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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 万引きを見た魔女
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早い者勝ち

「……あ。くそっ、てめえのせいで見失ったじゃねえか!」


「はあ?」


 しかしどうだろう。ダイチはその無様な姿をもっと私に見せつけてくれる物だと思っていたのに、唐突にそんな事を呟いて店の奥の方へと走り去ってしまった。


「なんだあいつ?」


 そんな私の問いに答えられる人間なんてダイチ以外にいるはずもなく。ダイチが消え去ったこの場に、その問いに答えてくれる人なんていやしなかった。


 ま、何はともあれ私の胸騒ぎの正体はこれで解決した。本当にマジで有り得ないくらいに嫌な予感が的中してしまったわけだが、ともかくこれで心残りもなくなった。私は痛む腹を摩りながらさっさとスイーツを胃に詰め込み、そして本来の目的地であるおもちゃコーナーへと赴いた。


「あれ。おっかしいなぁ……」


 戦場に着いた人がまずやるべき事。それは戦力の確認だ。これから戦が始まると言うのに、戦力も確認しないで突っ走って見ろ。そいつが死ぬのは目に見えている。


 だから私は戦力を確認した。わざわざ確認するまでもないと思っていたけれど、その油断が命取りになっては笑い話にもならないし、押せる念は押した方がいいだろうと、そう思った。そしたら……。


「何でお金が残り三千円ちょっとしかないんだ……?」


 今朝サチから貰ったはずの一万円札が、何故か千円札三枚といくつかの小銭に姿を変えていたんだ。


【うん、馬鹿じゃねえの?】


 腕からメモ帳サイズでひょっこりと姿を現したメリムの事はとりあえずぶっ叩いた。


 電車の中で予め調べておいたんだ。ポケモンカードをボックスで買った場合の値段はおよそ五千円だって。なのに今朝一万円あったはずが今はたったの三千円ちょい? 頭おかしい。一ボックス買えねえじゃん。


 私はため息を吐きながらカード売り場まで足を進める。まぁそもそもカードそのものが売ってなけりゃ意味がねえもんな。わざわざ郊外のショッピングモールを選んだとは言えあれだけ人気のカードだ。絶対に売ってる保証なんてない。……で、私の勘って言うのはどうも悪い方にばかり的中するらしくてさ。


「ない……、ない……! ここにもないっ!」


 カード売り場に到着した私の目の前には、ただただ深い絶望だけが残酷に広がっていた。品切れ中、品切れ中、品切れ中。ポケモンカードにだけ貼られたその絶望的なシールを前に、私の心は壊れかける。


 こちらの商品は一人三パックまでという注意書きもあり、仮に五千円持ってたとしても箱買い出来なかったのはわかった。それはわかったけど、肝心の三パックさえ買えないんじゃ意味ねえよ……。


 あーあ。なんだこれ。電車賃払ってまで来たのに、結局やった事と言えばスイーツ食っただけかよ。しかも家近のスーパーでも売ってるような奴ばっかだし、なんならクソ野郎からは腹パンされるし。わざわざ来る必要もなかった。つまりあれか。私電車賃払って腹パンされに来たわけか。アホくさ……。


 ……と、諦めかけておもちゃ売り場を立ち去ろうとしたその時だ。私の目に、ふと写ったんだ。品切れ中のシールが貼られていないポケカが、一つだけ。遊戯王カードのコーナーに紛れているのが。


 店員が陳列を間違えたのか、それともマナーのなってないガキが商品を元の場所に戻すのをめんどくさがったのかは定かじゃない。定かじゃないけど、ともかくあるんだ。間違いなく今私の目の前にポケカがあるんだ。


 心が踊る。足取りが軽い。努力が報われた気分だ。諦めなくてよかった。……私、本当に諦めなくてよかった……! もう足取りが軽いとかそう言うレベルじゃない。私はスキップにも近い歩法で最後のポケカが陳列された棚まで近づき、クラスメイトよりも二歳分幼く短い腕を伸ばし、そして。


「へ?」


 私の幼い右手は宙を切った。私はその最後の光を掴む事が出来なかったのだ。


「……あ。……えっと。ごめんなさい……」


 こいつが奪いやがった。このガキが突如私の前を横切って、スリでもするかの如くサッとポケカを奪って行きやがった。私のポケカを。私の最後の一パックを。このメスガキが……!


