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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第1.5話 魔女と日常の話]
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報告会 ③

「じゃあ最後……私か……」


 ラスボスが立ち上がる。正直、ミーの発表もガッキーの発表も、私自信の発表でさえもリジーのに比べればただの茶番に過ぎない。こいつの性格をここまで変貌させた留学生活か……。私は自分の頭で想像出来る限りの最悪な世界を思い浮かべてみた。……が。


『リジー。馬鹿なお母さんを許してちょうだい』


 白いもやに浮かんだその映像は、異世界の物ではなかった。どこからどう見ても魔界の風景だ。異世界出発直前だろうか。扉の前で四歳のリジーを抱きしめるリジーの母親の姿が映し出される。


『私は娘可愛さにあなたの事を散々甘やかしてしまった……。このままだと、きっとあなたは一次試験さえ突破する事も出来ないわ。あなたはもう二度とお母さんと暮らせないの。……そんなの、私からすればあなたに死なれたも同然よ。……だからリジー。どうせ死ぬなら、お母さんがあなたを殺すわね?』


 そう言ってリジーの母親は、リジーの頭に透明な金魚鉢のような物を被らせた。あれは一体なんだろう。一見、宇宙服の頭部のように見えない事もないけれど……。


『いい? 向こうに着いたらすぐに呼吸魔法と加圧魔法、そして耐熱魔法を』


「おっと……。悪いね、昔の映像過ぎた……。少し先送りにするよ……」


 リジーの言葉と同時に途切れる映像。次にモヤに映し出された映像は、無だった。


 いや、そりゃ完全な無かと言われればそういうわけじゃない。リジーが飛ばされたその世界には確かに有が存在していた。しかし、その世界はミーやガッキー、それに私が飛ばされた世界に比べてあまりにも何も無さすぎたんだ。リジーが飛ばされた世界。それは宇宙空間に漂うマグマの塊だった。


「私が最初に使った魔法は呼吸魔法と加圧魔法だったよ……。なんせそこには酸素どころか空気そのものがなかったからね……。気圧もないから体は風船のように膨らんでいって、危うく弾け死ぬ寸前だった……。この魔法に成功しなければ、私は即死だったろうね……」


「……」


「えっえっえっえっ……」


 リジーはドン引きする私達を尻目に、奇妙な笑い声をあげながら発表を続けた。


「次に私は耐熱魔法で目の前のマグマの惑星に降り立った……。異世界留学が始まる三ヶ月くらい前から、お母さんはこの三つの魔法だけを徹底的に教え込んでくれたんだ……。まさかこういう意図があったなんてね……。いやー……。愛だね……? えっえっえっえっ……」


 私はたまらず挙手してしまう。


「はい、先生」


「何でしょう? ホリーさん」


「こんなんありですか?」


「魔法を使わなければ即絶命する環境に身を置く。魔法の訓練にとても有効な方法よ。死ぬか魔法を極めるかの二択だもの」


 私は静かにリジーの行く末を見守る事にした。


「私が留学で最初に覚えた魔法は収集魔法だったよ……。そこには食べる物がなかったから、炭素をかき集めたんだ……。炭素骨格さえ形成出来れば有機物が作れる……。その魔法を覚えるまでは、自分の血と汗とヨダレだけを吸ってたね……。最初の二年間はそんな風に栄養になる物質を合成しながら生きていたよ……。あ……、でも収集魔法って事はガッキーちゃんとお揃いだね……?」


「一緒にして欲しくないわ」


「えっえっえっえっ……」


 映像の中のリジーの腕には、リジーの歯形だと思われる傷跡が何箇所にも刻まれていた。こいつ、マジで自分の血を飲んで……。


「異世界留学三年目……。そこからはひたすら自分が生きる為に生きていたけど、ある日気付いたんだ……。魔法を使わなくても自分が生きられる環境を作った方が楽なんじゃないかって……。宇宙中から氷惑星を掻き集めて、目の前のマグマにぶち込んでやったね……。そしてやがてマグマの惑星は海の惑星になった……。とりあえず一生分の水が確保されたわけだ……」


 頭上に広がる壮大過ぎるスケール。まるで映画のワンシーンを見ているかのような錯覚に囚われてしまうものの、しかしこれは現実だ。泥のように薄汚れた海の塊がリジーの心境をそのまま表しているようだった。


