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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 壊れていく少女
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悪魔がいる東京

 こうして魔法の存在を包み隠さなくなった私による暇つぶしの日々が幕を開けた。


 最初のターゲットは深夜の公園で見つける事になる。優雅に空の散歩に洒落込んでいた私の耳に、悲鳴にも近い猫の鳴き声が届いたのだ。声のした方へ足を運ぶと、そこにいたのは私と然程年齢の変わらなさそうな少年の姿。彼はエアガンを構えながら野良猫の親子を狙撃していた。


「やっほー!」


 私は少年の背後へと降り立ち、その暴力性に塗れた背中へ声をかける。すると少年は突如姿を現した私と言う異形に動揺し、小さな悲鳴をあげながら、わかりやすいくらいの尻餅をついた。


「もーう、そんな驚かないでよ。傷つくじゃん」


 少年はじわじわと後ずさるものの、しかし尻餅をついた状態での移動なんてたかが知れている。私は彼の眼前まで迫り、訊ねてみた。


「楽しそうな事してるね。でもどう? 猫とか撃っても物足りなくない? こう言う玩具持ってると、その内人とか撃ってみたくなるでしょ」


 少年は何も答えない。というより動揺していて言葉が出ないんだ。実際彼は言葉での否定をしないだけで、口をぱくぱくさせながら首を横に振っている。「あ」と「え」以外の声を封じられた人形のようでもあった。


「へー、ならないんだ。私はなったんだけどなー。大佐! 今日も害獣の駆除、ご苦労であります!」


 私は銃を持ってもなお一般市民を襲おうとはしない理性的な彼に。それどころか一般市民の為に、野良猫の駆除活動にまで従事してくれている心優しい彼に敬礼を送り。


「よろしければそんな大佐に一つお願いがあるのですが」


 そしてザンドを取り出して、一つの魔法をプレゼントしてあげた。彼の頭に、私が装着している物と同じ形状のヘルメットを被せてあげたのだ。とは言ってもそれは私のように、あらゆる視覚情報を補強してくれるような代物ではなく、ヘルメット内部の音声を最小限に留める防音具としての役割しか果たさないのだが。


「では決戦のバトルフィールドへ向かいましょーう!」


 私は悲鳴を封じられた彼の首根っこを掴み、そして闘技場へと連行した。闘技場と言ってもそこは単なる公衆トイレの個室でしかないのだけれど。


「それでは大佐! 害獣の駆除、どうかよろしくお願い致します!」


 私はトイレの個室に大佐とそれを放り込み、扉を固く閉ざした。私自身は個室上部の隙間から顔を覗かせ、二人の戦いの行く末をゆっくりと観覧する。しかし恐怖よりも戸惑いが上回っている大佐の様子を見た感じ、自分が今どれだけ危機的な状況に陥っているのか、よく理解出来ていないようだから。


「あー、ちなみにその害獣」


 私は大佐と一緒にトイレに放り込んだその蛇について、簡単に教えてあげた。


「今朝オーストラリアで捕まえた、世界最強の毒蛇だから」


 次の瞬間、深夜の公衆トイレに実弾とは比べ物にならない程弱々しく、それでいて頼りのない銃声が無数に鳴り響いた。


 毒。ゲームなんかだと、毒というステータス異常は、一律にキャラクターのHPを減少させるものとして描写されているが、実際の毒はその呼び方によって細かい分類がされているものだ。特に英語圏では偏に毒と言ってもポイズン、トキシン、ベノムなどと区分がなされていて非常にわかりやすい。


 Poison。一般的な毒の英訳であり、人の健康をマイナス方向へ傾ける作用を持つ物質全般がここに属する。


 Toxin。毒素の英訳で、生き物が生み出す毒全般がここに含まれる。日本ならフグ毒であるテトロドトキシンなどが有名だ。


 Venom。生物毒の中でも毒蛇や蜂のように、敵の体に注射するタイプの毒の総称がこれだ。そして私がオーストラリアで捕獲して来たインランドタイパンの猛毒は、現時点で地球で確認されている全ての毒蛇の中で、最も殺傷力の高い劇物である。


 ヘビ毒。蛇の毒腺から分泌され、咬傷によって相手の体内へ流し込むタイプの毒。ヘビ毒の多くは神経に作用する神経毒であり、その効能は神経と筋肉を遮断して筋肉に力が入らないようにするか、或いは筋肉への指令を増幅させる事で筋肉から力を抜けなくするかのどちらかに大別される。そしてそのどちらの反応が起きたにせよ、この毒を受けた人間は呆気なく窒息してしまうのである。


