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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
第一章 魔女になった少女
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最後のお母さん

『……なんで』


 病院の中から手当たり次第医療器具を拝借し、息を切らしながらお母さん達が待つ部屋に戻る。十分で戻るという口約束は守れなかった。部屋に戻った頃には既に二十分が経過していた。そのたった十分の遅刻がこのような結果を招く事になったのかはわからないけれど。


『なんで死んじゃうの?』


 003号の足元に散らばった大量の羊水が、彼女の切迫早産が死産に変わり果てた事実を私に教えてくれた。私は盗み出した大量の医療器具を床にばら撒きながら、崩れるようにその場に腰を落とした。


 それからはただただ003号の苦しむ光景を見るだけの時間が過ぎて行く。それから少し時間が経った所で、ようやく003号の産道からは小人の足らしき物がニュルリと生えて来た。それはもはや産まれて来たと言うよりも、子宮に詰まった異物が排泄されているようにしか見えなかった。


 足、お尻、お腹、肩。少しずつ外界へと排泄されて行く003号の子宮内異物。逆子の場合、仮に肩までスムーズに産まれて来たとしても、最後に頭がつっかえて中々出てこない為、ここからが出産最大の難所と言っても過言じゃない。しかしその異物はとっくに生きる事を諦めたからなのか、頭や胎盤の排泄さえも、どこまでも機械的でスムーズだった。そんなガラクタの亡骸であるにも関わらず、産まれて来た我が子を抱きしめて啜り泣く003号の姿がとても印象的だ。


『……』


 私は興味と好奇心の赴くままに、クローンを抱きしめる003号の元へと歩み寄った。


 身長は30センチ程だろうか。小動物として考えるなら、体重はおよそ500〜600グラムと言ったところだろう。健康的に産まれた赤ちゃんの体重は平均して三キロだから、この子はあまりにも体が足りていない。本来の出産予定日より四ヶ月も早く産まれて来たのだから当然だ。


 それでも妊娠23週ともなると、しっかり人の形は保っているものなんだね。頭には耳がある。鼻もあれば口もある。瞼はピタリと閉じているものの、それでも間違いなくその奥には眼球が存在している。手のひらからはしっかり五本の指が生えているし、その先端には爪だって僅かに生えていた。


 人間だ。体毛がないからどこかエイリアンのようにも見えるけれど、しかし後たったの四ヶ月か五ヶ月で人間に仕上がるはずだった私のクローンだ。でも、この子はもう人間になる事は出来ない。生物になる事さえ出来やしない。この子の頬に触れた私の指先が、生き物では決してあり得ない冷たさを感じ取った。……まぁ、仮に健康的に生まれた所で人間として育てるつもりはなかったけど。


 私はクローンに伸ばした指で、その子の頬を抓ってみた。この子が生きていないのは体温を通じて理解しているはずなのに、痛みを与えればもしかしたら動くんじゃないかと言う馬鹿な期待を抱いてしまった。……けれど。



『やめてぇっ!』


 お母さん003号にその指を叩かれた。


『……』


『もうやめて……!』


『……』


『もう……、いいでしょ……?』


 数ヶ月ぶりに聞いた003号の意思表示は、私に対する明確な敵対心だった。


『何それ。私だけが悪者みたいに。私ちゃんと助けようとしたじゃん。これでも色々悩んで行動したんだよ。人の気も知らないで。私だって落ち込んでるのに』


 不思議な光景だと思った。だって003号が私を責める理由は、まるで我が子を庇う母のように見えてしまったからだ。そりゃあ確かに私は彼女達の事をお母さんと呼んではいるけど、でもそれはあくまで便宜上での話。彼女が庇うその人間の出来損ないは、彼女がお腹で育てて産んだだけの存在だ。彼女との間に血縁関係なんてないのに。


『大体003号こそもう少し我慢出来なかったの? そりゃあ遅刻した私も悪いけど、それでもたったの10分じゃん。たったの10分も我慢出来なかったくせに私だけ責められてもさ。003号も同罪じゃん』


 私は部屋の出入り口へと足を運び、床にばら撒いてしまった各種薬剤や外科用手術器具の数々を足で片付け、人が歩けるだけの道幅を作った。


『帰れば? もう用済みだし。003号も』


『……』


『その死体も』


『……っ』


 003号の足取りは酷く覚束なかった。産後の痛みでまともに歩く事も出来ないのだろう。そのままじっと座っていた方が楽だろうに、それでも私から離れたい一心で、壁にもたれながらでも足を進める。既に生き物としての役割を放棄した私のクローンを抱えて。


『そんなエイリアンみたいな見た目でも母性本能って湧くんだね。あ、レジ袋いる?』


 私はそんな彼女に目一杯の嫌味を送りながら、彼女の背中が見えなくなるまでじっと見守った。数ヶ月後、都内でも珍しい薔薇の名所で超未熟児の白骨化遺体が見つかったと言うニュースが報道されるものの、それがお母さん003号と関係しているのかどうかなんて、今の私には最早どうでもいい話でしかなかった。


