嘘
教室に入り、保護者やその他生徒からの視線を一斉に浴びる事で自分達がいかに目立つ存在なのか改めて自覚した。友達がいないからって親と組んで作業するだなんて前例、そうそうあるもんじゃないだろう。ただでさえサチは職業的な意味で奇異な視線を向けられているわけだし。けど、今となってはそんな視線なんかどうでもいい。私はそそくさと自分の席に座りそして。
「あいたっ!」
周りから見えないよう、机の下からサチの足目掛けて蹴りを入れてやった。……というと少し語弊があるな。これは結果的に蹴りを入れる形になってしまっただけだ。私はただ魔法の為にサチに触れておきたかっただけなのだから。
(で? どんな言い訳を聞かせに来たわけ?)
(え? ……あ)
魔法を万能の道具として扱えるのは、化け物じみた上位階級の魔女だけだ。その他の魔女にとって、魔法というのは手順のスキップに過ぎない。
魔法の成功率というのは、魔女そのもののスペックに大きく依存する。例えば魔法で心臓病を確実に治せる魔女は、心臓の仕組みや働き、心臓が動く原理などを熟知していて、心臓に関する病や心臓に効果をもたらす薬剤の知識にも精通した心臓のエキスパートである。言ってしまえばその魔女は、魔法を使わなくても自身の力で心臓病を治せるだけの腕を持っているわけだ。
魔法というのは、魔法を使わなくても出来る事ほど成功率があがる。私で例えるなら、遠くのリモコンを引き寄せる魔法は確実に成功するが、遠くの岩を引き寄せる魔法となるとその成功率は格段に下がるだろう。テレパシーのような自然現象からかけ離れた現象なんて、まさにその筆頭だ。
そんな自分に出来ない現象を魔法で発生させる方法は三つ。魔法の質を落とすか、複数の魔法をかけ合わせるか、或いは道具や行動で魔法のサポートをするか。私は魔法の質を落とす事で、テレパシーという現象を限定的に引き起こした。
短時間しか効果が持続しないテレパシー。わざわざ魔法を使う必要が無いくらいの超至近距離でしか発動しないテレパシー。相手に触れている間しか発動しないテレパシー。
サチに触れた事で、私達の思考が共有される。サチは自分の話を聞いて欲しいだけなのかもしれないけれど、誰がそんな優しい真似してやるかよ。やるなら正々堂々対面通行だ。こっちの悪意も包み隠さずぶつけてやる。
(今更何を言って来たって、お前なんか大嫌いだ)
私はその思いを包み隠さず丸ごとぶつけながらも、手元だけはしっかりとエコバッグの作成を続けた。
(えっと……じゃあまずは一つ)
最初こそこの魔法に戸惑った様子のサチだったが、自分にかけられた魔法の仕組みを理解するとすぐに表情は一変。いつもの冷静な顔つきになり、そして。
「……へ?」
机から身を乗り出して対面に座る私の頬を抓た。今更しょうもない弁明をされる事ばかり想像していただけに、その予想の斜め上を行く行動に思わず情けない声が漏れてしまった。
(さっきクラスメイトに何の魔法使おうとしてたの?)
(……)
(どんなに嫌いな相手でも魔法で傷つけるのはダメだよ。それは銃で人を傷つけるのと変わらない。めっ!)
(……)
(その代わり、イライラした時はちゃんと私に言ってね? その時は私がりいちゃんの代わりに相手をとっちめて)
そこでサチの思考は停止した。渇いた音が教室中に響き渡ったのだ。私の頬を抓るサチの手を、私が勢いよく叩き落としたから。あーあ、また外野からの注目が集まっちゃった。
(そんなくだらねえ事言いに来たのかよ)
(……まさか。教室に入った時、色々思っちゃっただけ。あぁ、りいちゃんの様子がおかしいなー、とか。大変な事をしようとしているなー、とか。それに)
(それに?)
