神様になれる薬
床に転がったゴブリンの死骸を見ながら、あのまま抵抗せずに素直に犯された場合の自分の姿を想像してみた。
「……いやー、ないない」
想像してみて、そのあまりの滑稽さに笑みが溢れた。こいつら何て言ってたっけ。私を拐って、女としての価値がなくなるまでおっさんの相手をさせる? 十年後だか十五年後まで? 馬鹿だなー。私は透析を受けているって言ってあるのに。透析を中断したら、私の命は長くて二週間、短くて五日しか保たない。ほんと笑っちゃうよ。まさか知識レベルまでゴブリン並みだなんて。馬鹿に体を許すのは、ブサイクに体を許す事以上に気が乗らない。
「ザンド」
私は魔法で足の拘束具も切断する。自由になった両足で、目の前にあった適当なゴブリンの死骸の頭部を蹴飛ばしてみた。
「……っ、…………あっはははははーっ!」
するとやはり脳を失ったゴブリンの頭部が、木魚を叩いたような綺麗なリズムを放つものだから、私は再びお腹を抱えて笑ってしまった。面白い。目の前で起きる現象、目の前に存在する物、私の五感を撫で回す全ての刺激、そのどれもが面白おかしくて堪らない。これが覚醒剤の効能によって、無理矢理放出されたドーパミンが齎す、多幸感というものか。十連分しか石が残っていない状態で推しキャラの限定SSRを引いた時に感じた脳の痺れ。あれの何倍もの痺れが脳を飛び出し、私の体を優しく包み込んでくる。これは確かに中毒になる気持ちもわかっちゃうよ。
ドーパミン。脳内において、神経から神経への情報伝達を行う際に用いられる神経伝達物質。目で見た情報も、耳で聞いた情報も、このドーパミンが手紙の役割を果たして脳に伝える事で、動物は映像や音声、匂いや味などを認識する事が出来るのだ。
このドーパミンの生成量が極端に低下すると、人は情報認識能力が低下する。目で見た映像情報も、耳で聞いた音声情報も、手紙が無いせいで脳へ送る事が出来なくなってしまうのである。その為声をかけられても気がつかないし、目の前に車が迫っていても気づく事が出来ずに、事故を起こしたりもするだろう。鬱病患者によくある症状の正体が、まさにこのドーパミン不足によるものなのだ。
逆にこのドーパミンが過剰に生成されると、人は幻覚や幻聴を感じるようになってしまう。何も見ていなくても、何も聞いていなくても、過剰に増えた手紙がデタラメな情報を脳へ送りつけてしまう為だ。統合失調症患者が幻覚を見てしまう理由の正体も、やはりこのドーパミン過剰生成によるものであると言える。
そして、このドーパミンには情報の伝達以外にも、多幸感や全能感、並びに絶対的な自信を感じさせる快楽物質としての役割も兼ね備えているのだ。覚醒剤はこのドーパミンをドバドバと放出させる事で、強制的に脳を多幸感で埋め尽くす悪魔の薬物。私は今、悪魔に犯されていると言っても過言じゃない。魔王サタン程の位の高い悪魔なら、女神の私を犯すのに相応しい相手だと思えてしまった。
「……あれ? でも何でこのゴブリン、……消えないんだろ。モンスターを倒したら、普通アイテムをドロップして……消滅するのに」
私の目の前には四匹のゴブリンが転がっている。それは比喩的な表現でもあり、直喩的な表現でもあった。実際私の目には、彼らの姿がゴブリンの姿として映っている。過剰に放出されたドーパミンが、私にそのような幻覚を見せているのだ。
ゴブリンだけじゃない。私の目に映る全ての光景が、キラキラと輝いていて美しい。まるで天の川の真ん中をふわふわと飛んでいる気分にさせてくれる。この美しさの正体もやはりドーパミンによる幻覚であるのだろうけれど、しかしここまでの多幸感を味わえるのなら、もはや現実だろうと幻覚だろうと関係ない。
「……まぁいいや。……綺麗だし。……本当に綺麗。……これが上級の魔女の力なんだね」
【薬の力だね】
私はザンドを閉じて、周囲のキラキラを手に入れるべく、その場でぐるぐる回りながら、何度も何度も空中を握り締めた。……が。
