で、現地の友人を作って日常会話に励まなければ日本で勉強しているのと何ら変わりはない。


 私、この世界で本当に魔法の修行しかしていないんだ。いずれ来る別れを恐れずに友達を作るよう心がけていたら、私もあいつらみたいに笑顔で学校に通えていたのかな。


「……」


 今からでも変われるかな。今からでも遅くはないかな。……もし、誰か一人でも私にそう言ってくれる人がいたなら私は。私は……。


「あ、もしもし先生? 六年の男子が下級生引き連れてドンキで逃走中やってますよ。めっちゃ走りながら騒いでます。あいつら頭おかしいよマジで。サイコパスだよサイコパス」


 まぁでも友達なんてマジクソだから学校に電話して今目の前で起きている事をチクってやったんだけどな。

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