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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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本当は誰かわかっている

 まったく、サチもメリムもサイコパスばっかかよこの家は。何が洗剤だ、何が画鋲だ。そんなもん食わせたら訴えられるだろ。私ならミント味って誤魔化しが効くように歯磨き粉をかけるね。そんな事もわからないんだからあいつらサイコパスだよ。私の部屋の真ん中に放置されたままのケーキ皿を見てそう思う。


 ったくあいつら。ケーキ食ったならせめて皿くらいシンクまで持ってけっつうの。……なんて気持ちが湧くものの、不思議とその気持ちは怒りにまで発展しない。放置されたケーキ皿が、つい数十分前までこの場に友達がいた事実を私に実感させるからだろうか。


 この世界で初めて出来た人間の友達。この世界で初めて出来た同性の友達。結局最後まで気まずさは抜けきれなかったけど、それでもアキと一緒にゲームをやった数時間の楽しさを私は覚えている。


「ったく、しゃあねえなぁ……」


 奴らに代わって今から私がこの皿を片す羽目になるのに、何故か口角は若干釣り上がったような気がした。


「……」


 あれ。なんだろう。今、なんか違和感が……。


 散らかった皿とジュースの空き缶、そしてダイチのビールを一箇所に纏めていると、脳が不思議な感覚に支配された。この感覚は……そうだ。あれに似ている。間違い探し。よく似たAの写真とBの写真を見比べて間違いを探すようなあの感覚。今のこの部屋……、なんか私の知っているいつもの部屋とは違う気がするんだ。


 なんだろう。何が違うんだろう。ケーキの皿や缶ジュースが放置されているから? いいや違う。そんな一目見てわかるような光景に違和感なんかあるもんか。もっと何か別の……。


 思い出せ。私、今日何をした? 駅前でアキと会って、不本意だけどダイチも一緒にうちに呼んで、家に着いたらサチがアホな事やってて。その後は私に部屋に入って、なんか私だけハブられてるのが悔しくて、だからアキの意味のわからない一人遊びに付き合って。それで色々あったけど、でもなんやかんやアキと上手くやれそうな気がして。そしてアキと二人でゲームして。


「……」


 ゲーム……して。


「……ない」


 その後にSwitch、どこ置いたっけ。


 おかしいな。どこ置くも何も、Switchの定位置は部屋が散らかっていた頃からテレビの横って決めていたじゃないか。部屋が散らかっているせいでSwitchのコントーローラーを失くしかけた事があったから、だから常にテレビの隣に置く癖をつけたんじゃないか。Switchを遊び終えたら、私は無意識にテレビの隣に置くようになっているんだ。


 じゃあ、何でないんだよ。なんで……。


 部屋を見渡す。二週間前なら床一面に散らばった物をかき分けながら探したのだろうけど、サチと部屋を片付ける約束をした今ではかき分ける物がない。視界に映る光景がまんま真実だ。


 それなのに私は何をやっているんだろう。学習道具しか入っていない机の引き出しを開けたり、服しか入っていないタンスを開けたり、ここ数日間一度も開けた事のないベランダの窓を開けて外の様子を確認したり。そんな場所にないのはわかりきっているのに、確認せずにはいられなかった。


「……」


 透き通った水に墨汁を垂れ流すように、一つの疑念が色濃く黒に染まり出す。……いや、最初からこの疑念はあったんだ。ずっと私の目の前で、これでもかと言うほど自分の存在を私に見せつけていた。私が勝手にそれから目を逸らしていたんじゃないか。


 やめろ。やめろバカ。考えるな。それを考えるな。百歩譲ってそれを考えるだけならいいとしよう。でもそれを口に出してみろ。それを行動に移してみろ。


『……でも、偏見で人を決めつける人はもっと嫌いです』


 自分で言ったんだぞ。自分の口でサチにそう言ったんだぞ。なのにそれをやったら私……。


『サチ。ありがとう』


『……ん? 何の事? それ、サンタさんからのプレゼントでしょ?』


『……うん。でも、ありがとう』


 私……。


『一生大事にする』


『……うん。じゃあ、そうしてあげてね?』


「……っ」


 勝手に足が動いていた。無我夢中で部屋を飛び出していた。人を偏見で決めつける最低野郎になってでも、諦めきれないものだった。


 マンションの一階に降り立った私は、他の住人とぶつかりそうになろうが構わず全力疾走で敷地の外へと飛び出した。マンションを出て、左右を見渡す。数十分も前にマンションを出たアキが、未だにこんな所をうろついているはずがないのはわかっている。けれど、数分前にマンションを出た奴の背中なら簡単に見つける事が出来た。


