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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女になった少女
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さよなら健常者のふりをした私

 耳障りだ。産後の体に鞭を打って赤ちゃんを抱きとめた005号の呻き声と、私のクローンの産声が不協和音をおりなしている。私はそんな二人に冷めた視線を送る事しか出来ない。


 クローンへの興味はとっくに失っていた。自分の限界を知ったあの日から。私には巨大ロボなんか作れなくて、わざわざ二つ目の脳を作る必要もないのだと気付いたあの日から。


 前はあんなに楽しかったのになー。五人のお母さんの中から誰がクローンを産むのかなー、とか。反抗的なお母さんはどんな風にいじめ抜いてやろうかなー、とか。毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。それに比べて今の私はなんだろう。何でこんな物を作っちゃったんだろう。


 VRゴーグルを使用した巨大ロボのシミュレーションは完璧だった。精密な動作こそ無理だったものの、二つの脳を使用した操縦は私単体での操縦より遥かに効率的だ。100メートルに達した私のロボットは、基本的な歩行は当然として、軽いパンチやキック程度では体勢を崩す事もなかったのだ。特にキックという、瞬間的な片足立ちにも成功した時はどれだけ喜んだ事だろう。


 私は喜んだ。イメージトレーニングの成功に歓喜した。しかしそのイメージが現実になる事は決してないのだと思い知らされ、残ったものはただただ静かな虚無感だけ。


 折角作ったのだから廃棄にするのも勿体無いと思い、005号は最後まで責任を持って面倒を見てあげた。私のクローンだってしっかり産ませてあげた。でも、ロボットへの使用が無意味になった今、クローンの使い道がなくなってしまった。私は部屋の隅に並べておいた、数ヶ月分の育児道具を見ながら溜め息を吐く。


 おしめも、ミルクも、離乳食も、必要な物は一通り買ったのだ。また、産まれたばかりの赤ちゃんには免疫抗体がないため、母乳を通じて母親の抗体を分け与える必要もある。その為の搾乳器だって買ってあるし、それに……。


『……』


 私は育児セットの中から一際異彩を放つその注射器を手に取った。肥育ホルモン。主に牛や豚に投与し、早期出荷の為に成長を促す目的で使われるホルモン製剤だ。


 私の時間は無限ではない。高校生の内に死ぬと決めている以上、私のクローンをのんびり子育てするつもりなんて毛頭ないのだ。これを投与された動物は栄養吸収効率が格段に上昇し、少量の餌で、尚且つ短い飼育期間で体が大きく成長していく。生後は1キロ弱しかない子豚の体重を、たったの半年で出荷基準である110キロまで増やす程だ。時間の限られた私にとって、私のクローンを成長させる上でこれだけ都合の良い物はない。……でも、今となってはこれを使う意味ってあるのかな。あのクローンはもう本来の用途で使う事はないのだ。今更あれを成長させた所で……。あーあ、日本では未認可だから手に入れるのには苦労したのに。


 ほんと、あいつどうしてやろう。何かに使うにしても赤ちゃんの状態で出来る事なんて限られているし、結局肥育ホルモンは投与する事になるとは思うんだけどさ。私はホルモン製剤をその辺に投げ捨て、クローンを大切そうに抱き抱える005号の元へと歩み寄った。


『はいはい。可愛がってる所悪いけど、そろそろへその緒切るよ?』


 私は手術用のラテックスを手に嵌めてクローンのへその緒に触れてみた。産まれてすぐのへその緒では、まだ微かに胎盤と赤ちゃんの間で血液の行き来が行われている為、心臓の拍動が僅かに伝わって来るのだ。しかし今触ってみた感じ、へその緒からそれらしい拍動は伝わって来ない。切り時だろう。私は赤ちゃんのおへそから五センチ程離れた場所に、臍帯クリップを二つ装着した。止血の為の措置である。


