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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 壊れていく少女
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お母さん、全滅

 八月になる。燦々と照りつける太陽というのは命の源であるはずなのに、心拍数の増加にも気を付けなければならなくなった私にとっては、最早ただの毒でしかない。


 糖尿病を発症したての頃は、インスリン注射さえ打てば健常者と全く同じ生活をする事が出来た。しかし糖尿病の進行でネフローゼ症候群を発症してからは食事制限が強いられるようになり、慢性腎不全になってからは水分の制限まで強いられるようになった。おまけに透析を導入してからは、二日に一回、六時間にも及ぶ自由を奪われるようになって、狭心症を発症した今は、心臓に負担をかけるあらゆる物が制限されてしまった。


 そんな失ってばかりの日々を送る私でも、新しく手に入った物はいくつも存在する。ザンドという唯一無二の親友に、ザンドがもたらしてくれた魔法の力。その魔法の力の一つ先にある、上級の力だってそうだ。……それに。


「見て見て005号! また私のニュースが出てる!」


 上級の境地に足を踏み入れたおかげで、ニュース鑑賞という新しい趣味まで出来たんだ。それまでは自分の目の前で起きる出来事にしか興味を持てなかった私が、まさか社会情勢なんて物に興味を持つ日が来るだなんて。


 最近、テレビをつけると連日のように殺人事件の報道が流れている。被害者は皆んな不可解な死を遂げている事から、人々はそれらの事件を超常殺人だの不可能犯罪だのと騒ぎ立て、それらの話題が出る度に、私の心は狭心症から解き放たれたような軽さを取り戻すのだ。


 バラしたい。それらの超常現象を引き起こしている魔性の女がここにいると、声を大にして教えてあげたい。確かにそれらの騒ぎは、私の好奇心や承認欲求を満たしてくれるものの、しかしSNSでの反応を見た限りではまだ物足りない。私はスマホに写る、SNSユーザーの反応を見ながらため息を漏らした。


 これだけの事件を起こし続けているにも関わらず、やはりネットの反応は殆どが他人事。彼らはまさか自分が標的になるかもだなんて微塵も思っている様子がなく、呑気な物である。とは言え少なくとも一日一人、多くても一日五人くらいしか殺していない私にも問題はあるのだろう。一日あたりその程度しか殺されていないのなら、そりゃあ自分が被害者に選ばれるだなんて思いもしないはずだ。


 やっぱり一度、数百人単位での被害を出す大事件を起こした方がいいのかもね。例えば……そう。飛行機を墜落させてみたりとか。


 サイボーグ化した私の体は、私が思っている以上に、中々の利便性を備えた高性能ロボットである事が、最近になってわかってきた。例えばこの体のまま何らかの機械に触れると、私の体とその機械は融合を果たす。すると私は自分の体を動かすように、融合したその機械を自由自在に操る事が出来るのだ。私は運転免許の勉強を一切してはいないが、試しに車と融合してみると、私の思いのままに車を操縦する事が出来たのである。


 しかしながらこの力も、やはり万能と言うわけにはいかなかった。機械と融合し、自分の思うがままに操る事が出来る力。そこで私が試したのは、スマホやパソコンのような通信機器との融合だ。それらと融合し、自由自在に操る事が出来たのなら、ネットの向こう側でほくそ笑んでいる陰キャ共の個人情報を特定し、そのまま殺しに行けるかもと思った。……が。


「……いった⁉︎」


 結果はご覧の通り。私はスマホから指を分離し、痛みのあまりスマホを投げ飛ばしてしまった。私の足はすっかり痛覚を失ってしまったものの、しかし心臓との距離が近い腕はまだまだ血流がよくて健康的である。腕の義装を解除すると、私の指先には紅斑が浮かんでいた。やっぱりダメだな。スマホと融合する事は出来ても、ネットへの接続は自殺行為だ。


 SNSで特集されていた超常殺人の記事のコメント欄に、やたらと癪に障る口ぶりのユーザーがいた。だから私はスマホと融合し、ネットを介して彼の現住所を特定しようと目論んだものの、結果はご覧の有り様である。私はネットに拒絶されてしまったのだ。恐らくセキュリティが私の事をコンピューターウィルスだと判断し、攻撃を仕掛けて来たのだろう。私の指先に浮かぶこの紅斑は、免疫疾患によって現れる皮膚の症状と酷似していた。


 食事制限を強いられている私の体は、普通の人よりも免疫力が大分低い。私の体が本当の意味で絶好調だったのなら、コンピューターセキュリティVS生体免疫機構の大バトルを繰り広げた末に、ハッキングしてやる事も出来たのかも知れないけれど。結局今の私に出来る事は、家電や車のような、ネットから隔絶された電化製品を自由自在に操るのが関の山だという事らしい。とても残念だ。


