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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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ホリー。パワー:Gランク、根性:Sランク

 何の成果も成し遂げられないまま、私はトボトボと団地を出て行く。そういえばダイチからの連絡はなかったな。多分、あいつも見つからなかったんだろう。諦めてとっくに帰ったかな。ま、子供がたったの二人で調べ尽くせる規模じゃねえもんな。ここ。


 高島平というのは私の地元と違って、自然に囲まれたとてものどかな場所だった。この地に降り立った瞬間こそダイチの話にビクビクしたもんだが、地元じゃ感じられない木の間を駆け抜ける風の匂いが思いの外心地よい。


 初めて知った。これだけの自然に包まれていると、人工物の匂いってかなりくっきり匂ってくるんだな。どこからともなく漂って来るタバコの匂いがとても不快だった。


 あと、木々の香りもさる事ながら静かな雰囲気もたまらない。地元じゃ救急車やパトカーのサイレンが聞こえない日の方が少ないのに、ここはサイレンどころか人の話し声さえあまりして来ないんだ。団地の中も空き部屋らしき部屋がいくつかあったし、建物の規模に比べて案外住人も少ないんだろうな。で、これと匂いと同じでさ。こんな静かな場所だからこそ人の話し声がくっきりと聴こえてしまう。


「ってかお前昼間の女誰だよ! 俺らにも紹介しろって!」


 そんないかにもガラの悪そうなヤンキーの声に。


「無理無理。あ、でもお小遣いくれんなら乳くらい揉ませてやってもいいよ?」


 そんないかにもガラの悪そうなヤンキーに囲まれながら、タバコをふかして談笑するダイチの姿と声が。くっきりと私の視界と鼓膜に届いた。


「……」


 見間違いかと思った。ダイチはもうとっくに帰ったもんだと思っていたから、ダイチに似た誰かだと思っていた。


 そのダイチに似た誰かを数秒見つめるうちに、見間違いであって欲しいと思った。見間違いであってくれと願った。でも、いくら日が沈み切って真っ暗になったとは言え、それを見れば見るほど私の希望は音を立てて崩れて行く。見間違うわけあるかよ。ガキのくせに無駄にデカいその身長を。強いくせに弱い私にばっか暴力を振るって来たその拳を。誰が見間違うかよ。


「……ダイチ?」


 そして私の呼びかけにそいつが反応を示した時、どう足掻いても私はそいつをダイチだと認識せざるを得なくなった。私の方に視線を向けたそいつは、しまったとでも言わんばかりに表情を歪めた。


「お前、アキはどうしたんだよ」


「……ハッ。知るかよ。しらみつぶしとか、そんなんやってられるかっつうの」


「誰だよそいつら」


「友達だけど? この辺に住んでるって言ったろ。たまたまさっきそこで会った」


 私の質問にダイチは淡々と答える。


「……それは?」


「……」


「なんだよ。それ」


 でも、私がダイチの口元を指差しながら訊ねたその質問には、中々答えてくれなかった。もしかしたらダイチが口に咥えているそれは私の思っているような物じゃないのかも知れない。私だってよくチュッパチャップスをタバコを吸うように食ってるし、こいつだって同じように……。


 ……。


 そんなの、限りなく可能性はゼロに近いと思う。ゼロに近いどころかゼロそのものだと思う。


「これか?」


 でも、聞かないわけにはいかなくて。


「タバコだけど、何?」


 そしたら案の定、思った通りの答えが返ってきた。清々しい程自然な受け答えだ。ダイチの中で今の質問は「何食ってんの?」と同じくらいの価値しか無いのだと思った。


「何? じゃねえよ」


 私は一歩踏み出す。会話が出来る距離から、手を伸ばせば触れる事の出来る距離までダイチとの距離を縮める。


「信じてたんだぞ」


「は?」


「いくらお前でも酒とか飲んだりしないって。お前が出てった後、サチに言ったんだぞ」


「だから?」


 ダイチは口にタバコを咥えたまま大きく息を吸った。


「いつまで吸ってんだよ馬鹿野郎っ!」


 ダイチの口元目掛けて手を伸ばす。その火の着いた白い棒切れを口から叩き落とそうと、渾身の力で平手を放ってやった。……が。


「誰よこいつ? メス便器二号? 小っっっっさ」


 ダイチの隣にいたその男に手首を掴まれた。夜のせいではっきりとは見えないがピアスの跡だろうか。鼻に穴が空いているような気がする。顔付きの幼さとは釣り合わないその傷跡が、これでもかとその人物の素行の悪さを物語った。