(やっぱり友達なんかいなかったんだなーって。ちょっとだけイラッてきた)
それは転校してから、新しい学校ではちゃんと上手くやって行けていると嘘を吐き続けた私に対する嫌味だった。
(私に心配かけない為に嘘をついたのは凄く立派だと思う。でも、嘘をつかれた方としてはただただ寂しい。……なんて、私が言えた義理でもないけどね)
そんな言葉と同時に魔法を伝って流れて来たのは、昨日と今朝の変貌したサチの姿。今思い出すだけでも吐き気がしそうだ。……なのに。
(結局あれは全部演技だったって言いたいわけ?)
(うん)
それなのにサチは呆気なくそう答えた。私はサチのあの姿に一晩中怯えた。それでもサチを信じようとサチに歩み寄ったのに、こいつは私を突き放した。私がどれだけその事で思い悩んだのか、こいつは知っているのか。知った上でそれを嘘だったのたった一言で片付けようとしているのか。
(大した演技力じゃん)
(そう思う? まぁ、全部が全部演技だったわけじゃないからね)
(はぁ?)
(今朝りいちゃんに叫んだ事。あれだけは演技じゃないから。……私、本当に魔女に嫉妬してもん)
(……)
(元々りいちゃんとのお別れは、りいちゃんが後腐れなく魔界に帰れるように喧嘩別れにするつもりだった。十二月くらいにちょっとした事に因縁をつけて、そこから少しずつ険悪になっていく予定だったんだ。正直、今回のやり方は急すぎたと思う。でも、りいちゃんだって急に帰るなんて言い出すから)
(ふざけんなよ)
サチの言い訳を堰き止めた。その長々とした言い訳を、今になって私の為だとかぬかす弁明を。サチの思いを私は遮った。明確な悪意が渦巻きながら、今度は私からサチの方へと思考がなだれ込んでいく。
(お前、私に何したかわかってんのかよ。何を言ったか覚えてんのかよ)
ごめんで許せる範疇はとうに超えていた。あれは演技だったで済まされる水準もとうに超えていた。そんな言い訳をする為だけにこんな所まで来たのか? そんなのただの甘えだ。ただの逃げだ。自分だけ言いたい事言い切って私の悪意からは逃れようなんて、そんなの許せなかった。
(なんだよ今更……。なんなんだよ今更! 喧嘩別れするつもりだったなら最後までそれを貫き通せよ! 中途半端にネタバラシなんかしてんじゃねえよ! 結局自分が楽になりたいだけかよ!)
悪意と共に私の記憶も思考に乗せて送りつけた。私がこの一日で受けた恐怖、不安、焦燥を余す事なく。そこに怒りも含め、存分に誇張させて。
(ずるいんだよお前……。そんな綺麗事言ったってどうせお前は罪悪感ごと記憶が消されるんじゃねえかよ。この記憶を持ったままこれからの人生を生き続ける私の身にもなれよ……)
その一言だけは何が何でもサチに言いたくはなかったものだった。私は心の底から忘れる事が人生で最も怖い事だと思っている。その気持ちに嘘はない。それなのに忘れられない自分の方が辛い思いをするだなんて、そんな卑劣な主張はしたくはなかった。
けど、魔法のせいで全てサチの心に垂れ流される。何より私自身そうなる事を望んでいる。私が受けた苦痛と同じ苦痛を味合わせたい。それ以上の苦痛を味合わせたくてたまらない。最愛の人に拒まれるありったけの恐怖を。
(どうせ謝るんだったら今朝私が歩み寄った時に言えばよかったんだよ。それを何で……。なんで今になって……っ!)
気づくと手の動きは止まっていた。サチを見ると、彼女もまた手が止まっている。俯きながら下唇を噛み締めていた。ざまあみろと、心の底からスッキリしていた自分に嫌気がした。……が。
(……タロウくんがね。うちに来たの)
サチはそこで引き下がってはくれなかった。今朝私がそうしたように、お前なんか大嫌いだの一言を投げ捨てて逃げてはくれなかった。顔を上げ、ミシンを触って作業を再開しながら私の最後の問いに答える。サチの記憶が魔法を伝って流れ込む……。
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