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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 悪いとカッコいいを履き違えた少年
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兄は鬼のようだった

「忘れたわけじゃねえだろ。俺がお前に何をしたか」


「……」


「もし俺がやられた立場だったら、俺は相手を死ぬまで恨むと思うけどな」


「……お兄ちゃんは。まだ……アキの事、嫌い?」


 アキの答えは問いだった。質問に対して質問で返すのは、会話のキャッチボールの流れを荒らす行為だと思っている。けど、七年ぶりとは言え俺はアキがどういう人間なのかを知っている。小心者で、自信がなくて、自己主張が下手で、何をするにも相手の出方が最優先。


 アキの答えはなんとなくわかる。でも、アキの答えと俺の答えが絶対にすれ違わないとは言い切れない。アキはそれが不安で不安でたまらないんだろう。


「まさか。嫌いな相手に飯なんか奢るかよ」


 だからそんな俺の答えを聞いた事で、アキは心底安心し切った顔で答えるのだ。


「アキも……嫌いじゃない」


「……ふーん。あ、そう」


「うん。……一回も……嫌いになった事、ない」


 ま、そんな答えが返って来るだろうなとはなんとなく察していたけど。それでもこうして直接口で言われると、俺まで安心感で肩の荷が降りたような気になれた。とは言え一回も嫌いになった事がない、か。それは少し予想外だったな。まさかあんな仕打ちを受けておきながら、それでも嫌いにならずにいられるなんてな。


 俺たち、同じ家で暮らす事は出来なくても、それでもこうしてたまに会う機会があれば、もしかしたらまた七年前のような関係に戻れたりすんのかな。俺の後ろをアキがひょこひょこ付いてきて、俺はそんなアキの面倒を見てやったあの頃みたいな関係に。


 ……そうなってくれたらいいな。


「アキ。あん時はごめん」


 そうなってくれたら、本当に都合がいいな。俺はアキの手を握り返しながら心の中でほくそ笑んだ。


「あん時、俺と一緒にいた男友達のこと覚えてるか? お前に砂をかけた奴ら」


 アキ。お前、この七年の間にマジで可愛くなったよな。身なりこそ乞食のような服装だけど、肝心の素体は同年代の奴らに比べてずば抜けているよ。


「俺、あいつらに脅されてたんだ。男のくせに女と遊ぶとか、そんなダセぇ真似してんじゃねえよって。今度女と遊んでるのを見かけたら、俺もろとも女の方もボコボコにしてやるって」


 俺って結構よく嘘を吐く方だけど、それでもお前が可愛くなったって思うこの気持ちは嘘なんかじゃない。お前は本当に可愛いよ。タクちゃんやカイトさん、それにヨウイチさん達の彼女なんか屁でもないくらいだ。胸の大きさも相まって、見る角度によっては大人の女に見えない事もない。


「今更こんな事言って卑怯なのかもしんねえけど、あん時お前に言った事……、あれ全部嘘なんだ。俺もお前を嫌いになった事なんて一度もない。ずっと大事な家族だって思ってた。……つうか、今でも思ってる」


 昨日、世界一嫌いなクソチビに頼んでまでお前との接点を持とうとしたのもそれが目的だ。きっとこの七年間、まともな人生を送って来れなかったんだろうな。こうして話しているとよくわかる。こいつは同年代よりも頭の年齢が大分幼いって。


 対等な関係でバカと会話をすると、中々話が噛み合わずにイライラするもんだ。しかし、徹底的な上下関係を定めた上でバカと会話をすると、めちゃくちゃ扱いやすくて楽しいんだよ。


「昨日お前に電話をした時、本当はめちゃくちゃ怖かったんだ。だって俺、絶対お前に嫌われてるって思ってたから。お前にはごめんじゃ済まないような酷え事をしちまったし。……だから今、お前に嫌われてないってわかって、すげえほっとした。本当に嬉しい……」


 こんな千載一遇のチャンスをさ。


「アキ。もしお前が本当に怒ってないなら……。その、また昔みたいな関係に戻りたいと思ってる。俺、もう二度とお前を悲しませるような真似はしねえから。お前が悲しむような事があったら、飛んで駆けつけて守ってやるし。だから」


