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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 万引きを見た魔女
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娘に甘い

 サチは私に嘘をついていた。サチの一番好きな花は桜で、そして私には桜がよく似合うと言った嘘。私はそんなサチの嘘を五年間も間に受ける事になったんだから、本当に酷い嘘を吐き続けたもんだと思う。


 結局全部建前だったんだ。自分のわがままを私に押し付ける為の建前。自分のお願いを直接言えないからって、あんな遠回しなやり方をしてさ。おかげで私の持ち物はやたらと女子女子したピンク色のものばかりだ。サチっていうのは私が思っている何倍も小賢しい人で、そしてそれ以上に愛おしい人間なんだと認識を改めさせられた。……ま、だからといってサチからのプレゼント全部が桜色ってわけでもないけれども。


『サチ! 見てくださいあれ! 景品にSwitchがあります! うまくいけば二百円でSwitchゲットですよ! すげえ!』


『あの、りいちゃん。それはやめた方が……』


『あーっ、なんで⁉︎ なんで落ちんだよ! 今絶対掴んだろ! ふざけんなてめえぜってえゲットしてやる……っ』


『やめよりいちゃん? もう無理だよ、ね? ね?』


『……うっ……うぅ……。がえぜよ私のおごづがい……うぅっ……』


 流石のサチも玩具やゲームまでピンクで揃えるようなガイジではないから。


 サチから貰った物の中で一番嬉しかった物はと聞かれたら、私は迷わずSwitchって答えるだろう。桜色のアクセサリーも、桜柄の洋服も、Switchに比べたらゴミそのもの。私にとってSwitchというのは、それだけ価値のある大切な宝物なんだ。


『サチ』


 あれは昔の私がゲーセンで全財産を溶かした日の夜だっけ。いつもならサチの部屋に入る時はノックを忘れないんだけど、その日はどうしてだろうな。うっかりノックを忘れてサチの部屋の戸を開けてしまった。するとサチはエロ本でお楽しみ中の所を急に親に入られた男子のように、情けない悲鳴をあげながらノートパソコンを閉じた。


『え、あ、え……ど、どうしたのりいちゃん? ビックリしたなぁ……あっははは……』

『……』


 サチは隠し通したつもりなのかも知れない。でも、私って視力がいいからさ。部屋の入り口からでもノートパソコンに映ってた画面がしっかり見えていたんだ。


 その日、季節は冬だった。具体的には十二月の初旬だ。そこに慌てふためくサチの様子と、サチが直前まで見ていたパソコンの画面。大型家電量販店のサイトでSwitchのネット抽選に応募していたあの画面。サチの意図は火を見るより明らかだった。


 その日からしばらく、サチは自分の部屋に引きこもるようになった。私には『大事なお仕事があるから絶対に開けないでね?』なんて下手な芝居までうってたっけ。毎日夜遅くまでパソコンをカチカチする音が聞こえていたし、土日の朝は朝食だけ用意してどこかへ出かけていたし。

『はぁ……ただいま』


 そして帰ってくるたびに溜息を吐いていたし。


 サチの憂鬱とした表情は、クリスマスが近づくに連れてどんどん色濃くなっていった。その理由は容易に予想出来た。今でこそ家電量販店やレンタルビデオ屋でそこそこ見かけるようになったものの、Switchって販売当初から数年間は本当にどこも品薄状態だったから。確実に手に入れるには、それこそネットオークションやフリマサイトなんかで、定価の倍近くする転売品を買うしか無い程だ。


 私としても、日に日に顔から生気を失くしていくサチを見るのが辛かった。だからある日の夕食時、ふとテレビでサンタの話題が出た時にこう呟いた。


『くだらねえ。サンタなんかいる訳ないじゃないですか』


 一瞬、サチが驚いたような顔をした。でも、すぐに私の言葉を否定した。


『いるよ』


『……』


『サンタさんはちゃんといい子の事を空から見てるよ』


『……』


 私はそれ以上何かを言うのはやめた。……で。それは十二月の二十四日のクリスマスイヴに起きたわけだ。


 その日、サチはまだ仕事中だった。そんなサチの帰りを家で待っていると、宅急便が届いたんだ。サチがいないから私が代わりに荷物を受け取ったわけだけど、サチったら詰めが甘いと言うかなんと言うか。ダンボールには一目でメルカリの物だってわかる用紙が貼られているし、品物名には精密機器とか書かれているし、そもそもダンボールの大きさや重さからして、荷物の中身がなんなのか大体察しちゃったんだよね。