『しっかり抱っこしててね?』


 そして005号が私のクローンをしっかり抱えている事を確認し、臍帯クリップの間を剪刀で潰すように切り裂いた。


『はい、おしまーい。じゃあ私そろそろ帰るから』


 やる事は全て終わらせた。スマホを見るとすっかり夕方である。まったく、高校の入学式の日に助産師をしたJKとか、果たして私以外に存在するのだろうか。現代は当然として過去数十年遡ってもそんなJKがいるのかどうか。ほんと、変な日に陣痛を起こしてくれちゃって。


『ミルクやオムツはちゃんとあるから、私がいない時はしっかり面倒見ててよね? 胎盤も取れたからプロゲステロン濃度もどんどん下がると思うし、明日か明後日には母乳も出るようになると思う。もし出なかったらちゃんと言うんだよ? 乳頭マッサージしてあげるから』


 私はゴミ袋を広げ、出産に用いた道具を片っ端から詰め込んだ。また、床に撒かれた005号の体液も拭き取って、これも雑巾ごと捨ててしまう。最後に胎盤だけど……。んー。


 草食動物のメスは、その生涯においてたったの数回だけ肉を食べる経験をする事になる。それが自分の胎盤だ。草食動物というのは狩られる生き物。出産なんてものはただでさえ肉食動物に狙われ兼ねない無防備な瞬間だと言うのに、生き物の臭いを存分に放つ胎盤を放ったらかしにしては、あっという間に捕食者に見つかってしまう。その為草食動物は、出産の後に自分から排泄された胎盤を自ら食べる事で処理するのである。


『005号。これ食べてみる?』


 私はちょっとした冗談で振り返り、005号に訊ねてみた。が、そんな私の視界はすぐさま白色に染まってしまった。私の顔目掛けてタオルが投げられたのだ。


『……何? これ』


 私にタオルを投げられる人物なんて、この密室にはたった一人しか存在しないのだけれど。


『……あなただけは許さない』


『……』


『絶対に……、殺してやる……っ』


 私のクローンを抱きながら、鬼の形相を向けてくる005号。四ヶ月ぶりに見た彼女の人間としての表情に、私の口角が少しだけ釣り上がった。私の顔に笑顔が浮かぶのも、彼女と同じ四ヶ月ぶりかな。自分の魔法の限界に気がつき、また005号とは親友になれないと悟ったあのクリスマスの日。あの日以来、私は愛想笑い以上の笑顔を浮かべた記憶がないや。


『いいね。楽しみにしてる。やってみてよ。犯すなり、殺すなり』


 私は005号の殺意を真正面から受け止め、生臭い匂いが漂うこの広い密室を後にした。





【お手伝いメイドにする!】


『私の魔法で十分じゃん』


【殺戮兵器に育てる!】


『それも私の魔法で十分』


【イライラした時にぶん殴る!】


『そこら辺の人でやればいいじゃん』


 帰り道。私はザンドと一緒に、私のクローンの使い道について話し合っていた。話し合ったは良いものの、出てくるアイデアはどれもが私の魔法でなんとかなるものばかり。私は全知全能にはなれなかったけれど、しかし私のクローンに出来る事の多くは、私程度の魔法の腕前でも十分再現可能なものばかりだった。


 本当にどうしてしまおうか。このまま使い道が思いつかないようなら、あの二人をあの密室に監禁して、死ぬまで放置した方が良いような気さえしてくる。001号の時もそうだったけど、死体の処理って案外面倒なのだ。けれどあの二人が衰弱死するまであの部屋に放置しておけば、その罪は全てあの部屋を契約したおじさんが被ってくれる。手間がかからず、とても楽な死体処理方法だと……、思ったその時。


【じゃあしばらく育てた後にイヴっちの腎臓と交換しちゃうってのは?】


『……』


 珍しくザンドから有用な使い道が提示された。なるほど。私の移植用の臓器として育ててみるのは確かに有りかも知れない。なんせあの赤ちゃんは私のクローン。私と同じDNAを持った、もう一人の私。自分の臓器を自分の体に移植するのであれば、臓器移植の問題の一つである拒絶反応は100%起こらない。……が。


