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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 万引きを見た魔女
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ガッキー「ホリーは簡単に人を許す」

 ……。困ったな。本当に困った。いや、もちろん何が正しいのかはわかっている。どんな事情があれ、盗みなんてのは言語道断。貧乏なのには同情するが、貧乏は盗みを働いて良い理由にはならない。でも、この理屈って真逆に言い換えてもまかり通ってしまう気がする。盗みは絶対にいけない事だけど、加害者が貧乏ってなると同情心が芽生えてしまうと言うか……。


 私はこの世界において、間違いなく相当恵まれた部類の子供だと思う。食べる事に困った事はないし、毎月決まった分のお小遣いも貰えている。誕生日やクリスマスには高価なプレゼントも貰えるしお年玉だって毎年欠かさず貰っている。長期休暇の時は旅行にだって連れて行ってもらった。


 きっと私の知らない所で、お母さんがホームステイ先の選定を一生懸命してくれたんだと思う。めんどくさがりで自分勝手で、精神年齢も歳不相応に幼稚なあのお母さんがだ。ホームステイ先なんて適当に選んで、食べる事にも不自由しそうなどこかの途上国に置いていく事だって出来ただろうに。


 おかげで私は世界で一番好きだと胸を張って言い切れる人と出会う事が出来た。その人と幸せな日々を送る事も出来ている。だから多分、こんな私が何を言ったって、こいつの目には金持ちの上から目線にしか見えないんだろう。


 二週間前、私は世界一大好きな人を心の底から嫌いになりかけた。もしもあの時、家族愛に恵まれた人から説教なんかされたら、私は間違いなくそいつのことが嫌いになってたはずだし。


 だから、そうだな。そんな上から目線の金持ちが何を言ったって、きっとこいつの心には何も響かない。響かないどころか怒りに油を注ぐ可能性すらある。だから今私がしているこの行動が正しいのかはわからないけど。


「ん」


「……?」


「ん! やるよ。これ」


 私は近くのコンビニで当てたキンキラに光り輝くレアカードを含めたポケカ一式をこいつに差し出した。私を警戒してか中々受け取ろうとしないから、無理矢理こいつの手を開かせて半ば押し付けるように差し出した。


「その代わり、もうこういう事するのはなしな?」


 でもまぁ、こいつ表情を見る限り、その顔には怒りの色も悲しみの色も見当たらない。光るカードを物珍しそうに、ポカンと口を開けながら見ている。


「いや君、そういうのは!」


「いいよ。ぶっちゃけ私カードゲームとかやってねえし。それもたまたまコンビニにラス1残ってたから気まぐれで買っただけだし」


 万引き犯の父ちゃんが娘からカードを取り上げ私につき変えそうとしたものの、私はそれを拒んだ。別にいいんだ、カードの一枚や二枚。私は今からそれ以上の物をこいつに要求するつもりだから。


「なぁ、アキっつったっけ。どうだ? 明日日曜だし、暇なら一緒にあそばね?」


「え……?」


「いいだろ? 私も学校じゃ仲間外れにされてる身でさ。友達らしい友達なんてこいつしかいねえの。だから土日は暇で暇で仕方ねえんだよ」


 私は顎でタロウを差しながら話を続けた。


「お前この辺に住んでんのか? だったら近くの公園でもいいし、なんなら少し電車に乗る事になるけどうちに来たっていいぞ」


 少し急過ぎただろうか。アキは私の提案に首を縦に振るでも横に振るでもなく、困ったように私と父親を交互に見比べる。そんなアキに変わって口を開いたのはアキの父親だった。


「うちの子を……誘ってくれているのかい?」


「他に誰がいんだよ」


「いや、でも君……盗みを働いていたこの子を捕まえたって」


「別に気にしてねえよ。盗みだって未遂で終わったし、そもそも私の物が盗まれたわけでもないしな。でも次同じ事やったらブチ切れるからな! そん時は覚悟しろよ?」


 アキより一回り小さい指でアキを差しながら断言してやった。アキはと言うと、身長も手の大きさも自分より小さい私の言動に怯えているのか、それとも予想外の提案にただ困惑しているだけなのか、縮こまって萎縮するばかりだ。


