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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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人はそれを盗撮と呼ぶ

 私は今から意味のわからない事を言う。その金属音の正体についてだ。それの正体は、どこからともなく現れた星形のタンバリンがダイチの腕に直撃した音だった。意識の外にも程があるその奇妙な現象と鉢合ったダイチの口から軽い悲鳴が漏れる。その現象を引き起こした人物は、ダイチが指から取りこぼしたタバコを靴で踏んで鎮火させた。


「……お前、何でここにいんの?」


 痛めた腕を摩りながらダイチが呟く。私もまるっきり同じ気持ちだった。ハート型のサングラスなんかしやがって。マラカスなんか持ちやがって。お前今日親とカラオケ行くって言ってたよな? なんだよその途中退室して来たような格好は。このアホタロウ。


 タロウは周囲の状況を確認した後、他の三人には見向きもせず、一直線に私の方まで向かって来た。が、それを阻もうとタロウの前に立ち塞がるヤンキーが一人。タクちゃんと呼ばれていた金髪ヤンキーだった。


「何? お前」


「やめろタクちゃん! そいつクソ強えぞ!」


 金髪の手がタロウの肩にかかると同時にダイチが声を荒げた。と同時に。


「え……?」


 金髪は地面に伏せていた。うつ伏せの体勢で地面に転ばされていた。側から見ても、今の金髪が無茶な姿勢である事は明白だった。だってタロウは金髪の手首を掴んでいる。金髪は手首を掴まれたまま転ばされたんだ。私の知る限り、よっぽど体の柔らかい人でもない限り、人間の腕はそんな方向に曲がったりはしない。


 金髪のうめき声が聞こえる。男の意地なのか不良の意地なのかはわからないが、悲鳴だけは必死で押し殺しているのは手に取るようにわかった。タロウは捨てるように金髪の腕から手を離し、そして再び私の元まで足を進める。タロウの顔と鳩尾に二つの拳が襲い掛かろうと、構う様子もなかった。


 次に悲鳴をあげたのは、タロウの顔面に拳を放った鼻ピアスだった。タロウの片手はマラカスで塞がっている。故にタロウは鳩尾への一撃こそ相手の腕を掴む事で防いだものの、顔への攻撃は一切無視。タロウの頬に鼻ピアスの拳がめり込んでいる。……いや、鼻ピアスの拳にタロウの頬がめり込んでいる。鼻ピアスの拳が、みるみると肌色から赤色へと変色していく。


「おいチビ! あいつ止めろ!」


 見かねたダイチが、依然私に馬乗りになったまま指示を出した。


「お前サンドバッグだろ? 自分で言ったことくらい守れよ!」


「……」


 ……あぁ、そうだ。その通りだ。私はサンドバッグをやらされているんじゃない。自分が望んでそうなったんだ。止めなきゃ。タロウを止めなきゃ。そもそもこの件にあいつを巻き込む事自体間違っている。


「やめろ! タロウ!」


 私はタロウを制止したものの、タロウは自分の鳩尾に拳を放ってきた坊主頭の手首を離そうとはしなかった。


「聞け! これ全部私が悪いんだよ! ……私が、ダイチを泥棒扱いしたんだ。ケジメくらいつけさせろ」


 続けて状況の簡単な説明もしたけれど、それでもタロウは坊主頭から手を離そうとはしない。坊主頭も坊主頭で空いた方の手を駆使し、暴言も吐きつけながら拘束から抜け出そうと試みるも、鍛えた程度のただの人間がタロウの拘束から抜け出せるはずもなかった。