『ただいまー』


『おかえりなさい。何か荷物が届いてましたよ』


『え⁉︎ あ、あああ、あ、ありが、ととととう! 代わりに受け取ってくくくくれたたたんだね!』


 ま、知らないふりしてあげたけど。なんなら次の日の朝までずっと気づかない演技を通すつもりだったし。


『……』


 でも、不思議なもんだ。私は確かに前日までサンタを信じる子供のフリをし続けるつもりだった。サンタを信じるフリを続ける事が、サチに一番喜んで貰える行為だと理解していた。理解していたはずだった。なのにいざ朝起きて枕元に置かれたSwitchを見ると、途端に申し訳ない気持ちが溢れかえってしまった。


 これは間違いなくお店で買った物じゃなくてメルカリで買った物だ。定価の倍以上の価格で売られた転売品だ。サチは私に喜んで貰う為に転売品に手を出したんだ。


 これが届いたのがクリスマスイヴ。きっとギリギリまで粘って、粘って、粘り抜いて。でも結局クリスマス当日まで抽選に当たる事はなくて、それで転売品に手を出してしまったんだろう。私の笑顔の為に、転売屋の糧になるやり方を選んでしまったんだろう。


 枕元のSwitchと、サチの筆跡で書かれた『メリークリスマス。これで友達と一緒に遊ぶんじゃぞ』なんてメモ用紙を見た瞬間、そんな考えが頭をよぎった。ぼっちで学園生活を送っている私の為に、サチが人から非難されるようなやり方に手を出してしまったのだと自覚してしまった。


『あ、りいちゃんおはよー。……あれ! それ、もしかしてサンタさんからのプレゼント?』


 Switchの箱を抱えてリビングに行くと、サチは相変わらずそんな見え透いた芝居をうってくるものだから、私は『うん』と首を縦に振り、その芝居に乗っかった。


『りいちゃん、ずっといい子にしてたもんねー? 絶対プレゼント貰えるって思ってたよー』


『サチ』


 ……ほんと、そのまま芝居に乗り続ければよかったのにな。なんで私、あそこで余計な事を言ってしまったんだろう。


『ありがとう』


 笑顔を浮かべなきゃいけないのに。サンタからのプレゼントに喜ぶ姿を見せなきゃいけなかったのに。なのにあの時の私は、間抜けに目尻を垂らしながら申し訳なさそうな表情を浮かべて感謝してしまった。サンタにではなく、サチに感謝してしまった。


『……ん? 何の事? それ、サンタさんからのプレゼントでしょ?』


『……うん。でもありがとう』


『……』


『一生大事にする』


『……うん。じゃあ、そうしてあげてね?』


 サチは私に優しい。四歳の私がこの世界に来た時に初めて会ったはずなのに、まるで私を赤子の頃から育てた母のように、誰よりも親身になって接してくれる。サチの優しさはもはや甘さと言い換えても通じてしまうのだろう。


 サチは本当に私に甘いんだ。それはそれはもう信じられない程甘い。具体的にどれくらい甘いのかって言うと……。





 その日、私は必死だった。


「ごちそうさま! サチ、お皿洗いなら私に任せてください!」


「あ、そう? じゃあお願いしちゃおっかな」


 とにかく必死だった。


「お皿洗い終わりました! 洗濯でも回しましょうか?」


「え? あー……じゃあ、うん。お願いしていい?」


 どれくらい必死だったかって言うと、マジで必死だった。


「洗濯している間に掃除機もかけておきます!」


「ん? うーん?」


 じゃあどうして私がマジで必死だったのかと言うと。


「あ、洗濯終わったみたいですね。サチはテレビでも見ててください、私が干して来ます!」


「いや、あの待って。ちょっと待ってりいちゃん。どうしたの? どうしたの急に何があったの?」


「えっと……その、なんていうか」


 私は洗濯カゴいっぱいに詰めた洗濯物を持ちながら、気まずさ故にサチと目を合わす事も出来ないまま真意を打ち明けた。


「お小遣い……前借りしたいなーって」


 情けないのは他でもない私自身がよくわかっていた。


 ソシャゲってあるじゃん。スマホで出来る、基本プレイ無料のゲーム。基本プレイ無料なだけあって据え置きのゲームと比べたら中身はちょっと薄っぺらいんだけど、でも薄っぺらさ故のお手軽感があってさ、ハマると中々やめられなくなる。おまけにこういうソシャゲって大体スタミナ制度が導入されているから、スタミナを消費しないともったいないって気分に駆られるのもやめられなくなる理由の一つだなって思うんだ。


