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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 万引きを見た魔女
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ホリーのタバコは四十円

「おいタロウ! 追うぞ!」


 私はタロウを引き連れてその背中を追い。


「この野郎待て! ふざけんなよチビ!」


 そんな私とタロウの背中をダイチが追う。ま、結果はわざわざ言うまでもないだろう。私はタロウにおぶさりながら万引き少女を追いかけたんだ。


「捕まえたぞ万引き野郎てめえこんちくしょう!」


 私達は呆気なく万引き少女を追い詰める事に成功し、そしてダイチを振り切る事にも成功した。タロウはあっという間に万引き少女との距離を詰め、その首根っこを掴み取る。そしてズルズルと休憩コーナーのベンチまで連行し、万引き少女をベンチの真ん中に座らせた。当然また逃げられちゃ堪らないから、私とタロウも万引き少女の両隣に座って肩を組む事で実質的な拘束をしたわけだ。


「よぉ姉ちゃん。お前さん、大変なもん盗んじまったな。え?」


 私は威圧するようにタバコをふかし、眉間に皺を寄せながら万引き犯の顔を覗き込んだ。今にも涙が溢れそうな顔をしているな。こいつの肩を抱いているせいで体の震えも直に伝わってくる。そんなに怖いなら最初からやらなきゃいいのに。ちなみにこのタバコはチュッパチャプスコーナーで一本四十円で売られている奴だ。


「知ってるか? こういう店は剥離骨折っつってな。ほんの百円の商品でも盗まれちまうと、そのマイナス分を補う為に同じもんを十本は売らないといけないって社会の授業で習ったぞ」


「薄利多売」


「あぁ。それだ」


 タロウからの補足に同意した。


「それをお前さんってやつは、カードパック一枚どころか棚に並んだ商品を手当たり次第持って行きやがって……。お前さん凄えよ。万引きするにしても、普通は陳列された商品をいくつかくすねる程度だろ? レジに潜り込んで根こそぎ持ってくとか、どんだけ肝っ玉が座ってんだって話」


「あ、ありがとう……」


「皮肉だよッ! 調子に乗ってんじゃねえぞてめえ!」


「……っ」


 私の怒声を浴び、万引き犯は完全に萎縮し啜り泣いてしまった。くっそ、面倒くせえな……。こういう時、大人はよく『泣けば許して貰えると思うな!』なんて叱ってくるけどさ、あれって見当違いもいい所だと思う。許されると思って泣く奴なんて実際はほんの少数で、殆どの人間は単純に怖いから泣き出すんだよ。理屈じゃなくて感情で泣き出すからまともに話し合う事も出来なくなるんだ。ったく、ダルいなぁ……。


「調子に乗ってんのはてめえだろ……っ!」


 その時、私の頭部に星形の圧力がかかった。何事かと上を向くと、なるほど。死にものぐるいで私達を探し回ったのだろう。背後から近づいて来た絶賛息切れ中のダイチが私の頭を鷲掴みにしているじゃないか。


「ぶっ殺されてえのかチビ。なぁ?」


「落ち着けよ。今取り調べ中だ」


「あぁ?」


「お前も見ただろ。万引き犯だよ万引き犯」


「……」


 ダイチは私の頭から手を離し、私達の正面まで歩いて来た。そして。


「てめえも変なタイミングで万引きなんかしてんじゃねえよ! 勘違いさせやがってよぉ!」


 万引き犯の髪の毛を掴み、無理矢理俯く顔を上げさせるんだから手に負えない。


「お前そのいきなり暴力なんとかしろよ! ステーキじゃねえんだから!」


 どうせ純粋な力の差じゃ勝てないのは分かりきっちゃいるが、だからと言ってそんな事を見逃す言い訳にはしたくない。私はすぐにダイチの手首を掴み、万引き犯の髪から引き離そうと試みた。