 果たして私は飛行機を乗っ取り墜落させる事が出来るのだろうか。飛行機のコンピューターに本格的なセキュリティソフトが搭載されているとは思えないけれど。私は投げ飛ばしてしまったスマホを取りに腰を上げる。……が、その時。


「あー!」


「……」


 私がスマホに手を伸ばすよりも先に、別の人物の手が私のスマホを掴み上げた。投げ飛ばされたスマホを追いかけて捕まえに行くその様は、まるでボール遊びに熱中する犬のようでもあった。……いや、それを犬のようだと評するのは犬に失礼か。


 犬というのは愛玩動物の中でも相当知能の高い部類に属する動物だ。犬に芸を仕込むのと猫に芸を仕込むのとでは、その難しさは天地の差とも言えるだろう。犬は集団で狩りを行う為、仲間内でチームワークを取るには思考の発達が欠かせない。対して猫は単独による狩りが主流な為、複雑な思考は必要なく、動く獲物を反射的に追いかける本能が強く残っていればそれでいい。


 そんなコミュニケーション能力を発達させた犬の知能レベルは、人間で言う所の三歳児並みに相当すると言われている。魔の二歳児と呼ばれる、人生で最も聞き分けのない時期を脱出し、大人の指示をある程度理解出来る人間と同程度の知能を持っているからこそ、犬は愛玩動物の域を超えて、警察犬や盲導犬などといった活躍を見せる事が出来るのだ。


 私から言わせれば、犬の知能が三歳児並みだとするなら、三歳未満の人間の子供は犬以下の存在も同然である。実際幼児の仕草なんて動物そのものじゃないか。道の真ん中で駄々を捏ね、自分の主張が通らないと分かるとその場で寝そべる。そんな二歳児を街中で見かける度に、私はあれらを人間と思う事が出来ないのだ。……だから。


「何してるの?」


 私はせめてもの情けで、義装を解除した右腕で拳を作り、その聞き分けのない動物を。


「勝手に人のもん取ってんじゃねえよッ!」


 生後四ヶ月の身でありながら、五歳児に相当する体躯を手にした私のクローンに、鉄拳を用いて制裁を加えた。クローンの悲鳴がレンタルボックス内に反響する。


「あーあ、べたべた舐めちゃってさー。ばっちいなー」


 私はクローンから取り替えしたスマホを親指と人差し指で摘みながら、赤ちゃん用のお尻拭きを一枚取り出し、綺麗に拭いた。唾液の匂いが消えた所で私はスマホをポケットにしまい、殴られた頬を抑えながら泣き叫ぶクローンの方へと歩み寄る。スマホを涎で汚されて、パンチの一発程度で気が済むわけがないのだ。私はクローンの体に、もう五、六発くらいの蹴りを入れてやろうと思ったのだけれど。


「……やめろ」


「……」


 私の左足に、005号がしがみつく。


「……やめろ。この悪魔……っ」


「……悪魔じゃなくて」


 だから私は右足を振り上げ。


「天使だってば」


 左足にしがみつく彼女の体を蹴り飛ばした。一応手加減はしているものの、しかし成人の体を持った彼女を蹴る為に、わざわざ足の義装は外さない。金属の塊と衝突した005号の体は紙のように宙を舞い、そして床に叩きつけられる。しかし005号はすぐに顔を上げ、刺し殺すような視線を私に向けながら問いかけるのだ。


「その子に何をしたの……?」


「……」


「どうしてこんなに早く体が大きくなるの……?」


「……」


「予防接種とか言って毎週打たせているあの注射は何……? あれは本当に予防接種……?」


「……」


「あなたは天使なんかじゃない。自分が犯した殺しのニュースを、毎回毎回ケラケラ笑いながら見せつけてくる天使がどこにいるの……?」


「……」


「お前のどこが天使だこの悪魔ッ!」


 それは私の標的が、私のクローンから005号へと移り変わった瞬間だった。私は彼女の髪を掴み上げながら訊ねてみる。


「005号さー。散々復讐してやるだの殺してやるだの言っておいて、結局この程度なんだよね。本当期待外れもいい所。……まぁ、私が強くなり過ぎちゃったっていうのもあるんだけど」


 魔女の限界に辿り着いた時の私は期待していた。復讐心を激らせた彼女が私にどんな仕打ちをしてくるのか。私をどう甚振り、私をどう犯し、私を殺すのか。……本当に期待していたんだけどな。


「ごめんね。私、もう005号には期待出来ないんだよ。前までは私も相当弱ってたし、本当に復讐されちゃうのかもっていう期待が持てたから、005号のその反抗的な態度にもワクワク出来てた。……でも、こんなに強くなっちゃったらもうダメだ。005号は絶対に私を殺せない。そう理解しちゃうとさ……。敵いもしないくせに、反抗心だけは一丁前に剥き出しなその態度が、ただただムカつく」


