不良と人形と人殺しと 終
「あのさ、赤海……」
「……」
「その……、さっきの全部嘘だから」
「え?」
切らした息を整えて、コウキくんの口から思いもよらない言葉が投げられた。
「嘘って?」
「だから……さっきの会話全部。確かに俺、あの二人に『赤海ならお前でも落とせるだろ』ってしょっちゅう言われてた。告ってみろよって言われた事もある」
「……」
「でも、別に俺、罰ゲームで告ったんじゃない。あいつらにイジられる前から赤海の事は好きだった。赤海を好きになった理由も……、あれ全部本当だし。赤海がクラスに馴染めるように協力するって言ったのも全部本当。それで……、さっきの会話はその為の第一歩みたいな」
コウキくんは淡々とさっきの件について、その経緯を話し始めた。ただ、それは説明というより弁明に近く、更に言ってしまえば言い訳と捉えられても仕方のない口振りである。ここに戻って来てから、常に愛想笑いばかりを浮かべるコウキくんの表情が、嫌でも私にそう思わせて来るのだ。
「どう言う事?」
まぁ実際。
「なんていうか……、赤海にはわからないと思うけど、男の友情ってあーいう所あるんだよ。クズな事言い合って盛り上がるっていうか……、どんだけクズな発言出来るかの大喜利大会みたいな。あの二人だって男しかいない時は自分らの彼女の悪口言い合って盛り上がるんだぜ? 本心じゃそんな事思ってもねえくせにさ」
コウキくんの目的は、言い訳の末に今後も私を笑う事への免罪符を獲得しようとしているであろう事は、容易に察しがついたのだけれど。
「俺があんな事したのも男同士のコミュニケーションの一つ……みたいな感じでさ。あれも赤海を受け入れてもらう為の第一歩っていうか。ほら、まずは受け入れやすくする為の雰囲気作りって大切じゃん?」
「……」
「それで……」
「……」
「だから……」
「……」
「ていうか」
そして。
「誰? そいつ」
コウキくんの言い訳タイムは、いつのまにか私の隣にまで歩み寄っていたダッちんの参入によって、静かに幕を下ろした。
何をしに来たんだろう。何をするつもりなんだろう。振り向くと、ダッちんはコウキくんとは対照的に、愛想笑いからはかけ離れた険しい表情を浮かべている。そのおどろおどろしい様はとても四つも年下のものとは思えず、まるで見た目相応の年齢をした男の人が、私の隣で怒っているような気分にさせられた。
「どうも。イヴさんの友達やってるただの小坊です」
「いや、小坊って……。……え、もしかして」
ハッとするコウキくん。そういえば駅で別れる前のちょっとした雑談で、間接的にではあるけれど私はダッちんという存在をコウキくんに仄めかしていたっけ。私にはかつて、好きになりかけた人がいたって。その人は180近い身長を持っていて、大人びた考えの出来る理想の彼氏像……ではあったものの。実は私より年齢が四つも下の小学生男子という、唯一にして致命的で決定的な欠点を持つ人物だって。だから多分コウキくん、今の自己紹介でダッちんがその人物である事に気づいたんだ。そしてその瞬間、ダッちんを見るコウキくんの目の色が変わった。見ず知らずの大男と対峙してしまったという恐怖の色から、年下の小学生を相手にする舐め腐った視線に。
「まぁ、なんつうんすかね。俺も男だし、お兄さんの言ってる事よくわかりますよ」
ダッちんとコウキくん。お互いに敵意を隠さない表情から、すぐにでも喧嘩が始まってもおかしくはなかった。けれど先に口を開いたダッちんは、後ろ髪を掻きながら、コウキくんの主張に同意を見せる。
「男同士って本当クズみたいな事言い合って盛り上がりますもんね。俺にも彼女がいたら、多分男友達と彼女の悪口言い合って爆笑したりすると思うし」
自分の主張を全面的に肯定してくれるダッちんを前にして、コウキくんの表情が僅かに緩んだ。この瞬間、コウキくんの中でダッちんという存在は、恋敵にも成りかねない生意気な小学生から、自分の味方をしてくれそうな相手へと、認識が改められたのだろう。
「でも」
でも。
「だからこそそう言うのって、絶対に彼女にバレないようにしないといけないんじゃないんすかね。それで万が一バレた時には、それこそ死ぬ気で謝らなきゃいけないと思います。……それで」
私は知っている。ダッちんはそんな事の為にわざわざ話に横槍を入れて来たりしない事を。ダッちんが間に割って入って来る時というのは、いつだって私の助けになろうとしている時だから。
「お兄さん、何で一言も謝らないんすか。さっきから言ってる事、全部言い訳じゃないっすか」
初めて会ったあの日から、ダッちんはそうだったから。