 で、私はそんなソシャゲが結構好きだったりする。中でもソシャゲの定番、ガシャっていうシステムが大好きだ。


 私はどのソシャゲでも基本推しキャラは一人にまで絞れるタイプだ。推しを一人に絞れると何が良いかって言うと、殆どのソシャゲを基本プレイ無料ではなくガチで無料のゲームとして楽しめる事。ガシャに天井システムがあるソシャゲなら無償の石だけで推しの限定SSRを引き当てる事が出来る。


 最初は心許ない石の量だけどさ、数日、数週間、数ヶ月間ガシャを我慢しているとどんどん無償の石が貯まっていくんだ。無償の石が天井分まで貯まって行く過程に妙な高揚感を覚えるし、無事に天井分まで石が溜まり切った時には高揚感が爆ぜて脳がドロドロに溶けるような快楽を得られる。よくぞ今まで耐え切ったって。他にも魅力的なキャラがいる中ここまで我慢を続けられた私は偉いって。ここまで自分の推し一筋でいられるとか私はどんだけこのキャラが好きなんだよって。私はその瞬間に到達するのが堪らなく好きなんだ。


 反面、こういうやり方をしていると虚しさを感じる事だって少なくはない。推しキャラ以外には見向きもしないせいで、手持ちキャラは推し以外弱っちいキャラばかりだし。石集めばかりに夢中になっているせいで、ふとした瞬間にもしかして自分は石を貯めるのが好きなだけで、このゲームそのものを楽しんでいるわけじゃないんじゃないかって思えて来るし。


 それに何より、たまにあるんだよ。自分は推し一筋だって思い込んでいたのに、そんな決意を粉々に砕いて来るほどの魅力的過ぎる限定キャラに出会う事が。


 基本、ソシャゲでは一年もガシャを我慢すれば天井まで確実に石が貯まる。石の配布が多いソシャゲなら、天井複数回分も石が貯まることだってある。何にせよ一年間我慢するだけで天井分+αの石は貯まるもんだ。で、そんな風に石に余裕がある時に魅力的な限定キャラが来ちゃうとさ。推し一筋の誓いはどこへやらって感じでさ。引いちゃうんだ。うっかり……。


 最初は天井分+αだけの石があるし、+αの分なら引いても良いよなって甘えが生じる。それで出てくれれば問題はないけど、でも多くの場合だとそうは行かない。そして葛藤の末に、推しキャラの為に貯めた天井分の石に手をつけてしまう。十連分くらいならまたすぐに貯められるだろうって。二十連分くらいならまたすぐに貯められるって。ズブズブと沼にハマっていく。


 気がつくと私は引き下がれなくなっていて、そしていつのまにか天井に到達してしまうんだ。推しの為に石を貯め続けたはずなのに、ほんの僅かしか手元に残っていないんだ。あの直後の虚しさっていったらどう表現したら良いことか……。


 貯めに貯め続けた物ってのは、ちょっとした歪みがきっかけで一気に崩壊してしまう。そしてそれは何もソシャゲに限った事じゃない。現実でも同じだ。


 私は貯金の出来る女だった。友達らしい友達も作らず、なのに毎月決まった額のお小遣いに加え、その月のテストの平均点×十円のボーナスまでサチから貰っている。お菓子は常にサチが買え溜めしてくれたストックがあるから、買い食いなんて月に数えられるくらいしかしていないし、したとしてもせいぜい百五十円以内だ。


 その他の趣味に使う分だって大した額とは言えないだろう。集めてる漫画も月刊誌の単行本だから刊行ペースは比較的緩いし、据え置きゲームソフトも基本は一つのゲームをやり込む派だから誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントで事足りている。おまけに友達とは遊ばないから交際費だってかからない。


 私はとにかく出費の少ない女なんだ。女だったはずなんだ。……だからこそ、あれはまずかった。


 二週間前にさ。自分のせいとは言え魔界に帰るって勘違いしてさ。最後に部屋の掃除くらいしようと思って、百均行って、色々面白いお掃除グッズ買い漁っちゃって。


 あの日以降、なんかの店に入って気になるグッズや美味そうな新商品を見かけると、ついつい手を出しちゃう癖がついてしまった。例をあげると、ドンキのおもちゃコーナーとかに置いてある意味のわからないグッズにトキメキを隠せなくなってしまった。二週間前まではサチから買い与えられた桜色の品々に染められていた私の部屋が、気がつくと意味のわからないグッズで埋まっているじゃないか。