「おいダイチ! 離せ!」


「……」


「ダイチ! 聞いてんのか⁉︎ 人が見てんだろ!」


「……」


「無視してんじゃねえよ! おい!」


「……」


 ……けど、なんだろう。なんかダイチの様子がおかしいような。万引き犯の顔を覗き込みながら黙り込んで、一体何を考えているんだろう。


「……もしかして知り合いか?」


 あまりにもダイチに似つかわしくない真剣な表情をするもんだから、ふとそんな一つの可能性が口から漏れてしまった。


「……いや」


 が、ダイチは私の憶測を否定する。


「おっぱいでけえなって思って」


 それもかなり最悪な否定だった。死ねよヒョロノッポって思った。


「とりあえず一旦場所移すぞ? お前が騒ぐせいでめっちゃ目立っちゃったじゃねえかよ」


 ともかく、ダイチのせいで周りの視線が気になるったらありゃしない。私は万引き犯とダイチの腕を掴み、せめて別の階へ逃げ込もうとした。しかし、どうやらその必要はなくなったのかもしれない。


 周囲の視線を一度に浴びるってのは中々息が詰まるものだ。私はそういう経験が何度もあるからわかる。アイスとの一件で病院の待合室にいた時も、二週間前の授業参観日に保護者やクラスメイトの視線を一度に浴びた時もそうだった。あれは本当に辛い。でも、どうやら時と場合によってはそんな息が詰まる状況もプラスに働くらしい。少し離れた場所から一人のおっさんが駆け寄って来ているのがその証拠だ。


「アキ!」


 かなりの体躯を誇るおっさんだった。百七十とか百八十とかそう言う話じゃない。百九十は軽く突破しているその圧巻な身長に、私は思わず息を飲んでしまった。


 おっさんは息を切らしながら私達の元までやってくると、今にも泣き出しそうな表情で万引き犯に詰め寄る。


「急にいなくなって……どこ行っていたんだ?」


「……」


 万引き犯……もといアキと呼ばれる少女は、そんなおっさんの呼びかけには我関せずと言わんばかりに俯き続けた。見た所この二人、親子だと思うんだけど……。多分、性格的にこのアキってやつは自発的に事の経緯を話したりはしないだろう。出会ってから一時間にも満たない関係だど、そのくらいはなんとなくわかる。私が代わりに言った方が話も早く進むだろう。私は視線を向けてくる周りのガヤには聞こえないよう、小さな声でおっさんに話しかけた。


「万引きだよ。そいつ、レジの中に侵入して棚の商品根こそぎ盗もうとしてたんだ。それを私達が捕まえた所」


「……お前、またそんな事を」


 私の説明を受け、おっさんはそう呟いた。また、って事はやっぱり常習犯なんだろう。そりゃそうだ。陳列された商品を盗むならいざ知らず、レジの奥の商品を奪っていくなんて大胆な行為を初犯でやれるはずがあるか。……と、その時。


「……だって、みんな持ってるのに」


 万引き犯が。アキがようやく自主的に口を開いた。しかしそれは謝罪ではなく己の保身を主張する言葉で、要するにただの弁明。くだらない言い訳。こいつ、反省の色が全然見当たらない。啜り泣きながらそう釈明するこいつの姿を見ていると、泣けば許されると思ってんじゃないと怒る大人達の気持ちもどことなくわかってしまう自分がいた。見ているだけでイライラする。……なのに。


「君達、ごめん!」


 おっさんがさ、自分の娘に代わって頭を下げてくるんだよ。


「僕がもっとしっかり見張っておくべきだった……。全く関係のない君達の手を煩わせて、本当に申し訳ないと思ってる」


 私より三倍か、四倍か、下手すりゃ五倍は生きていそうな顔付きのおっさんが。チビの私でも見下せるくらい、頭の位置を低くして何度も謝ってくるんだ。自分より遥かに年上の相手にこうまで下手に出られると、良心が痛む。まるでパッと許してやれない自分達の方が悪い事をしている気分だ。でも。


「何親に謝らせてんだよ。お前が謝れよ」


 ここだけは譲ってはいけないと思い、私は万引き犯にそう言い放った。


「盗んだのはお前だろ。泣いてばっかいんじゃねえよ」


「……だって。お父さん買ってくれないもん。……いつもいつも、うちはお金がないって……。学校でもずっと仲間外れ……だし」


「……」


 言われて、ふと万引き犯の姿を足元から頭の天辺まで流れるように見てしまった。マジマジと見てしまった。そして気がついた。そいつの服装はお世辞にもお洒落とは言い難いんだと。服のあちこちにはシワやシミがついているし、靴裏に至っては擦り減り過ぎてまな板のようだ。そういえばタロウが迅速にこいつを捕まえられたのも、タロウの身体能力云々よりこいつが見るからに走りにくそうに逃げていたからだったな。

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