『もう005号しかいなくなっちゃったね』


 003号が立ち去ったこの密室で、私は005号と向かい合いながら話しかける。五人を収容する為に選んだ八帖の部屋も、二人きりになってしまうとなんて広さだろう。001号に頼まれて買い与えたコスメセット、002号に頼まれて買い与えた雑誌類、003号に頼まれて買い与えた菓子類の空袋、004号に頼まれて買い与えたレトロゲーム。物は沢山散らばっているはずなのに、持ち主が居なくなった今となっては、それらの道具も余計に寂しさを助長させる。


『ザンド』


 私は005号に魔法をかけた。最初から最後まで無関心を貫き通し、自分の陥った現状にさえ無関心でいられる彼女に、今更こんな措置はいらないのかも知れない。それでも私にとっては最後の砦なのだから、万が一を想定して魔法で体を拘束しておかないと、気がきでいられない。中でも001号のような失敗だけは絶対に繰り返してはならないのだ。


『信じてるよ。最後のお母さん』


 八帖の部屋で大の字に拘束された005号を見届けながら、私はこの部屋を後にした。結局001号は拘束を受けている最中も、ほんの僅かな抵抗の意思さえ見せようとはしなかった。





 次の日。


【イヴっち】


 イヴっち。ザンドが呼んでくる私の愛称。


 聖と書いてイヴ。出産予定日がちょうどクリスマスイヴだった事から、私が男の子でも女の子でも、名前には必ず聖の字を使うのだと、かねてから両親は決めていたのだと言う。男の子だったら聖と書いてセイヤと読み、女の子だったら聖と書いてイヴと読む。故に女の子としてこの世に生を受けてしまった私は、そんな両親のせいでイヴと言うファンシーな名前をつけられてしまった。


 大体出産予定日なんてものはただの目安なのだから、予定日ぴったりに子供が産まれて来る事なんて中々ない。それが初産ともなれば尚更だ。子宮と言うのは出産が近づくと、子供が産まれやすいように柔らかくなる熟化と言う現象が起きるものの、初産ではこの熟化が起こりにくく、大抵は予定日より遅れて産まれて来るものだ。


 結局私が産まれたのは、クリスマスイヴから十五日も過ぎた後だった。そんなクリスマスもお正月も過ぎ去った中途半端な時期に産まれておいて、名前の由来がクリスマスイヴとか言われてもね。ま、私自身このファンシーな名前は気に入っているからいいんだけど。だってこの名前は私のお父さんやお母さんが……。


【今日はロボット成長させないの?】


 ザンドは東京の遥か上空に浮かぶ透明なロボットを見つめながら呟いた。いつもなら三時間おきにロボットを成長させる魔法、ロボットを浮遊させる魔法、ロボットを透明にする魔法の三種類をかかさずかけているのに、今日の私は成長の魔法を一度もかけていない。


『いいの。今日はお休み』


【何で? 昨日の事、引きずってる?】


 いきなり図星を突かれてしまった。とは言え拗ねる程の事でもないから、私は素直に答えた。


『正解。流石に萎えちゃった。残機は18機もあったはずなのに、今じゃもう最後の一機だよ。まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。世界初の哺乳類の体細胞クローンが1996年に生まれた羊のドリー。なのに世界初の猿のクローンが作られたのは、それから22年も後の事だもん。やっぱりクローンって難しい技術なんだよ。005号には頑張って欲しい気持ちがある反面、どうせ005号も無理なんだろうなーっていう諦めの気持ちも出て来てる。なんか……疲れちゃった』


 私は困り顔で微笑みながら、ザンドに愚痴を漏らした。


【だからロボット作りも諦めちゃうの? 折角ニメートルまで成長させたのに】


『ニメートルまで? ニメートルしかでしょ』


 私が言葉を紡ぐ度に、口からは真冬の冷気に冷やされた白い息が漏れ出て、そして煙のように上昇していき霧散する。その息の行方を目で追いながら、私も上空に浮かぶロボットに視線を向けた。


 全長二メートル。そう、全長たった二メートルのロボットである。ロボット作りを始めて三ヶ月の頃は、一メートル程しか成長していないロボットにも期待を持つ事が出来た。私の魔法の腕はこれからも加速度的に成長して行く。それに比例してロボットの成長も加速度的に大きくなっていくものだと、そう思っていた。


 でも二メートルだ。あれから五ヶ月が経って、まだ二メートルなのだ。原因はとっくに理解していた。魔女の出力の限界に、私はいよいよ到達しつつあるのだ。


 ロボットの質量が増えるに連れて、空中浮遊と透明化の魔法にかかる負担が増えて行った。それ補おうと空中浮遊と透明化の魔法にリソースを割くと、今度はロボットを成長させる魔法に使う分がなくなってしまう。この悪循環は、私がウィッチである限り、決して逃れる事は出来ないのだと理解した。