「異世界留学四年目……。ただ、この時点では様々な有毒重金属が混合した超酸性の猛毒の海でね……。これじゃあ私の食料となる生き物はもとより、私でさえ飲めやしない……。だから地殻変動を起こして噴火や地震を繰り返しながら、少しずつ生き物が暮らせる水に中和してやったんだ……」


 泥のような海が、次第に私のよく知る青い海へと姿を変えていった。地球もこんな風に作られたのだろうか。時期が時期なら夏休みの観察日記として記録したいくらいだ。


「異世界留学五年目……。いよいよ本格的な生命の誕生だ……。収集魔法で掻き集めた炭素を元に、あらゆる有機物を作ってやった……。アミノ酸、核酸塩基、単糖、脂肪酸、その他諸々……。これらをくっつけ合わせながら巨大化させてタンパク質やRNAを作ってな……。それらを脂質で作った膜で保護してやれば生命の基礎の完成だ……。それから私は生命に有害な太陽光線を遮断するオゾンの生成に徹して……」


 そしてリジーは一つの瓶を取り出した。液体の詰まった瓶。無色透明でただの水が入っているようにしか見えないけれど。


「異世界留学六年目……まぁ、今だね……。私は遂に単細胞生物を作り出してやったのさ……」


 それは紛れもなくリジーが五年間生きた証そのものだった。


 頭上のモヤに目を向けると、生物を生み出したリジーの元に年度試験の案内が届いていた。年度試験の内容は言わずもがな友達作り。しかし人間の存在しないリジーの世界に合わせてか、試験内容は人間の友達作りではなくただの友達作りへと改変されている。


 その案内を受け取ったリジーは魔法でコップを作り出し、海の水を掬い取る。そしてコップに向かって呟くのだ。


『バクテリアくん……。私と友達にならないかい……?』 


 リジーの頭上にすぐさま合格案内の通知が落ちてきた。


「それで後は……何だっけ……? 得意な魔法……? んー……そうだな……」


 瓶を懐にしまい、リジーは考える。魔女にとって得意な魔法というのはとても大事な存在だ。同じ魔法だけを繰り返し練習すれば、ウィザード程ではないにせよ極めて精度の高い魔法を放つ事が出来るのだから。


「逆に聞くけど、私って何が出来ないんだろうな……? えっえっえっえっ……」


 リジーは嫌味の欠片も感じさせない、悲壮に満ちた表情で寂しく笑うのだった。


「ちなみに四次試験のピーマン作りだけれど、成績一位は断トツでリジーよ。猛毒の海と僅かな陸地しか存在しない原始的な惑星で健康的なピーマンを作り上げたわ」


 サイコパスが捕捉する。あの試験、自分で言うのもなんだけどこれ以上にないくらいの完成度だったと思うんだよな。それなのに私の順位は二位だったわけで、私より精度の高い魔法を使った奴ってどんな奴だよって思ったりもしたわけだ。


「えっえっえっえっ……、照れるじゃないですか先生……」


 こんな奴だったか。それなら納得だわ。文句もねえわ。あったとしても言えるかよ、こんなの……。


「まぁ……そういうわけだから……。私な、目標があるんだ……。卒業するまでの残り一年間で、この星に知的生命体を作り出す……。出来れば私と同じ人族がいいな……。私、五年間ずっと孤独だったんだ……。先生も今までに四回しか来てくれなかったし……」


「だってあなたの世界つまらないんだもの」


 鬼かこのサイコパス。私はこんな大人にだけは絶対にならない。だから私は。


「本当、今日みんなと会えるまでずっと一人だった……。誰とも会話しなかった……。だから知的生命体を作り上げて……、最後の一年は……、最後の一年くらいは誰かと一緒に……一緒に……。う、うぅ……っ」


 だから私達は。


「リジー!」「リジーちゃん!」「リジー!」


 泣き出すリジーの元へ駆け寄ったんだ。


「リジーお前すげえよ! よく五年間もあんな環境で生き抜いたな! もっと堂々としろ! 胸を張れ! お前は立派なんだよ!」


「そうだよリジーちゃん! 今のリジーちゃんを見ればきっとお母さんも喜んでくれるよ! 私、魔界に帰ったらこんな凄い友達がいるんだって皆んなに自慢出来るもん!」


「泣いてんじゃないわよ! あとたったの一年じゃない! 五年も耐えたあなたならあっという間のはずだわ! 魔界に帰ったら絶対に一人になんかさせない! 毎日でも遊んでやるから覚悟しなさいよね!」