 タクちゃん達を見返してやれるこんなチャンスをさ。


「また昔みたいに、仲の良い兄妹に戻りたい」


「……お兄ちゃん」


 みすみす逃してたまるかってんだよ。


「……戻らなくても。アキ達……、ずっと兄妹だ、よ?」


「……あぁ。そっか。そうだったな……」


 アキは照れ臭そうに、それでも隠しきれない嬉しさが微笑みとして表情に表れていた。


「ありがとう。アキ」


 同じく、俺もそんなアキに笑みを返した。こいつ、本当に損な性格をしている。そう思わずにはいられなかった。損っていうのが誰かが得をする事で起きる現象なら、お前が得るはずだった得は俺が全部貰ってやるよ。


「なぁ! お前、これで足りるか? もっと食いたいならどんどん追加で注文してもいいんだぜ。しょっぱいもんばっか食ってたしデザートも欲しいだろ?」


「え……いい、の?」


「あぁ、気が済むまで食えよ。まぁ強いて言えばちょっとだけ兄ちゃんの手伝いをして欲しいんだけど……」


「お手伝い……? い、いいよ。……やる」


「マジか? それじゃあ」


 アキの確認も取れた事で俺は早速アキの隣に席を移した。スマホを取り出し、カメラを起動する。


「ちょっとじっとしてろよ?」


「……え……な、なに?」


「いいからいいから」


 本当はさっさと撮影を開始したい所だが、今のアキはどうしても見窄らしさの方が目立つ。せめてボサボサの髪くらいは整えようと思い、俺は指にツバをつけてアキの毛先を軽くいじってやった。……んー、まぁ及第点ってとこかな? ここから先は俺の撮影技術で補うか。


 アキと肩を並べ、左腕でアキの体を抱きしめる。そして見せつけるようにアキの胸を鷲掴みにした。


「ま、待って……! なんで……?」


「いいから」


「なんでつ、掴むの……?」


「いいからじっとしてろ」


「え……な、なんで写真……」


「だーかーらー」


 スマホのインカメってのは大概アウトカメラより画質が悪いもので、また手振れの影響も大いに受けやすい。にも関わらずアキの奴、さっきまで大人しかったのに急に抵抗なんかし出すもんだから撮影しにくいったらありゃしなかった。が。


「じっとしてろっつってんだろ。お前食った分の金払えんのか? なぁ?」


「……」


 痛みを伴うくらいの握力でアキの乳を握りながらそう言うと、アキは大人しく抵抗をやめてくれた。わざわざこの為に人の少ない隅の席を選んだんだ。しっかり写真くらい撮らせてもらわないと。


 アキが抵抗を辞めた事で撮影の難易度は一気に下がり、渾身の出来だと胸を張って言い切れる一枚の撮影に成功する。そこに写っているのは満面の笑みを浮かべた俺と困ったような表情のアキ。思った通り、アキの顔は斜め上から撮ると若干子供っぽさが薄れ、また儚げな表情も相まって大人の女にも近い雰囲気を醸し出す。俺は早速いつものグループチャットに、一言だけメッセージを添えてこの写真を投稿した。


『俺もいいメス便器見つけました』


 反応はすぐに来た。


『は?』


『お前誰それ』


『おっぱいでかっ!』


『ふざけんなし』


 タクちゃんとカイトさんだ。ヨウイチさんからの返信はないものの、しかし既読の数でヨウイチさんが見ている事も察する事が出来る。


 笑みが溢れた。麻薬のような快感が頭の中を駆け巡る。例えば暴力で相手を捩じ伏せた時も、自分の強さを直に感じ取る事で膨大な自己肯定感に囚われて快感を得る事が出来る。これは男相手でも女相手でも感じ取れるものだ。


 対してこれは男相手に特化した快感だった。アキにはタクちゃん達の彼女にはない魅力が山のようにある。顔はいいし胸はデカい。それでいて栄養不足の影響で体自体は細いと来たもんだから、言ってしまえばモデル体型そのものだ。背丈を見れば子供だって判断は簡単につくだろうけど、座った状態での写真だから身長は上手く誤魔化せているだろう。髪型と写真の角度で顔つきの幼さも誤魔化せているし、きっとみんな今頃俺が大人の女を手籠にしているとでも思っているんだろうな。