「やめてくださいよカイトさん、誰がそんなクソチビなんか……」


 私の手首を掴む少年の名がカイトだとわかった所で、ダイチの顔に邪気が宿った気がした。無邪気ではなく邪気。到底小六の同い年に出来るような表情とは思えない。


「あーいや。おもちゃって意味では半分正解かも。そいつ俺のサンドバッグなんすよね」


「何々? どゆこと?」


 ダイチと最も近い距離にいる金髪のヤンキーが興味深そうにダイチに訊ねた。


「それがさー。こいつ自分がSwitch失くしたからって俺を泥棒扱いして来たわけ。鞄の中身も見られてボディチェックもされて、それで結局勘違いだぜ? 酷くね?」


「いやそれ酷えどころじゃねえよ。最低だなこのガキ、それでも人間かよ」


 魔女だよ。


「まぁまぁタクちゃん。そう言ってやんなって。そのかわりこいつ、詫びとして卒業するまで俺の言いなりになるって言ってくれたんだし」


「マジ?」


 タクちゃんと呼ばれていた金髪が目を見開きながら私の方を見てきた。


「マジマジ。大マジ。だよな有生? お前今日から俺のサンドバッグだって自分で言ったもんな?」


「……」


「な?」


「……言った、けど」


「敬語」


「……」


「何黙ってんだよ。てめえ結局口だけか?」


「……言いました」


 私の敬語がそんなに面白いのだろうか。静かな団地にダイチの爆笑が鳴り響く。敬語で爆笑出来るなら私とサチのやり取りも相当爆笑もんだっただろう。


「……言いました! けど!」


 私はそこから更にもう一歩踏み込み、鼻ピアスに掴まれていない方の腕でダイチの腕を掴む。


「やめろよ。タバコ」


 敬語もやめてしまった。やっぱサチ以外に敬語なんて使えたもんじゃねえわ。


「お前も! お前も! あとお前もだ!」


 ダイチにだけじゃない。顔付きからして中学生程度の年齢である事が明白な鼻ピアスと金髪、それとさっきから一歩離れた位置で静かにタバコを蒸す坊主頭の男にも言ってやった。


「有生。お前俺の言いなりになるんじゃねえの?」


「なる! でもタバコはやめろ! 酒も飲んでんならそれもだ!」


「いやそれ言いなりって言わねえから。調子に乗んなよ? 殺すぞ」


「殺せよ」


 私はダイチから手を放し、私の手首を掴む鼻ピアスの手も振り払ってその場で正座した。当然ながらそれは降伏の意思表示なんかじゃない。宣戦布告の意思表示だ。


「五分間好きにさせてやる。私が泣いて許してとか言い出しても無視して殴れ。ダイチだけじゃなくてお前ら全員でかかって来い。……その代わり、五分経ったらお前らみんなタバコも酒も止めろ。あとダイチにも近づくな。二度と変な遊び教えんじゃねえ」


「はぁ? 何でお前がそんな事決めて」


 と、そこまで言いかけたダイチの言葉が途切れた。さっきまで私の手首を掴んでいた鼻ピアスが、ダイチの唇を指で摘んで堰き止めていた。鼻ピアスは私の前まで歩み寄ると、ヤンキー特有のうんこ座りをしながらニヤニヤと笑みを浮かべた。そして。


「マジで好きにしていいの?」


「だからそう言って」


 そして私の言葉も堰き止めた。けれどそれはダイチにしたような生優しい物じゃない。……まぁ、それが俗に言う平手打ちだと気づくのには少し時間がかかったな。私のミジンコ並の動体視力が災いした。頬に宿る鋭い痛みと、歯で口の中を軽く切ったが故の血の味で、私はようやく自分がされた事に気がつけた。


 私の耳に鼻ピアスの笑い声が届く。それともう一つ、女の泣き声も。女って言うか、私の泣き声か。私は泣き虫だ。怒っても泣くし、嬉しくても泣くし、当然悲しい時だって泣いちまう弱虫だ。自分の緩み切った涙腺と、平手打ち一発程度でガクガクと震え出したこの体が嫌いで嫌いでたまらない。


「ごめんごめーん! 痛かった? これでも手加減したつもりなんだけどなー」 


 知ってるよ馬鹿野郎。鋭い痛みが頬に走っているけど、でもこいつの平手が顔面に直撃した時の衝撃は大した物じゃなかった。ダイチ程ではないにせよ、こいつの体格で思い切り平手打ちされたら、私はこうして正座を維持する事も出来なかっただろうさ。


「でもまだまだ続けていいんしょ?」


 こうして正座が維持出来て、顔の角度が少し曲がる程度のビンタが本気なもんかよ。そもそもグーじゃなくてパーの時点で本気なわけねえんだ。……舐めやがって。


「あと、四分……」


「ん?」


「あと四分……つってんだよ。なん……だよ。そんな、もんか……っ?」 


 声が震えて上手く喋れない。でも、私の言葉がしっかり相手に届いているのは、無様に眉間に皺を寄せた鼻ピアスの表情から簡単に見てとれた。


「そんなんじゃ、……殺ぜ、ねえぞ。何がビン、タだ……! どうぜなら、グーで……来いよ。ガキ殴ん……のが、そんなに怖え、かよ?」


「……」


「どうした……?」


「……」


「ビビってんのか⁉︎ ゴラァ!」


「……」

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