魔女に犯される
「……あれ?」
ヒジリちゃんが正気を取り戻したのは、それから20分が経過した頃だった。20分で快楽から目が覚める。コカイン特有の作用時間の短さだ。そんな正常な反応が彼女の身に起きた事で、俺は仄かな安心感を味わう事が出来た。この子は人間だ。コカインを摂取した人間と全く同じ反応を示しているのだから、当然この子も人間であるはずなんだと。
コカインは別名、セレブドラッグとも呼ばれている。その手に入りにくさから純度の高い物は高額で取り引きされる上、一度接種すれば数時間は快感が持続する覚醒剤と違って、コカインによる快楽持続時間はたったの20〜30分しかない。その為コカインを使用する者は、その短い快楽を何度も得ようと、高価なコカインを一日の内に複数回使用する事になる。コカインとはとにかく金のかかる薬物なのである。
はっきり言って、値段的な意味でも快楽の持続時間的な意味でも、コカインの効能は覚醒剤には遠く及ばない。しかしその持続時間の短さは、使用者が表舞台に立つような有名人ならば大きなメリットとして働くものだ。
覚醒剤は一度使用すれば、数時間はトリップした状態が続いてしまう。トリップが終わった後も快楽の余韻が二、三日は持続する為、そんな状態で仕事なんて手につく筈もない。その点効果時間の短いコカインならば、自由な隙間時間にタバコ休憩でも挟む感覚で快楽を得る事が可能だ。カメラの前に出る事の多い芸能人が、コカインの所持で逮捕されるニュースが多いのはこの為である。
「目が覚めた?」
俺はそんな夢の20分間から帰還した彼女に問いかけた。……とは言え、本当に夢のような20分間を経験したのは俺の方か。夢は夢でも悪魔の方だが。本当はこの20分の間に、色々と済ませておきたい事な山のようにあった。しかし俺はそれらの行為に一切手をつける事が出来なかった。
恐怖だ。この子の体に手を出そうとする度に、恍悦とした眼差しを俺に向けてくる彼女の視線が不気味で堪らなかった。確かに彼女は最初、自分の局部に手を触れようとする俺の手首を掴んで拒んだ。けれど拒んだのはそれ一回きり。再び彼女の下着に手を触れようとした俺に、彼女は二度目の拒絶はしなかったのだ。
食い入るように、食い殺すように、真っ直ぐな眼差しで俺の手つきを見つめて来る。まるで早くしろと、早く犯せと、急かしているようにさえ感じてしまった。彼女のその眼差しの正体が、コカインによる判断力の低下だと安直に思えたのなら、俺はどれだけ気が楽だっただろう。しかし俺には、どうしても彼女がトリップしているようには見えなかった。
彼女からは確かに高揚感を感じられた。それなのに同時に平常心も兼ね備えているようにも見えてしまったのだ。これからレイプされる女が、落ち着いた目付きで俺の行動を逐一観察しているんだ。これが不気味でないなら、一体何だと言うのだ。彼女に手を出そうとする度に、まるで俺の方が魔女にレイプされかけているような、そんな不快な感覚が全身に蔓延ったというのに。……まぁ、しかし。
「……なんか。……え。……もう、終わり……?」
正気を取り戻した今の彼女からは、魔女のような邪悪さは感じられない。さっきまでの怪しい笑顔がまるで嘘のように、コカインの効き目から解放された現状に戸惑いを隠せないでいる。
「……」
そうなって来ると、ふつふつと込み上がって来るのが怒りである。こんなガキに恐怖を抱いた情けなさ。20分も無防備な状態に仕上げてみせたのに、胸の一つも揉む事の出来なかった己の不甲斐なさ。俺は一体こんな子供の何をそこまで警戒していたんだ。
「気分はどう?」
「……あ、はい。なんかその……、凄かった」
少女は正気に戻りたての緩い思考で、コカインの感想を簡潔に述べた。しかし情けなく垂れ下がった眉や目尻が、彼女の物足りなさをこれでもかとばかりに俺に見せつける。
「物足りないでしょ?」
彼女の心を代弁するようにそう訊ねると、彼女は照れたように視線を逸らし、そして小さく俯いた。俯くと言うより、俺の問いかけに肯定して首を小さく縦に振ったのだろう。なんて事はない。やっぱりこいつはただの人間だ。体付きしか成熟していない、年齢不相応に精神年齢の低いただのガキなんだ。
「こっちもいっとく?」
