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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
363/369

不良と人形と人殺しと ⑬

「……」


「まぁ」


「……」


「そんな感じなんで」


「……」


「俺もイヴさんには負けず劣らずの親不孝もんっていうか……」


「……っ」


 ダッちんの悪さ自慢を聞いた直後の事だった。私は一息置いて、口元を押さえる。そして。


「あっはははははーっ!」


 耐え切れないとばかりにお腹の底から声を出し、私の予想を遥かに上回る親不孝をしていた彼の事を笑い飛ばしてやるのだった。


「何それクズじゃん! 私だってお互い殴り合っただけなのに、ダッちんは何? 無抵抗の母親を一方的に殴るとかマジでしょーもないんだけど……っ」


「……」


「最低かよこのクズ……っ! ドクズ! それだけの事しておいて、素直にお手伝いする程度で罪滅ぼししてる気かよ……っ!」


「……」


「本当笑える……、ダッちんがそんなクズだったなんて思ってもなかった……っ、あーダメだお腹痛い……ふ、ふふっ……!」


 まぁ、速い話が。


「ふっ……、あっははっ……、ふふっ……、ふぅ……、ふぅ……っ、うぅっ……っ」


 笑い飛ばしたっていうのは結局、強がりの延長でしかなかったのだけれど。


 つまるところ、私は全然泣き止んでなんかいなかったわけだ。私は自分の感情を制御できるような立派な人間じゃない。健常者達の笑い者になる道を選んだ屈辱が、こんな数分足らずの会話で薄まる筈がないのだ。そのまま悔しさに泣き崩れる姿を年下の知り合いに見られた屈辱も相まって、逃げ出せる足があれば走り去ってしまいたい程だった。


 でも、私にそんな足はない。ならばとばかりに両手で泣き顔を隠したり、泣き顔を晒してしまった後もなんとか平然を装おうとしたけれど、結局それが関の山。喜怒哀楽の内の怒哀だけが降り積もり、そんな時にダッちんの親不孝エピソードとかいう笑い話なんかを聞かされたのである。喜怒哀楽全ての感情が、一度に私の脳内を駆け巡ったものである。



 初めての経験だった。面白いね。喜怒哀楽全ての感情が一度に湧いている筈なのに、そうなると人間って。


「あ……っ、うぅっ……うっ……っ」


 泣いちゃうんだね。喜怒哀楽で一番強い感情って、哀なんだ。


 私は泣く。口角を上げて無理矢理笑顔を浮かべながら、大粒の雫をボロボロと垂らす。そして私は例の如く、やはりこんな無様な顔を晒したくなくて、両手で顔を覆い隠した。


「ふっ……、ふぅ……っ、うっふふっ……、あっははっ……、本当、ウケるんだけど……、親の金盗んで……バレたら逆ギレして暴力とかマジクソじゃん……っ、ふぅっ……、ふぅっ……」


 無理矢理笑顔を浮かべているのだって、やはり虚勢の一つなのだろう。涙の上に笑顔の仮面を貼り付けて、笑い声で泣き声を誤魔化すだけのくだらない見栄だ。



「そうっすね。本当そう思います」


 でも、こいつはきっと私の感情なんて見透かしているんだろうな。笑顔の仮面は涙を吸い込んで、とっくに剥がれ落ちているんだ。それでも私の感情に気付かない素振りを見せるのが、本当子供らしくなくてムカつく。私より四つも年下のくせに、私より精神年齢高いマウントを取られているみたいだ。


「……ねぇ」


「はい」


「……だったらさ、ダッちんもわかるんじゃないの? 家にも味方がいないって気持ち。それだけの事をしておいて、どうやって親と距離を縮めろって言うの?」


「……」


「……まぁ、それをやろうとしているダッちんに聞いても無駄か。ごめんね? 罪滅ぼししてる気とか言って。……偉いじゃん。ちゃんと更生して、お母さんを大切にする立派な息子になって。私は無理だよ。あいつらの前でいい子になんてなれない」


「……」


「……わかってるんだ。あいつらが親としてよくやってくれている……ていうか、寧ろやり過ぎている事とか。とっくに私の事なんか許していて、なんとか私との距離を詰めようとしてくれている事とか。……でも、無理なものは無理なの。あいつらと本当の家族ごっことか、私には出来ない。想像するだけで鳥肌が立つ」


