帰る前ハロウィン
◇◆◇◆
「姉ちゃん?」
お楽しみ会が迫る平日の午後。勉強続きで凝り固まった体に一息入れようと部屋の外に出ると、廊下やらリビングやらの様子が今朝とは一転。ハロウィンの彩り鮮やかな装飾が施された物へと模様替えが行われていた。
「凄いねこれ。一人でやったの?」
「あ、フク。お店の残った装飾品を少し分けてもらっただけだよ」
「へー。でもハロウィンにはまだ少し早くないかな?」
「まぁ、そうなんだけどね。でもほら、ミーちゃん達がこの世界に残るのもあとちょっとじゃん? だったら帰る前に皆んなで楽しんでおきたいなーって思って。フクも付き合ってくれるよね?」
「なるほど、そう言う事なら喜んで」
姉ちゃんとそんな会話を交わしたのが数時間前の話。そして今現在。
「よし、こんなもんでいいかな」
僕はちびっ子達にプレゼントするお菓子セット四袋を部屋に並べながら、彼女達がイタズラしにやって来るのを待っていた。すると早速部屋の外からドタドタと、元気いっぱいな子どもらしい足音が近づいて来る。このヤンチャな足音は、多分りーちゃんだろう。
そんな僕の予想は的中し、力強く開かれた部屋の扉からはりーちゃんが入って来た。
「フク! トリックオアトリート! お菓子くれなきゃお菓子奪うぞ!」
「トリックオアトリート、りーちゃん。流石だね。何がなんでもお菓子を手に入れんとする強い意志を感じさせるね」
僕はそんなヤンチャなりーちゃんの姿を、上から下までざっと見てみた。なんだろう、このコスプレは。赤い布……いや、ところどころ白い線の入った不思議な色の布を被っている。これが真っ白シーツとかなら典型的なお化けのコスプレとして理解出来るんだけど……。
「ところでりーちゃん。それって何のコスプレ?」
「カルビ」
「あぁ……、そう」
「サチからは毎晩チクチク夜なべしながら作ってたらしいメイド服渡されたんだけどさ。着るのクソめんどいからこれにしたんだ」
「姉ちゃん……」
「それでこの格好見せたらサチ泣いてた」
「姉ちゃん…………」
「それより早くお菓子くれよお菓子! いやー、カルビの格好するだけでお菓子貰えるんだから本当いい祭りだよな、ハロウィンって」
「とてもこの世界に五年半も住んでいる人のハロウィンの認識とは思えないな……。とりあえずはい、お菓子」
「っしゃあ!」
僕はりーちゃんにお菓子の詰め合わせを渡して次の来客を待った。
少しして、今度はゆったりとした足取りの足音が近づいて来る。続いてドアの向こうから姿を現したのは、猫耳をつけたミーちゃんだった。
「フクさーん、トリックオアトリートですー。手作りクッキー、一袋1000円ですよー」
「トリックオアトリート、ミーちゃん。払えないわけじゃないけど払いたいとは思えない、お通し代や席料チャージ料サービス料でぼったくる居酒屋みたいな絶妙な値段設定で攻めて来たね」
「買ってくれないんですかー?」
「ミーちゃん達にあげるお菓子セットを買った手前、そろそろ手持ちがピンチでね。はい、どうぞ」
ミーちゃんは僕からお菓子の詰め合わせを受け取ると、笑顔の裏に黒さを潜めた底知れない表情で僕に詰め寄って来た。
「子ども達みんなで一生懸命作ったお菓子なんですよー? 本当に買ってくれないんですかー?」
「子どもが庇護されるべき社会的弱者である事を理解した上で、その弱者性を交渉材料にお菓子を売りつけようとする君のような子を僕は子ども扱いする気はないよ」
「そうですかー。ちなみにこのお菓子セットのお値段をお聞きしてもー?」
「1500円」
「んー、そうですかー。1500円……、1500円……。んー、まぁまぁまぁ」
ミーちゃんは心の底から納得したわけではないものの、1500円のお菓子ならギリ合格ラインにしてやらない事もない事もないと言いたげな表情で部屋を去って行った。
それから少しして、今度は慌ただしい足音が部屋の方へと近づいて来た。続いて部屋に入って来たのは、コスプレどころか部屋着さえ着ていない薄着のガッキーちゃんだった。
