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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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実在する自殺スポット。別に伏線とかではない

 夕日の差し込む日曜の車内は、思ったよりも空いていた。登下校の度に踏切で待っていると、通勤ラッシュでパンパンに膨れた電車を何度も見てきたものだ。それに比べてしまうと尚更人が少なく感じてしまう。


 話し声一つしないとても静かな車内だ。もしくは誰かの話し声も耳に入らないくらい、私が慌てているだけなのかもしれない。


「お前も災難だな。友達認定した相手にゲーム盗まれるとか」


 バスに乗って数十分続いたそんな沈黙を先に破ったのはダイチの方だった。それが私に同情しての言葉でないのは、薄ら笑った表情と軽く鼻で笑っていた話し方が証明してくれた。


「タロウにも何か盗まれてたりしてな」


 ダイチの口からそんな言葉が続けて出て来た時、私の手は反射的にダイチの胸ぐらを掴んでいた。


「勝手に決めつけてんじゃねえぞ」


「勝手に決めつけて来たのはどっちだよ」


「……それは。……ごめん」


 しかし、一瞬頭に上りかけた血はダイチの反論で一気に冷静さを取り戻す。私はダイチの胸ぐらから手を放し謝罪した。


「でも、あいつの事を悪く言うのはやめてくれよ。あんなポンコツでも初めて出来た友達なんだ。それにSwitchだって、もしかしたらちゃんと探してないだけなのかもしんない。仮にアキが持っていったとしても……その、間違えて持っていったのかもしんないし」


「はぁ?」


 ダイチの表情が、見るからに呆れたと言わんばかりに歪む。


「お前マジで言ってんの? あいつ昨日万引きしてたろ。どう考えてもあいつが犯人じゃねえか」


「……お前こそ、何でアキの事信じてやれねえんだよ。兄貴だろ? アキだってあんなにお前に懐いてんのに可哀想じゃねえか」


「可哀想って……」


 ため息を吐くダイチ。その反応の差が、私とダイチは未来永劫分かり合えない存在同士である事を深く印象付ける。


「お前なんでそんな正義マンなんだよ」


「正義マン? 私が?」


「どう見ても正義マンだろ。頭おかしいんだよお前。何であの状況でアキを信じようって思えんだ? 今も俺に謝りやがって。マジであり得ねえし」


「いや、それは謝るだろ。私、偏見でお前が犯人だって疑って……」


「お前、今まで俺に何されたか覚えてねえのか? そういうのを偏見って言わねえよ。疑われるような事をした俺の自業自得って言うんだ」


「……」


「安い同情で万引き犯と友達になろうとすんのもあり得ねえ。いくら事情があったからって、自分に暴力振って来るような俺を家に入れるのもあり得ねえ。それになんだ? 俺を疑った詫びとして好きなだけ俺に殴られる? お前さ。そこまで正義ちゃん見せつけられたら素直にきめえわ」


「ダイチ」


 バスの減速に体がついていけないのを感覚で感じ取った。確かこういうのを慣性の法則って言うんだっけ。窓の外に目を向けると、空の色は微かに赤が混じる暗闇に染まっている。ここに着く頃には完全に日が落ちるものだと思っていたけれど、初夏の太陽の我慢強さを少し舐めていたようだ。目的のバス停も最早目と鼻の先だし、残り十秒もしないうちにバスは完全に停止して扉も開かれる事だろう。


「お前、もしかしていい奴だったりする?」


「何言ってんの?」


「……だよな。私、本気でお前をぶっ殺そうとしたくらいお前の事嫌いだし」


 この時、ほんの少しでもこいつの中に良心ってもんが残っているんじゃないかと期待してしまった事を後悔する事になるだなんて、この時の私はまだ知るよしもなかった。


 バスから降りて、数十分振りの地面に足をつけた。初めて降りたバス停から広がる見知らぬ町の空気に、思わず足がすくみそうになる。……いや、足が竦む理由は町の雰囲気もそうだけど。