「……」


「私は……、ダッちんみたいにはなれないや」


 私の気持ちを全て吐き出した所で、私は己の敗北を理解する事になる。自分で言っててよくわかった。四つも年下の男の子に精神年齢高いマウントを取られたつもりというか、実際その通りなんだ。彼は自分の間違いを認め、それを償う為にいい子になろうと頑張っている。対して私は四つも年下の男の子でさえやれているそんな些細な事も出来ていないのでたる。負けも大負け。敗北、大敗、惨敗、完敗。彼より四つも年上なくせに、自分の器の小さな事。


 罪の重さに違いはあれど、彼も一度は間違った道を通っていて、だけど彼は私と違い、今からでも正しい道に戻ろうとする強さを持っていた。そういう強さを持たない私は、唯一絶対的な味方になってくれる筈の親でさえ、自分から遠ざけているわけか。結局私と彼は、間違いを犯した共通点を持つだけの対照的な。


「イヴさん、もしかして俺が親と上手くやれてると思ってます?」


 人間だと、そう思っていたのだけれど。


「全然ですよ。同じ屋根の下で暮らしているだけの他人って感じで、ぶっちゃけめちゃくちゃ家に居づらいっす」


 ダッちんは参ったとばかりに苦笑いを浮かべながら、今度は彼の気持ちを私にぶちまけてくれた。


「俺、別に更生したとか、そんなつもり全くありません。親の手伝いしてるのだって親を助けたいからとかじゃなくて、負い目とか引け目とか、そういうネガティブな気持ちから来るもんだし。でもまぁ、親の前でいい子になれないってのはなんかわかるかも。嘘臭いんすよね、今更親の前で親にいい子ぶるのって」


「……嘘臭い?」


「はい。だって、それまで散々親に対して酷い仕打ちをして来たわけじゃないっすか。暴言吐いたり、暴力振るったり、金まで盗んだり。そういう姿を知られている相手の前でいきなりいい子になろうとしても、なんか嘘臭い」


「……」


 ダッちんに言われ、ふと考えた。私が親の前でいい子になれないのは何故だろう。お母さん達との距離を縮めようと思った瞬間にほとばしる、あの鳥肌と嫌悪感の正体は何なのだろう。あの気持ちの根幹はどこにあるんだろう。


「俺は自分が変われただなんて思ってないです」


 その問いの答えを教えてくれたのが。


「だから家事を手伝っている時も、妹の面倒見てる時も、親の体調を気遣ってる時も、ふとした瞬間に平気で親殴ってた頃の自分が本当の自分なんだって思い出して、今いい子にしている自分の行動が嘘臭く感じる」


 私より四つも幼い、ただの小学生男子で。


「親を騙しているような気分にもなる」


 でも、彼の言い分にはどこか思い当たる所もあって。


「それに何より、相手も俺の事をそういう風に見て疑っているんじゃないかって思えて来て、怖くなる」


 それで。


「だから俺、お袋との距離は今もずっと開いたまんまです。向こうは一生懸命俺と普通の親子になろうとしてくれているのはわかるんすけど、どうしても気が引けちゃって」


「……」


「……って、イヴさん?」


「……ううん。なんでもない。ただちょっと」


 しっくり来てしまった私が、確かにここにはいて。


「しっくり来ただけ。……そっか。嘘臭いか。気持ちの正体を言語化出来ると、なんかスッキリするね」


「えっと……要するに俺、なんか役に立てたって事でいいんすか?」


「なわけないじゃん。気持ちの正体がわかったって、行動に移せるかどうかは別だもん。でもそれはそれとして、親と距離を取っちゃう理由はなんとなくわかったし、だからまぁ……、うん。そこはありがとう」