 歳はどのくらいだろう。私より背は高いものの、私のクラスメイトよりかは背が低い。五年生くらいか? ただ身長はその程度とは言え、胸だけ見れば高校生レベルはあるしイマイチ年齢が分かりづらいな。それでも服のセンスは小学生の感性がもろに浮き出ているし、やっぱり小学生なんだろうけど。


「いや……。ごめんなさいじゃなくて。私今それ取ろうとしたんだけど」


「……ごめんなさい」


「いやいや、だからごめんなさいじゃなくて」


「…………ごめんなさい」


「いやいやいやだからごめんなさいじゃ!」


 その時、危うく感情のまま少女に詰め寄ってしまいそうになったところを、タロウに肩を掴まれて止められる。


「なぁ、タロウ! お前も見てたよな⁉︎ 私間違いなくこいつより先にカードに手を伸ばしていたよな⁉︎」


 流石だぜ親友。お前の言いたい事はわかるよ。どんな理由があろうと、人と人との争いじゃあ先に手を出した方の負けだ。だからお前は親友の私が敗北しないよう、体を張って暴力行為を防いでくれた。その上これから私の味方になって、一緒にこの肉まんおっぱいを論破してくれようってんだろ? 泣かせてくれるぜ。


「みほりちゃんは小走りでカードに近づいた」


「あぁ、そうだ!」


「でもこの人は歩いてカードに近づいた」


「その通り! 私よりもカードへの情熱がない証拠だな」


「それなのにカードを先に掴まれたのは、この人の方がより近い場所にいたから」


「……ん?」


「この人がみほりちゃんの後ろに並んでいて、無理矢理みほりちゃんの前に割り込もうとしたのならそれは立派な割り込み行為に当たると思う。でも、今回はそうじゃない」


「えっ」


「そもそも割り込み行為自体、軽犯罪法では『相手を脅して割り込む』か『公共の乗り物、演劇などの催し物、物資の配給への行列に割り込む』事でしか違法にはならないとされている」


「えっえっ。おいタロウ! 友達! 私とお前は友達! な? な⁉︎」


「諦めるべきなのはみほりちゃんの方だと、僕は思う」


「……そんな」


 あぁ、これが裏切りか。ここが私以外に誰もいないどこかの密室なら、部屋の隅っこで体育座りしたまま半日くらい過ごしてしまいたい気分だった。……が。


「だからここから先は僕個人のお願いになる。それをみほりちゃんに譲ってあげて欲しい」


 そんなタロウの一言に、俯きかけた私の首が天を仰いだ。予想だにしていなかったタロウの一言に自分の耳をも疑った程だ。


 メリムは例外中の例外だが、普通の精霊は大体自分の持ち主に感化されて主人と人格と似るものだ。タロウは自立する精霊とは言え、それでもこの二週間は私と長い時間を共にした。もしかしたら私の友達想いな所や誠実な所に感化され、ほんの少し私に似て来たのかもしれない。タロウ、お前しっかり人らしく成長してるよ。


「どうしても難しいようなら僕が倍の値段で買い取ってもいい。だからお願いします。どうか僕の友達に譲ってあげてください」


 そう言って静かに頭を下げるタロウの姿に、思わず涙が溢れてしまいそうになった。


「それでも無理だと言うのなら、僕は君をぶち殺してでもそれを奪うしかなくなるから」


「そこまで求めてねえよこの馬鹿!」


 前言撤回。やっぱこいつ全然私に似てねえわ。


「あ!」


 思わずタロウのケツに蹴りを入れてしまったせいだろう。その女は見るからにビビりましたと言わんばかりに体を跳ね上がらせ、逃げるように私達から離れていった。


「私の……、私のカードが……!」


 流石に私も走ってまで奴からカードを奪い去ろうとするほどガメつい女ではない。私は泣く泣くカードを奪い取るのを諦め、奴の後ろ姿をこっそりと尾行した。


 あんちくしょうめ。確かに私はお前からカードを奪取するのを諦めたよ。でもカードそのものを諦めたわけじゃない。例えばお前の気が変わってカードの購入を諦める可能性がある。例えばお前が財布を忘れていてカードを購入出来ない可能性だってある。お前がそれをレジに持って行って精算するその瞬間を見るまで、私は絶対にそいつを諦めてなんかやんねえからな……っ!


 そう決意してから二十分が経った。


「遅ぇよっ!」


 私は思わず背後のタロウの胸ぐらを掴みブンブンと振り回してしまった。正直タロウには悪い事をしたと思ってる。でも仕方がない。ほんと仕方ないんだ。だってあいつ、未だにポケカを持って店内をうろちょろしてんだぞ! 早く買えよ!


