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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 虎の威を借る少年
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虎の威を借る狐

 悪い話ではないはずだ。ここで親父を再起不能になるまで叩きのめせばアキだってこいつの魔の手から解放される。そりゃあその後はヨウイチさん達にいいように使われるかもしんないけど、でも別にいいだろ? 親父の支配から解放される上に体も気持ちよくして貰えんだぜ? いいだろ、それなら。


「いいね。まぁそういう事だからおっさん。悪いけどあんた、ここで死んで」


 一瞬、風が俺の隣を横切った。とても重い風だった。重い物が俺の隣を横切った事で発生した風だった。その重い物は俺を横切り、そして立ち上がろうとするヨウイチさんの肩を上から踏み抜く。


「これから喧嘩する相手に背中向けてうんこ座りとか。君ナメてる?」


 ヨウイチさんの口から押し殺した悲鳴が漏れる。そりゃそうだ。知ってか知らずか、親父が踏み抜いた肩は昨日タロウにやられた方の肩だった。


「君、弱い者いじめしかしていないだろ? 相手は攻撃して来ないって思い込んでるせいで、無防備に背中を晒せちゃうんだよ」


 そこで親父はヨウイチさんの肩を踏み台にして勢いよく飛び上がり、今度は両足でその肩を踏み抜いた。俺の知るヨウイチさんの口からは決して漏れないような悲鳴が鳴り響く。


「何してんだゴラァ!」


 その急過ぎる出来事に気圧され、反応が一足遅れてしまったんだろう。今更になってタクちゃんが親父に殴りかかった。……でも、ダメだ。それじゃダメなんだよタクちゃん。タクちゃんの拳が親父に届くよりも先に、俺の脳にはこの喧嘩の結末が鮮明に浮かんだ。


 ヨウイチさんが弱点を踏み抜かれて無力化した時点で勝敗は決していたんだ。もしくはあの瞬間、残りの三人で襲いかかればまだ勝機はあったかも知れない。でも、俺達はそうしなかった。この中で一番強いヨウイチさんがやられた事実に動揺し、身動き一つ取らなかった。


 俺達全員でかからなきゃいけなかったんだ。一対一で勝てない相手なのは明白だから。だから今もこうして一人で突撃したタクちゃんの運命も、手に取るようにわかってしまう。


 結果的にタクちゃんの拳は親父の脇腹に届いていた。間違いなく直撃していた。でも大して鍛えていないタクちゃんのパンチじゃ、親父の鎧のような筋肉と肋を砕けない。岩のような巨体はびくともしない。


 タクちゃんは親父に手首を掴まれた。もう片方の手で上腕も掴まれた。親父はガッチリと掴んだタクちゃんの腕を振り下ろし、タクちゃんの肘を自分の膝に叩きつけた。


 どこかで聞いたような音が聞こえた。これは……そうだ。ケンタッキーのチキンを食ってる時に稀に聞く音だ。骨と骨を繋ぐ関節部分の軟骨の食感が好きでさ。俺、よくバリバリゴリゴリ音を鳴らせながら食うんだよな。骨と骨が関節から引き離される時、こういう音がするんだよ。


 ヨウイチさんに続いてタクちゃんも悲鳴をあげる。その腕は人体的に決して曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「君は?」


 続けて親父はカイトさんにも目を向けたが、しかしカイトさんと親父のタイマンは実現せず。カイトさんは賢い人だ。普通に戦っても勝ち目がないのは分かりきっているのに、指の骨にヒビが入った状態で戦うとかあり得ないんだよ。カイトさんは親父と目が合うや否や、一目散にこの場から逃げ出した。


「それで? お前はどうする? ダイチ」


 そして一分前には確実にあった四対一の頼もしさはどこへやら。いつしかこの場にダメージを負っていない人間は、俺と親父の二人しか残らなかった。


 俺は周囲を見渡す。いくら人の少ない場所を選んだからと言っても時間帯が時間帯だ。全く人がいないなんて事はないだろう。現にほら、目を凝らせば遠くにちらほら通行人がいるじゃないか。一人、二人、三人。そう、三人もいる。三人もいるって言うのに……。


