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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第三章 失った魔女
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座敷童子

『あの……サチ』


『うん? どうしたの、そんなあらたまって』


『えっと……。明日、友達連れて来てもいいですか?』


 その時のサチの顔をよく覚えている。ポカーンと口を半開きにしたとても間抜けな表情で、私の口から出た言葉を何度も頭の中で反芻しているようだった。


『タロウくん……じゃあないよね? わざわざ聞いてきたって事は』


『ま、まぁ……』


『学校のお友達?』


『いえその……今日タロウと遊んでる時にたまたま知り合った子です。話してるうちに意気投合して、よかったら明日うちで遊ばないかって話になりまして……』


 流石に万引きしている所を捕まえたとは言えなかったけど、意気投合したって部分に嘘はないと思う。だって昨日、私もあいつもポケカを探し求めた謂わば同士のようなもんだしな。うん、これは間違いなく意気投合だ。嘘はない。どこにも嘘はない。


『やっぱり急過ぎましたか……?』


『ううん、そんな事ない!』


 サチは私の不安をきっぱりと否定した。前日の夜にいきなりこんな事を言って、急過ぎないなんて事はないだろう。


『連れておいで? そうなると明日はいっぱいおもてなししてあげなきゃだねー』


 でも、きっとサチは嬉しかったんだ。二年前、私が学校で上手くやっていけていると信じていた時もそうだった。サチは私の幸せを自分の事のように……いや、自分以上に喜んでくれる人だから。


『キャビアとか今頼めば明日の午前中までには届くかな?』


『余計な事したら一生口利きませんよ。普通でお願いします』


 サチはまたしても反抗期反抗期と呟きながら自室に引きこもった。


 そんな昨日の出来事を思い出しながら考える。そういえばうちに人間の友達が来るのって、これが初めてだったなって。タロウは人間じゃないし、仮に人間だったとしても初めてうちの敷居を跨いだきっかけが、遊びに来たとかじゃなくて落書きを消しに来たとかだったから。だからまぁ、初めてのおもてなしに張り切るサチの気持ちもわからないでもない。わからないでもないけど、ぶっちゃけあれは張り切り過ぎだ。サチ、私に課金する事に抵抗ないからなぁ……。私が言うのもなんだけど、サチってちゃんと貯金とかしてるのか心配になってくるよ。


「あ! おーい! こっちこっち!」


 駅前の商店街を歩く。時刻は午後の十二時五十九分。私は五分前行動とか言うクソみたいな言葉が嫌いだ。五分前行動とか言うなら最初から待ち合わせの時間を五分早めにしておけって話だし。そういうわけで約束の時間ちょうどに待ち合わせ場所に到着した私の目に、アキの姿が映った。アキに向かって手を振ると、アキと一瞬だけ目が合う。一瞬だけ目が合って、アキはすぐに俯いてしまったが。


「悪いな。待たせちゃったか? まぁうち着いたらケーキの一つや二つご馳走してやっから許してくれよ」


「……ケーキ?」


「おう! 腹一杯食ってけ!」


 再びアキと目が合った。謙虚で少食な私と違って食うのが好きなのかな。豚みたいな胸してるもんな。


 さて、私は今こうしてアキの事を認識してしまった。視界は清く晴れているし、やばい薬だって使ってないんだから変な幻覚を見ているわけでもない。だから私は認めなければならない。アキの隣に立つその枯れ枝の存在も、しかと認識しなければいけない。


「なんだダイチいたのか。お前も腹減ってんの? ぶぶ漬けでも出そうか?」


 正直ぶぶ漬けさえ出すのも惜しい男だけど、こいつが今ここにいる理由は間違いなく私にあるからな。ダイチがいくらクソみたいな奴でも最低限の礼儀くらい弁えるさ。


 アキの手元に視線を移すと、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながらダイチの服を握りしめている。昨日、ダイチからあんな事を言われた時は半信半疑だった。でも嘘を吐いている表情にも見えなかったし、現に今もパッと見た感じアキはダイチを頼りにしていそうだ。


「ッチ」


 ダイチは私の挑発に対して舌打ちをかますと、くるりと踵を返す。


「帰るわ。アキとはそれなりに話したし、後は二人で勝手にやってろ」


 それはとても幸せな言葉だった。そうかそうか、こいつウチには来ないんだな。肩の荷が降りるとはまさにこの事か。多分、今自分の顔を鏡で見たら相当いやらしい笑みを浮かべている気がするよ。


「え……」


 なのにアキ。お前なんでダイチの服を掴んだまま離さない? なんで不安そうな表情でダイチを見上げる? 私今、すげえ嫌な予感がするんだけどさ。いや、マジでやめろよお前……?


「帰る……の?」


「当たりめえだろ。何で俺がこんな奴の家で遊ばなきゃいけねえんだよ」


「で、でも……お兄ちゃんいないと……。アキ、一人でこんな奴の家……行かないといけない……」


「お前今こんな奴っつった?」


 私の一言を受け、アキの表情はより一層曇り出し、ダイチを盾にするようにダイチの影に隠れてしまう。しまった、こういう言動がアキの恐怖心を煽り立てるんじゃないか……。なんて一瞬反省しそうになったものの、そもそもこいつが万引きしたのが全ての始まりだし、万引きを見なかった事にした上に、レアカードまであげて友達にもなってやろうとした私に向かってこんな奴呼ばわりしたアキの方が圧倒的に悪いよな、なんで私が罪悪感を覚えなきゃならんのだこのクソボケカス肉まん女、と思い直す事が出来たからよかったとしよう。