 三者三様、各々の言葉でリジーを励ます。私は深く反省したよ。私ってめちゃくちゃ恵まれてるじゃねえか。それはもう、私をあんな平和な世界に飛ばしてくれたお母さんに対して生まれて初めて感謝の気持ちを抱いている程だ。


「なんだよ……。何だよお前たち……。温かいな……。温かいなぁ……。うぅ……っ」


 こうして波瀾万丈(主にリジーが)な私達の報告会は終わりを告げる。帰宅の時間まで、私達は自分達の世界を話題に色々とお喋りをした。お喋りをしてはリジーを可愛がり、お喋りをしてはリジーを励まし、お喋りをしてはリジーを慰めた。そして遂にお別れの時間が迫ってくる。


「い、嫌だ……! 帰りたくない……! 帰りたくないよみんな……! やっと……やっと友達と再会出来たのに……五年ぶりのまともな会話なのに……! 嫌だ……嫌だぁ……っ!」


 ワープホールみたいな物を生成し、ゴミでも捨てるかのようにリジーを放り込むサイコパス。こいつ本当に人の血が流れているんだろうか。


「あなた達も早く帰りなさい」


 さもなくばお前達も同じ方法で送り返してやる。そんな事を思っていそうな冷徹な目付きに屈し、私達も互いに再会を願って別れの挨拶を交わし合う。


「じゃあな、ミー! 次に会う時は上位階級の街でだ!」


「うん! ホリーちゃんも頑張って!」


「ホシノも元気でな! 向こうで再会したらどっちが上かケリつけようぜ?」


「だからホシノじゃなーいっ! あんたこそ首を洗って待ってなさいよね!」


 上位階級の街で再会出来るのを願い、それぞれが屋敷を後にする。一番最後になってしまったものの、私もすぐさま帰り支度を済ませて屋敷の出入り口に手を伸ばした。


「そういえばホリー。あなたの報告に出てきたゴーレムの事だけど」


 そんな私の背中を引き止めるように、サイコパスがそんな一言を投げかける。こいつの言いたい事はなんとなく分かるような気がする。タロウはゴーレムでありウィザードの所有物なのだから。


「あー……。やっぱウィザード側の連中と絡むのってまずい?」


「別に? 好きにしなさい。ただ」


「ただ?」


「私の任期中にトラブルを起こさない事。それだけ。私は他人の責任は好きだけど自分の責任は嫌いなの」


「……」


 こんなカスでも先生になれるもんなんだな。まぁ先生つっても魔法とか教えてもらった事はないんだけど。


「それと友達作りの面ではあなたが一番酷いわね。もっとちゃんとした友達を作りなさい。出来ないって言うなら課題で無理矢理やらせるから覚悟して」


「あー! あー! 何も聞こえないサヨナラバイバイまた明日ー!」


 そして。





「ただいまー」


「りいちゃん⁉︎ あぁ……よかった……、帰って来てくれて本当によかった……! あと三時間以内に帰って来なかったら私、捜索願を届けようと思ってて」


「魔界にですか……?」


 家に帰宅すると、過保護の権化が半泣きになりながら駆け寄って来た。私はため息を吐きながらその人の頭を撫でてやる。時刻は午後の九時。


 あの場所に辿り着くのは川に飛び込むたった一瞬の事だけど、あそこは世界ではなく世界と世界を繋ぐ通り道。あそこで流れる時間と世界で流れる時間は異なっている為、元の世界に戻ると数時間から数十時間の時差が生じてしまう。それでも昨日の宣言通り、私は一日しか留守にしてなかったんだけどな。


「それでどうだった? 昔のお友達は」


「そうですねぇ……」


 サチと共にリビングへ向かいながら、その返答に対する適切な答えを考える。


「神になってました」


「ちょっと何言ってるのかわからない」


「私もです」


 カレンダーを見ると五月の最終日。夏休みまで残り約二ヶ月か。クソみたいなクラスメイトのいる学校に二ヶ月も通わないといけないのか……、なんて考えるのは昨日までの私だ。恵まれた環境に感謝しながら明日も強く生きようと、そう思った。

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