 ……あぁ。男相手のマウントって、こんなにも気分がいいのか。今まで散々メンバー最年少ポジとして弄られ続けていた身だ。少しは弄られる方の気持ちも知っとけっての。


 みんなへの返信は敢えてせず、グループチャットの通知をオフにしてスマホをポケットにしまった。


「アキ、お前マジで最高の妹だわ。ちょっと待ってろ」


 俺はアキの頭をガシガシと撫で回してから一階へ降りる。よく働いてくれたアキにはご褒美が必要だ。


「ほら、マックフルーリー」


 一階はまだまだ行列が解消されておらず少し時間を食ってしまったが、俺は約束通りデザートを注文して二階へ戻った。アキに褒美のデザートを差し出すと、アキはそれを無言で受け取った。受け取るだけで、相変わらず主体的に口をつけようとはしない。


「早く食えよ」


 またしても俺の許可待ちかと思い、さっさと食べるように促す。アキは少しだけ俺に視線を送った後、必要最小限の小さな動作でマックフルーリーを一口頬張った。


「うめえか?」


「……うん」


 しかし、そんな答えとは裏腹にアキの手はほんの一口頬張っただけで止まってしまった。


「……やっぱりいい」


 遂にはスプーンからも手を離し、滅多に食えないであろうデザートを自ら手放すと言うんだ。……ま、小五の妹には些か刺激が強かったかのかもしれない。まったく、しょうがねえ奴だよお前は。


「アキ。手ぇ出せ」


「ん……?」


 俺に言われるがまま素直に両手を差し出すアキ。俺は財布から千円札を取り出し、それをアキに握らせた。


「やるよ」


「……え? ……これ、お金……?」


 途端にアキの表情が曇りだす。しかしその表情とは打って変わり、アキの指はこれまでにない程しっかりと千円札を握っているのを俺は見逃さなかった。よっぽど金と縁のない生活を続けていたんだろう。札を握る指先が震えていて、その瞳も獲物を前にした肉食動物のように鬼気迫るものがあった。結局、金よりもシンプルでわかりやすい誘惑なんてこの世にないんだよな。


「今日の礼。気にしないで貰っとけ。その代わり、今日俺にされた事は誰にも言うなよ?」


「……」


「嫌ならこれはやらない。お前が食った分の金も払って貰う。払えないってんなら泥棒も同然だし警察に突き出すかもな」


 最後の一言は少し危ない賭けだったかもしれない。俺が思っている以上にアキの精神が成熟していたら、この脅しがハッタリだとバレる可能性もあったから。しかし思っていた通り、アキの精神は実年齢より幼いようで、警察というワードにアキの顔は青ざめていた。効果覿面だな。


「わかったな?」


「……」


 アキは静かに首を縦に振り俺から千円札を受け取った。


「オッケー。じゃあまた頼むよ」


「……また?」


 それから俺達は久しぶりに再会した兄妹らしく、くだらない雑談タイムに身を投じた。雑談と言っても俺が一方的に話すだけで、アキは聞き役に専念している。俺が何かを問いかけた時のみ口を開き、それ以外はずっと静かに時間が経つのを待っていた。そんな時間が数十分は過ぎていった。


「……あの」


「ん? どうした?」


「……時間」


「時間? ……あぁ」


 やっとアキの方から言葉を投げて来たかと思うと、それはこの後に待ち合わせをしているクソチビとの約束を示唆する物だった。駅はマックの目の前にあるとは言え流石にそろそろ出ないといけない時間か。


「別に良くね? あんなやつ。ブッチしろよ」


「……」


 今までなら俺の提案は全て無条件に首を縦に振っていたアキだったが、珍しく首を縦に振らない。俯きながら俺の出方を伺っている。


「行きたいのか?」


 アキは首を縦に振った。


「どうしてもか?」


 アキは首を縦に振った。


「俺が行くなって頼んでもか?」


「……」


 アキは首を縦には振らなかった。それは否定の意思表示ではなく、俺の頼みを面と向かって断れない弱さの表れだと言うのを俺は知っている。そういえばこいつ昨日、あのクソチビからポケモンのレアカード受け取っていたっけ。恩がある手前約束を無下にする事も出来ないか。


「……わかったよ」


 俺は渋々アキの意思を受け入れた。

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