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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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疑った罰

 こいつの体が触れる度にその馬鹿みたいな筋肉量を思い知らされ、魔法を使わない限り私はこいつに勝つ術がないのだと痛感してしまう。体を抱き寄せられただなんて言い方も実は大分可愛い方で、実際は筋肉の拘束具に捕らわれているに等しい。


「手ぇ伸ばせ」


 抵抗が無意味だと理解してしまったから、そんな坊主頭の指示にも素直に従う事が出来た。初夏だからと言って、フリルのついたタンクトップなんか着てしまった自分を殴ってやりたい。遮る布地が一切存在しないノースリーブの裾から伸びる防御力ゼロの腕が、こんなにも頼りないだなんて。……と、その時。


「え」


 日が落ち切った夜とは言え、街灯に照らされ辛うじて光り輝いていた私の視界が、完全な闇に包まれた。私の顔面に宿るヒトデ型の体温と圧迫感が、さっきまで私の肩を抱いていた坊主頭の手のひらに顔を鷲掴みにされているのだと教えてくれる。そしてそれとほぼ同時に肩に感じた不自然な熱気に驚き、私は情けない悲鳴をあげながら体を僅かに跳ねてしまった。


「本当にぶっ殺したい相手を殴る時はな、こんな風に目隠しをすんだ」


 私の耳元で囁かれるそんな坊主頭の声。肩に宿る熱気は、次第に手首目掛けてゆっくりと下降して行く。どうやら坊主頭は私の皮膚と接触する寸前の位置にタバコを浮かべているらしい。さっきは驚いて体を跳ねてしまったが、跳ねたのは本当に体だけだったみたいだな。もしも腕まで跳ねていたら、今頃私の肩はタバコと接触して……。


「例えばリンチされるにしても、目を開けてりゃどこを殴られるか確認して踏ん張れるから、案外気合いで耐えられる」


 ダメだ。考えるな。考えちゃダメだ。これから私の身に起きる事を考えたらダメだ。考えたら私は恐怖する。怖くて怖くてたまらなくなる。今の時点で耳で聞こえるくらい呼吸が荒くなっているのがわかるし、腕が小刻みに震えてるのもわかるんだ。


「でも視界を塞がれるとさあ大変。どこを殴られるかわからない。どうやって殴られるのかもわからない。いつ殴られるかもわからない。あるタイミングで、唐突に、思いもよらない部位を殴られた時の痛みってのは想像を絶するもんでよ」


 これ以上呼吸を乱して体を上下してみろ。これ以上体を震えさせて腕を上下させてみろ。その瞬間私の皮膚はタバコと接触するぞ。……いや、そりゃ結局は四本分体で受け切るつもりでいるけれど。


「怖えだろ? お前、これどこに押し付けられると思う?」


 タバコの熱源は相変わらず着地場所を求め、私の肌すれすれの位置を何度も往復した。


「手首?」


 手首の上。


「二の腕?」


 二の腕の上。


「手のひら?」


 手のひらの上。


「肘?」


 肘の上。


「それとも腕を伸ばさせてる事自体フェイントで、もしかしたら顔や腹に押し付けられるかもな」


 そして上着を捲られ、下腹部の上にも熱源が差し迫った。坊主頭の笑い声が聞こえる。


「手のひらの中びしょびしょなんだけど。泣きすぎだろ、お前。根性はどうした?」


 ちくしょう……。大体なんで私こんな目に遭ってんだよ。……って、そうだ。元はと言えば私が偏見だけでダイチを泥棒扱いしたのが全ての原因だっけ。


 わかってた。本当はわかってたんだ。ダイチとアキ、一番疑わしいのは誰かくらい。でも私はダイチを選んだ。理屈よりも感情を優先した。悪者はダイチであって欲しいと、そう願った。