 ちなみに奴が私から奪ったポケカは、正確にはポケカではない。ポケカのパッケージイラストが印刷された紙片だ。あれをレジに持って行く事で、レジ奥の棚にあるポケカ本体と交換して貰えるというシステムで、まぁ所謂万引き対策って奴なんだろうな。にしても遅い。遅すぎるぞあのカス。


「あーイライラするなぁ……っ!」


 ただただあの敵を見張っているのも手持ち無沙汰なもんで、私はタロウの頭をヘッドロックし、空いた方の手で頭頂部をグリグリしながら暇を潰してしまった。正直、タロウには悪い事をしたと思っている。


 なんだ。なんなんだあの女は。あれで買う気あんのか? どう見ても買う気ねえだろあれ。下手すりゃポケカを手に握りしめている事さえ忘れてんじゃねえのか? 本当これだからガキはよぉ……。


「あーあ、店員もどっか行っちまったよ」


 レジの方に視線を向けると、レジのお姉さんが内線か何かで話をしながらそそくさとレジの外へと出て行ってしまった。上司にでも呼ばれたのだろうか。ま、どうせ今このおもちゃ売り場にいる連中は誰も買い物をしようとしていない。私もタロウもあの女も。


 ……。ん?


 なんだ。あいつ、今の今までずっとおもちゃコーナーをうろうろ回っていたのに、レジの人がいなくなった途端レジの方に向かいやがった。やっとカードを買う決心がついたんだろうか。だとしたらあいつ馬鹿かな? 遅いんだよ。何もかもが遅すぎるんだよ。レジの人がいなくなってからレジに向かったって……。


「……え」


 向かったって……。


 ほんの一瞬だけ、思考が止まる。だってあいつがあまりにも想像の範疇を超えた行動をするもんだから。何やってんだあいつ? 店員でも無いくせに何でレジの中に入ってんだ? レジに入って、レジ奥の棚にある商品を次々と取り出して行って……。おい。おいおい。あれってまさか……。


 この時、私はよっぽど気が動転していたんだと思う。なんせ犯罪行為を直で見たのは生まれて初めてだった。店員を呼ぶとか、私が直接注意するとか、警察を呼ぶとか、色々やるべき事があったはずだ。でも私は一瞬、あいつと目が合いそうになって思わず後退りしてしまったんだ。


「いや、マジで最初はちゃんと尾行してたんですよ! でも同じクラスのクソ野郎に絡まれて、そしたら見失いってえなぁ⁉︎」


 それでたまたま私の背後を歩いていた奴とぶつかってしまった。こいつとぶつかるのはこれで二度目だっけ。少女漫画なら恋の始まりだな。こんな奴との恋なんて死んでもごめんだけど。


「……すんませんヨウイチさん。ちょっと通話切ります」


 ダイチは自分に衝突して来た相手がまたしても私だと気づくと、静かにスマホの通話を切って私の胸ぐらに手を伸ばして来た。


「おい。お前また」


(静かに!)


 私はその腕を払い除け、背伸びでギリギリ届く高さにあるダイチの口を手のひらで塞ぐ。


「あぁ? 何が静かにだよてめえ」


(言いたい事は後で聞くから今は静かにしろ! 万引きだよ万引き! 泥棒がいんだって!)


 しかしダイチが私の願いを素直に聞き入れるはずがないのはよくわかっている。だから私は事の詳細を簡潔に話し、今がどれだけの緊急事態なのかをダイチに教えた。事の重大さを理解すれば、流石のクソダイチもちゃんと黙ってくれると思っていた。


「……万引き?」


 それなのに、どうしてダイチは笑顔を浮かべているんだろう。


「でかした!」


 なんで天敵であるはずの私の肩を上機嫌な顔でポンポンと叩いて来るんだろう。その構えたスマホで何を撮ろうとしているんだろう。


(おいバカやめろ!)


 私はダイチを引き戻そうと、ダイチの服を掴んでこちら側に引っ張った。それがまずかった。


「は……?」


 そのせいでダイチは大きくバランスを崩し、激しい音を立てながら転倒してしまったのだ。当然、目立つ。巨人が転んで目立たないわけがない。慌ててレジの様子を覗いてみると、やはりあの女はこちらに気付いていた。恐らく、自分がしていた行為を目撃された事にも気付いているのだろう。万引き少女は棚から抜き取った品物を元の場所へと戻し、全力疾走で店の奥へと逃げ去っていった。

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