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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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有生サチ。職業、キャバ嬢

 いや、別におかしな事は言ってない。そりゃあダイチは存在そのものがおかしな奴だけど、その言い分には間違いがない。私とサチは血縁関係のない赤の他人。その通りだ。異世界留学中の六年間だけ、こっちの世界で親の代理をしてもらっているだけの関係だ。


 でも、なんだろうな。こう面と向かってその事実をはっきり言われた時。私、ちょっと傷ついた。その言葉を自分で反復してしまった事で二倍傷ついたような、そんな気分になった。


「ダイチくんって、あまり家族の人と仲良くやれてないでしょ?」


 ふと、私の隣で囁かれたそんなサチの声に、私は思わず顔を上げてしまった。知らない町で一人で迷子になった私の前に、上から誰かの手が差し伸べられたような、そんな気持ちだった。


「なんすか突然。さっきのスイッチの話の続き?」


「んー。それもあるんだけどね。それよりもダイチくん、同年代の子と比べて随分大人な考え方をするんだなーって思ったから。親との関係が薄いと、子供ってそうなる傾向があるんだよ。親を頼らないからどんどん一人で自立しちゃうの」


「へー、そう見えます? おばさん見る目あるじゃん」


「褒めてないよ」


 サチは笑顔でありながら、とても冷たい淡々とした口調で否定した。ダイチの自惚れを正そうとする教職者のような気迫さえも感じる程だ。


「大人を知らないまま大人になるのって、とても危険なの。間違った道を歩いている事に気づけない子になったり、誰にも悩みを明かせないまま心が壊れちゃう子になったり」


 そこでサチは言葉を区切り、少しだけ私の方に視線を向ける。罪悪感で濁ったとても申し訳なさそうな瞳を私に向けたのだ。


「この子は自立出来た子だから、キツい事を言ってもそれを乗り越えて立派に生きていけるって……。そう勘違いした大人から酷い仕打ちを受ける事だってあるかもね」


 そんな事、もう気にしていないって何度も言ったはずなのに。それでもきっとサチは、その罪悪感を抱えながら生き続けるんだろうな。私の事を忘れるその日まで、ずっと……。


「私達がこんな風になれたのは本当につい最近の事だよ。それまでの私達は、結構お互いに気を遣う関係だったかな? だからりいちゃんも私に頼らないで自立しちゃった子で、そう言う意味では赤の他人に見えちゃうのも仕方ないのかもね」


 赤の他人。三度出てきたその言葉に、三度私の心に傷が入った。ダイチの口から放たれた一度目の傷や私自身の口から放たれた二度目の傷とは比較にならない程大きな傷だ。サチの口から紡がれたその言葉は、これまでにないくらいとても痛かった。痛かったけど。


「でも、私はりいちゃんを赤の他人だとは思わない。私達はスタートダッシュに出遅れちゃっただけ。ほら、実の親子でもちっちゃい子とお母さんなら、恥ずかしげもなく好きな気持ちを言い合ってるでしょ? 私達は今、やっとその位置に来れたの。りいちゃん」


 サチが私の名前を呼ぶ。両手を広げながら私を呼ぶ。私に何を求めているのかまでは口にしないものの、まぁわざわざ言うまでもないだろう。私はサチが求めるままに、サチの懐へ飛び込んだ。サチの膝の上に腰を下ろすと、サチ自身が私の半纏にでもなるように両手で私の体を包み込んで来る。とても温かい。初夏の熱気さえも消し飛ばすほどに。


 ……まぁ、実際初夏の熱気を消し飛ばしているのはエアコンから送られてくる冷風なのはわかっているけれど。それでも、とても温かった。


「だからダイチくんが考えているような関係になるのは、もう数年先になるのかな? 今はこうして素直に抱っこさせてくれるけど、その日が来たらダイチくんが言う通り、りいちゃんも私を避けちゃうのかもね……」


「何言ってるんですか? 言ってくれれば抱っこくらいいくらでもさせてあげますよ」


 しかしいきなりサチがそんな突拍子もない事を言い出すもんだから、私は思わずサチにつっこんでしまった。私がサチを避けるなんて、そんな事あるはずないのに。そんな事はもう二度としたくないって心に誓っているのに。


「そう? ありがとう」


 私からの指摘を受けて、サチは嬉しそうにそう答えてくれた。……ま、そもそもその数年後っていうのが、私達とは縁のない話なのは十分理解しているけどさ。


「それでね、ダイチくん。ダイチくんも結構自立しちゃったタイプの子だよね? それもりいちゃんとは大分ズレた方向に。ダイチくんの事はあまりよく知らないけど、でも他の子よりやんちゃな所があるのはわかるよ。だからちょっと心配になっちゃうんだ」


 私を抱きしめるサチの腕に、ほんの僅かに力がこもったのを感じた。


「ねぇ、ダイチくん。あのビール、飲んでないよね?」


 そんなサチの冷たい声が、私の頭上を通り過ぎて行く。ほんの少しだけ寒気がした。サチがダイチにそんな事を問いかける理由が理解出来なかった。そりゃあダイチはクソ野郎だし、弱い奴にはとことん強気なくせに強い奴からはそそくさと逃げていくクソ野郎だよ。不良と言っても過言じゃない。過言じゃないけど……。でも、だからってサチはこんな偏見で物を言う人じゃないはずなのに。