「知ってる」


 おまけにタロウと来たら、そんな坊主頭の抵抗なんて見向きもしないで私と会話をするんだ。坊主頭の受けている屈辱感は相当なものだろう。


「何があったかは全部知ってる。でも、罪と罰が釣り合わない。ケジメならその人に殴られた分で十分だと僕は思う」


 その人というのは鼻ピアスの事か。


「いいんだよ! 私が決めた事だ!」


「よくない」


「いいっつってんだろ!」


「よくないっつってる」


 どうやら物事が上手く行かないという面では、私も坊主頭と同じらしい。いつもなら私の指示にホイホイ従うタロウが、今回はやけに頑固だ。……ていうか。


「……タロウ。お前、もしかして怒ってんのか?」


「……」


 私の脳裏にふとよぎったその疑問を、タロウは肯定も否定もしなかった。それでもタロウは怒っている。根拠はないのに、そんな確信だけはやけにはっきりと持ててしまうのは何故だろう。このまま放っておいたらこいつ、どこまでやってしまうんだろう。最悪な情景が目に浮かんだ。


「……と、とにかくやめろよ。それ以上何もすんな」


「……」


「それ以上やったら……」


「……」


「絶交だぞ。一生口利かねえぞ」


「いいよ」


「……え」


 次の瞬間、タロウは坊主頭の手首を大きく回転させて坊主頭を転倒させた。またしても手首を握ったまま転倒させた。不自然な方向に曲がったその腕が、坊主頭の敗北を知らしめる。……が。


「……殺すぞてめえっ⁉︎」


 それでも坊主頭は諦めない。自分の腕なんかお構いなしに無理矢理立ち上がろうと唸りをあげる。今ならまだ腕が不自然な方向に曲がっているだけで済むのに、それ以上無理して起き上がろうものなら、その腕は決して曲がってはいけない方向へ捩れる事だろう。同じ目に遭った金髪は今もまだ痛みに悶えているのに、なんちゅう執念だ。


 そんな坊主頭を見て、タロウも痛みによる無力化は不可能だと判断したのだろうか。タロウはマラカスを捨て去り、坊主頭の後ろ首を掴んだ。そして。


「やめろタロウっ!」


 そんな私の声が届いたからなのか、それとも元からそうするつもりだったのかはわからない。しかしタロウが取った手段はトドメを刺すといった物騒な方法ではなく、掴んだ首を上下左右縦横無尽にシェイクするといった物だった。


 坊主頭は力なく倒れた。脳震盪というやつだろうか。やるにしても普通はアゴを殴るとかだろうに。こんな直接的な脳震盪、テレビでも見たことねえよ。


 金髪、鼻ピアス、坊主頭の三人が無力化される。そして残った相手は一人となった。


「ダイチくんもやる?」


 タロウのそれが挑発でない事は、友達の私にはよくわかる。タロウと仲良くないダイチがどう捉えるかはわからないけれど。


「クラスメイトに怪我をさせたら、今後僕の学園生活にも支障が出ると思う。だから出来ればいつもみたいに逃げて欲しい」


 ほんと、タロウの言い方は直線的だから。遠回しな言い方なんか一切しないからさ。無駄にプライドの高いダイチの顔が怒りで歪んでいく。タロウの言葉に悪意はなくても、受け取ったダイチはそれを悪意として認識してしまうんだ。……と、思っていたけれど。


「ごめん。言い方を変える。この三人を家まで送りつける人が必要だから、ダイチくんは殴らない。これでいい?」


「は? 何が?」


「弱いダイチくんが、自尊心を傷つけずに僕から逃げられる建前」


「……っ」


 すぐに自分の想像が間違っていた事に気がついた。タロウに悪意はない? いや、違う。こいつ、挑発してるんだ。わざとダイチの逆鱗に触れるような言い方を選んで口にしていたんだ。私に馬乗りになるダイチの体が、怒りで小刻みに震えているのを感じた。ゆっくりと立ち上がり、自分を侮辱するタロウに掴みかかろうと……。


「……タクちゃん、カイトさん。立てる? ヨウイチさん連れてかないと」


 するはずもなかった。結局ダイチはダイチのままだ。こいつは自分より強い相手には手を出さない。いつも通りのダイチだった。


 ダイチ負傷した金髪と鼻ピアスと共に坊主頭の体を支える。金髪は肩、鼻ピアスは拳、坊主頭は肩と脳震盪。それぞれ負傷を負ってはいるものの、下半身は一様に健常な為、歩行自体に困難はないように見えた。わざとタロウがそうなるようにしたのかもしれない。四人はおぼつかない足取りでこの場を去ろうとしたが、そんな四人の前にタロウはもう一度立ち塞がる。