 おい、こんな夕方に出歩くじじばば共。何してんだよ。何で見てるだけなんだよ。小学生と中学生が大人に暴力振るわれてんだぞ。どうして何もしねえんだよクソ野郎。


「……っ」


 ……まぁ、わかりきってた事だけどな。逆の立場ならどうだったって話だ。俺が通行人だったら、チンピラ同士の喧嘩を見て助けたか? 俺も同じように無視してたに違いない。よくてその光景をスマホで撮影してSNSの注目の的になるくらいだ。それが普通なんだよ。馬鹿野郎。


 ハァ、と。親父の口から溜息が漏れた。そして親父は口を開く。久しぶりに再会した俺を憐れむように言葉を続けた。


「虎の威を借る狐って知ってるか? 虎の後ろをついて歩く狐の事でな。他の動物は虎を怖がって逃げ出しているのに、狐はそれが自分の力のように振る舞うんだよ。不良も虎と狐の二種類に分かれると思わないか? 数が揃ってる時だけイキる狐」


 親父は俺を見ながら呟いた。


「勝ち目がないとわかったら逃げ出す狐」


 親父はさっきまでカイトさんが立っていた場所を見ながら呟いた。


「たった一度痛い目見ただけで戦意喪失する狐」


 親父はタクちゃんを見ながら呟いた。そして。


「雑魚しか相手にしないせいで簡単に敵に背中を見せるきつ」


 そんな親父の足首に、ヨウイチさんの手が伸びた。


「……。君は虎だね」


 親父が不敵に笑う。地面に這いつくばりながら。親父に踏み抜かれた肩を庇いながら。それでも瞳に闘志を宿らせるヨウイチさんを心の底から楽しんでいるように見えた。


「まぁ、虎と言ってもまだまだ小虎だけどね」


 そこで親父は掴まれた足を軸にして体を回す。回転の勢いを利用して、ヨウイチさんの顔面のど真ん中にその爪先を遠慮も手加減も躊躇もなく、ただただ真っ直ぐに叩きつけた。親父の笑みは更に深まる。


「凄いな君。まだ離さないの?」


 親父は掴まれていない足を大きく振り上げ、そして全体重と重力を存分に利用してヨウイチさんの手首を踏み抜いた。


「これならどうだ? まだ離さない?」


 それでもガッチリとへばり付くように親父の足首を掴むヨウイチさんの腕を、親父は何事もなく踏み抜く。一度、二度、三度、四度。その腕を踏み抜く度に、次第に親父の作り物のような笑みが本物の笑みへと姿を変えていった。


「おいおいまだ離さないのかよ⁉︎ もしかしてこれ、折れても離さないのか? なぁ試していいか? いいかな? いいよな? な? な?」


 そして親父の興味は、ヨウイチさんの返答を待つまでもなく実行される。親父はその場で飛び跳ねた。


 親父の期待虚しく、親父の足首は簡単にヨウイチさんの拘束から逃れる。ヨウイチさんの肉体はとうに限界を迎えていたらしい。親父は巨体に似合わない身軽さで宙を舞い、そして重力に従って落下する。重力を利用して落下する。それは一メートルにも満たない高さだったけど、親父の百九十を超えた身長と肉付きのいい体格は、たった一メートルの高ささえも凶器へと変貌させた。


「流石に無理か」


 親父は地面には着地しなかった。ヨウイチさんの手首に着地したんだ。傍らで蹲るタクちゃんの腕は、曲がってはいけない方向に湾曲しているとは言え、上腕も前腕もしっかりと腕の形を保っていた。きっと肘が脱臼しているだけで済んでいるんだろう。対してヨウイチさんの手は、手の形さえも失っていた。人間の手首って、平らになるもんなんだな。


「ほら、仰向け」


 手首を潰されてもなおヨウイチさんは押し殺した悲鳴しかあげなかった。手首を庇うように蹲るヨウイチさんだったが、親父はヨウイチさんの顎に爪先を引っ掛けてひっくり返すように蹴り上げる。ヨウイチさんは圧倒的な力に流され仰向けにひっくり返された。そんなヨウイチさんの股間に親父の蹴りが容赦なく飛び込むもんだから見れたもんじゃない。