「はぁ……。まぁ、よくわかんないっすけどどういたしまして」


 ダッちんにお礼も言った所で、私は杖を頼りに立ち上がった。いい加減、年下にここまで気を遣われて構われる自分に嫌気が差したのだ。


「帰るんすか?」


「うん」


「大丈夫っすか?」


「何が?」


「さっきの奴ら。あれ、イヴさんの同級生かなんかっすよね? 制服のデザイン似てたし。だったら明日また学校で顔合わせる事になるし、大丈夫かなって」


「……」


 それに。


「大丈夫じゃないって言ったらどうする?」


「……」


「うちの高校まで来て、私の事守ってくれるの?」


「……えっと」


 それに何より。


「守れるかどうかはともかくとして、やれるだけの事はやりますよ」


「具体的には?」


「え? あー、それは……んー……」


「……」


「えっと……、どうしよ。えー……」


「……」


「あ、そうだ! イヴさんのクラスメイト一人一人に、イヴさんを虐めないでくださいって頭下げましょうか?」


「それ余計虐められるやつなんだけど」


 これ以上こいつといたら、こいつはどこまでも私の力になろうとして来るから。これ以上、年下に変な気を遣わせて面倒かけるわけにはいかないよ。


「大丈夫。自分でなんとかするから。だから、ダッちんと会うのもこれでおしまい。私と会い続けたらダッちん、いつまでも私の力になろうとするもん。私の自立の邪魔、しないで欲しいな」


「え、でも」


「でもじゃない」


「いやそうじゃなくて」


「そうじゃなくてじゃない」


「いやいや、だから俺の話を聞いて」


「聞かなーい」


 私はダッちんの声には耳も向けず、真っ直ぐ公園の出口目掛けて歩みを進めたのだけれど。


「有生はどうすんすかっ!」


「……」


 なのにダッちんのやつ、どうしても耳を傾けなきゃいけない話題を私に振って来やがった。


「次の日曜、うちの学校でお楽しみ会があるんすよ。文化祭的なやつ」


 お楽しみ会。そういえばみってぃーの先生に襲撃を受ける直前に、そんな感じの話をみってぃーとしたっけ。それでみってぃー、私をお楽しみ会に誘ってくれたんだよね。


「今、俺と有生がリーダーやりながら出し物の準備をしてます。それで俺、有生に聞いたんです。『お前イヴさんの事誘うのか?』って。そしたらあいつ、イヴさんって誰だよとか言い出して」


「……」


 みってぃーが私の事を忘れている。それは初めて耳にした情報だったけど、私には一つだけ心当たりがあった。あいつだ。私がめちゃくちゃにしたこの街を修復している、みってぃーの母親らしきあの魔女だ。あいつ、色んな人の記憶を弄りながら世界の辻褄を合わせているらしいし、きっとみってぃーにとって不都合な記憶になり得る私との思い出も、あいつが改変しているのだろう。


「イヴさん、あいつと喧嘩でもしたんすか?」


 ダッちんは都合よくそんな勘違いをしてくれたけど。……いや、まぁ勘違いってわけでもないんだけどね。現に私とみってぃーは喧嘩したわけだし。この国中を巻き込んだ、終末の大喧嘩を。


「だとしたらせめて仲直りくらいしてくださいよ。このまんまお別れとか、そんなのイヴさんだって歯切れが悪いでしょ」


「……」


「俺、お楽しみ会の招待券持って明日もこの時間にここで待ってます」


「……」


「お楽しみ会に来てくださいよ、イヴさん」


「……」


「俺とのお別れはその時にでも」


「……」


 この時、私は何て答えようとしたんだろう。嫌だと答えるつもりだったのだろうか。それともわかったと答えるつもりだったのだろうか。もしくは考えてみるなどと言ったどっちつかずな答えを言うつもりだったのかも知れないし、はたまた何も聞かなかった事にしてこの場を立ち去るつもりだったのかも知れない。


 でも、わからない。どういう答えを言おうとしたのか、思い出せなくなってしまったのだ。


「赤海ぃ!」


 だって。


「よかった……、まだいたんだ……!」


 だって……。


「赤海、聞いてくれ! 俺、どうしても赤海に言っておきたい事があって……!」


 とっくに男友達と一緒に家に帰ったと思っていたはずのコウキくんが、息を切らしながら戻って来たんだから。


 私にひとときの恋人ごっこを楽しませてくれたコウキくんが、また私と恋人ごっこを続けるように、私の手を握って来た。

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