「金髪の人と坊主の人は亜脱臼で留めておいたから、時間が経てば勝手に治るよ。それでも痛むなら病院に行けばいい。鼻に穴の空いた君はヒビが入っているはずだから必ず病院に行く事」


 そんなタロウからの気遣いを無視して足を進める四人。


「次みほりちゃんに何かをした時は完全脱臼させる。それでもしつこく来るようなら骨折させる。仏の顔も三度までって習ったから、三回までなら許す」


 いや、許すも何も怪我の度合い増してるじゃねえかとかとても言える雰囲気じゃなかった。タロウのそれは気遣いではなく、ただの警告だったのだ。


「でも四回目は殺す。さようなら、ダイチくん。明日また学校で」


 四人がタロウの最終警告を聞き入れたかどうかは分からないけれど、去っていく四人の耳にタロウの言葉が届いていたのは間違いなかった。


 ……さて、そうなって来るとここに残ったのは二人だけか。絶交を宣言した側と、絶交を宣言された側。


「……」


「……」


 考えなしに絶交なんて言ってしまっただけに、気まずい。かける言葉は山のようにあるのに、喉まで出かかってすぐに胃の中へと逃げていく。……でも、これはきっと私の方から話かけるべきだから。


「ごめん。助けてくれたのに絶交とか言って。……私も、ちょっとムキになってた」


「絶交しないの?」


「しない。悪かった。……怒ってるか?」


「怒ってない」


「怒ってるだろ?」


「みほりちゃんには怒ってない」


 私には、か。じゃあさっきのはマジでキレてたんだな、こいつ。私の為に怒ってくれてたのか。


「……そっか。ありがとな? ちょっと嬉しかった」


 まだまだ無感情な奴だと思っていたけれど、少なくとも私の事を怒るに値する友人だとは思っていてくれてたのか。嬉しくないはずがなかった。


「ってかお前なんだよその格好。カラオケはどうした?」


 なんとなく照れ臭い雰囲気が嫌になり、話題の矛先をタロウの格好へと向ける。


「抜けてきた」


「まぁそっか。あはは……悪いな、私の為に」


「別に」


「にしてもまさに間一発の登場だったよな? お前ずっと見てたのか?」


「見てた。あの日、みほりちゃんから友達を助けるように言われたから」


「そっかそっか。あの日か」


 あの日というのはあれか。朝っぱらの教室で私がダイチとやり合ったあと、教室からタロウを連れ出した日の事。そっか……お前あの日から私を守る為にずっと見ててくれてたんだな。泣かせてくれるじゃねえかよ。


「ん?」


 そこでふと思う。あの日タロウにそう言いつけておいたのは良いとして、タロウはどうやって私の様子を見ていたんだろうと。


「おいタロウ。見てたってどうやって?」


「こうやって」


 そう言うや否や、タロウは徐に人差し指を眼孔に突き刺し己の眼球をほじくり出した。私はその様子を笑顔で見ていた。


「これは義眼。本物の目はこっち」


 そう言うとタロウは何もないはずの私の頭上に手を伸ばし、透明化していたそれを掴み取る。透明なそれはタロウに掴まれた瞬間に色が染まり、みるみると眼球の形をとるじゃないか。私はその様子も笑顔で見ていた。