「なんだよこれ……」


 目の前に立ち並ぶ巨大な建造物の数々に目眩がして来そうだ。これだけ巨大な建物ならさぞ住人の数も多いだろうに、しかし周囲に視線を向けても日曜の夕方とは思えない程に通行人が少なく、その矛盾した光景がより一層不気味さを際立てる。位置的にはほぼ埼玉寄りの町だけど、でもここは間違いなく東京のはずなんだ。東京にこんなに人がいない町があるなんて……。


「知らねえの? ここいら一帯全部団地なんだよ」


「いや、初めて知ったけど……。ってか何で建物のあちこちに金網が張ってあんだ? あれじゃまるで牢屋みたいじゃねえか」


「自殺防止」


「……へ?」


「この辺の団地って昭和に建てられたんだけどな。当時はこんなに高い建物って中々なかったし、しかも団地だから勝手に入ってもバレねえだろ? だから飛び降り自殺の名所で有名になってめっちゃ人が死んだ。その対策だよ」


「めっちゃって……十人くらい?」


「三年で百三十三人」


「……」


 もうSwitch諦めようかな。……いやいやいやいやないないないない馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。諦めてたまるかクソが。


 それにしても参ったな。階数だけでも十階以上は確実にある上に横にも長い建物か。それが何棟も並んでいるわけだし、部屋数だけでも軽く一万は超えてるんじゃねえか? しかもアキがこの団地に住んでる保証もないから、下手すりゃここ全部探し回った手間が水の泡になる可能性だってある。……ま、だからって素直に諦めがつく程あのSwitchへの執着は甘くはない。ぜってえに見つけてやる。


「それで? どうやってアキんち探すわけ?」


「しらみつぶし」


 ダイチに頭を軽く叩かれた。


「いってえな! 何すんだよ⁉︎」


「お前ふざけてんのか?」


「ふざけてねえよ! それしか方法ないんだから仕方ねえだろ? 表札一個一個見て回ってアキの家を特定する」


 ダイチに舌打ちされた。


「そもそもアキの家がこの町にあるのは間違いないんだろうな?」


「間違いない」


「根拠は?」


「私にはわかるんだよ」


「何でわかんだよ?」


「わかるもんはわかるんだよ! じゃあ昨日アキに電話して聞いたからわかる! これで文句ねえな?」


「じゃあってなんだよじゃあって!」


「とにかく私行くから! ……あ、でもその前に」


 まさか魔法が探し当てたなんて言う事も出来ねえし、これ以上の言い争いは不毛だろう。私はさっさとアキの捜索に駆け出したい所だったが、大事な事を思い出してスマホを取り出した。


「……何?」


「連絡先。アキの家がわかったら連絡するからお前も頼む」


「……」


「そんな目で見んな! アキんち見つかったら速攻でブロックするから!」


「ハッ。こっちのセリフだボケ」


 こうして私達は不本意ながら。超スーパーハイパーウルトラゴージャスキロメガギガテラエクセレントワンダフル不本意ながら、一時の共闘として連絡先を交換した。


「あ、そういえばアキの上の名前って?」


「黒崎」


「了解。そういうの先に言えよな役立たず」


「殺すぞチビおい」


 ダイチが何か言っていたような気がしたが、とりあえず目の前に聳え立つ団地の中に駆け込んだ。それが絶望への第一歩になるとも知らずに。





 教室の隅っこに座っていると、騒がしい男子達のやり取りは嫌でも目につくもんだ。そんなやり取りを見て、思う事がある。男子って軽々しく命を賭けるよなって。くだらない遊びの勝負で命を賭けるとか。知識の食い違いで言い争いになった時も、自分の方が合っている命を賭けてもいい、とか。


 まぁでも男子に限った事じゃないか。女子同士の会話でも、お小遣い一生貰わない約束でiPhone買ってもらったの、みたいな事を言っているのを聞いた覚えがある。要するに子供って言うのは出来もしない決心を簡単にしてしまうのだろう。


