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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第二章 壊れていく少女
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ネクストコナンズヒント:お野菜と自転車とアイスクリーム

【いい? 自分は全能だって信じる力が、少しでも疑念を上回ればこの試練はそこで終了する。異世界留学六年目の魔女の心理状態は、大体四信六疑から半信半疑だ。これを十信零疑まであげられたなら言う事なし。七信三疑でも凄いし、六信四疑でも十分だよ。なんなら5.1信4.9疑だって構わない。半信半疑の壁をほんの少しでも乗り越えた魔女だけが上級魔女になれるの。でも、半信半疑以下は全部ダメ。0.000001%でも疑念が上回れば、この試練は絶対に乗り越えられない。魔法の存在しない世界で生まれ育ったイヴっちにとって、これ程難しい試練は中々ないっしょ?】


 本当にその通りだと思った。そりゃあ小さな頃は魔法もファンタジーも信じていたけれど、小学校高学年くらいからは、それらは全てフィクションだって理解するようになったのだ。それが科学の世界で生まれ育った、私達にとっての常識である。


【この試練を突破すれば、自分を信じた分だけ魔法の出力があげられるよ。それでも出力に物足りなさを感じた魔女だけが、合流の試練で更に魔法の出力を上げるの。だからぶっちゃけ十信零疑は期待してないんだよね。そこまで自分を信じられる人は、魔女の国では魔女元帥ただ一人だけだし。あいつはやべえよ? 自分が信じた事はぜってえ疑わねえの。本気で自分は神だと思い込んでるんだ。傲慢の化身でもあるあいつの魔法失敗率は0%。極端な話、魔女元帥が「1+1=0」って思いながら魔法を使えば、それだけでその世界の物理法則が書き換えられるんだから。……って。ちょっと話が脱線しちゃったね】


 言う事を全て言い終えたザンド。その瞬間、悪魔にも引けを取らないザンドの視線が私の姿を捉えた。解説の時間は終わった。ちょっとした無駄話も交えた有意義なお喋りだったと思う。教えられる事は全て教えられたのだ。だったらもう、後は実践あるのみだ。


【そろそろやってみよっか? 簡単だよ。うちに触れながら、半信半疑をほんの少しでも乗り越えた心理状態で、自分は全能だと思い込めればそれでオッケー。試練を突破出来たかどうかは、その後に適当な魔法を使って確認してみればいいよ。もし試練が成功していたら、イヴっちはそれなりに無茶な魔法をノーリスクで撃てるようになっているはずだから】


「……」


 私はザンドを折りたたみ、そして抱き締めながら瞼を閉じた。瞑想というわけではない。瞑想と言うのは心を鎮めて無心になる事だ。私がしようとしている事は、寧ろその真逆に位置する行為。私は神様だ。私は全能だ。どこまでも傲慢で、どこまでも欲深く、唯我独尊の頂点を目指して突き進まなければならない。


 私は深呼吸を二度三度行い、そして心の中で唱えた。私は神様だ。私は全能だ。私に不可能は存在しない。この世は私だけの為にある。空も、海も、大地も。オゾンの先に広がる大宇宙さえも私だけのもの。信じろ、信じろ、信じろ……。