 あー、そうか。これは罰だ。受け止めなきゃいけない罰なんだ。私は人を疑った。嫌いだからって理由で二度も人を疑っちまったんだ。だから……。だから…………。


「ちなみにお前はどこに押しつけて欲しい? 言ってみろ」


「……悪いな、ダイチ。二回も疑っちまって」


 私は坊主頭の言葉には耳を傾けず、ダイチに二回目の偏見について謝る事にした。


「二回? なんだそれ」


「ほら。お前がタバコ吸ってるって……疑っちまって」


「何言ってんの。現に今も吸ってんじゃん」


「吸わされてんだろ? こいつらに」


 ダイチの声はそこで止まった。という事は、やっぱそう言う事らしい。


「お前マジで今日から酒もタバコもやめろよ? アキを泣かせる兄貴になんじゃねえぞ。折角再会した妹だろ。もっと大切にしてやれよ。……私もしっかり罰は受けっからさ」


 私は手首を掴んだ。自分のではなく、私にタバコを向ける坊主頭の手首をだ。顔を鷲掴みにされても、タバコの熱源のおかげで大まかな位置は知れたから。


「ちんたらしてんじゃねえぞクソ坊主」


「……あ?」


「こちとら門限あんだよ。それとも何か? 散々イキっといてやり方もわかんねえのか? ……根性焼きってのはよ」


「……」


「こうやんだろッ⁉︎」


 私はクソ坊主頭の手首ごと、タバコの火を自分の腕に押し付けた。


「……っ」


 押し付けたはずだった。いや、確実に押し付けていた。現に私の腕は私以外の温度を感じ取っている。しかしその温度は千℃を超えると言われるタバコの火種に匹敵するとは到底思えなかった。私の腕は人肌以上の温度を全く感じ取っていない。


 その謎は顔の角度を少し変え、坊主頭の指の隙間から視界を確保する事で明らかになる。私が自分の腕に押し付けていたのはタバコではなく坊主頭の手のひらだったのだ。その指にはタバコが握られていない。タバコの行方は、いつのまにか私達の前まで歩み寄っていたダイチの指がつまみ取っていた。


 ダイチこ手に握られたタバコが坊主頭のタバコである事に間違いはないだろう。実際ダイチの口には相変わらず咥えタバコが自己主張をしているし。ということは……こいつが私を助けたのか?


「ダイチ。何してんだお前?」


 それは私の方が聞きたい質問だったが、私の気持ちを代弁するように坊主頭が訊ねた。


「まぁまぁまぁ」


 へらへら笑いながら坊主頭を宥めるダイチ。……いや、笑ってる? その言い方にはなんだか違和感が残る。ダイチの表情は間違いなく笑っているはずなのに、どうしても笑っているようには見えない。……そんな私の予感は見事に的中する事となる。


 ダイチの視線が坊主頭から私に向けられた瞬間、その表情から笑顔が一瞬で剥がれ落ちたのだ。笑顔の仮面を脱ぎ捨てるように一瞬の出来事だった。ダイチは私の腕を掴み、坊主頭から私を奪うように引っ張ってくれた。傍目から見れば不良から私を助ける紳士的な少年のように映らなくもないだろう。……ほんと、傍目から見ればの話だけど。


「お前さ。何勘違いしてんのか知んねえけど、これは好きで吸ってんだよ」


 ダイチは私を引き寄せるや否や、私の肩を強く突き飛ばして私に尻餅をつかせた。ダイチとの体重差も去る事ながら、私の足はいくつもの団地を最上階まで駆け上った事で疲弊し切っており、私は物理法則に逆らう事が出来ずに素直に倒れてしまう。


「お前の言う通り、俺は自分より弱い奴を殴るのが大好きだ。自分より弱い奴が大嫌いだからな。俺より弱い奴に偉そうにされるとイライラするし、反抗的な態度取られると頭の血管が十本はぶち切れそうになる」


 そんな私に追い討ちをかけるように、ダイチは私の体に馬乗りになった。私の下腹部に腰を下ろし、そして私の身動きを封じるために両足で私の両手を踏み抜く。


「お前、今俺に同情したろ? 不良に無理矢理タバコ吸わされてる俺を守ったつもりでいたろ? いやいやお前さ……いくらなんでも俺の事下に見過ぎじゃね? マジで殺したくなったんだけど」


 ダイチの思惑通り、私は一切の身動きが封じられてしまった。体調が万全な状態ならのたうち回る事で、せめて両手くらい拘束から逃れられただろう。でも、疲れきった今じゃ無理だ。今もめちゃくちゃ肩に力を入れてるのに腕がうんともすんとも動かねえんだもん。


「腕に根性焼きとかありきたりだよな。もっと別の所にしてみねえか?」


「別の所って……?」


「有生。お前北斗の拳って知ってる?」


 北斗の拳。漫画自体は昭和の物だと思うけど、異世界歴五年目の私でもそれだけ有名な漫画ならタイトルと簡単なあらすじくらいはわかるさ。胸に七つの傷を負った男が拳法で悪人をぶっ殺す漫画だろ? あぁ、知ってるよ。当然知ってるさ。漫画の内容も、今お前が私にしようとしている事も。全部わかったよ。


 ダイチの手が私のタンクトップを掴み引っ張り上げる。そのまま服の隙間にタバコを近づけて来て、そして。


 シャンといった、この場に削ぐわない金属音が鳴り響いた。

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