「トリックオアトリート! ねぇ、フク! どっちのコスプレした方がSNSで映えると思う?」
「トリックオアトリート、ガッキーちゃん。ガッキーちゃん、皆んなの中で一番この世界と文化のかけ離れた世界から来た割に、どんどんこの世界に染まって行ってるね。それも悪い意味で。それで何のコスプレで迷っているのかな?」
ガッキーちゃんは両手に抱えた二着のコスプレ衣装を僕の前へと突き出す。
「マレフィセントかハーマイオニーよ」
「うん、どっちも魔女だね。それ本当にコスプレで合ってる? 本職だよね? 看護師さんがナースのコスプレしているようなものだけど本当に大丈夫? あと、そういうファッションの相談なら姉ちゃんに聞いた方がいいと思うよ」
「男の人の意見が聞きたいのよ。見て? あたしのフォロワー殆どが30〜50代の男の人なの。バズる為には女受けする衣装より男受けする衣装の方があたしの性に合っているわ!」
「ガッキーちゃん、いつの間にアカウントなんか作ってたんだね。悪い事言わないから消しな? バズる為に試行錯誤するその努力は買うけど、10歳の女の子をフォローする男にロクな人はいないからね? はい、お菓子」
ガッキーちゃんはお菓子を受け取ると、不満そうにぶーぶー言いながらこの部屋を去って行った。
最後に聞こえた足音は、トボトボとした控えめな足音。まぁもう言うまでもないと思うけど。
「あ……。ト、トリックオアトリート、フクさん……」
「トリックオアトリート、リジーちゃん。はい、お菓子」
僕はメイド服を着たリジーちゃんにお菓子の詰め合わせを渡す。リジーちゃんの普段着は、これぞ魔女と言わんばかりの全身を包み込む黒のローブだ。極端に露出の少ない服を着慣れているからなのか、フリルのついた短めのスカートの丈を押さえながら恥ずかしそうにしている。
「そのメイド服って、もしかして姉ちゃんが?」
「あ……うん。ホリーちゃんとの最後のハロウィンを楽しもうと……毎晩毎晩コツコツ作ってたらしいんだ。なのにホリーちゃんがあれだから、なんか気の毒でね……」
「そっか。ごめんね? 気を遣わせちゃって」
「いや……いいんだよ。サチさんにはお世話になってるし」
「……」
「それにフクさんもこんなにお菓子くれて……」
「……」
「わわっ、本当に沢山入ってる……。嬉しいな……」
「……」
「えっえっえっえっ……、ありがとうな、フクさん。大事に食べるよ……って、フクさん?」
僕の事を心配そうに見上げるリジーちゃん。それもその筈だ。僕は彼女の事を直視出来ないあまり、自分の顔を手のひらで隠してしまったのだから。
「ううん、なんでもないよ。ただちょっと罪悪感がね」
「ざ、罪悪感……?」
「僕、初対面の印象でリジーちゃんが一番ヤバそうな子だって決め付けてたんだ。なのにいざ仲良くなってみたら、あの四人の中でリジーちゃんが一番まともだったものだから、偏見で人を決めつけた自分の心が嫌になって……」
「ま、まともって……。そりゃあ確かにこの世界に来たばかりの頃は、ここの常識とかわからなかったし至らない所もあったさ……。でも私、一週間近くも滞在してるんだぞ……」
「……」
「流石にそれだけ滞在すれば、この世界の常識もわかるって……」
「残念ながら君のお友達はそれがわからないみたいなんだよ……。りーちゃんなんか五年半も暮らしていながら、ハロウィンをカルビのコスプレでお菓子を貰う日だとか言っちゃってるのに……」
直後、リビングの方からりーちゃんの大きなくしゃみが三発程鳴り響いた。これ以上姪っ子の噂話をするのはやめておこう。
「あ、それとお菓子を貰ったらフクさんを呼んで来てってサチさんが……。ご飯出来てるって……」
「そう? じゃあ行こっか」
僕はリジーちゃんに手を引かれながら皆んなの待つリビングへと足を向けた。そして。
「「「「「「ハッピーハロウィン!」」」」」」