「……」


 私は瞼を開き、そして学習机に視線を伸ばした。ザンドをギュっと握り締め、最初に覚えた魔法、瞬間移動の魔法を唱える。


「……ザンド」


 が、魔法は不発に終わった。そもそもザンドは発光さえしていなかったのだ。


「……ザンド? どうしたの?」


【いや、いきなり机はキツくね? 半信半疑を超えられなかった場合を考えて、まずは小さい物から試して徐々に大きくしてみようよ】


「……いいよ。大丈夫、出来るはずだから」


【ダメ。うちが許さない】


「……まったく」


 私は魔法の対象を更に狭め、机の上に乗った消しゴムに狙いを定めた。このくらいから始めればザンドだって文句はないだろう。


 ザンドの体が発光する。私はこの二年間に起こして来た奇跡の数々を思い浮かべながら、そして魔法を唱えた。


「……ザンド」


 そして。


「……っ」


 消しゴムが微動だにしない現実を目の当たりにし、唇をギリギリと噛み締めた。


「……ザンド」


 私はもう一度魔法を唱える。


「……ザンド!」


 私はもう二度魔法を唱える。


「ザンド! ザンド! ザンドッ!」


 三度、四度、五度。消しゴムが瞬間移動を果たすまで、何度でも魔法を唱えた。それでも机の上の消しゴムはぴくりとも動かないから。


「移動魔法! ザンド・エィルオ・ゲルハウーゼ!」


 初心に戻り、二年ぶりとなるフルの呪文詠唱で消しゴムに魔法をかけた。


「……よし」


 消しゴムが机の上から姿を消した。魔法が失敗した際に発生する、魔法の不発を乗り越えたのだ。私は拳を握り締め、ザンドに話しかけた。やったよと。出来たよと。試練を乗り越えたんだよと。そう、言おうと思った。


「……やっ」


 しかし、私の口が発言を拒絶する。私の喉は文章どころか単語の一つさえ放とうとはしなかった。やったよの、最初の一文字で私の喉は堰き止められた。


 私の手からザンドが落ちて行く。私の手は、私の唯一の友人を手放してでも果たさなければならない使命を課せられてしまったのだ。私は人差し指を口に捩じ込み、喉の奥へと突っ込んだ。しかしそれでは長さが足りず、今度は中指を喉の奥へと突っ込んだ。しかし、それでも足りない。私の指は決してそこまで辿り着けない。


 目の前がじわじわと霞んで来た。それは糖尿病の合併症による死の実感よりも、何倍も現実的な死を私に実感させてくれた。視界の半分が闇に染まり、意識を失いかける寸前。私は微かに残る判断力を頼りに、机の上にあった一本のボールペンに手を伸ばした。ボールペンを掴み取り、喉の奥目掛けて突き刺し。


「……あっ……っ、がぁっ……、ぐ…………っ!」


 喉に詰まった消しゴムを胃の奥へと押し込んだ。深呼吸を高速で繰り返し、やっとの思いで手に入れた酸素を存分に肺の中へと送り込む。危うく死にかけた出来事に、汗とよだれが滝のように溢れ出した。


 失敗だ。魔法が失敗した。不発の失敗ではなく、術者に望まない形での発現か、或いは術者に災いが降り掛かるタイプの失敗だ。


【残念。ダメだったっぽいね】


「……」


 ザンドを拾い上げると、試練の突破に失敗した私を哀れんでいる。失敗。そう、失敗だ。私は半信半疑の壁を越えられなかった。口の中にじわりと鉄の味が滲み渡る。悔しさに耐え兼ね、唇を噛み締める歯に思わず力が込められた。


「……たまたまだよ」


 次に私はボールペンのキャップを外し、狙いを定めた。大きさも重さも消しゴムの半分にも満たない、かなりの軽量物だ。これなら……。


「……移動魔法。ザンド・ラルフオ・ゲルハウーゼ」


 でも。


「……なんで」


 ボールペンのキャップは、その場で粉々に崩れていった。


【ま、しゃあないよ。なんだかんだ言っても、結局イヴっちは魔法を信じない世界の住人だもん。この世界に生まれた日から染みつけられた常識は、そんな簡単に落とせるもんじゃない】


「……」


【残念だけど、魔女ごっこも今日でおしま】


 私はザンドを閉じ、ベッドの上に放り投げてリビングの方へと足を運んだ。ゆっくり、慎重に、リラックスしながら。ただでさえ魔法が使えなくなった動揺で心臓が高鳴っているのだ。心臓に負担がかからないよう、傍から見れば静止しているようにさえ感じる程のスローペースでリビングへ向かう。そしてキッチンの収納からお米ケースを引き出し、中からお米を一粒だけ拝借して自室に戻った。


