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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第四章 虎の威を借る少年
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友達になろうと思っていた

 家に着いた頃には二十二時を回っていた。なんて事はない。タクちゃん達と付き合ってると、こんな時間に帰るのもしょっちゅうだ。こんな時間帯まで出歩く小学生が滅多にいないのはわかっているけど、俺はこの帰宅時間を月に何度も経験している。初めて夜中に帰った日はそりゃあ夜に出歩く特別感に浸れたけど、今となっては特別感なんて微塵も感じやしない。今ではもうお袋から帰宅を促す電話がかかって来る事もなくなった。……ま、仮にこれが初めての深夜帰宅だったとしても、今日に限ればお袋は俺に電話をかけられなかっただろうけど。


「わ、わかってる! 十分過ぎるくらいお金を送ってくれているのは、ちゃんとわかってる……。私の財産管理がなってないのも……、ちゃんとわかってる。……でも、お願い。今……、本当にお金がなくて……」


 お袋の部屋から聞こえてくるそんな話し声が、俺にそう確信させた。ま、俺にとっては知ったこっちゃない話だ。俺は構わず自分の部屋へと向かいたい、ところだけど。


『お前マジで今日から酒もタバコもやめろよ? アキを泣かせる兄貴になんじゃねえぞ。折角再会した妹だろ。もっと大切にしてやれよ。……私もしっかり罰は受けっからさ』


 その日の俺はいつにも増して虫の居所が悪かったから。


『弱いダイチくんが、自尊心を傷つけずに僕から逃げられる建前』


 本当に悪かったから。いつもならそんなお袋の話し声なんてスルーしてただろうけど、今日はお袋の部屋のドアを思い切り蹴飛ばしてやった。その瞬間、室内から響いてきたお袋の情けない悲鳴が滑稽だった。少しだけこのイライラも紛れたような気がした。


 自室に入り、ベッドに身を預けながらふと思う。俺はいつから弱い人間を嫌うようになったんだろう。……いや、そもそも本当に俺は弱い人間を嫌っているのか?


 例えば学校の連中はどうだ。俺はクラスメイトを嫌っているだろうか。父親譲りの小学生離れした身長を持つ俺からしたら、クラスの連中の大半は勝負にならないガキばかりだ。流石に四年の頃は一部の六年生に力負けしたものの、五年の頃には身長も百六十を突破し、六年生含め俺にサシで勝てる生徒は誰もいなかった。


 でも俺、有生とタロウ以外に嫌いな生徒っていねえんだよな。タロウとだって最初は仲良くしようと思っていたし。


 タロウが来るまで、俺は一度としてあの学校で自分の力を疑った事はなかった。自分が一番強いと信じ切っていたし、そんな強い俺の元には人も沢山集まった。大人が言うには、小学生のうちは純粋に身体能力の高い男子が人気者になるそうだ。俺は運動神経こそ人並みだけど、なんせ体が体だからな。歩幅が広いから必然的にかけっこも早いし、タッパがあるから単純な喧嘩だって負け無しだ。


 強い俺の元には人が集まった。俺を中心に人が集まるから、誰かに言われたわけでもないのに自分はこの集団のリーダーであるかのような気持ちまで芽生えた。この集団を束ねるのが自分の使命のようにさえ思えてしまった。当初は転校生のタロウもその集団の一人と思っていたし。


「……」


 四年の秋に転校して来た有生だって、その集団の一人だと思っていたし。


『よ!』


『……』


『休み時間に教科書なんか読んでる奴初めて見たわ』


『……』


『暇ならドッジしね?』


『……いい。しない』


 四年の頃の有生を一言で言い表すなら、人形のようだった。同級生とは思えない程小さな背丈で、生気を失ったその瞳と視線が合うと、まるでビー玉を見ているような気分にさせられる。容姿だけでも十分過ぎる程人形っぽいのに、転校初日の挨拶は無愛想極まりなく、休み時間に女子に話しかけられても塩対応で中身まですっからかんと来たもんだからな。まぁそれだけ言うと女版タロウのようだけど、集団への馴染み方を知らないのがタロウなら、あいつはそもそも集団に馴染もうとしないような言動が目立った。


 転校初日こそ複数の女子に話しかけられていたけど、二日目には二、三人の女子にしか話しかけられず、三日目以降は当番だったり授業中に二人一組になったりするような事務的な作業以外では誰とも話さないようになっていた。休み時間を教科書を読むか寝たフリをするかで過ごす、そんなポジションのクラスメイトになっていた。


 有生の言動を見て、俺はなんとなく察した。こいつ、多分前の学校でいじめられていたなって。当時はタクちゃんも小学生で、のび太は中学に上がってから出来たタクちゃん達の玩具だ。だからあの時は別ののび太で遊んでいたのを覚えているけど……誰だったっけな。ずっとのび太呼びだったから名前も思い出せない。