俺はそんな彼女の目の前に、二つ目の薬物を差し出した。白色寄りの無色透明。コカインよりも粒子の大きい結晶型。効き目はコカインの数十倍長持ちで、材料さえ揃えばどこでも作れる魔法の薬。10の天井を安安と突破し、精神状態を20にも30にも引き上げてくれる、最も身近で、最も手軽なアッパー系ドラッグ、覚醒剤。
「これ使ったら、多分気持ち良すぎて今日はお家に帰れなくなると思うけど」
彼女は何も答えない。使いたいと言葉を発する事も、首を縦に振る程度の意思表示もせずに、ただただじーっと覚醒剤に目を向けていた。
「戻ってくるまでに嫌だって言わなきゃ使うよ。それまでよく考えて。怖いって思うなら帰ってもいいから」
俺はソファから腰を上げ、静脈注射の準備をするべく台所の方へと足を運んだ。準備と言っても簡単な事だ。覚醒剤を水で溶かし、静脈を浮かばせる為のゴム紐と注射器の用意さえすればそれで終わり。一分もかからない。彼女に考えさせる時間なんて、最初から提供する気はないのだ。もっとも、仮に彼女が嫌だと拒んだ所で、素直に帰すつもりなんてさらさらないが。
「帰らなかったんだね」
部屋に戻ると、ヒジリちゃんはソファに腰を下ろしたまま、膝を抱えながらこちらの様子をチラチラと窺っていた。なんて事はない。未知の好奇心に抗えない、年相応の反応だと思う。
この子はきっと、自分の口から打ちたいと言い出す事はないだろう。最近の若い子の特徴だ。自我が希薄で、何をするにも他人任せ。自分がしたい事でも自分からは言い出せず、他人の口から言って貰えるまで、ただひたすらに受けの姿勢を貫く。……ほんと、どうして俺はこんな未熟な子供に恐怖を感じてしまったのやら。
「オッケーって意味で受け取るよ?」
俺は彼女の隣に腰を下ろす。
「腕、出して」
「……」
彼女はブラウスの裾から伸びる白い腕を、そっと俺の前に差し出した。
「肌の色、すごい薄いね。静脈が分かりやすくて助かるよ」
運動のイメージとは程遠い、白くみずみずしい肌の色。今年は例年よりも気温の上昇が目立ち、そんな年の初夏にこれだけの白い肌を維持しているからには、本当に必要最低限の時間しか外出しない毎日を過ごしているのが予想出来る。
俺は彼女の上腕をゴム紐でキツく結び、ただでさえよく見える静脈を、より一層濃く浮かび上がらせた。そして注射器の針を静脈目掛けて突き刺そうと……、したものの。
「ん」
「え?」
ヒジリちゃんから、何やら小さな封のような物を差し出された。
「何これ?」
「……アルコール綿。注射する時は使わないと」
「細かいね……」
どうしてこんな物を携帯しているのか気になったものの、考えてみればこの子は糖尿病だ。インスリン注射の為に必要な道具なのだろう。俺は彼女から封を受け止り、切り口を割いて中身を取り出し、アルコールの匂いを漂わせるその綿で彼女の静脈上の皮膚を拭いてやった。
「じゃあ、今度こそ」
そして今度という今度こそ、彼女の白い肌に浮かび上がった青い血管に針を刺し、水に溶かした覚醒剤をゆっくりと注入した。
「…………あっ」
効き目はすぐに出て来た。迅速な即効性と、長期的な持続性。早い人なら注入直後から効果が現れ、長い人なら三日以上も興奮が持続する。話題のソファの何倍もの効力で人をダメにして行く快楽の宝庫。彼女もまた、そんな快楽の海へと。……いや。快楽の沼へとズブズブと沈んで行った。
ヒジリちゃんは注射を打たれると、静かに腕を引いて体育座りを始めた。正気に戻り出した直後だと言うのに、その体には再び快楽の症状が浮かび上がってくる。じわじわと紅に染まる頬、目的地を忘れてフラフラと漂う視線。呼吸は荒く、汗も滲み、その体は全体的に小刻みに震えているようにも見えた。
すると次の瞬間、行き先を忘れた彼女の視線が、ある一点を捉え出す。天井だ。天井で光を放つ電球を、彼女は微笑みながら真っ直ぐ捉えている。俺はヒジリちゃんに訊ねた。
「どんな気分?」
ヒジリちゃんは答える。
「……キラキラしてる」
電球に手を伸ばし、星でも掴み取ろうとするように拳を開閉しながら静かに答えた。
「……電気がいっぱい。お星様みたい。……ここって空だっけ。……綺麗」