「アキ。行ってきなさい」


 自分の父親がそう言ってくれなければ、いつまでも押し黙っていたような気さえするほど。とことん主体性のない子供なんだと思い知らされる。


「えっと……君、名前は?」


「私か? 有生みほり。好きに呼んでくれよ」


「そっか。じゃあみほりちゃん」


 アキの父親はそう言うと、私達から一歩下がって頭を下げた。この人は平気で子供に頭を下げられる大人なんだな。


 タバコをポイ捨てする大人やら、点字ブロックの上に自転車を駐輪する大人やら、見るに堪えない行動をする大人を道端で見かける度に私は注意をして来た。私に注意された大人達の多くは平謝りをして自らの行いを正すものの、中には逆上して罵声を浴びせてくる大人もいたもんさ。子供の私に、心の底から反省の色を見せた大人は皆無と言っても過言じゃない。


「どうもありがとう。……ほら、アキも言いなさい」


 だからなんか、今とても不思議な気分で胸がいっぱいだ。子供に頭を下げられる大人もいるんだなと、まるで夢か幻でも見ているようだった。


 父親に促され、アキもまた頭を下げる。とは言えアキからは謝罪の言葉も感謝の言葉もない。本当に父親に言われるがまま頭を下げたと言った感じだ。ま、いいんだけどさ。別に感謝や謝罪が欲しくて遊びに誘ったわけじゃないし。純粋な善意で誘ったんだし。マジだし。別にサイコパスから友達作りの活動報告を課せられているから都合が良かったみたいな事だって全然ないし。


 あーあ、嫌な事思い出しちゃった。ったく、何が友達作りの活動報告だよ。去年までの課題は魔法の練習成果の報告書とかだったのに、急に絵日記レベルまで課題の質が落ちてんじゃねえか。小学生かっつうの。いやまぁ小学生だけどさ。


「じゃあこれ。私の電話番号」


 それから私達は互いの連絡先を交換し、明日の午後にうちの最寄り駅で落ち合う約束を取り付けた。案の定と言ったら失礼に値するが、やはりアキは自分のスマホを持っておらず、私の電話番号とアキの家の電話番号を交換する酷くアナログなやり取りだったけど、正直LINEの既読機能とかクソ機能以外の何者でもないちょうどいいや。


「それじゃまた明日な! 約束ぶっちしやがったらぶっ飛ばすからな!」


 父親に連れられ、店の出口へ向かっていく二人に向かって手を振る。


 どうだろう。私、結構自然に相手と友達になれるようになったんじゃないだろうか。友達一人作るのに一喜一憂していた二週間前の自分が嘘みたいだ。親しい相手を作らないように五年も過ごしたのに、それがタロウと友達になった瞬間これだもんな。何事においても一番難しいのは最初の一回で、それさえ乗り越えれば二回も三回も変わらないものなのかもしれない。


 ……。


 正直、魔女の私がこんな友達を増やすような選択をしていいのか、自分でもわからない。今の魔女元帥様は魔女にしては珍しく愛情に飢えている人で、既存のやり方では愛情とはかけ離れた魔女しか育たない事を嘆き、今のような試験や課題を作るようになったのではないかとサイコパスは言っていた。だから上位階級の魔女を目指す私は否が応でもその方針に従い、六年間の留学を無事に完遂する必要がある。


 でも、それはあくまで友達作りを推奨させているだけ。魔女元帥様の意向通り友達沢山の陽キャになったところで、この異世界に魔法の存在を知られてはいけない魔界全土の掟がなくなるわけじゃない。結局最後は自分達の手で、親しくなったこの世界の住人から私に関する記憶を取り覗かなければいけないんだ。