 呼吸というのは、肺の周囲に存在する筋肉で肺を潰したり拡げたりする事で行われる。故に筋肉が正常に収縮と弛緩を繰り返せなくなれば、当然呼吸は出来ない。そして。


「大佐ー!」


 私の目の前でインランドタイパンに噛まれてしまった大佐の命も、30分以内に窒息によって潰えてしまうのは明白だった。


 インランドタイパン。オーストラリア内陸に生息する、世界最強のヘビ毒を持った毒蛇。その発見は1800年後半頃にまで遡るが、しかしこの蛇の正確な生態が判明したのは、それから更に長い年月が経った1972年である。何故ならインランドタイパンは、それだけ強力な毒を持っていながら、性格は極めて温厚で臆病。常に逃げ回るように活動する為、中々人間に発見される事がなかったのだ。


 そんな彼らが猛毒を使用するのは、自分の身に命の危機が迫った場合のみ。言ってしまえば誰かに襲われでもしない限り、敵と遭遇すれば彼らの方から尻尾を撒いて逃げて行くのである。しかしそんな事を知らない大佐は彼にBB弾を放ち、足で蹴飛ばし、剰え手で払い除けようとまでしてしまった。そんな大佐がインランドタイパンに脅威として認定されるのは、必然の出来事と言えるだろう。


 私は個室の扉を開き、勇敢なる二人の戦士を闘技場から解放した。インランドタイパンはここぞとばかりに逃げ出すも、しかし大佐は蹲ったまま腰を上げようとはしなかった。それもそのはずだ。インランドタイパンの恐ろしさは、神経毒の他に出血毒も兼ね備えている所にあるのだから。


 血液というのは基本的には液体だが、しかし時と場合によっては、数ある血液凝固因子の作用によって、カチカチに固まるようになっている。傷口の血液なんかがまさにそうで、血液が固まる事でカサブタになり、それ以上の出血を防ごうと働くのだ。


 インランドタイパンの出血毒には、そんな数ある血液凝固因子の中から、第二凝固因子であるプロトロンビンを咬傷口に集める効能がある。すると咬傷口では強力な血液凝固が発生するものの、プロトロンビンの浪費によって体中からプロトロンビンが枯渇してしまうのだ。


 血液というのはドロドロし過ぎると血管を詰まらせる原因になる。しかしサラサラし過ぎた場合は血管から漏れ出てしまい、全身の血管で深刻な大出血を引き起こしてしまう。プロトロンビンが枯渇した大佐の血液は、まさにそんなサラサラし過ぎた状態になっていた。


「大佐。ドアは開けて置くから、死にたくなかったら30分以内に病院に行ってね? まぁ、海外産の毒蛇の血清が日本で簡単に手に入るとは思わないけど」


 しかしそこから先は私の知った事ではないので、私は大佐が助かる為に最低限必要な知識だけ教授してこの場を後にした。


 翌日。


「あらー、物騒ね……」


 朝食を囲む赤海家の食卓は、テレビに映るその報道に釘付けだった。なんせ近所の公園で、とある高校生が日本に存在しない蛇の毒を受けて変死していた姿が発見されたのだ。おまけにその近辺では毒蛇を見たという目撃談も多数寄せられていて。


「誰かがペットで飼っていたのを逃しちゃったのかしら。飼い主としての責任を持ってもらいたいわ」


「……っ、……ぷっ………! ゲホッ」


「イヴ! 大丈夫⁉︎」


 私はそのニュースのせいで、朝ごはんを盛大に噴き出してしまった。





 次に私が目をつけたのは一人のホストだった。深夜の新宿の道端で、女の人が泣きながらホスト風の男の足にしがみついている。彼らのやり取りに耳を傾けてみると…….、なるほど。お金を返して、お父さんが癌になっちゃったの、治療費が必要なの、等々。そんな女の人の嘆きが、雨のように降り注いでいた。


 詳細まではわからないものの、彼女は治療費に使わなければならない大金を、ホスト風の男に貢いでしまったのだろう。だったらそれは自業自得だ。使ってはいけない大切なお金をホストに貢いだ彼女が悪い。だから私はせめてもの情けで、彼女と彼女のお父さんを一緒に楽にさせてあげようと思ったのだが。