 金的。下ネタ満載のギャグ漫画じゃお馴染みのそれは、実際に受ければギャグの一言では決して済まされない。金玉だって立派な内臓なんだ。内臓を蹴り上げられて無事な男なんて、それはもう男どころか人間でさえない。最後まで抵抗を試みたヨウイチさんは、そこで初めて完全に無力化した。全身を痙攣させるヨウイチさんの姿が、理科の時間に見せられた電流を流されて収縮するカエルの筋肉の映像と重なる。俺達のリーダー格の姿が、ガラスのように崩れていく。


 親父は最後の仕上げとばかりにスマホを取り出し、そしてヨウイチさんの下半身に手を伸ばした。片手で器用にベルトとジッパーを解き、ヨウイチさんの下半身を露にする。そして構えたスマホでそれを撮影しながらヨウイチさんに見せつけた。


「警察に逃げるなりママに泣きつくなり好きにしていいけど、そしたらこの写真ネットに流すから。ま、学校の知り合いや家族に見られたいなら好きにしなよ」


 それは自尊心の高いヨウイチさんを縛り付けるには最高に打って付けの鎖になる事だろう。


 親父はスマホをポケットにしまいゆっくりと立ち上がる。その瞳は既にヨウイチさんを捉えていない。動かなくなった玩具から興味を失う子供のようだ。その興味は動かない玩具から動く玩具へと切り替わる。


 親父が俺の元へと歩み寄って来た。しかしその歩みはたった数歩ほどで妨げられる。いつの間にかアキが親父の足にしがみついていた。


「……やめて」


 そんなアキの体を振り払いながら親父は俺の方へと迫って来る。アキの抵抗は呆気なく振り払われ、そして親父の大きな手が俺に伸びて来て。


「……っ」


 思わず目を瞑って身構えてしまったのに、俺の体は無事だった。十秒以上が経過しても何も起こらないものだから、不思議になってゆっくりと目を開ける。そして目の当たりにする。俺の眼前に佇むものの、その瞳からはすっかりと闘志が抜け落ちてしまった親父の姿を。


 アキに免じて俺だけは見逃してくれた、というわけではないだろう。これは見逃すと言うより呆れ果てた人間の表情だ。


「お前は妹に守られてばかりだな。今も昔も」


 親父のその言葉の意図はわからなかった。俺に理解出来たのは、続け様に親父が放った「スマホ出せ」の一言だけ。抵抗が無意味なのは知っているし、抵抗した者の末路だって俺の前に二つも転がっている。黙ってスマホを差し出すと、親父は俺のスマホのアプリを一通り物色してからメルカリのアプリを起動した。そこからマイページ、個人情報設定、お届け先住所を順番にタップしていく。


「ここが今の住所か。なに、お前から下手な事しない限り俺も何もしねえよ」


 俺も、今日起きた出来事を誰にも言えない弱みを握られてしまった。親父は不敵に微笑みながら俺にスマホを返す。それと同時に自分のスマホも俺に見せて来た。


「知ってるかダイチ。アキちゃん、五時間も正座が出来るんだぜ?」


 親父のスマホには一つの動画が映し出されている。親父の太い親指が再生ボタンに触れる事で、動画は静かに再生された。そこはどこかの小汚い一室で、アキは両腕を真っ直ぐに天井目掛けて伸ばしながら正座をしている。スマホの音量を上げると、見ず知らずのおっさん達のけたたましい笑い声が鳴り響く。


『おいおいアキちゃん新記録じゃね⁉︎ 五時間だぞ五時間!』『アキィ! てめえもっと踏ん張れよ? 少しでも腕下ろしたり足崩したら殺すぞ!』『はい、あっと五時間! あっと五時間! ダーっはっはっはっ!』


「……」


 今も昔も妹に守られてばかり。そんな親父の言葉の意味が、やっと理解出来た。

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