 まぁともかく、転校したての有生の言動は当時ののび太とどこか通ずる物があった。余所余所しい感じ、ジメジメした感じ、物理的な意味でも精神的な意味でも下を向いて生きている感じ。


 自分は特別な存在だと自覚している俺だ。皆の上に立っている気でいた俺だ。五月半ばにタロウにそうしたように、四年の頃の俺も孤立していた有生に声をかけた。……まぁ、何度声をかけても。


『有生って何か好きなテレビとかよく見てるYouTuberとかいる?』


 何度声をかけても。


『寝たフリなんかやめようぜ? 遊んだ方がぜってえ楽しいって』


 有生が応えてくれた事は一度もなかったけど。……あーいや、一度もないって言うのは違うな。正確には一度だけあった。俺の言葉に応じてくれた最初で最後のやり取りが一度だけ。


『しつけえよ。好きで一人でいんだよ』


『……』


『お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ』


 有生が集団に入れてやりたい孤立した転校生から、弱いくせに生意気な俺の敵に変わった瞬間だった。


 有生が前の学校でどんな事を経験したのかはわからない。どんな生活を送ったせいであんな捻くれたチビになったのかもわからない。唯一わかるのは、あの瞬間有生に対して芽生えた明確な敵意だけだった。


 あの瞬間、俺の中で暴力的な衝動が渦巻いたのをよく覚えている。タクちゃん達がのび太を作っていじめているように、俺も同じ事をしてみたいと思うようになった。とは言っても有生は俺より圧倒的に背の低い女だ。それでいて前の学校でいじめを受けていたような気配を漂わせていた。そんな奴に俺が手を出したとして、それが教師にバレた時のリスクを考えると……。


 結局俺は有生を透明人間として扱うようになる。関わる事をやめ、考える事をやめ、教室の席に謎の空席が一つあるだけの存在として記憶の隅に留めて置く事にした。なのにそんな透明人間が、最近になって色を持ち始めやがった。


 きっかけは間違いなくタロウを俺ののび太にしようと思った事だろう。転校したてで友達のいないタロウに声をかけ、男子のグループに加えてやろうと遊びに誘ったまではよかった。だけどその日、せっかく男子だけで楽しく遊んでたって言うのに、それを誰かが学校にチクったと来たもんだからたまったもんじゃない。


 あの場にいた男子全員が駆けつけた教師達に大目玉を食らった。そんな中、俺は男子の中にタロウの姿がない事に気がついた。有生の時と似たような感情が俺の中に芽生えた瞬間だった。


 タロウは平均的な背丈の男だからな。仮にのび太化して遊んだ事実が教師にバレても、有生をいじめる程のリスクにはならないと思った。何よりあいつは嫌がる事を知らないと来たもんだから、それこそ恰好の的だと思ったね。それなのにまさか、それまで透明人間だと思っていた奴が急にしゃしゃり出て来るなんて誰が想像出来るかよ。


 あの件に関しては、未だに誰がチクったのかはわからないままだ。俺は状況的にタロウがチクったもんだと思った。他にももう一人、どことなく有生に似た風貌の自称五年生の男子がいたのも覚えている。けど、俺達を叱責する教師にその存在を問いただしても、五年に転校生はいないと一蹴された。それで消去法でチクり魔はタロウだと判断したわけだけど……。


『お前らがドンキで悪さしてるってチクったの私だから』


『は?』


『まさかタロウがチクったって勘違いしてイジメてたのか?』


『……』


『だっっっっっっっっせえええええええええ!』


 いきなり透明人間が色を持ち始めやがった。


 有生の主張が真実かどうかはわからない。あの場に有生はいなかったし、単にタロウをいじめから庇う為の方便としてそんな嘘を吐いた可能性も否めないからだ。あの日の俺はそんな有生の主張を鵜呑みにしたけれど、あれから奴と何度も衝突した今の俺なら、あいつは人を庇う為なら嘘も平気で吐く女だという確証を持っている。


 ま、有生の主張が真実にせよ嘘にせよだ。ともかく俺はあいつと衝突したんだ。チビだから。女だから。弱いから。そう思って一度はぐっと敵意を飲み込んで関わらないようにした相手が、牙を向けて来やがった。


 鳴りを潜めていた敵意がじわじわと姿を現すのを感じた。敵意と殺意の間で感情が揺れ動くのを感じた。


 誰かを憎むと言う感情程不毛な感情はないと俺は思う。誰かを憎いと思うと、そいつの事を考えずにはいられなくなるんだ。朝起きた時も、夜寝る時も、日中に友達と駄弁ってる時でさえふとした瞬間にそいつの事が思い浮かんだりする。憎くて憎くて仕方がないなに、そいつの事ばかり考えるようになる。憎い相手のはずなのに、やってる事は恋する乙女そのものじゃねえか。