それから少し、沈黙が流れた。数秒なのか十数秒なのか数十秒なのかもわからなくなるほどの重い空気が、私達の周囲を包み込む。一体どれだけの沈黙が流れたのかはわからないけれど。
「んだよ」
沈黙の果てに最初に口を開いたのは。
「てめえには関係ねえだろっ!」
開口一番、暴言と共にダッちんの膝を踏み抜くように蹴りをかましたのは。
「コウキくん!」
間違いなくコウキくんの方だった。
「ねぇ! 何してるの!?」
膝蓋骨をもろに踏み抜かれたダッちんは、崩れるようにその場に倒れ込んだ。革製の学生靴である。重さと言い、硬さと言い、蹴りの威力を上げる武器として、学生靴は十分過ぎる程の凶器として成り立つものだ。私は膝を抱えながら疼くまるダッちんに寄り添うものの。
「いや、違えんだよ赤海。俺だってちゃんと謝る気でいたのに、こいつが急にしゃしゃり出て生意気な事言うから!」
私達を見下ろしながら、コウキくんの口から出て来るのは相変わらず言い訳ばかりで。そんなんだからダッちんは。
「……そっすか」
このまま喧嘩になれば、自分がどれだけ不利な状況に立たされているのかくらいわかっている筈なのに。
「じゃあついでにもう一つ生意気言わせてくださいよ」
そんなの上等だとでも言わんばかりに、コウキくんの事を責め続けるのだ。
「殴る相手、俺で合ってます?」
「ちょっと」
「お兄さんがイヴさんの事好きなのは、なんとなくわかりました。……でもさ」
「ねぇ、ダッちん」
「好きならイヴさんの事馬鹿にしたさっきの二人を殴れよ」
「やめて」
「男の友情がなんだよ。何一緒になって愛想笑いしてんだよ」
「もういいから! 自分の立場わかってるの? 何挑発して」
「殴る相手間違ってんじゃねえぞこの」
そして、ダッちんの挑発はそこでようやく終わりを告げる。とは言え、それはダッちんの意思で止まったのではない。コウキくんの爪先が、ダッちんの頬を射抜いたのだ。
口からか、鼻からか、或いは両方からか。ダッちんの体から鮮血が飛び散る。今朝のような私なんかの平手とは比較にならない鈍撃が、高身長とは言え四つも年下の小学生の頬を貫いたのである。
「おい」
でも。
「調子に乗んなよ。殺すぞ」
それでもダッちんの眼光からは、未だ闘志は消えていない。溢れ出る血液を手のひらで押さえながらも、その眼差しは射抜くようにコウキくんの事を捉えて離さなかった。そして、その威嚇するような眼光は余計にコウキくんの憤りを刺激する。
「なんだよその顔。文句あんなら殴り返してみろよ。ビビりやがってよ」
いや、視線で刺激するだけならまだ良かったのに。
「殴らねえよ」
ダッちんは相変わらず挑発をやめようとはしないのだ。
「俺……自分より弱いやつは殴りたくねえし」
「だからダッちん! そう言う挑発はやめてって!」
ダッちんの挑発を受け入れて、コウキくんの敵意がより一層殺意に近づいていくのを感じた。なんだったら今こうして私がダッちんを気遣っている行為でさえ、彼の怒りを刺激しているのだろう。好きな女が恋敵の生意気な小学生を庇っているんだ。彼の怒りは止まる事を知らない。
でも、だからと言って今の私に男同士の喧嘩を力でねじ伏せる事なんて出来るわけがない。コウキくんの怒りが治るまでダッちんを庇う事なら出来るかも知れないけれど、その行為は前述したように火に油を注ぐようなものだ。今の私の力じゃ、この状況を打破する方法なんてないから。
「コウキくんっ!」
だから。
「警察呼ぶよ」
私は私以外の力を使ってこの状況を打破する事にした。110番を入力したスマホの画面を見せつける事で、彼を牽制した。
「帰って」
それに付け加え、私自身も敵対心を視線に込めてコウキくんを睨みつけたのである。
「……赤海」
そんな私を前にして、コウキくんの表情からはゆっくりと怒りの色が抜け落ちていった。そして最後に残ったのは、後悔や心残りのような、後ろ髪を引かれるなんとも歯切れの悪い表情である。そこにどんな意図があったにせよ、コウキくんが私の事を好きだったというのは、紛れもない事実なのだろう。だからこそ、そんな私から明確な敵対心を見せつけられたコウキくんは。
「……なんだよそれ」
歯を食いしばりながら、静かにこの場を後にしたのだった。
けれど正直な所、コウキくんが帰られて困るのは私の方だったりする。私自身によるコウキくんへの心象はともかくとして、少なくとも彼がこの場にいれば、私はダッちんと二人きりになる事はなかった。
「……ダッちん」
「……はい」
「何余計な事してくれてんの」