そう答えると、次にヒジリちゃんは本格的に星を手に入れようと思い立ったのだろう。ソファから立ち上がり、天井目掛けて大きく手を伸ばした。……が、女子高生の平均的な身長を持つ彼女の体では、踏み台もなしに天井まで手が届く事はない。
「……取れない」
それから二、三回天井目掛けて手を伸ばすも、しかし初めての感覚に足元も不安定で、彼女は尻餅をつくように後方へ倒れてしまった。ソファが無ければ、下手したら骨盤にヒビくらいは入っていたのかも知れない。彼女の奇行はそれからも続いて行く。
「なんで……、何で取れないの……っ」
ソファから立っては座り、立っては座りを複数回繰り返し、それでも天井に手が届かないとわかると、今度はソファの周囲をぐるぐると二回三回周回し始めた。その行動と天井に手を伸ばす行為に関連性があるとは到底思えない。
「……っ、……ふふっ……、こんな事して取れるわけないじゃん……っ! ……っ、……いっひひ」
彼女がその事に気がついたのは、ソファの周りを五周は周った頃だった。床に寝そべり、背中を丸めながらお腹を抱え、床を激しく叩きつけては無意味な行動を続けていた己の行動を嘲笑う。しかし彼女の嘲笑が続いたのもほんの数十秒の事。その微かな笑みは次第に声を荒げ、一分も経った頃には雄叫びのような爆笑を轟かせたのだ。
「どう? ヒジリちゃん。気持ちいい?」
「気持ち悪いッ!」
ヒジリちゃんは病人の声とは思えない声量でハキハキと答えた。
「でもっ、……でも、なんか……気持ちいい。気持ち悪いのに気持ちいい……、わかんない。……わかんないけど、頭からヨダレが出てくる……っ。さ……最高ぅ……っ」
そして、遂に彼女は行動を起こした。自分の手のひらを顔の前まで持ってきて、その病的なまでに白く細い指を、赤ん坊のように口に入れて舐め始めたのだ。唾液の纏わりついた舌が指を撫で回す、艶かしい液体の音が室内に充満していく。
彼女は一分程自分の指を舐め回した後、ゆっくりと口の中から指を抜き取った。指と口の間に架かる唾液の吊り橋。彼女はそんな唾液さえも愛おしそうに見つめた後、ゆっくりと自分の下着の中へ手を伸ばしたものだから。
「ダメ」
俺は彼女に馬乗りになり、下半身に伸びかけたその手首を掴んで、それ以上の行動に移すのを妨げた。
「そっから先は俺達がやるから。……おい」
俺の合図を皮切りに、廊下の外から物音がし出した。襖の開く音、誰かが廊下を歩く音、複数人の足音。彼らはゾロゾロと足並みを揃え、薬とは無関係な、純粋な生殖本能によって血走った表情を浮かべながら、部屋の中へと足を踏み込んだ。
「遅ぇぞ。何分待たせんだ」
彼らの中の一人、三十代半ばで、じわじわとハゲ始めた頭がトレードマークのおっさん、木谷さんが不機嫌そうに呟く。ここのグループの実質的なリーダー格で、俺達に薬を提供してくれる人物だ。俺達は所詮、この人に協力して、商売の片棒を担いでいるだけの小物だ。木谷さんとの関係はそれ以上でもそれ以下でも為、彼の素性なんて俺の知った事ではないが……。まぁ、ヤのつく人と繋がりがあるか、或いはヤのつく人そのものであろう事は容易に想像がつく。
「さーせん。初っ端から覚醒剤を使おうと思ったんすけど、急に暴れ出すもんだからこぼしちゃって……。それと本当申し訳ないんすけど、チャリンコも使っちゃいました」
俺は軽度の嘘を交えた上で、苦笑いを浮かべながら、床に残ったなんちゃってコカインを木谷さんに見せた。掃除したとは言え、床に僅かに散らばった白い粉末を見ながら木田さんは溜め息を吐く。
「あーあ、何してんだよ勿体ねえなぁ……」
「まぁまぁ。でもほら、現役のJKっすよ? こんくらいすぐ稼いでくれますって。なぁ?」
俺は文字通りの意味で俺の尻に敷かれているヒジリちゃんに問いかけた。
「……誰?」
惚けた表情を浮かべながら訊ね返すヒジリちゃん。見知らぬ男が増えた恐怖よりも疑問の方が先に出て来たか。まだ辛うじて理性が残っているようだが、どうせそれもすぐに消えて行く。これまでの女も皆んなそうだった。
「さぁ? 誰だろうね」
俺は彼女の質問をはぐらかし、残りの二人の仲間にも顎で指示を出した。
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