 なんだよ電気で熱を発生させるタイプの小型焼き鳥機って。台所のグリル使って火で焼いた方が百倍美味かったよ。なんだよ電動小型かき氷機って。確かにこれからの季節にはぴったりだけど、冷凍庫にはアイスの買え貯めだってあるんだぞ。なんだよ流しそうめん機って。流しそうめんめっちゃ食いづらかったよ。一回使って飽きたよ。そもそも最初にそうめん流すとか考えた馬鹿誰だよ、普通に食えよ普通に。直前まで水に濡れてた麺だからつゆが薄まるのも早えんだよ。


 私はすっからかんだった。身も心も、財布と貯金箱の中まですっからかんだった。あんなに貯まっていたお小遣いやお年玉がたった二週間でなくなるだなんて思ってもいなかった。


「お小遣い? あれ、でもりいちゃん結構貯金してなかった?」


「それは……そうなんですけどね。でもなんか、魔界に帰らずに済んだ気分の反動というか……、最近自分でも引くくらい無駄遣いが続いて……」


「使っちゃったの?」


「えっと……」


「五万円くらいあったのを?」


「その……」


「全部?」


「別にそういうわけじゃなくて……」


「つまり使っちゃったんだ」


「……は、はい」


 サチはキョトンとした顔で呆れたと言わんばかりの軽いため息を吐いた。その気持ち、わかる。私だって二週間で五万円も浪費した自分に呆れているんだし。


「りいちゃん。こっちおいで」


 サチは何かを考えた後、ソファに腰掛け私の方へ両腕を伸ばす。一体何をされてしまうのかと、僅かな警戒心が頭を過ぎるけど、何せ私はお小遣いの前借りを要求する身だ。拒否権なんてあるはずもなく、ジリジリとサチの側まで詰め寄る。するとサチは何を思ったのか、私の腕を掴んで強引に自分の方まで引き寄せた。


「少し、安心した」


 そう言って私の顔を自分の胸に埋めさせ、私の後頭部を優しく撫でてくれた。


「ただの親バカかもしれないんだけどね。私から見たりいちゃんって、同年代の子と比べると随分大人びて見えるの。メリムちゃんはりいちゃんの事をまだまだガキだって言うんだけど」


 メリムは後で殺す事にした。


「確かに無駄遣いは褒められた事じゃないけど、でもりいちゃんにもちゃんと年相応な所ってあったんだーっていう安心感の方が少し上かも。私今、すごく安心してる」


 そこまで言って、サチは私を抱擁から解放してくれる。そして徐にバッグの中を漁り、財布を取り出した。


「思えばこれまで、りいちゃんからのおねだりなんて殆どなかったもんね。いいよ? お小遣いあげる。今回の無駄遣いでお金の大切さも身に沁みて痛感しただろうし」


「サチ……!」


「でも、これをきっかけにおねだりしたらお金を貰えるとか思わないでね? これが最初で最後だと思って、もう無駄遣いはしない事。私、最後の一年は本当のお母さんと同じくらい厳しく接するつもりだから」


「はい……! はい……!」


 あれから二週間か。この二週間でサチは随分変わったな。というか、変わったのはサチじゃなくて私とサチの関係性か。


 日常的に中身のない会話をよくするようになった。実際の小六なら親離れの準備をする頃なんだろうけど、一緒に寝たりお風呂に入る機会も増えていった。ほんの少しずつだけど、お互いへの遠慮が抜けて行ったように感じる。正直、サチに厳しくされるのは面倒だと思う気持ちもある反面、安心感だって生まれている。サチに厳しくされるこの気持ちはなんというか、思ったよりも悪いものじゃなかったし。……だからさ。


「よし。じゃああまり多くはあげられないけど、十万円くらいあれば足りるよね?」


「うん、馬鹿じゃねえの?」


 サチが厳しくするなら、私もサチに厳しくしないとなーと。サチが握る十万円の札束を見ながらそう思わされた、そんな日常の一コマだった。……いやまぁそもそもサチ全然私に厳しく出来てないんだけどさ。


 ほんと、甘い。甘い甘い甘い。私に甘すぎるんだよサチは。もはや甘々のアンマミーヤだよあれ。

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