 私は出来ない約束や決心が嫌いだ。この世界に来て初めてサチと出会った時、そんな約束が原因で嫌な思いをした経験があるから。そんな経験もあって、私は出来ない約束はしないように心掛けているけれど。でも、考えてみれば私も魔界にいた頃は考えなしに命を賭けるとか言っていた気がする。子供ってそういう物なんだと思う。


 じゃあ子供の言う無茶な決心は全てが嘘なのかと言うと、それはきっと違うはずだ。随分昔の事で記憶もあやふやだけど、魔界にいた頃の私はわりかし本気で命を賭けると言う言葉を口にしていた。口にしたその瞬間は、自分が間違っていれば絶対に死んでやるつもりだった。


 けど、いざ自分の方が間違っていたと知ると、約束通り死ねない自分がいる事を思い知る。どうしてあんな決心をしてしまったんだと後悔する。そうして痛い目を見たのに、別の日になればまたしても軽々しく命を賭けるだなんて言ってしまうんだ。


 私は出来ない約束や決心が嫌いだ。とはいえ私だって未熟な子供だから、たまには出来ない約束や決心をしてしまう事もあるさ。……で、その度に自分が嫌いになってたまんなくなる。やるって決めた事を最後までやり遂げられなかった時って、堪らなく悔しい。今、そんな感じだ。


「……」


 時刻は二十時を過ぎていた。赤黒い空が完全な闇に染まるまで、私はどれだけの部屋を探し回っただろう。何棟の団地に出入りしただろう。エレベーターは待ち時間がもったいなくて、移動のほとんどは自分の足で階段を登った。そのせいかな。足がめちゃくちゃ痛い。


 もう無理だって思ってしまっている私がいた。もう帰りたいって思ってしまっている私がいた。サチから貰った大切なSwitchなのに、この程度で諦めそうになっている私が堪らなく嫌いになった。


【もう帰るぞ】


 通路に他の住人がいないのを確認した上でメリムが話しかける。


「……もう少しだけ」


【お前途中からずっとぼーっとしてたぜ? もしかしたら黒崎の表札もスルーしてたのかもな】


「……また最初から調べる」


【ダメだ。そもそもここ表札のねえ部屋が多過ぎんだろ。そういう部屋はどうすんだよ? 魔法で一つ一つ中を覗くか?】


「……うん」


【馬鹿言ってんじゃねえよ】


 と、その時。静かな団地の静かな廊下に私のスマホの音が反響した。ポケットからスマホを取り出すと、サチの名前が画面に表示されている。どうやら私にハグを拒否られたトラウマから立ち直れたらしい。


「……もしもし?」


『りいちゃん⁉︎ 今どこにいるの⁉︎』


「えっと……高島平」


『なんで⁉︎』


「アキが忘れ物してたから届けに行くって言ったじゃないですか」


 ……あ。やばい。私、またサチに嘘ついてる。例えそれが相手を思っての事でもサチに嘘をつくのはやめようって、二週間前に決めたはずなのに。


『え、そ、そうだっけ……? おかしいな、ここ数時間の記憶が……』


「何やってるんですか、もう」


 私はサチに笑い返す。これもまた、私の心が平常心を保っている事をアピールする為の嘘だ。


『とにかくすぐに迎えに行くから!』


「大丈夫ですよ。バスが出てるんで、それに乗って帰ります。九時には着くと思いますから。心配かけて、ごめんなさい」


『本当だよー! りいちゃんがいなくなっててどれだけ怖かったか……』


 私はもう一度あははと、電話越しにサチに笑いかけた。


『ねぇ、りいちゃん』


「はい?」


『今日は楽しかった?』


「……」


 ……あ。これ、あれだ。デジャヴって奴だ。私、こんな場面を前にも経験した覚えがある。アイスの時と同じじゃん。あん時も私、サチに学校が楽しいか聞かれて。


「はい。とても」


 そんな風に答えたんだっけ。


『そ? じゃあ許す。早く帰ってきてね?』


 私は通話を切って深くため息をついた。

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