『昨日の事で落ち込んで、そのおかげで冷静になれた。私ってさ、今魔女の天井付近にいるんじゃない? 多分、あのロボットは三メートルを超える事はない。2.5メートルでも到達すれば上々だよ。私に作れるのは巨大ロボットじゃなくて、ターミネーターが関の山だったんだ。……で、そんな小さなロボットを動かすのに、わざわざ二個目の脳は必要ない。でしょ?』


【……】


 ザンドは何も答えない。この場における沈黙は肯定も同然だ。


『ザンドさ、とっくに気づいてたんじゃないの? 私がそろそろ魔女としての限界に到達しかけている事に』


【まぁね】


 ほら、やっぱり。


『意地悪だなー。そうならそうと早く言ってくれれば良いのに』


【ごめんって。なんつうかさ、楽しそうにしているイヴっちに、水を差したくなかった】


『そう? ありがとう。優しいじゃん』


 けれどザンドなりの気遣いが嬉しくないと言ったら嘘になるし、私は素直にお礼を伝えてザンドを抱きしめた。ついでにザンドが抱えている不安の種も取り除いておこう。


『心配しないで? 別に限界が来たからって途中でやめたりなんかしないよ。ターミネーターでも人は殺せる。私のクローンだって、生まれたら生まれたで色々使い道はありそうでしょ? だから最後まで諦めずに、005号のお世話もちゃんとするつもり。……ただ、今日くらいはさ』


 私の目の前を一組のカップルが歩いていた。クリスマスのデートだろう。でも、彼女さんの表情はどこか不満そう。そんな彼女さんに対して、彼氏さんの方は苦笑いを浮かべながら何度も平謝りをしていた。聞き耳を立てると、イヴがよかっただのなんだのと、彼女さんが不満を漏らしている。


 大人と言うのはお金がある反面、仕事のせいで時間がないものだ。本当はイヴの昨日にデートをしたかったと、きっとそんな感じの不満を漏らしているんだろう。


『昨日の憂さ晴らしでもしようかなって』


 私はそんな彼女目掛けて魔法を唱えた。


『ザンド』


 ……まぁ、だからと言ってすぐに何かが起こるわけじゃないけれど。


 腎臓と肝臓は、どれだけ病が進行しても、自覚症状が現れるまでにかなりの時間を要する事から、俗に沈黙の臓器とも呼ばれている。故に自覚症状があり、病院で検査を受けた時には既に手遅れだったというケースが非常に多いのだ。そして私は今、魔法で彼女の肝細胞を大量に崩壊させた。


 肝臓の役割は何かと問われ、すぐに答えられる人間は少ない。肝臓は胃や肺と違い、多くの仕事を担う多忙な臓器だからだ。けれどそれらの仕事の中から敢えて一つだけ役割をピックアップするなら、それは解毒である。動物の血液は一度は必ず肝臓を通り、血中の毒素を浄化してもらう事になるのだ。


 そんな毒素に常日頃から曝され戦い続けているからだろう。肝臓と言うのは世にも珍しい、再生機能を備えた臓器でもある。物理的な損傷を受けても再生する為、肝臓移植は生きた体から肝臓の一部を切り取って利用する事も可能なのだ。……が、それはあくまで肝細胞の多くが健康だったらの話。


 大量の肝細胞が一気に死滅すると、肝臓の再生は追いつかなくなり、肝細胞のなくなった穴を埋めようとして大量の線維が運ばれて来る。こうして肝細胞が減り、線維の比率が増え出すと、肝臓は硬くなってその機能を全うする事が出来なくなってしまう。俗に言う肝硬変になってしまうのだ。


 肝硬変が進行し、生命維持も出来なくなった先に待ち構えるのは重度の肝不全。胆汁鬱滞、黄疸、肝臓癌、光線過敏症、肝性脳症、出血、腎症、水腫、その他諸々の合併症を引き起こし、その人物は苦しみながら死んで行く。まぁ、その殆どはアルコール依存症のような自堕落な生活が原因の、いわば自業自得というものだけれど。


 肝硬変を治す方法はない。強いて言えば肝臓移植だけである。そしてさっきも言った通り、肝臓というのは生きた人から受け取る事だって出来る。


 二人に本当の愛があるのなら、きっと彼氏さんはあなたに自分の肝臓を分けてくれるはずだよ。そしたらクリスマスイヴだけとは言わず、死ぬまでずっと一緒になる事が出来るね。メリークリスマス。どうかあの二人の未来に幸あらん事を。


 こうして私は病院までの道中、すれ違った計三十四人のカップルに、パートナーが臓器提供してくれれば完治出来る程度の病気をプレゼントしてあげた。パートナーが臓器を提供してくれたのなら、きっと二人は未来永劫の愛を手に入れる事になるだろう。パートナーが臓器提供してくれなかったら、所詮二人の愛はその程度。こうして恋のキューピットをしてあげるのも、やはり天使である私に相応しい役目なのだと思った。

 

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