「一週間前からこれを仕掛けて見ていた」


「そっか。一週間前からか。一週間前からずっとか?」


「一週間前からずっと」


「朝も昼も夜もか?」


「朝も昼も夜も」


「そっかそっか」


 なるほどな。そりゃこのピンチにも駆けつけたはずだぜ。さて、そうなるともう一つ大切な話が残っているわけだけど。


「風呂とトイレと着替えもか?」


「風呂とトイレと着替えも」


「お前十日くらい絶交な」


「え」


 それが私が生まれて初めて見たタロウの驚いた顔だった。





「ただいま」


 家に到着した時の時刻は既に二十一時を上回っていた。思えばこんな夜まで家に戻らなかったのも、この五年間で初めての事だ。


「りいちゃん! よかったぁ……もう心配したんだからね?」


 節々が痛む体を引きずるように玄関を潜ると、リビングの方から慌ててサチが駆け寄って来た。私は余計な心配をかけてしまったサチに向かって小さく頭を下げ「ごめんなさい」と一言だけ呟き、自室に戻ろうとしたのだけれど。


「ん」


 サチがそれを阻む。廊下の真ん中で両手を広げながら圧をかけてくるのだ。


「ごめんなさいのハグ」


「いや今疲れててそんなテンションじゃないんで」


 私はサチをスルーして自室に入った。部屋の外から聞こえてくるサチの泣き声は、きっと何かの聞き間違いだろう。……でも、仕方ねえよ。今サチに抱っこなんかされたら堪んねえもん。


「はぁ……」


 部屋に入るや否や口から漏れ出る大きなため息。ここは私が最も落ち着ける自室だと言うのに、心が全く休まらない。もう何度も確認したはずなのに、私は性懲りも無く再びテレビの隣に視線を向けた。何度視線を向けても、その定位置にSwitchが置いてあるはずはなかった。


 帰りのバスの中で少しは落ち着けたと思ったんだけどな。この部屋にいると本当にSwitchがなくなったんだと実感させられて、ただただ辛いや。


 アキ。お前本当に私のSwitch盗んだのか? あれ、私の宝物なんだぞ。どこ行ったんだよお前。何で電話に出てくんねえんだよ。嘘でもいいから自分は盗んでないってお前の口から聞かせてくれよ。頼むからさ……。


 じわじわと視界が歪んで行く。涙が溜まって行くのを感じる。このままじゃまずいと判断した私は、寝巻きと下着を取り出して風呂場へ向かった。


「……うっ……うぅっ……」


 部屋のドアを開けると、未だにサチが半泣きの状態で項垂れている。今日の出来事に関してはマジでサチには何の落ち度もないし、一方的に私に避けられていると思い込んでいるサチが流石に可哀想になった。仕方がないからサチを背中側から抱きしめてやる。


「ごめんなさい」


 サチの求める言葉も言ってやる。でもそれはサチが求めている通り、こんな時間まで外を出歩いてしまった事への謝罪なんかじゃない。サチから貰った大切なものを失くしてしまった事への謝罪だ。


「りいちゃん……、りいちゃん……! 許す、全部許すからね……?」


 だから許して欲しくなんかないんだけどな。参ったな……。


「それじゃあ私、お風呂入るんで」


 このままサチにハグされ続けるといよいよまずい事になってしまうのは明白だったから、私はさっさとサチから離れて風呂場へ足を向けた。身に纏っていた衣類を全部洗濯機へ投げ入れて風呂場に入る。あとはシャワーから温水が出るまで少し待つだけだ。


「……」


 まだだ。まだ冷たい。真夏でも温水じゃないとシャワーを浴びれないんだよ私は。


「……」


 早く温かくなれ。もうそろそろ限界なんだ。色々漏れちまうじゃねえか。


 そんな私の願いが届いたのか、今日のシャワーはやけに早く温水が出たような気がする。私は噴き出るお湯の中心に入り、お湯の流れに身を委ねた。


『サチ。ありがとう』


『……ん? 何の事? それ、サンタさんからのプレゼントでしょ?』


『……うん。でも、ありがとう』


『……』


『一生大事にする』


『……うん。じゃあ、そうしてあげてね?』


 一生大事にするって、約束したのにな。あーあ。約束、破っちゃった。


 シャワーの水圧をあげる。うちのシャワーって、最大水圧だとお湯の勢いが想像以上に強くて肌が痛むんだ。だけど今はこのくらいが丁度いい。このくらいの音と勢いがなきゃ、泣き声がサチに届いちまうから。

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