「……あ」
覚醒剤は本来、十時間にも渡る多幸感と、その後数日間にも及ぶ幸福感の余韻を楽しめる薬物なのだが。どうも障害者である私には、それだけの時間を楽しむ猶予も与えて貰えないようだった。
心臓が疼く。狭心症の兆しだ。コカインに続いて覚醒剤まで投与したのだ。私の冠動脈はただでさえ狭いのに、交感神経の刺激によって更に血管収縮の負荷まで加わってしまった。
「……そうだ」
しかし私はまだ諦めない。昨日までの私なら、狭心症に屈してどこでも気軽に気絶していた事だろう。しかし今日の私は昨日までの私とはワケが違う。何せ今の私は神様だ。神様である私が狭心症如きに屈するなんて、笑い物も良い所である。
私はつい数分前に、ハゲ頭のゴブリンが呟いていた事を思い出していた。私は意識を失う前にハゲたゴブリンの側まで足を運び、彼の体をまさぐった。
「……あった。アイテムドロップ」
目当ての物は彼のポケットから出てきた。シルデナフィル。一般的な商品名はバイアグラ。半日以上もおちんちんを勃起させる、勃起不全治療薬。
学のない馬鹿なオスは、バイアグラを飲むと心臓に負担が掛かるという勘違いをよくするが、それは大きな間違いである。性的興奮による心臓のドキドキと心臓の負担を同一視しているのだ。
バイアグラは元々狭心症治療薬として開発された薬剤である。バイアグラの持つ代表的な作用は血管拡張。狭心症によって狭まった冠動脈を拡張させる事で、血の通りがよくなるのだ。そして、この血管拡張作用は心臓だけに限らず、全身のあらゆる血管で発生する。おちんちんもその中の一つである。
勃起。それはおちんちん内部に張り巡らされた、海綿体と呼ばれる無数の血管に血液が流入する事で、おちんちんが膨らむ現象の事。その為バイアグラの作用で海綿体が拡張すると、血液が流入しやすくなり、勃起不全のオスのおちんちんでも、薬の効果が消えるまで勃起が可能となる。
私はアイテムドロップしたバイアグラを口に含み、唾液に絡ませながら飲み込んだ。大丈夫。今回の狭心症はこれまでのに比べれば弱い方だ。薬が胃で消化され、腸で吸収されるまでの30分間を安静にしていればすぐに良くなる事だろう。私は足元に転がるゴブリンの死体群を踏み抜きながらソファへ近寄り、腰を下ろしてゆっくりと横になった。
「……」
覚醒剤による夢見心地はまだまだ続いている。夢見心地と言う割に、アッパー系の薬物である覚醒剤は私から眠気を根こそぎ奪い取るのだが。
私は未だに部屋を満たす、キラキラした光を諦め切る事が出来ないようだった。仰向けに寝転がりながら、何度も何度も空中を掴んでしまう。その内心臓に宿る違和感がスゥッと消え去った事で、私はバイアグラが吸収されるまでの30分もの時間を、空中を掴み続ける無意味な行動に費やしていたのだと自覚した。
「……ふふっ」
覚醒剤を使用すると、人の集中力が格段に上昇する。これまでは心臓への違和感に対して集中力が持続していたものの、しかしバイアグラの効果で狭心症が治まると、今度は別の刺激に集中力が矛先を向けるのだ。私は首を傾け、部屋の隅に設置された姿見に写る自分の姿を確認した。なんてハレンチな姿をしているのだろう。ゴブリン達に脱がされ、そして荒らされた衣服を直しもせずに、ずっと半裸の状態で過ごしていたのか。
私の視線は、姿見に映る半裸の私をただひたすらに捉え続ける。特に下着を取り払われた下半身に存在するそれには釘付けだった。
バイアグラはおちんちんを勃起させる。私の体におちんちんはないけれど、しかしオスの亀頭に該当する構造物なら女の私でも持っている。
「……二ヶ月ぶり」
私の指が、構造物を慰める為に静かに伸びて行った。
少しでも面白いと思っていただけたなら下の方で⭐︎の評価をお願いします!
つまらなければ⭐︎一つでも全然構いません!
ブックマーク、いいね、感想などもいただけるととても励みになります!