「いや、そんなん聞くくらいなら最初から出すなっつうの。……飲みませんよあんな臭い匂いプンプン撒き散らすもんなんか」


 それになんだよダイチ。お前、なんでもっとはっきりと否定しないんだよ。いくらクソなお前だって、言われのない疑惑を向けられるとかたまったもんじゃねえだろ。


「そう? ならいいけど。でも、仮に出されたのが缶チューハイとかでも当然飲まなかったよね?」


「……」


 ダイチは答えない。とっとと否定して、偏見だけで物を言ってくるサチに暴言なりなんなり吐けば良いのに。何で否定しないんだろう。何で淡々と食事を続けられるんだろう。いくら滅多に食えない国産和牛だからって、自分の名誉を愚弄されてまで食うもんじゃねえだろ。食うにしても否定してからでもいいだろ。なんでお前……。


「ごちそうさま。すき焼き美味かったっす。あとケーキも。俺もそろそろ帰りますね」


 鍋の中にはまだ具材が残っているし、しめのうどんだってまだ残ってる。しかしダイチは自分の取り皿に入った分だけ食べ終えると、サチから逃げるようにこの家を去ろうとした。


「お粗末さまでした。あ、それとね」


「はい?」


「また遊びに来る事があったら、その時はちゃんと玉ねぎも食べて欲しいな」


「……」


 ダイチはその言葉にも答えず、最低限の礼儀として自分が使った食器を流し台まで運び、そそくさと玄関の方へと足を向ける。そして私の部屋から自分のボディバックを持ちだし、「じゃ」と一言軽めの挨拶だけを済まして静かにこの家から立ち去った。


「……ま、そもそもりいちゃんの敵に二度とうちの敷居を跨がすつもりはないけどね。何で連れて来たの? 本当に」


「す、すみません……なんか流れで……」


 ダイチの背中を見ながらそう呟くサチがなんか怖かった。それに加えて、私は今からサチにある事を伝えようとしている。折角サチとこうして気兼ねないやり取りを出来る関係になれたのに、こんな事をサチに伝えたらどうなるか。想像しただけでも怖い。怖いけど……。


「……サチ。私、あいつの事大嫌いなんです」


「うん。見てればわかる」


「……でも、偏見で人を決めつける人はもっと嫌いです」


「……」


「根拠もなしにお酒を飲んでるとか……。思ったとしてもそれを口には出さないで欲しいです」


「……そうだね。ごめん、私が間違ってた」


 サチは苦笑いを浮かべながら謝罪した。その様子を見て私は安堵する。よかった、私達の関係はこのくらいの意見を言い合ったくらいじゃひびも入らないんだと。


「ほら、仕事柄どうしても敏感になっちゃうんだ」


 なのに、どうしてだろう。寒気がなくならない。エアコンの風が強すぎるせいだろうか。


「お酒の匂いとか」


「……」


「タバコの匂いに」


 仕事柄お酒の匂いが鼻に染み付いているせいで、ダイチから酒の匂いがしたと勘違いしてしまった。サチの最後の一言の意味は、そう言う風に解釈する事にした。


「……あ、ご、ごめん! 暗い雰囲気にしちゃったね。はい! この話はここで終わり。お詫びのぎゅうしよ? ぎゅーうって」


 私の表情から私の心情を察したのだろう。サチは慌てて暗い空気を掻き消して、両手を伸ばしながら私にハグを求めてきた。


「……」


 そんなサチを見て、私の中の悪魔がほくそ笑む。


『だからダイチくんが考えている通りの関係になるのは、もう数年先になるのかな? 今はこうして素直に抱っこされてくれるけど、その時が来たらダイチくんが言う通り、私を避けちゃうのかもね……』


「嫌です」


「……へ?」


「嫌です。もうサチとはハグしない」


 私はサチに背を向けた。なるほど、これは中々面白いものだな。サチとは対等な関係を築いているとは思っているものの、しかし私とサチの間には歳の差という絶対に埋められない溝が存在する。どんなに対等に接しているつもりでも、どうしても歳の差のせいでサチが主体の関係になってしまうから。だからこうしてサチをからかってみるのも案外悪くないものだ。サチには悪いけど、ちょっと楽しい。


「なーんて嘘です嘘! 冗談で……」


 とは言え長引かせるのもサチが可哀想だし、私は数秒もしないうちに振り向いて、これがただの冗談である事をサチに伝えようとした。


「……」


「……あの、サチ。だからこれはその……冗談で……」


 サチはその場で回れ右。表情一つ、動作一つ崩す事なくスタスタと自室に入ってしまった。ガチャリと鍵をかける音までした。サチの部屋は和室で部屋の出入り口も襖なのにどうやって鍵をかけたんだ。


「サチ! ごめんなさい! 冗談だから! 全部嘘だから出てきてくださいサチ!」


 一分程襖を叩いてもサチが出てくる気配はなかったので、私はため息を吐きながら食卓に戻る。とは言え一人ですき焼きを食べ切る事も出来ないし、腹八分とは行かずとも腹五分くらいには食欲も満たされているしな。私は食卓に並んだ食材達の後片付けに取り掛かる。つっても食材を冷蔵庫にしまうだけだけど。


「お前なんでこんな所にいんだよ」


 冷蔵庫を開けると中にメリムが入っていた。


【サチの奴、ダイチのケーキに洗剤をかけようとしてたから止めたんだよ】


「サチ……」


 やっぱやばいなあの親バカ。


「それでお前冷蔵庫に閉じ込められたわけか……。よしよし、可哀想なメリム」


【いや、洗剤より画鋲ぶっかけようぜって提案したら「流石にそれはやりすぎだよ。そこで頭冷やして」って言われて監禁された】


 私はメリムを冷凍庫に移して自分の部屋に戻った。

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