『ダメ。一番ダメだよそれは。そんな事したら私、死にたいって思えなくなっちゃうかも知れない』


 私はザンドの提案を拒絶した。


『ザンドだって知ってるでしょ? 私、食べ物なんて食べようと思えばいくらでも食べれるもん。食べた物の栄養を吸収しない魔法なんて朝飯前だよ。でも、その魔法だけは絶対に使わないようにして来た。そんな魔法を使って食べる楽しさを思い出したら、私はこの世に未練を残しちゃうかも知れない。生きたいって思っちゃうかも知れない。だからそういう使い方は……、なしかな』


 エレベーターが目的の階で止まる。エレベーターを降りると、あとは地獄へ繋がる外廊下を真っ直ぐ歩くだけだ。


 外廊下を渡る最中、ふとマンションの外の様子が気になって足を止めた。手すりから首を出し、下の様子を窺う。地上はあちこちの街路樹が満開の桜を身に纏い、綺麗なピンク色に染まっていた。春風に流れる花びらは、マンション十階というこの高さまでは中々吹き上がっては来ない。そんな桜を見ながら思い出すのは、中学三年生になった去年の出来事ばかり。


 あの時の私も、学校の屋上から桜を見ながら心を虚無に犯されていたっけ。でも、あの頃の私にはまだ希望があった。未来の自分に期待して、前に進もうと思えるだけの熱意があった。全長100メートルに達するロボットで街を破壊しようって、本気でそう思えるだけの夢があった。


 でも、もうないや。今の私には何もない。夢も、熱意も、希望も。何もかもが私には遠く、決して手の届く事のない存在だ。私の魔法はここで打ち止め。今の状態でも普通の人間よりかはよっぽど上位の生物と言えるのだろうけれど、それは私がかつて抱いた憧れには遠く及ばない。


 本気で楽しみにしてたんだけどな。巨大ロボットでの大量虐殺。私は溜め息を吐きながら、自宅の鍵を取り出した。鍵を取り出して、そして今日も例のそれが私の目に入った。


 それは家の前に立つ度に何度も見ているものだった。嫌でも目に入ってしまう物なのだ。そして、それを見る度に私の中ではドス黒い感情が渦を巻く。自分の魔法の限界を理解し、ただでさえむしゃくしゃしていた今の私は尚更だ。私は左手で拳を作り、その表札に書かれた名前を一つ一つ叩きながら潰していった。


『……』


 赤海(あかみ) 源作(げんさく)。この家の大黒柱。銀行勤めのエリートで、変に稼ぎがあるせいでこの家に悪魔を召喚したクソ野郎。私はお父さんの名前を拳で叩く。


『……』


 赤海(あかみ) 明日太(あすた)。私の弟。クリスマスイヴが名前の由来である私と対を成すよう、その名を付けられた悪魔の子。私はアスタの名前を拳で叩く。


『……』


 赤海 聖(あかみ いゔ)。悪魔に支配された哀れなヒロイン。私は自分の苗字だけを拳で叩く。そして。


『……』


 そして……。


『……ッチ』


 赤海(あかみ) 当子(とうこ)。旦那の金で悪魔を作った、私の宿敵。私の信頼を裏切った悪の権化。彼女及びその旦那は悪魔でこそないものの、しかし悪魔を作ったからには悪魔よりも邪悪な存在である事に違いはない。私は渾身の力でお母さんの名前を叩きつけ、深呼吸を挟んで我が家の扉を開け、そして。


『ただいま…………………………………………』


 …………………………………………あれ。


 ……………………………………………………あぁ。


 ………………………………………………………………これって。


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 なるほど。健常者のふりは、今日でおしまいか。

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