【イヴっち】


 私はお米を机の上に置いて、再びザンドを手に取る。


【諦めなって】


 初心に戻ると言いつつ、消しゴムやボールペンのキャップで試したのがそもそもの間違いだったんだ。だって、私の初心はこっちだもん。


【もう良いじゃん。この際、余生をゆっくり過ごすのもさ。あー、でもその前にイヴっちの後釜を探す約束だけど】


「……ザンド。いいから魔法使わせて」


【……】


「……早く」


 ザンドがじわじわと発光しだす。光の弱々しい勢いからしても、ザンドがこの魔法に乗り気でないのは明白だった。それでも私にはこれしかないのだ。魔法だけが私を、ただの糖尿病患者から魔法使いへと昇華させてくれるのだ。私は机のお米に狙いを定め、初心の中でも飛びっきりの初心を思い出し、そして魔法を唱えた。


「……移動魔法。ザンド・トゥオ・ゲルハウーゼ」


 すると。


「……出来た」


 私の魔法は成功する。消しゴムの移動にもボールペンキャップの移動にも失敗続きだった私の魔法が、確かにお米を数センチだけ瞬間移動させたのだ。


「……出来たよ、ザンド」


 私は間違いなく魔法への信頼を失った。自分を神様だと思い込もうとすればする程、これまで培った常識が立ちはだかるのだ。神様なんていない。魔法なんて存在しない。この世に存在するのは人類が何十万年もかけて解明してきた物理現象、ただそれだけ。


「お米……、動かせた」


 ……でも、ゼロにはならなかった。お米を動かす程度のちっぽけな魔法ならあっても驚かないと、そう信じている私は辛うじて存在していた。


【それがどうしたの? 今更こんな初歩中の初歩を使えた所でさ。また一から魔法の訓練でも始める気? 今のイヴっちにはそれをするだけの体も、時間も、何も残ってなんか……】


 私に見切りをつきかけていたザンドの口が止まる。私が止めさせた。ザンドの事を強く抱きしめ、ザンドに頬ずりをしながら、この喜びを涙ごとなすりつけてやったのだ。


「……私、まだ終わってなかった。……まだお米くらいなら動かせるんだ」


【……いや、だからさ。今更お米を動かした所でどうなんの?】


「……乗り越えられる」


【え?】


「……だから、乗り越えられるんだよ。この試練を。……だって、ゼロになったわけじゃないもん」


 訝しげな表情を浮かべるザンドに、私はこの根拠の意味を教えてあげた。


「……確かに私は半信半疑を越えられなかった。……それどころか自信をなくして、一信九疑にまで下がっちゃったのかもしれない。……でも、ゼロにはならなかったの。私はまだ魔法を使えている。信じる気持ちが一でも残っているなら……、あとはそれを何倍にも増やしてあげればいいんだよ」


【どうやって?】


「……自転車を使って」


【は?】


 戸惑うザンドをよそに、私は早速目当ての自転車を探すべく、スマホを取り出した。ザンドと出会ってそろそろセカンドアニバーサリーに突入すると言うのに、まだ私の考えに気付けていないんだね。私と記憶や経験を共有しているからには、自転車が何の事かはきっとザンドも知っているはずだ。でも、ザンドはまだ気付けていない。答えは知っているはずなのに、答えに辿り着く為の閃きが足りていない。


【ちょっと待ってイヴっち。自転車って何?】


 ザンドはそれが気になって気になって仕方がないようだけど、その姿に可愛らしさを見出した私は、いじわるしたい一心でわざと答えをはぐらかした。


「自転車は自転車だよ。……あー、でもどうだろう。値段的に自転車を選んだけど……、値段=性能って考え方はちょっと早計だよね。……お野菜やアイクリームの方が効果あったりするのかな」


 でも、流石にそこまで言えばザンドも私の意図に気付いてしまったようで。


【もしかして、草とチャリンコと氷の事?】


「……正解」


 だから私はザンドに微笑みかけて、私に残るほんの僅かな信じる気持ちを無限に倍増させてくれる、その魔法のアイテムを指す隠語の答え合わせをしたのだ。


 草と。


「……大麻と」


 チャリンコと。


「……コカインと」


 氷。


「……メタンフェタミン」


 俗に言う、覚醒剤。


「……ゼロでさえなかったら……、自信なんていくらでもつけられるんだよ」

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