 私は期待外れと化した復讐の鬼(笑)に問いかける。


「教えてよ005号。005号は私にどんな事をしてくれるの? ううん。どんな事が出来るの? 何も出来ないでしょ。反抗どころか抵抗だって出来やしないんだ。今だって私に手加減されている事くらいわかるよね? こんなに力量差があって、どうやって私に復讐する気? 返り討ちに遭うだけじゃん。殺されてそれでおしまいだよ」


「……呪い殺す。……私が死んだら……、あなたの事を呪って、地獄の底まで……っ」


「……呪いって」


 彼女の返答を聞き、私は肩を落とした。人は呆れ過ぎると怒りも悲しみも通り越して笑えて来ると言うけれど、あれって本当だ。彼女のその間抜けな返答に、思わず鼻で笑っちゃった。


「私さー、もう百五十人は殺してるんだよね」


 これが失笑というやつか。


「私いつ呪われるの? 教えてよ」


 005号の髪から手を離す。005号は物理の法則に従い、崩れるように頭と床をくっつけた。005号の啜り泣く声と、私のクローンの大泣きが不快なノイズを奏ていて頭が割れそうだ。


 当初の予定では、私のクローンが手に負えるレベルにまで成長すれば、005号は解放するつもりだった。しかし私のクローンは見ての通り、肥育ホルモンを定期的に投与しているおかげで、肉体こそ五歳児相当に成長しているものの、精神年齢は変わらず0歳のままだ。こんなのをお世話するのも面倒だし、結局私は005号を解放しないまま子育てをやらせている。その為だけに005号を生かしている。それがこう……、生意気な態度を取られちゃうとさ。


「もしかして自分は殺されないと思ってそんな態度を続けてたりする? だとしたら考えを改めた方がいいよ。私が005号を生かしているのは、あれのお世話係にちょうどいいから。結構ギリギリの所でキレるのを我慢してるんだからね? そろそろ態度を改めておかないと本当に……」


 と、その時。


【イヴっち。その事なんだけど】


 突如私達の会話にザンドが割って入った。


「何?」


【あのさ、ちょっとうちをあのクローンに持たせてみてくんない?】


「え?」


 おかしな提案をされてしまった。ザンドをあのクローンに持たせる?


「えー、何で? それでまた涎べしょべしょにされたら嫌なんだけど」


【いいからいいから。試してみたい事があんの】


「もー、しょうがないなぁ……」


 ザンドが何を企てているのかはわからないけど、折角の友からのお願いだ。私は未だに泣き止まないクローンの側まで近寄り、そいつの手にザンドを持たせてみた。……すると。


「……」


 私のクローンが、突如電池でも切れたかのようにピタリと泣き止み出した。……いや、それだけじゃない。まだ運動能力も未熟で這いつくばるようにしか動けないクローンが、不安定な足取りながらも立ち上がったのだ。そして。


「うぇ……いー、あ」


「……」


「あう? あ! あーーーー! あ! うー……。えー、いー、あー! あーっ!」


 呂律の回らない舌を一生懸命に転がし、何かを喋ろうとさえしている。けれどいくら頑張っても言葉らしい言葉が出る事はなく、またその足取りも限界が来たようで、私のクローンはすぐに蹌踉めきながら、その場で大きく転倒してしまった。クローンの口から再び漏れ出す、赤子特有の不快な絶叫。クローンは転倒の衝撃でザンドを手放してしまったのだ。


【うーん……、思ったよりは上手く行かなかったか。でも、初っ端からこれなら上出来じゃね?】


 クローンに投げ飛ばされたザンドのページに文字が浮かび上がる。


「……ザンド。ねぇ、今のってもしかして」


【うん。乗っ取ってみた】


「……」


 私の中で、希望の種が無数に芽吹くのを感じた。


【イヴっちと同じDNAを持ってるし、もしかしたらあれでも魔法が使えんじゃね? って思ったんだよね。で、いざあいつに持たれてみるとびっくり。うちの意思であれを動かせたんだよ。ほら、魔女と魔書って心がリンクするじゃん? 多分、あれはまだ自我のない赤ん坊だから乗っ取る事が出来たんだ。流石にあの呂律じゃ魔法は唱えられなかったけど……。でも】


 ザンドの視線が私から逸れる。私のはるか後方。背中を丸めながら啜り泣く005号の事を、冷たい視線で見つめている。


【これでクローンのお世話はうちが出来るね。だったらあれ、もう用済みじゃね?】


「……」


 私はザンドを手に取り、005号の元まで歩み寄る。


「005号」


 そして。


「今日まで一年間お疲れ様でした! とっておきの余興を用意してあるから、解放される前に目一杯楽しんで来てよ」


「……余興?」


「うん。002号と同じ余興。in 北海道」

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