 現に俺はここ最近、あいつの事で頭がいっぱいだ。有生に対する暴力的な衝動が無限に湧き出てどうにかなってしまいそうだ。


 風呂でお湯のはった浴槽を見ると、窒息するまであいつの頭を押し付ける妄想をするようになった。ドラマや映画で暴力的なシーンが流れると、有生を同じような目に遭わせる妄想をするようになった。


 紐で縛り上げて殴る妄想をするようになった。泡を吹くまで首を絞めてやる妄想をするようになった。スパイクを履いた足で体を踏みつける妄想をするようになった。校庭で適当に集めた虫を食わせる妄想をするようになった。階段を降りてる背中を蹴飛ばす妄想をするようになった。有生の持ち物を片っ端から壊す妄想をするようになった。顔のど真ん中目掛けて蹴飛ばす妄想をするようになった。ヘッドロックをかましながら何度も顔面を叩きつける妄想をするようになった。吐くまで水を飲ませる妄想をするようになった。服を全て脱がした上でエアガンの的にする妄想をするようになった。あいつが男子ならトイレに連れ込んでリンチする妄想をするようになった。真冬に水をぶっかけて体育倉庫に閉じ込める妄想をするようになった。暴力だけであいつを泣かせる妄想をするようになった。暴力で脅して石や泥を食わせる妄想をするようになった。裸にひん剥いた写真で脅して万引きをさせる妄想をするようになった。あいつの家から現金を盗んで来させる妄想をするようになった。友達ヅラしてあいつの家に行って、親の見えない所で殴りつける妄想をするようになった。あいつの給食に消しカスやゴミを混ぜて食わせる妄想をするようになった。血が出るまで鼻の穴や耳の穴に鉛筆を押し込む妄想をするようになった。鳩尾や首裏を殴れば本当に気絶するのかあいつで試す妄想をするようになった。あいつの腹や背中に的を書いて画鋲ダーツをする妄想をするようになった。ガラス窓目掛けてあいつの体を思い切り叩きつける妄想をするようになった。その時に散らばったガラスの上を裸足で歩かせる妄想をするようになった。絵の具やボールペンのインクをかき集めてあいつの眼球に目薬のように垂らす妄想をするようになった。エロい事を書いた張り紙を貼ったり、もしくは服や体にそれらしい落書きをした上で外を出歩かせる妄想をするようになった。頭からゴミ袋を被せてガムテープで雁字搦めにする妄想をするようになった。そのまま道路に突き飛ばして車に轢かせる妄想をするようになった。つい最近だと子供を殺してみたいとボヤくタクちゃん達に有生を紹介したいと思うようになった。新しいのび太として有生を玩具にしたいと思うようになった。


 ……まぁ、俺の有生への思いを一言でまとめるとだ。泣きながら俺に許しを乞う有生の姿が見たかった。たったそれだけの事だった。


 あいつを泣かせるのは簡単だ。あいつは普通の人間よりよっぽど涙脆い。昨日だってカイトさんの軽めのビンタで泣き出してたじゃねえか。……でも、あいつを泣かせはしても、あいつに謝らせて許しを乞わせるのは中々至難の技だ。どんなメンタルしてんのか理解に苦しむよ。あいつ、自分が殺されそうになっても心だけは折れないような気さえするんだ。


 仮にあいつが俺を恐れ、いじめを苦にして自殺したとしよう。きっとその後の俺の生活は中々面倒な事になるだろうけれど、それでも俺は晴れやかな気分で人生を過ごす事が出来るんだろうなぁと。そう思ってしまう自分がいた。


 今、その気持ちがより顕著に表れている。つい数時間前に有生とタロウから受けた屈辱が俺をそうさせる。人間って言うのは良くも悪くも寝れば大抵の事は忘れてしまう生き物だ。明日から頑張ろうと言う気持ちも、イライラする気持ちも、寝ると大抵の事は忘れてしまう。


 俺の有生に対する気持ちに嘘はない。どれだけあいつに暴力を振るう妄想で興奮しようと、次の日の朝には自分でも信じられないくらい冷静になっている。有生が憎いという感情が薄れ、有生が憎いという知識しか残らなくなっている。今の俺の屈辱感は相当な物だけど、これも一日寝てしまえば急激に薄れてしまうものなんだろうか。朝になったらまた冷静になってしまうのだろうか。


 それは嫌だと思ってしまった。この屈辱感をぶつけないままなぁなぁに済ませるのは嫌だと思ってしまった。俺は考える。有生を泣かす方法を。有生の心をへし折る方法を。疲れで寝落ちしてしまう前に考えて、考えて、考えて。


「もしもし。アキか?」


 そして俺はアキに電話をした。

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