「おーい! ダイチーっ!」


 その小六とは思えない巨大な背中を目指し、そいつの名前を叫びながら駆け寄る。そいつはすぐに私の声に気づいて振り向いた。


「……あ? 何?」


 なんて落ち着いた声色なんだろう。なんて平静な声色なんだろう。こんな声で話せる人間なんて二通りしかない。何もしていない人間か、何かをしても何もしていなかったように振る舞える人間か。


 ドス黒い感情が胃袋の中で暴れ回っているのを感じた。私は今、何を考えている? 何を願っている? 何で私、ダイチが後者であって欲しいって、心の底から望んで……。


「……ダイチ。私……今からお前に最低な事を言う」


「は?」


 平然と振る舞うダイチと違って、私の振る舞いはなんて落ち着きがないのだろう。全力疾走で息があがっているのも原因の一つだ。両膝に手をつけ、視線が捉えているのも地面ばかり。息が苦しくて顔をあげる事も出来ない。……でも、きっと本質は違う。息が切れているから上手く話せないのはただの言い訳だ。例え落ち着いた環境で座っていようが、私の口調は確実に乱れていただろう。他でもない、私の心が一番乱れているんだ。


 私はダイチが嫌いだ。だから事実の有無に関わらず、私の不幸は全てダイチのせいであって欲しい。全ての罪の原因がダイチにあって欲しい。この願望は、ダイチを嫌う感情とは切り離さなきゃいけないってわかっているのに。なのに……。


「違ったら違ったで……いいんだ。そん時は……好きなだけ、私の事、殴れ……! 卒業するまで何回でも、殴っていいから……。もう二度とお前には……逆らわないから。何されても黙って……受け入れるから。……だから、聞いていいかな?」


「何を?」


「……お前、私のSwitch盗んだか?」


「……」


 俯く私の視界にダイチのボディバックが飛び込む。ダイチが投げ捨てるように放り投げたのだろう。体にピッタリフィットする小さな鞄だ。Switch本体くらいは簡単に入るだろうけど、Switchをテレビと接続する為のドックは確実に入らない。それでも私はその鞄を拾い上げ、中を確認するしかなかった。


 中に入っていたのはスマホに、予備のバッテリーに、それと財布。あとなんだろうこれ。……あぁ、スタイリング剤か。ダイチの奴、小学生のくせに色気づいて髪の毛ツンツンにしてるし。他にはマウススプレーに、リップクリームに、あとはイヤホンや各種充電ケーブル。それで他には……。


「……」


 他には……。


「あったか?」


「……なかった」


「ボディチェックもする?」


「……」


 ダイチの体に手を伸ばす。顔はあいかわらず俯いたままだった。もう疲れているとかじゃなく、単純に顔を上げる事でダイチと視線を合わすのが怖かった。偏見で濡れ衣を着せてしまったこいつに合わせる顔がなかった。


 ボディチェックはすぐに終わる。ボディチェックなんて大それた言い方をしたところで、結局調べられる場所なんてポケットくらいしかないし、ポケットにSwitchなんか入ってたら膨らみでわかるようなもんだし。こいつがSwitchを持っていないのはわかったよ。……いや、わかっていたよ。わかっていたけど、こいつが悪人であって欲しかったんだ。初めて出来た人間で同性の友達が悪人だって、信じたくなかった。


「結果は?」


「……ない。ごめん」


「いいよ別に。だってお前、今日から俺のサンドバッグだし」


 ダイチの手が私の胸ぐらを掴む。私はそのまま引き寄せられ、そこでようやくダイチと目があった。ダイチは空いた方の手で拳を作っていて、それを私に向けている。


「とりあえず一発殴ら……」


 その拳の行き先が私の頭部か胴体なのは明白なのに、しかしどうしてだろう。自分より弱い奴を平気で殴れる奴が、何でその拳を止めているんだろう。お前、私の泣き顔を見たくらいで拳を止めるような奴じゃないだろ。


「何泣いてんだよ。手に涙つくだろ」


 ダイチは突き飛ばすように私を解放した。あぁ、それで殴らなかったわけか。私はひとまず両手で涙を拭ったものの、逆に顔に涙を塗りたくる結果になってしまった。


「……顔洗ってくる」


「は?」


「すぐ戻るからちょっと待ってろ。約束は破らないから」


「おい!」


 私はダイチの呼びかけはひとまず放置し、一目散に我が家へと駆け込んだ。


 家に駆け込んですぐに洗面所へと赴き、冷水を顔に叩きつけた。冷たい温度で目元が引き締まったような感触がする。鏡を覗くと私の表情は至って冷静になっているような気がした。物理的に涙腺がしまったのだろうか。ならよかった。私は鏡の前で両手で頬を叩き、気も引き締める。