「しつけえんだよっ! どうせ助からねえんだからそんな病人とっとと殺せ!」


「……」


 予定変更。私は標的を女の人からホスト風の男に切り替えた。


「こんばんはー」


「……は?」


 その日の明け方。私はホスト風の男を尾行し、彼の住むマンションの前までやって来た。ホスト風の男が部屋の鍵を開けた所で、私は彼の隣に姿を現す。透明化の魔法も使えなくなった私だけれど、光学迷彩という形でなら、私のロボットは限りなく透明に近づく事は出来るらしい。しかしその為には私の全身を機械で覆う必要がある為、私としては息苦しさもあって積極的に使いたい魔法ではなかった。


「お兄さんの癌を治しに来た天使でーす」


 私は大佐にもそうしたように、お兄さんの頭にも防音のヘルメットを被せた上で部屋の中へと引き摺り込んだ。


「うわー、お酒だらけ。ホストってただでさえお仕事中にお酒を飲みまくるんでしょ? 私生活でもこんなに飲むんじゃ肝臓が大変だ」


 お兄さんの部屋の冷蔵庫を開けて驚く。中にギッシリと詰まったお酒の数々に、彼の肝臓の疲弊具合が堪らなく心配になってしまった。


「でも大丈夫。今からお兄さんの悪性の腫瘍を片っ端から焼き殺してあげる」


 ここは医療を嗜む私が彼の健康の為に一役買ってあげよう。放射線照射装置に囲まれながらベッドの上に拘束されるお兄さんの姿を見て、私はそう強く決意した。


 ガンマナイフ。脳に192本ものガンマ線ビームを放つ事で、頭蓋骨を開かずに脳内腫瘍を除去する事が出来る放射線治療技術である。ガンマ線ビームの一本一本の威力は恐ろしく低い為、通常はこの光線を浴びた所で細胞に影響が出る事はない。しかし光線と光線が重なると、その交点においてのみ殺傷力が僅かに増幅する。192本もの光線が一点で交わった際には確実な殺傷力へと形を変える為、頭を開かなくても、脳内に存在する腫瘍だけをピンポイントで狙って焼き殺す事が可能なのだ。


 思えば私は医療の勉強をしておきながら、肝心の治す方の知識はずっとお粗末だったね。そのせいで003号の早産を救えなかったし、数日前に銃殺したおじさんを救う事も出来なかった。だから私は反省したんだ。どうせ勉強をするのなら、医療本来の目的である治す方の勉強にも努力を向けてみようって。


 七つの大罪の中で、最も忌むべき罪は怠惰だと私は思う。他の大罪は、どんな不純な動機であっても人間を前に突き動かそうとする躍動があるからだ。でも、怠惰はいけない。怠けた人間は何もせず、何かを生み出す事だってないのだ。だから私も、例え治す事に興味はなかろうと、今日からは勤勉に治療の勉強にも励もうと思った。そして。


「じゃ、まずは一番問題だらけの肝臓から」


 私は彼の体にガンマ線を放射し、無麻酔のままその体内に潜む悪性腫瘍の数々を焼却して行った。……が。


「あー⁉︎ ちょっとちょっとちょっと! 急に動かないでよ!」


 すぐに私は彼に麻酔を施さなかった事を後悔する事になる。彼には防音ヘルメットを装着させている為、彼の悲鳴は酷く静かな物だ。しかしそれは声を抑えられているのであって、痛みまで抑えられているわけではない。肝臓内部の腫瘍を焼却された彼は、その痛みに負けて体を大きく跳ね上げ。


「大動脈焼いちゃったじゃん!」


 彼は即座に絶命した。だから私は思ったのだ。やっぱり治療の勉強はやーめた、と。やはり私に似合うのなんて、結局人を殺す為の魔法だけなのだ。


 その日の夕方。


「あらー……。またなの? これもやっぱり近所だし」


「ぶっ……っ! っ、……えへっ、ゲホっ!」


「イヴ⁉︎ どうしたの! 体が痛いの⁉︎」


 都内マンションにて、一人の男性が外傷のないまま大動脈を焼き切られて変死していたというニュースが報道される。そしてやはり私はそのニュースのせいで笑いが堪えられず、家族の前で夕飯を盛大に噴き出してしまうのだった。

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