「お兄ちゃんこいつ怖い……すぐ怒る……」


 アキのおねだりにため息を吐くダイチ。私の方がもっとため息吐きたい気分なんだよな。


「らしいけど?」


 ダイチが私に問いかける。全ての判断は私に委ねると。


「……っち。わかったよ。お前も来いよ」


 仕方がないので私は渋々ダイチの訪問を許可した。許可するしかなかった。そんな事言われて断れるはずないだろうに。


 ダイチとしても私からそんな答えが返って来るとは思わなかったのだろう。なんなら断ってくるのを期待していたのかも知れない。そんな心情を包み隠そうともしない深いため息を再び吐き散らす。だからため息吐きたいのは私の方だっつの。


 こうしてため息女とため息男とビクビク女という世にも奇妙なパーティーによる、とても静かで重苦しい足取りの行進が私の家まで続いた。マジで家に着くまで一言の会話もなかった。


「ただいま! サチ、連れてき」


 そんな道のりだったから、自分の家の玄関を開けた時、私はどれだけほっとしただろう。本当のマジのガチのリアリーで私達は一言も発する事なく歩き続けたんだ。ようやく心置きなく話せる相手の待つ空間に足を踏み込めて、私はとても嬉しかった。とても安心した。私達三者だけでは会話が続かなくても、サチが間に割って入ってくれるだけで雑談もそれなりに円滑に続けられると思ってた。


「おかえりなさい。みほりさん」


 なのになんでこいつ和服着てんの。って思った。ほんの十五分前まですっぴんだったくせに化粧までバッチリだよ。よく十五分で着付けと化粧を同時に熟したよな。もはやすげえよ。


「はじめまして。わたくし、みほりの母です。どうぞお見知り置きを」


 三つ指を立てるって奴なのかな。ドラマでしか見たことのない丁寧なお辞儀を玄関先で淡々と披露するサチ。


「何やってんですかサチ」


「あら? わたくし達、いつもこうではありませんこと?」


 サチは顔を上げると、薄気味悪い口調と表情でそんな戯言を吐きながら私の背後でドン引きしている二人を見比べた。そして。


「みほりさん。ちょっと」


 一旦玄関のドアを閉め、私を部屋の奥へと連行していった。


「りいちゃん。私の見間違いかな? あの男の子、授業参観の時にりいちゃんにちょっかい出してた子だよね。だとしたら私、あいつ許さな」「許さないのはこっちのセリフです!」


 私はサチの言葉と殺意を遮った。


「何ですかその格好! 何がいつもこうですか! 余計な事したら一生口利かないって私言いましたよね?」


「えっえっ、で、でもでも初めて人間のお友達を連れて来たのに、りいちゃんに恥をかかせるわけには……」


「今めっちゃかいてるんですよ! 明日学校で笑い者にされかねない結構ギリギリな立ち位置ですからね今⁉︎ おいメリム!」


 私は手帳サイズのメリムを呼び出し、サチに押し付けた。


「サチが何かやらかしそうになったら止めろ! サチはずっとメリムを見てる事! それと私達部屋の中でゲームでもしてますから、そのアホみたいな服さっさと着替えてくださいね? じゃなきゃ絶交ですからね絶交!」


 私はまたしてもまたしても反抗期反抗期呟きながら涙目になるサチを置いて玄関へ向かい、結果的に外に追い出してしまった二人を室内へ招き入れた。


「おう、いきなり追い出して悪かったな。さっきのはペットの座敷童子だから気にすんな」


「座敷はともかく童子ではないだろ」


「精神年齢は童子だから。いいからさっさと入れって」


 再び座敷童子の襲撃が来る前に二人を私の部屋へと案内する。玄関から一番近いドアが私の部屋だからさっさと入れてしまえばサチと出会す事もないだろう。しかし。


「あ、ま、待って! 挨拶! せめて挨拶だけでも!」


 慣れない着物に手こずっているのだろう。着物の裾を踏んづけたであろうサチが這いつくばりながらリビングから出没して来た。もはや着物美人通り越して貞子だ。


「えっとー、はじめまして。みほりちゃんの母のサチです。あなたは?」


「……あ、アキ」


「そう! アキちゃん」


 視線の高さをアキと合わせ、グッと一気に距離を詰めるサチ。


「アキちゃん。今日は来てくれてありがとう。りいちゃん、口は悪いけどそれ以外はすごくいい子だから。どうかこれからも仲良くしてあげてね?」


 ……。なんだろう。なんか、凄く恥ずかしいぞこれ。友達の少ない私の為にお節介を焼いてくれているのはわかるんだけど……。いや、そうか。これじゃあまるで、私はサチのお節介がないと友達の一人も作れない奴みたいで、だから変な恥ずかしさが込み上がって来るのか。


「もう! そういうのいいですから! ほら、お前らもさっさと部屋入れって!」


「はいはい、ごめんごめん」


 サチの背中を押して無理矢理リビングの方へ追いやると、サチは困ったような笑みを浮かべる。


「それじゃあ後でケーキ持っていくから、それまでゆっくり遊んでてね? そこのシャー芯みたいな君はぶぶ漬けでいいよね?」


 ただ最後の一言に関してはマジでグッジョブサチだった。


「俺帰ろうかな……」


 ダイチの口から漏れ出たその本音には心の底から賛成したいものの、対してダイチの服を掴むアキの握力は更に強まり涙目になっている。そんな妹の無言の圧力に屈したダイチは何度目かもわからないため息を吐き、とぼとぼと私の部屋へ入室した。

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