六人で食卓を囲った賑やかな晩餐会の始まりである。
テーブルの上には彩り鮮やかなハロウィンのご馳走が所狭しと並べられていた。とは言え流石に日本の地で本場のハロウィンを再現出来るはずもなく、例えばチキンライスをジャックオランタン風に盛り付けたり、ウインナーロールをミイラ男風に見立てたりと、キャラ弁要素の強いご飯が並んでいるだけなのだけれど。
とは言えハロウィンの飾り付けやこのご馳走を一人で用意したと言うんだから、我ながら自慢の姉である。
「姉ちゃん」
「ん?」
「ご苦労様。来年、受験が終わって時間が出来たら僕も手伝うよ」
「何急に。変な気遣ってないでジャンジャン食べちゃってよね?」
「はい! もちろんです!」
「りいちゃんは体重1キロ以上増えたら怒るからね」
「はぁ!? そんなサチ! こんだけご馳走作っておいてそれはあんまりじゃ……」
姉ちゃんに釘を刺され、不平不満を垂れ流そうとしたりーちゃん。しかし彼女の不満がそれ以上口から漏れる事はなかった。彼女の口から出て来た大きな欠伸が、彼女の言葉を塞き止めた為である。
「お疲れだね、りーちゃん。お楽しみ会の出し物の準備で忙しいんだっけ?」
「まぁな……。ダイチの奴が私をリーダーに推薦するもんだから毎日毎日大変でさぁ。……あ、そうだサチ。今日もアドバイスいいですか?」
「えー、またー? そりゃ私の仕事も接客業だけど、りいちゃん達の喫茶店とは全然違うんだよ? アドバイス出来る事なんて何も」
「いいんですいいんです。これまでのアドバイスだってめっちゃ参考になってるんですから」
りーちゃんは二度三度繰り返し漏れそうになる欠伸を飲み込んで、接客歴の長い姉ちゃんに喫茶店の経営について話し合い始めた。ここ数日、りーちゃんはずっとこんな感じに姉ちゃんから接客のいろはについてアドバイスを貰っている。口ではリーダー役を押し付けられ事に文句ばかり言っているものの、それでも引き受けたなりにリーダーとしての責務を果たそうと一生懸命なのだ。もっとも責務とか義務とか、そう言うのを抜きにしたって、僕の目には他の誰よりもりーちゃん自身がお楽しみ会を楽しみにしているように見えるのだけれど。
今日は金曜日。お楽しみ会まで後二日か。それでお楽しみ会が終わった二日後の夜には……。
「サチさーん。今日のご飯も美味しいですー。でも十日三割の利子は1円もまけてあげるつもりはありませんからねー?」
「ちょっとリジー! 何よこれ! 何であたしのコスプレよりあんたのメイド服の方が反応いいの!? 脱いで! あたしもそれ着て投稿する!」
「え……いや、そんな事言われても……。ちょ、ちょっとガッキーちゃん、や、やめ……やめ……!」
……。
この賑やかな子達ともお別れか。りーちゃんはいずれ再会出来るだろうけれど、僕と姉ちゃんからしたら永遠の別れになるんだろうな。
ほんの1週間ちょっとの同居生活とは言え、朝起き時に子ども達の話し声が聞こえて来るのが日常となってしまったのだ。あと二日で永遠の別れが来るなんて言われても、全く現実感がわかない。三日後も四日後も、一年後だってこの賑やかな朝が続くものだと思えてならないんだ。
なんかこの感覚、卒業式に似ているな。それまでずっと顔を合わせて来た同級生なのに、中には卒業を機に一生合わなくなる顔ぶれがポツポツと存在していて、けれど一生の別れになる実感なんて、卒業式当日でも全くわかない。そしてそれは。
「それでですねサチ。明日PTAの人達と喫茶店で出すお菓子作りをするんですけど、女子受け狙ったお菓子とか考えてるんですよ。具体的には砂糖の量を通常の半分にして、18℃の室温でラップ保存したマフィンとか考えてるんですけど」
「絶対ダメだからね」
まだもう数ヶ月は一緒に暮らせる筈のあの二人だって同じ事。
まったく。人生って言うのは寂しいもんだな。
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