そんな彼がいなくなった今、私はダッちんと二人きりの状況なってしまった。
「お礼なんか言わないから」
私みたいなろくでなしの為に必死になってくれるような年下との接し方なんて、私は知らないのに。
「別にお礼が欲しくてしゃしゃり出たんじゃないっす……。それよりイヴさん……、イヴさんってどこの高校っすか?」
「なんで?」
「だって俺……イヴさんの事、中途半端に庇っちゃったから。多分あいつ……、この事をさっきの二人にも言うじゃないっすか。そしたらあいつら……、明日からイヴさんに何するかわかんないし。毎日でもイヴさんの学校行って……、イヴさんが変にちょっかい出されないようにしないと……」
「……」
なんだよこいつ。本当、なんなんだよこいつ。私、ダッちんにここまでさせるような何かなんてした覚えがない。せいぜい初対面の時にハンバーガーを奢ったり、みってぃーを紹介してもらった時にご飯を奢ったり、そのくらいしかしてないのに。今朝の件を含めたら、寧ろマイナスになるはずなのに。
「馬鹿。それが余計な事だって言ってんの。ほら」
「……」
「立てる?」
「……あ、どうも。ありがとうございます」
私は松葉杖を頼りにしながら、覚束ない足取りでも最低限の礼節として、地面に倒れるダッちんに手を差し伸べた。ダッちんは私の手を掴み、私のバランスに負担がかからないようにゆっくり立ち上がった。
「……本当馬鹿。自分でなんとかするよ、そのくらい。今更あいつらを敵に回したって、なんとも思わないし」
「……そっすか。でも、何かされたらマジで言ってくださいよ? イヴさん一人でなんとかするより、外部の俺が学校に訴えた方が絶対効果的だと思うんで」
「そんな事されたら、小学生に助けてもらった弱虫って、高校三年間後ろ指差されながら笑われるっつうの」
私が呆れ混じりに軽く笑みを溢すと、ダッちんも安心したように小さく笑い返してくれた。まぁ、笑い返してくれた途端、蹴られた頬の筋肉に激痛が走ったようで、すぐに苦悶の表情を浮かべたのだけれど。
「……」
「あー、いってえ……っ」
本当。
「クッソ、七時から予約客殺到すんのにどうすんだよこの顔……」
「……」
なんていうか。
「マスクで隠し切れるかな……」
「……」
どうしてそこまで必死に私に構っちゃうのかな。
「ダッちん」
「はい?」
傷だらけの彼の横顔を見ながら思ってしまったそんな私の疑問だけれど。
「ありがとう」
「なんすか……。礼は言わないとか言ったくせに」
その疑問の答えは、少し考えれば簡単にわかるくらいシンプルなものなのだと。
「でもま、恩に感じてくれてるならよかった」
「……何それ?」
私は知る事になる。
「明日、お楽しみ会の招待券持って待ってますから。ちゃんと受け取りに来てくださいよ?」
「……」
「俺に恩を感じてるイヴさんなら絶対来てくれるって信じてますから。それで……」
「……」
「お楽しみ会で、ちゃんと有生と仲直りしてやってください。あいつ、ただでさえ同性の友達少ねえんだから」
「……」
私は思い出す。ダッちんに初めてみってぃーを紹介された日の事を。みってぃーの前で面白がって、私達の関係は恋人だと偽ったあの時の事を。
『私達の関係はね、彼氏と彼女』
『はぁ⁉︎』
私の嘘に、ダッちん凄く狼狽えてたよね。私が力づくで押さえなかったら、必死でその事実を否定しようとした。……それで。
『ダイチ、お前すげえな。お前大人と付き合ってんのか⁉︎ やばくね⁉︎ ってかなんだよお前よぉ! 会わせたい人がいるとか、何事かと思ったらただの彼女自慢かよ! かーっ、やる事がみみっちいなぁ? そんなの勿体ぶらなくても普通に会ってやるっつうのに』
みってぃーがその嘘を鵜呑みにしたらさ。
(ダッちん、なんかガッカリしてない?)
『……』
(もっと残念がって欲しかった?)
『……』
ダッちん、凄いシュンとしちゃってさ。
あぁ。そっか。そういう事か。ダッちんが私の為に必死になってくれた理由が、やっとわかった。なんならもっと早く気付くべきだったんだ。私は、ダッちんの好きな人の友達というポジションの人間なんだって。だから要するに、ダッちんが私の為に必死になってくれるその気持ちは間違いなく本物なんだろうけれど、その根幹にある気持ちって結局は。
「……」
みってぃーへの。
なんだろうな。ダッちんがみってぃーを好きなのは、初めて三人で会ったあの日から知ってた事なのに。
「……」
なんか私今、イライラとモヤモヤが、一緒に襲いかかってる。
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