 このやり方なら魔女元帥様の目論見通り、六年間の異世界留学を完遂させた魔女達は、皆が皆愛情を知った心の暖かい人達で溢れ返る事だろう。でも、その人達の愛が魔女元帥様に向く事はないと思うんだけどな。


 仮に私が多くの友達に恵まれたとして。そして多くの友人から私の記憶を取り除く日が来たとして。私はきっと、こんな辛い思いをさせた魔女元帥様の事を心の底から憎む気がしてならないんだもん。……ま、そんな来年の事を今から考えたってどうしようもないけどさ。


 それにミーやガッキー、リジーと比べて私は結構恵まれた方だよな。五回目の年度試験を突破した上で、魔界に帰っても友人関係を維持できるタロウという友達を作る事が出来たんだ。ここにアキを初めとした新たな友人を加えて行く事には不安しかないけれど、それでも確実に友人関係を続けられる相手を見つけられたんだから。こいつには明日以降も色々世話になる事になるし。


「ま、そういうわけだ。タロウ、お前も明日来いよ? 私から遊びに誘っておいてあれだけど、あそこまで口数が少ないと二人きりじゃ絶対場持ちしねえわ……。頼りにしてっからな?」


 タロウの背中を叩きながら、明日のサポートを依頼した。正直、口数で言えばタロウの方もアキに負けず劣らずなもんだけど、それでも二人きりになるよりかはマシだ。同じ無口でも、気心の知れる無口なら一緒にいてくれるだけで大分心強い。


「無理」


「は?」


 なのにこの野郎、私のお願いを断りやがった。


「なんで?」


「予定がある」


「何の?」


「お父さんと出かける約束がある。お互いを知る為に月に一回は二人きりで遊びに行くように決めてあるから」


「マジかよ……」


 そいつは困ったな。まぁ私も昔は月一でサチに連れられて遠出をしていた。そしてあの頃の関係に戻ったからには、またそのようなイベントもちょくちょく発生するのかもしれないし、実際そうなる事を楽しみにしている自分もいる。なのに無理矢理こいつを引き止めるわけにもいかねえよな。


「ちなみにどこ行くんだ?」


「カラオケ」


「マジかよ……」


 鋼のメンタルかあのおっさん。私でもこいつと二人きりの密室で歌う勇気はねえや……。


「まぁいいや。こっちはこっちで頑張ってみるよ。お前も楽しんで来いよな?」


 私はベンチから腰を上げる。ポケカを買う為にわざわざ交通費払ってまでこんな所まで来たわけだけど、数時間前まであれだけ燃えていたポケカ熱もここ数十分で大分冷めて来たもんだ。時刻もいよいよ夕方に差し掛かろうとしているし、門限まで家に帰らないとな。


「いてっ」


 と、その時。私はよそ見をしていた事もあって不意にシャー芯に衝突してしまった。よく見たらそれはシャー芯じゃなくてダイチだった。まだいたのかこのデクの棒。


 別れの挨拶は当然として「どけ」だの「邪魔だ」の一言さえかける気にもならないくらい私はこいつが嫌いだ。私は特に声をかける事もなくこのクソみてえなクラスメイトを横切ろうとしたんだけど。


「あ? なんだよ?」


 私は思わずダイチにメンチを切ってしまった。だってこいつ、横切ろとした私の肩をいきなり掴んで引き止めて来るんだもん。


「俺も行っていいか?」


「はぁ?」


「明日アキと遊ぶ時、俺もついてっていいか?」


「……。お前何言って」


 私達がどんな関係なのかも忘れて、遊びについて来ようとするんだもん。


「アキって、空って書いてアキって読むんだ。兄貴が大地だから、妹は空」


 私達の関係を踏まえた上で、それでも私達の遊びについて来るのに納得が行く説明をしてくるんだもん。


「うち、七年前に離婚してんだよ。親父が妹連れて出て行ってさ」

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