 タオルで顔の水分を拭き取った私が次に向かったのは冷凍庫だった。そこからメリムを取り出し、自分の部屋に戻る。


【お前マジ殺すかんな】


「おう。やる事やった後にな」


【やる事?】


「アキ達が帰ったあと、私のSwitchがなくなってた」


 そう言うと、メリムはそれ以上悪態をつく事もなく、黙って私に魔法を使わせてくれた。


 魔女かつ、まだまだ未熟な私では100%の正確な探知は不可能だけど、この世界には役立つ道具が山のようにある。自分の身の丈に合わない魔法の成功率を上げる方法。魔法の質を下げるか、複数の魔法を組み合わせるか、もしくは魔法の補助となる行動や道具を使用するか。


 魔法でSwitchをこの場に呼び戻す事は無理だ。テレポートなんて自然現象から大きく乖離した魔法とか、私なんかには到底扱えない。魔法の質をガッツリ落とした所で一メートルにも満たない移動が精一杯だろうし、仮にテレポートが成功したとしても部品の一部を呼び寄せるのが関の山かもしれない。同じく、私がSwitchのある場所までテレポートするのも無理だ。私の体の一部だけがテレポートするとか洒落にもならない。


 だから私が使うべき魔法はこれだ。無数に存在する世界の中から、スマホやネットといったサポートに打って付けの道具が存在する世界を留学先に選んでくれたお母さんに感謝だな。


「捜索魔法。メリム・クァイツァロゴ」


 開いたスマホの地図アプリが勝手に動き出し、ある町が表示される。これ以上の捜索は無理か……。まぁでも区ではなく町まで絞れただけ上出来だ。


 時刻は既に夕方。調べた感じ、バス一本で行ける町らしいけど少し距離が離れている。今から行ったとして着いた頃には真っ暗か。学校にバレたら面倒な事になるだろうけど……。でも、言ってる場合じゃねえよ。


「サチ! 忘れ物があったからちょっと届けて来ます!」


 家を出る前に、部屋に閉じこもるサチにそれだけ言い残した。一階まで降りる間に僅かな望みをかけてアキの家に電話をかけたりもしたが、案の定誰かが電話に出る事はなかった。あいつがここを出て行ったのも随分前だし、まだ家に到着していないとは考えにくい。


「ダイチ!」


 まぁ何はともあれ。まずはケジメを付けない事には始まらない。マンションを飛び出すと、ダイチの奴は律儀にさっきと同じ場所で私が降りて来るのを待っていた。忠犬ハチ公かな? ともかく私はハチ……じゃなくてダイチの前まで詰め寄り、後ろで手を組む。抵抗をしないという意思表示だ。


「待たせて悪い。ほら、約束は約束だ。時間がないから早くやれ」


「なんだよ急に。泣いたりイキったり忙しい奴だな」


「いいからさっさと済ませろ。時間がねえんだよ」


「何の?」


「アキの家を突き止める」


 私の答えを聞いて、馬鹿を見るような目と馬鹿にしたような態度でダイチは鼻で笑った。


「アキんち知ってんの?」


「どこの町かは知ってる」


「何で?」


「なんでもいいだろ! 私にはわかんだよ! 時間がもったいないから早くやれよ!」


「……」


 ダイチの右手が拳を作った。しかし、その拳は私の体に到達する事なく力無く解かれる。


「それどこ?」


「は?」


「どこだよ、その場所」


「どこって……高島平」


 そこでダイチは少しだけ驚いたような顔をした。少しだけ驚き、少しだけ考え、そして一つの提案を持ちかけてきた。


「俺も行く」


「は? なんで?」


「俺も気になってたんだよ、今のあいつの家。今日の分はそれでチャラって事にしてやるから」


「……」


「いいだろ? 昔そこに住んでたし、今もたまに遊びに行くから土地勘だってある」


「まぁ……。別にいいけど」


 思わず肩の力が抜けてしまった。殴られずに済んだのは幸いだったはずなのに、何故か釈然としない。とは言え人手が増えるのは私としてもいい事だし断る理由もないか。


「行くぞ。早くしろチビ」


「……おう」


 こうして私達は最寄りのバス停まで駆け寄り、一分も経たずに到着したバスに乗り込んだ。

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